双子のお姉さん
双子のラミア。
「あ、おかえり~」
家のリビングに入ると、我が物顔でソファーに寝そべりながら
ゲームをしている美女がいた。
仁は、現在両親が揃って長期出張中のため、一人暮らしである。
そのため、自宅に帰っても誰かが出迎えてくれるということは、まずない。
幼馴染の竜子は合鍵を持っているが、今日は部活のため帰りが若干遅いので
この時間にいることはありえない。
竜子以外に合鍵は渡していないため、今は仁以外居ないはずである。
「あーもう!なにこれ!CPU超反応しすぎじゃないの!?」
仁がつい最近買ったばかりの格闘ゲームに興じる女性は、不機嫌そうに一人ごちたあと
ポテトチップスを素手でつかみ、ばりばりと咀嚼する。
「葵さん!ポテチ素手で掴んだ手でコントローラ持たないで!」
「えー、いいじゃん。仁細かいなー」
葵と呼ばれた女性はぶーと口を尖らせ、下半身から伸びる尻尾でばしばしと床を叩き、抗議する。
蛇川葵。下半身が蛇のラミア族の女性である。
ややツリ目で、顔立ちのはっきりとした美人であり、尻尾には綺麗な青色の鱗があるのだが
鱗と同様の青みがかった髪はボサボサで、だらしなく伸びたタンクトップという格好が非常に残念な雰囲気を醸し出していた。
「……ていうか葵さんどっから入ったの」
「ベランダのカギ開いてたよ……っしゃ勝利!」
YOUWIN!の文字がテレビ画面に映し出され、葵はガッツポーズ。
そういえば昨日の夜は若干暑かったから網戸にしたままだったな……と思い出す。
葵は3年ほど前に隣に引っ越してきた。
このマンションは一つの階に3部屋あり、橘家は真ん中に位置しており
左隣に竜子のいる龍ノ宮家、右隣が葵の蛇川家であった。
葵は非常にだらしがない性格をしていた。
しかし、だらしがないのは自分の家の中でだけで一歩外へ出ると葵は豹変する。
スーツをバッチリ着こなし、会社での成績は優秀。
この若さですでに主任の肩書きを持つ若手のホープなのである。
当然、仁の両親にもその外面の良さは発揮され、両親が海外出張に行く前に自ら
「龍ノ宮さんだけでは大変でしょうから、私も仁くんを見ておきますからご安心くださいね」
と必殺の営業スマイルを浮かべながら、豪語していた。
が、それはあくまで仮の姿。
「あんだけウチの親に大見得きったくせにこれですか……」
「あによー、ちゃんと見てあげてるじゃない!……見てるだけ!」
「普通は『面倒を見る』って意味なんですけどね!?」
葵は家事が一切できない。
掃除もできないため一人でいると部屋は荒れ放題、洗濯物は積みっぱなしで
足の踏み場もすぐなくなるような状態に陥る。
ある日、些細なことからそんな状態になっているところを仁に見られたことがある。
そのため、仁の前では猫をかぶらなくなったのだ。
はぁ、と溜息をつきつつ葵がゲームをしながら食べたであろう菓子の空き袋を片付ける。
その中には仁が買ってきて、今日食べようと思っていたものもあった。
勝手に菓子類を食べられるのも何度もやられているので、今更怒る気にもならず諦めている。
菓子一つでそこまで怒ることでもないが、後日別の菓子を買ってきくれることもあるし、
本当にやっちゃいけないことはやらないからある意味タチが悪い。
ある程度片付けたところで、玄関のチャイムがなったので玄関へ向かう。
玄関を開けると、そこには葵と雰囲気の似ている女性が困ったような表情を浮かべていた。
「ひーくん、姉さん来てない?」
「あー、雪姉こんにちは。リビングでゲームしてるよ……」
「やっぱり……ごめんねごめんねひーくん。姉さんがいっつもいっつも」
「いやまあしょうがないでしょ……上がってよ」
「あっ、うん。おじゃまします」
葵と似た顔立ちながら、若干垂れ目の温和そうな女性。
彼女の下半身も蛇であるが、葵と決定的に違うのはその色―――
その女性の髪も肌も尻尾の鱗も、真っ白な雪のようであった。
「お、ユキおかえりー」
「もう姉さん!勝手にひーくんのお家に上がり込んで!」
葵にユキと呼ばれたこの女性。蛇川雪乃。
苗字から分かる通り、葵の血縁であり、双子の妹にあたる。
雪乃は葵と同様にラミア種である。
ラミア種は通常、青や茶色の髪や鱗を持つ種類が多いが、前述の通り雪乃は髪も鱗も白色だ。
生まれながらに色素が薄い先天性白皮症――アルビノである。
動物のアルビノは紫外線に弱かったり、病弱であったりすることがあるが
雪乃はそんなことはなく至って健康体だ。直射日光は少々苦手のようだが。
葵が現在、健康的な生活ができているのは雪乃のおかげによるところが大きい。
雪乃は顔立ちこそ葵に似ているが、性格はまるで異なっていた。
女性らしく、家事全般はお手の物。
部屋だって毎日掃除するし、洗濯物はキッチリたたんでしまう。
性格は温和で、和を大事にし、花と子供が好きなまさに女性の鏡と言えよう。
ただし、雪乃も聖人ではないし。葵の双子である。
性格に難点が無いわけもなく
「姉さんばっかりひーくんのところにいるなんて、ズルイじゃない!私も誘ってよ!」
「怒るところそこなの雪姉!?」
仁に対して、ダダ甘でべったりなのである。
女性らしい面の強い雪乃は、献身的な母性も強烈に持っていた。
二人姉妹の妹という立場上、なかなかそういったものを発揮する機会には巡り合えなかった。
しかし、このマンションに姉と二人で引越してきてからというもの、隣には可愛い年下の男の子。
しかもその男の子の両親は海外出張するとのことで、ここまで発揮されていなかった
母性が爆発した。
両親も居ない一人暮らしは寂しいに違いない!私がお姉ちゃん代わりになって色々お世話してあげなければ!
誰に言われるまでもなく間違った方向への決意は即日発揮され
半ば強引に『仁のお姉ちゃん』というポジションをゲットした。
以後は何かと仁に構い、甘やかそうとある意味必死なのだ。
「だってお姉ちゃんもひーくんと一緒に遊びたいし……」
「それよりは勝手に入った葵さんを怒ってほしかった……」
「あっあっ、ごめんねひーくん。お姉ちゃんが悪かったよ」
少しでも仁が沈む様子を見せると慌てた様子で謝りだす雪乃。
雪乃は仁が悲しんだりすると途端におろおろし始める。
「ああ、いや大丈夫。雪姉は悪くないし……悪いのは葵さんだし……」
「あによー、またアタシが悪者なのー?」
「お、お姉ちゃんにして欲しいことはなんでも言ってねっ。添い寝とかでいいかな!?」
母性が間違った方向へ発揮されている雪乃は、仁に対して天然な誘惑が多い。
膝枕、添い寝、ハグ。そういったスキンシップを非常に好む。
雪乃は女性にしては身長が高めで、胸も標準よりは大きいのでそういったことを
天然でされると健全な男子学生である仁にはいろいろキツイものがあるのだが
露骨に断ると雪乃はとても残念そうに落ち込むので、仁は毎回苦慮していた。
「そ、それより雪姉。何か他に用事があったんじゃないの?」
「あ、そうだ。美味しいパスタのお店を見つけたの。これから一緒に食べにいかない?」
ぱっと、思い出したように笑顔で夕食のお誘いをする雪乃。
パスタか、最近麺類は食べてないしたまにはそういうのもいいかな、と仁は考え、行く事にした。
「パスタ?っていうかアタシも行くからちょっと待ってて!」
いままでソファーでだらしなく伸びていた葵は、外食と聞くや否や即座に起きだし
玄関から出て隣の自宅へ入っていった。
1分後、出てきたのは綺麗に髪の整われた、小奇麗なシャツにカーディガンをまとった
先ほどとは見違えるほどキッチリとした格好の葵であった。
街で見かけると10人中8人が振り返るであろう美女がそこにはいた。
「おっまたせー。さあ行きましょうか」
「毎回思うけど、家でもそういうふうにしていればいいのに」
「やーよ、家でもこんなの疲れるじゃない」
「葵姉さん、ついてくるのはいいけど、姐さんのおごりだからね」
「うぇっ!?まぁいいわよ!社会人の財布力みせてやろうじゃないの!」
竜子や雪乃、葵がこうして仁を気にしてくれている。
仁は両親が長期不在でも、ほとんど寂しさは感じていなかった。
2012/10/18 文章がおかしい部分を修正
2012/10/20 誤字修正