後輩's
ハーピーと烏天狗。
市立佐原学園。
仁たちの通う学園である。
『責任・自立・自由』をモットーとしており、生徒への教育もこれに従い行われている。
早い話が「自分らで責任取れるなら何してもオッケー」ということである。
よってこの学園の生徒はアルバイト、商業活動、部活の設立、イベントの立案など
自らの責任の上で何をしても良いとされており、その自由さが人気の学園である。
佐原学園は丘の上にあり、通学路は当然坂を登っていく形となる。
ピークの登校時間には少し早めの時間であり、学園へ登校する生徒は少しまばらだ。
「おはよー、たつみー!」
たたたっと別のクラスである猫獣人の少女が竜子の横に並び、挨拶をしていく。
「おはよう。猫美ちゃん。これから朝練?」
「もう遅刻確定だけどね!たつみーは今日も旦那と一緒で羨ましいですなあ」
「んふふ、いいでしょ」
竜子は仁に絡めた腕をさらにぎゅっと、所有権を主張するように抱き寄せる。
ふに、と小さすぎず大き過ぎない形の良い胸が仁の腕に柔らかな感触を与える。
思わず「やらわけえ!?」と声に出そうになるが、変態以外の何物でもないのでぐっと堪える。
「だから旦那じゃないし、ドラ子くっつきすぎ。暑い」
「あらー奥さん、旦那さん照れてますよ?」
「しょうがないのよー、仁ったらヘタレだからねー」
やいのやいの、女同士で男を出汁に会話に花を咲かせる。
女子二人が楽しそうに話をするのを眺めるのは良いものだが
その話題が自分のことで、しかも本を片付けない、机にものを置きっぱなしにするだの
プライベートな部分の愚痴なのかなんなのかわからないことなのは居心地が悪い。
「……そういやお前朝練は?」
「にゃっ!?……先輩に怒られるー!」
仁に指摘され、思い出したように時計を確認したあとばひゅーんと陸上選手
顔負けの速度で猫美は学校に走りだした。
「あいつは少し落ち着いたほうがいいなあ」
「ふふ、元気でいいんじゃない?」
すっ、と強く抱き寄せられていた腕が軽く絡める程度まで離れる。
柔らかな感触がなくなり、少しさみしい。
「やっぱりもっとくっついたほうがよかった?」
「……だから暑いって」
竜子はにやにやと仁の顔を覗きながら、わざとらしく聞いてみる。
寂しいと思ったことはバレてない、バレてるような気がするけどバレてないと自分に
言い聞かせて平静を保とうとするが、それも含めて竜子にはバレバレであった。
そのまま通学路を数分歩いていると遠くから
ばっさばっさと鳥が羽ばたくような音がだんだん近づいてくる。
嫌な予感がするのでひょい、と竜子から腕を離し一歩横にずれる。
「お兄ちゃんおはyきゃうわぶべぇあ!?」
仁が横に一歩ずれた瞬間、直前にいた場所を何者かが空から突っ込んできて
ものすごい勢いで地面に激突してズザーーーーと2get!といいそうな勢いで
地面を転がりながら停止した。
「ハピ子、パンツ見えてる」
こちらにおしりを突き出す形で停止した少女は、転がった拍子にスカートが捲れて
下着全開の姿だった。色気もそっけもないひよこのバックプリントのパンツが丸見えである。
「お兄ちゃん美少女の抱擁を避けるとかひどくない!?玉のお肌に傷がついたらどうすんの!」
がばり、と起き上がり立派な羽のついた両腕をばさばさと振り回しながら抗議する少女の名前は
鳥沢 幸。人間の上半身に腕には翼がついており脚は鳥のようなつくりをしている
ハーピーという種族である。
翼の羽根は淡い茶色をしており、非常に触り心地のよさそうな艶を放っている。
ピンク色くせっ毛の髪は今日も元気に跳ねており、わたし怒ってます!という感情を表情豊かに表している。
幸は仁と竜子の近所に住む年下の幼馴染である。
仁と竜子が遊んでいたところに、小さい頃に引っ越してきた幸が加わるような形で一緒に遊び
年下ということもあり、二人の妹のような関係で今も続いている。
「空からの急降下タックルは抱擁とは言わないだろ!アレで前、腰痛めたんだぞ!?」
「腰痛めたとか、お兄ちゃんやらしい!」
「話を聞け!」
幸は昔からこうであった。元気がありあまっているのはいいのだが、都合の悪いことは
すぐに忘れるか、話を聞かない。しかし悪気はないので憎まれないのは、人徳の一種であろうか。
「それはそうとまた竜姉とイチャコラしてるし!」
「いや、イチャコラはしてないだろ」
「なぁにハピ子、羨ましいの?」
「うらやまずるい!独占禁止法違反です!新企業の参入の妨げになってます!」
「残念ながらもう私のものだしねー」
「俺の腕は俺のものだよ!?」
「ぐぬぬぬ、かくなる上は武力介入も辞さない!」
ばばっと仁と竜子の間に体を滑り込ませ、絡められた腕を離す幸。
「あ、ハピ子それはないんじゃない!?」
「話し合いによる平和的解決の段階はすでに過ぎた!」
ぎゃあぎゃあと仁そっちのけで「年上でお姉ちゃん的存在を敬う気持ちはないの!?」だの
「年下を大事にする年長者の気概を見せろ-!」だの言い争いをはじめる竜子と幸。
忘れているようだがここは通学路である。当然、通学中の学生もいるので注目を集める。
しかし二人はそんなことはお構いなしのようである。
「幸ちゃん、待ってよ~~~」
もう二人放置して先に学校に行こうか……と悩んでいたところにばささ、と
空から飛来する人物がもう一人。
幸と同じように翼を持つ少女である。
「もー、急に先に飛んでっちゃうんだから……」
「あ、舞ちゃんおはよう」
「ぴっ!?せ、先輩、おはようございます!」
烏野 舞。幸の級友で、仁の後輩に当たる。
腰まで伸ばした長い黒髪と、髪と同じような濡れ羽色の翼を持つカラス天狗という
ハーピーの亜種である女の子だ。
身長は小さく、性格は控えめ。容姿も相まってまさに大和撫子の雰囲気を醸し出してる。
どうも彼女は顔が赤くなりやすいみたいで、いまも若干頬を染めている。
「ハピ子追ってきたの?」
「あ、はい。一緒に飛んでたんですけど、幸ちゃん急に速度上げて飛び出しちゃって……」
「なんていうか、苦労掛けるね……」
暴走気味の幸とは対照的に、舞は非常に常識的で、気が効く。
気が強かったり我の強い性格の多い亜人の中、ある意味珍しい性格をしている。
おかげで幸に振り回されることも多いが、正反対の性格が逆に馬があう結果となっているのだろう。
幸と舞は非常に仲の良い友人同士であった。
「それで、幸ちゃんは何を……」
「さあもう俺にもわからん」
舞が来たのも気づかず、いまだに竜子と幸は言い争いをしていた。
聞こえてくる内容は「冷蔵庫のアイスを勝手に食べた」「貸したマンガ返せ」など
もう元々の原因がなんだったのかわからない内容になってしまっていた。
「こりゃだめだ、置いて先に行こうか舞ちゃん」
「ふえっ、あ、いいんでしょうか……」
「いい、いい。付き合って遅刻したらかなわん。なにより関係者と思われるのが恥ずかしい」
時間もそろそろいいところだ、これ以上ここで足止めされると
走らないと始業に間に合わなくなりそうなので放置して先に行く事にする。
せっかく早めにでてきているのに、遅刻なんてもってのほかだ。
「んじゃ、行こうか舞ちゃん」
「ふへへ、先輩と二人で登校……」
たたっと仁の隣に並び、腕が触れるくらいに近づき一緒に歩き出す。
幸に振り回されることも多いけど、こういうこともたまにあるなら帳消しかな、と
心のなかで考える舞であった。
「ちょっと、仁もハピ子に何か言って――」
「お兄ちゃんはどっちが――」
ひとしきり言い争いをした二人は、ラチがあかないと仁に振り返り――すでに居ないことに気づく。
遠くに、舞と並んで談笑しつつ学園に向かう仁の姿を二人は見た。
「この浮気者ーっ!」
「いつのまに舞ちん抜け駆けは無しじゃんー!?」
言い争いの結果は、両者痛み分けであった。
舞→幸の呼称がおかしかったのを修正