エクササイズ
お気に入り300件越えました。ありがとうございます。
総合Ptも4桁が見えてきました……
久々にとれた連休だし、買い物にでも行こうかと以前買っておいたスカートを履こうとしたものの
なぜかウエストが止まらない。
はて、間違ったサイズを買ってしまったかとスカートのウエストサイズを確認する。
うん、あってる。
これは自分の記憶にあるウエストサイズだ。他のお気に入りのスカートも同じサイズ。
じゃあなぜこのスカートは入らないのだろう。
洗濯で縮んだ?ああそうだ。そうに違いない。
洗濯もちょっと気をつけないとすぐ服がダメになってしまう場合があるから
気をつけないといけない。勉強になった。
侑はあやめの部屋でお茶をのみつつ、そんな話をしていた。
「まったくなあ。あやめも気をつけないとダメだぞ」
「侑、ちょっとそこの体重計乗ってみなさい」
「何故そんなことをしなければならない?」
「それは、スカートが縮んだんじゃなくて侑がふと……」
「ああ、このお茶は旨いな。なんていう銘柄なんだ?」
あやめが指した体重計の方向から露骨に目を逸らし、ずずっ、とお茶を啜る侑。
無言で隣に座るあやめは、侑のお腹を人差し指と親指でつまむ。
むに、とお腹の肉が形を変えて摘まれる。
「何か言いたいことがあるのかあやめ」
「この状態でもまだ言い逃れするの?」
「……わかったよ、体重計でしっかり太ってないって証明すればいいんだろう?」
侑は目を閉じたまま、緊張した面持ちで体重計へと乗った。
あやめの体重計は精度の高いデジタルの最新式だ。
体重は50グラム単位、体脂肪やBMIなんかも自動で測定してくれる。
ピピッ、と計測終了の音が鳴る。
侑とあやめは同時に数値を覗きこんだ。
機械は嘘をつかない。表示された結果は、侑の思い虚しく非情な数値をたたき出していた。
今になれば、思い当たるフシはあった。
最近仕事が忙しくて食事の時間は不規則で、夕食は22時を回ることも多かったし、
合間をぬって取った休日は、昼まで存分に寝て起きたあとも家でゴロゴロしていた。
一人での晩酌も常態化していた。ワインがマイブームで各種いろいろなチーズにも手をだした。
頭脳労働である仕事中についつい糖分が欲しくなりチョコレートも食べた。
打ち合わせを兼ねた酒の席もなんだかんだで結構あった。
昨日、やっと大きな仕事が終わり、盛大な打ち上げを行った。
焼酎が豊富な店で、いろいろ飲んだし、料理も食べた。とくにあの豚の角煮はトロトロで美味しかった。
仕事の開放感からハメを外したのは認めるが。
「だからって3キロも太って良いわけないわよね」
あやめの無慈悲な言葉が更に追い打ちをかける。
「言われなくてもわかってる……」
「胸も無いのにお腹だけ出てるとか、どうしようもないわよねえ」
「うぐぅっ……!」
確かに侑は胸は豊かなほうではない。成熟した女性の割りにはとても慎ましやかだ。
そのかわり、モデルのようなスラリとしたスリムさを持っていた。
学生時代は同年代の友人にはその細さを羨ましがられたことも何度もあった。
侑も普段は太らないように気をつけた生活をしていたのだが、
仕事が立て込んだため、不摂生な生活に油断した結果、見事に肉がついてしまった。
パッとの見た目はほぼ変わらないのだが、太ったという事実は
侑の心にことさら深いダメージを与えていたのだ。
「太ったなら痩せればいいだけのこと……ダイエットだ!」
「それなら、いいダイエット方法があるわよ」
「この際なんでもいい、効率的に痩せられるのなら」
「じゃあ準備をするからこのジャージにでも着替えてね」
あやめのこういった提案は、大抵何かがある。
切羽詰まった侑は、それに気づかずあやめの提案を受け入れるのだった。
◇
あやめに渡されたジャージに着替えて部屋に戻ると、先程まで居なかった
人物が増えていた。仁である。
「あやめ!何故橘くんがいるんだ!」
「男の子の目があったほうが張り合いがでるでしょ?」
「だからといってダイエットするから付き合えなんて言ったら太ったのがバレるだろう!」
侑はあやめに抗議をした。もちろん仁に聞こえないように。
仁としては、家でのんびりテレビを見ていたところをあやめに襲撃され、
「今すぐ動きやすい格好でウチに来てくださいね」とだけ告げられただけだ。
心情としては聞かなかったことにして、番組の続きを見たかったが
そうするとあとでどんな目に合うかわからない。
そのため、ジャージを着込んで参上しただけである。
なんのために呼ばれたのかすらもわかっていなかった。
「あやめさんも南雲さんもジャージですけど、これから何かするんですか」
「ああ、侑のダイエ……むぐぅ」
「たまには運動でもしてスッキリしようかと思ってね!他の理由などないよ!」
あやめが正直に仁に理由を話そうとするのを、侑があやめの口を強引に手で塞ぐ。
しかし途中までは仁にはハッキリ聞こえていた。
「もしかして南雲さん太っ」
たんですか、と聞こうとしたところで、侑からの眼力に怯み、言葉を止める。
「それ以上言うと来週から橘くんの仕事の量は3倍になるぞ」
「俺もたまに運動したいと思ってたんですよね!」
ここで追求しても自分の首を締めるだけである。長いものにはまかれましょう。
なんだかんだ年上の女性に囲まれている仁はそれが安寧に生きる手段だと身を持って知っていたのだった。
「で、何をするんですか?」
「ちょうどいいものがウチにあったので、コレにしようかと~」
あやめが取り出したのはちょっと前に流行ったエクササイズDVDだった。
腰を動かす動作を中心に、ノリのいい音楽にあわせてダンスのようなエクササイズで
楽しみながらダイエット!というコンセプトで大ヒット(主に主婦層に)したものだ。
仁も名前は知っていた。テレビCMや昼のワイドショーなんかでも当時頻繁に取り上げられていた記憶がある。
「あやめさん、なんだかんだでミーハーな部分ありますよね……」
「あやめはこう見えて金使いは荒いんだ。前にも健康系のサプリメントとか買ってたな」
「別に私のお金だしいいじゃないのよ~。それじゃ再生するわよ」
◇
DVDが再生されて20分ほど。
女性向け、それも主婦層とターゲットしたエクササイズなのだから、それほど辛いものでも無いだろうと思っていた。
しかし甘かった。
普段から特別運動をしていない仁にとっては、その内容は十分に運動となるものだった。
もっとも、運動にならないと痩せないのだから、エクササイズとしては正しいのであるが。
『お腹をひっこめて!前、後ろ、左、回す!エイト、セブン、シックス……』
大きめの液晶テレビに画面の中では、腰がきゅっとくびれた虎獣人の女性インストラクターが
笑顔でエクササイズの指示をだしていた。
序盤はゆったりだった曲のテンポも、体があったまってきた中盤はかなり早いものとなっている。
ここで一気に脂肪を燃やすように作られているようだ。
「結構、しんどい、です、ね」
「辛く、なければ、意味が、ない、からな」
水平に上げた腕を、前へ後ろへ。腰は腕とは逆に突き出すように動かしながら会話をする。
ちらりとDVDの時間をみると、ここまででようやく半分くらいだった。
画面からの『もう1セット!』の声にメゲそうになりながらも、運動を続ける。
「ああもう、暑い!」
「さすがにちょっと辛いわ~」
激しくなってきた運動からくる、体の暑さに耐えかねたあやめと侑は、
着ていたジャージの上をばさりと脱ぎ捨てた。
二人共ジャージの下には無地のシンプルなTシャツを着ていた。
汗だくになった二人共、Tシャツが汗で張り付いており、体のラインをはっきりと浮かび上がらせていた。
あやめや侑の首筋や額には汗が流れ、体をつたい、シャツに吸収される。
あがった体温によって蒸発した汗の匂いが部屋に充満していた。
改めて見ると、あやめと侑のスタイルは対照的だ。
女性らしさを存分に現しているかのような肉感的スタイルのあやめ(かと言って太っているわけではない)と
中性的で線の細いスレンダーな侑。
侑のスタイルは太ったとは思えないほど細く、ダイエットの必要など内容に仁には感じられた。
どちらも女性として、ジャンルの違いはあれど男から見れば十分に魅力的であった。
あともう一つ。
Tシャツ姿になることで、あやめと侑でよりはっきりと表れた対照的な部分があった。
右のあやめを見る。
運動するたびに、体の一部分がゆさゆさと揺れていた。
幸曰く、スイカの部分である。
左の侑を見る。
あやめと同じ動きをしているはずなのに、揺れない。
動きはシャープでカッコイイのだが。
DVDはちょうど前屈をするような動作をしていた。
右のあやめをもう一度見る。
前屈するのに胸が邪魔そうだ。
左の侑を見る。
前屈するのに邪魔なものは一切ない。
コレが格差社会か……と仁は内心なんとも言えない気持ちになるのであった。
◇
DVDも終わり、運動後の休憩をしながら3人は会話をしていた。
「結構キツイが、これを続けさえすれば……」
「食事も気をつけたほうがいいんじゃないかしら」
「南雲さん、結構お酒飲むから控えたほうがいいじゃないですか」
「それは無理だ」
仁の提案は侑にバッサリ切り捨てられた。
ダイエットといえども酒だけは外せないようである。
侑のダイエットは少し長くなりそうである。




