職場の先輩
アラクネ。
これでメインで出そうと思ってたキャラは大体でました。
今後いろいろ絡ませて行きたいと思います。
日刊に載せていただいてからというもの、アクセスがスゴイです。
非常に嬉しいです。
お気に入りも174件頂いておりまして、感無量です。
山も谷もないお話ですが、軽くお付き合いいただけると幸いです。
生活にもっとも必要なものは何か?
現代社会においては金銭であろう。
生活必需品を手に入れるのも、日々の食事を賄うのも
金銭との交換、すなわち買い物によって手に入れる。
親からの仕送りで日々の生活に困ることは無いが、仁も年頃の学生である。
友人とだって遊びに行きたいしはやりのゲームや、ちょっとした小物や服も買いたい。
しかしそういったものを買うのに仕送りに手をつけるのも少し気が引ける。
両親が近くに居ない以上、不意の出費に備えてなるべく仕送りは残しておきたい。
何かあってもある程度の金銭的余力があれば、大抵はなんとかなるはずだ。
学生が両親からの小遣い以外などで金銭を得る手段ともなれば、そこまで手段はない。
その中でももっともポピュラーなもの――アルバイトである。
佐原学園はアルバイト自由であるし、仁は部活にも所属していない。
幸いにて、仁がアルバイトするにあたって、障害は何もなかった。
「おはようございまーす」
事務所に入り、挨拶をしたのちタイムカードを切る。
この業界、朝でも昼でも夜でも来た時の挨拶は「おはようございます」なのが
最初は不思議であったが、そういうものだと今はすっかり慣れてしまった。
ここはセクトシステムズ。仁のアルバイト先である。
社員数一桁の小さいシステム開発会社で、様々な会社から依頼をうけて
新しい業務システムの構築や、プログラミングなどを業務としている。
「ハイおはようさん。今日もよろしくね」
「おはようございます、兜さん。がんばります」
所長の兜さん――カブトムシの亜人である――に挨拶をして、自分の席へ付く。
ここでの仁の仕事は雑用一般……ようするにコピー、お茶くみなど
誰がやってもできるけど、社員にやらせるには少々面倒な雑務をこなすことだ。
システム会社といえばプログラマーなどが思い浮かぶが、一般的な学生である
仁にプログラミングなど出来るわけがないし、できたとしても業務の根幹に関わる部分を
アルバイトなどにやらせるわけがない。
雑務と言っても、前述の社員へのお茶汲みなどもあれば、
ダンボールに詰まった書類を地下の保管庫に移動するような力仕事もそこそこある。
ヒマすぎず、キツすぎず。仁にとってちょうどいいバイト先であった。
「今日はどうしますか?」
「あ、紙にやっておいて欲しいことまとめといたから、お願いね」
兜から渡された紙を受け取り、目を通す。
(伝票の並べ替えと、ファイリングと……)
今日は溜まった書類や伝票の整理がメインとなりそうだ。
さあやるか、気合を入れなおし、手を付け始めた。
もうちょっとでバイト終了の時間。
始めた書類の整理は4割ほど片付いたが、今日中に終わらせなくても良いと聞いているので、
キリのいいところまで片付けてそろそろ今日の終了報告を兜さんにしないとな……
そんなことを考えつつ片付けをし始めようとしたところでガラリ、と事務所入り口のドアが開いた。
「……戻りました」
白いシャツにキチっとスーツを合わせた細身の女性である。
髪はショートでさっぱりとまとめられており、清潔感がある。
赤いアンダーリムのメガネの奥にある瞳はやや怒りの感情が見て取れる。
「橘くん、わるいんだけどコーヒーもらえるかしら」
「あ、はい、いま入れますね」
仁は給湯室へ行き、コーヒーを入れる。
彼女は甘めのコーヒーが好きなので、砂糖は2杯。
彼女が持ち込んでいるマグにコーヒーを注ぎ、デスクへ持っていく。
「どうぞ、南雲さん。何かあったんですか?」
「ありがと……何かも何も……ああもう思い出したらまた腹が立ってきたわ!」
女性はぐいっと男らしくコーヒーを煽ったあと、がん、と机にマグを叩きつけて怒りをあらわにする。
彼女は南雲侑。
このセクトシステムズに所属する社員の一人――SEの女性である。
セクトシステムズは、虫由来の亜人が多い。勿論そういった亜人しか雇っていないわけではないのだが
同系統の種族のほうがなにかとやりやすいのか、現在そうなっている。
侑も下半身が蜘蛛のような足を備える、アラクネという種族の亜人であった。
「あんのハゲ親父め……自分が客だからって……」
ぶつぶつと呪いの言葉のようにつぶやく侑。
壁に掛けてある予定ボードを見ると、今日の南雲の欄には「外出:A社」と記されていた。
客先での打ち合わせで何かあったのだろうか……責任ある仕事って大変だな、と仁は人ごとのように感じていた。
壁掛けの時計からチャイムがなる。終業時間だ。
「橘くん!これから飲みに行くわよ!付き合いなさい!」
「え、南雲さん。飲みって急にそんな」
困ったように目線を泳がせると、奥の席の兜がちょいちょいと仁へ手招きしているのが見えた。
さすが所長、助け舟を出してくれるのか!兜の机まで駆け寄ると
「お釣りはいいから、これも仕事だと思ってお願いね。彼女ウチのエースだからネ」
所長のポケットマネーから5000円渡された。大人ってズルイ……仁はそう思うのであった。
セクトシステムズ近くには、気のいいエビの亜人の主人が切り盛りするこじんまりとした居酒屋がある。
仁と侑は、そこにいた。
「だからね、あんのハゲ親父、自分が客でこっちが強く言えないからって当初と違うこといいだして」
侑はすでにビールジョッキ4杯目。対して仁はシラフである。
話題は今日の打ち合わせについてであった。もっとも、一方的に侑が愚痴っているだけであったが。
「ちゃんと仕様書に書いてあるし、あっちのOKの印鑑ももらってるっつの!それを実装してからひっくり返して!
やってられねーっての!おっちゃんビールもう一杯頂戴!」
あいよ、と主人から返事があり、すぐに運ばれてくる真新しいビールジョッキ。
酒の提供が早い。いい店である。
「南雲さん南雲さん、あんまり飲み過ぎないほうが……」
「何よ、まだ全然酔っ払ってなんかないわよ!」
そう言い張る侑の目は半開きで、顔はゆで蛸のように真っ赤である。
実は、仁が侑に誘われて(半ば拉致されて)こういった飲みに来るのは初めてでは無かった。
侑は酒に弱いくせに、酒を飲むこと自体は好きなのだ。
しかも酔っているときの行動や会話はぽろっと忘れている悪癖もある。
仕事は人一倍キッチリこなし、普段はしっかりとしたオトナの女性である侑であるが、酒が入るととことんダメな女性であった。
侑は仁のマンションの管理人であるあやめの友人であった。
アルバイトを探していた仁に侑を紹介してくれたのがあやめだ。
その侑のツテで今のバイト先に入れたのだから、なかなか侑の誘いを断ることはできない仁だった。
「酔ってる人はみんな酔ってないって言うんですよ……」
「橘くんまであのハゲ親父みたいにぐちぐち言うの?私だって仕事で疲れて帰っても家には一人の寂しい生活なんだからお酒くらい
好きに飲ませなさいよ」
「じゃあ家で飲むとかですね」
「一人で寂しく宅飲みとか侘びしくて死ぬーっ!」
ぐいーっ、とジョッキを一気に煽り、だん、と空になったジョッキをテーブルに叩きつける。
「だいたいね、ついこの前高校の友人の結婚式をまざまざと見せつけられた直後に今日のコレよ……
あいつは優しそうな旦那とイチャイチャしてんのに私は仕事でハゲ親父の嫌味を聞かされるとか……何の罰よ……
私が何をしたのよ……私だってやさしくてイケメンで高収入で家庭的な旦那がほしいわよ……」
いつのまにか愚痴が変な方向になってきたな、と仁は唐揚げを食べつつ聞いていた。
ここの唐揚げは絶品である。使っている素材がいいのか、肉汁がじわっとあふれでてくる。ご飯が欲しい。
「南雲さん、美人なんだからすぐいい人見つかりますよ」
「ほんと?ほんとにそう思ってる?」
「ウソつきませんってば。南雲さん美人です」
「うう……橘くんいい子……」
いつの間にか向かいの席に座ってた有が仁の隣の席へ移動した。
「そういえば、橘くんも優しそうだし、仕事もちゃんとするしいい子よね……」
「南雲さん?」
とろんと目をうるませて、酔いのせいもあるか上気した表情で仁に迫る侑。
有無を言わさぬ雰囲気で、きゅっと手をまわし、仁の胸に顔を押し付ける。
「ね、橘くん彼女居なかったわよね?年上の女はイヤ?」
「な、南雲さん?ちょっと待って」
「……」
落ち着いてもらおうと、声を掛けるが侑は何も言わない。
顔はふせられており、表情は窺い知れないが、回された腕から侑の体温が伝わってくる。
「南雲さん、人目も多いですしちょっと離れたほうが!」
「………」
「……南雲さん?」
「……ぐう」
「寝てるよこの人!」
いつのまにか侑は眠りこけていた。思えばいつもより酒を消費するペースが早かった。
その分酔いの回りが早かったのだろう。
こうなるともう朝まで目は覚めないであろう。
もうこれはあやめにお願いしてあやめの部屋に侑を泊めてもらうしかない。
あやめならちゃんと話せば快諾してくれるだろう……なにかしらからかわれるかもしれないが。
そういえば、会計をしないと。主人に会計をたのみ、伝票をチェックする。
端数はサービスしてくれたのか、きっかり5000円だった。
しかし、ここからタクシーであやめのマンションまで行くと、大体1000円くらいかかる。
……所長、足でちゃってますけど、これバイト代として補填されますかね?
さすがにそんなことは聞けないなと、あきらめてタクシーを拾う仁であった。