幼馴染
竜人娘。
「おーい、起きなさいよ」
朝7時。出勤に時間のかかる会社員などはとっくに家を出ているが
部活のない学生などにはちょっと早い時間。
「ほら、もう朝ご飯できてるってば」
寝こける青年を、同じくらいの年齢の少女が声をかけて起こそうとしている。
この青年と少女は幼馴染の間柄であった。
親同士の仲が良く、家も隣。まぁまぁ良くある関係ではあった。
「……まだ起きないの?しょうがないな……」
ただひとつ、特殊なのは
「ねぼすけには、尻尾で叩きおこしちゃうぞ☆」
「洒落にならんからやめろ!」
少女には角と翼と--光に反射する鱗のついた尻尾がある。
「ドラ子、お前の尻尾本気で振るったら鉄パイプ曲がるんだぞ……」
「やーねぇ、仁にそんなことするわけないじゃない」
淡く緑色に光を反射させる尻尾をぴこぴこと揺らしながら
少女はドラゴノイド、竜人と呼ばれる種族である。
体型としては歳相応の少女のそれだが、竜人が竜人たる所以の
立派な角と、翼膜のついた翼、それに鱗の輝く尻尾を持つ。
彼女のような人間以外の、亜人と呼ばれている種族が人間と暮らすようになって
数百年が経過している。
突如人間世界に現れたかのように見えた彼らは、以前から存在はしていたという。
いわゆる、妖怪やその類は伝説や物語などではなくて、実在していたという話だ。
世界中でこのような亜人がどんどんと現れるなか、亜人の代表というとある竜が当時こう発言した。
「我々は、人間と敵対する気はなく、友好な関係を築いて行きたい」
当時の人間社会は当然の如く混乱した。
やれ、あんなものは人間ではない、バカを言うな意思疎通もできるのだから人と同様だ−−−
そんな中、いち早く亜人を自分らと同じ人間として、対等に向き合うということを宣言した国があった。
日本である。
もともと昔から蛤だの狐だの蛇だの魚だの異種異類との結婚の物語に枚挙がない国である。
一部の猛烈な支持もあり、日本に来た亜人は希望すれば国籍も与えられることになった。
日本に来た亜人達は、生活の違いなどに戸惑うことはあったものの
お互いに歩み寄ろうとする意識や、亜人が重犯罪などをほとんど起こさなかったのもあり
世界中でも徐々に認められていった。
そんな経緯を経て数百年経過した今では、すっかり亜人達は日本の文化に染まり
なんら善良な日本人と変わらぬ生活を満喫していた。
ここ、佐原市も、そんな人間と亜人が共に暮らす日本のごく普通の一般都市である。
「ほらしゃきっと顔洗ってきて」
「へーい……」
竜人の少女に起こされた青年は、橘仁。
ごく普通の学生である。
父親は仕事で海外へ長期の出張、母親は
「私達が居なくても大丈夫よね?龍ノ宮さんとドラ子ちゃんにお世話お願いしておいたから!」
と言い張り、息子一人置いて父に付いて行ってしまった。
いまごろは海外で仕事だということを忘れて旅行気分を満喫していることであろう。
顔を洗い、タオルを探す……がいつもそばに用意してある場所にフェイスタオルが無いことに気づく。
「ドラ子ー、タオルどこ?」
「えー?棚の上に無いー?あんたの家でしょーがー」
はい、とタオルを手渡されて顔を拭く。
さっぱりしたところで少女と目が合う。少女は仁の顔をみて、うん、いつもどおり男前、と微笑んだ。
冗談交じりなのはわかっていても、妙に気恥ずかしくなり、言ってろ、と多少ぶっきらぼうに返して
食卓へ向かう。
「いただきます」
「いただきます」
食卓には朝食が用意してあった。
焼き魚に、味噌汁。ほうれん草のおひたしと、白米。簡単なメニューであったが
日本人としてはほっとするメニューであった。
この朝食を作ったのは、仁の向かいに座る少女、龍ノ宮竜子である。
前述のとおり、家が隣で、仁とは幼馴染。
ドラゴンで竜子だから、ドラ子だな、と小さい頃の安直なあだ名で今なお呼ばれ続けている。
小さい頃はどちらかというとやんちゃであったのに、気づけば顔立ちは可愛らしく整われており
赤みがかかった髪はつややかによく手入れがされているのがわかり、体は女性らしく
しなやかで柔らかそうに成長していた。
だれが見ても、美少女そのものである。
そんな彼女だが、仁の両親が海外へ出張してから仁の家にほぼ毎日上がりこむようになった。
曰く「おばさまにお願いされているし」ということで、ちゃっかり合鍵まで手に入れていた。
「ごちそうさまでした」
そんなことをとりとめなく考えつつも、朝食をすませ、食器を片付ける。
食器は夜洗えば……などとも思うが、過去に竜子に「水まわりが汚い家はだらしがない!」と
怒られるのがオチなので、口には出さず、黙って食器を洗う。
「食器洗った?じゃあこれ、よろしくね」
ちょこんと鏡の前の椅子にすわり、櫛を手渡してくる竜子。
これも、いつものことである。
竜子の毎朝の髪を最後に整えるのは仁の仕事−−−これは小さい頃に
遊びの延長線上で当時から長かった竜子の髪を一度、櫛で梳かしてみたところ
竜子がえらく気に入り、毎回仁にやらせるようになったのである。
「はい、終わり」
数年単位でやっているこの作業、慣れたもので数分できっちり整える。
しっかりと梳かれた髪をさらりと確認し櫛を返す。
自分の姿を鏡で確認した竜子は立ち上がり
「うん、ありがと。……ね、可愛い?」
「はいはい、かわいいかわいい」
「もー、心がこもってないー!」
わざとらしい顔で可愛い?などと聞いてきているくせに何を期待しているのかと適当に流す。
実際、可愛いのだが本気で言うといろいろとマズいことになりそうなので
あくまでも冗談めかして。
「そろそろ行くか、あんまり急いで学校にも行きたくない」
鞄を手に持ち、玄関へと向かう。
「忘れ物無い?」
「無い……おかんじみて来たなあ、ドラ子……」
とんとん、とつま先を床に打ち付け靴を履く。
「んじゃ行くか」
「うんっ」
ぎゅっ、と仁の腕に自分の腕を絡める竜子。
これも両親が出張に行きだしてから竜子からやり始めた。
恥ずかしいからやめろと言っても聞かないので、半ば諦めて好きにさせている。
正直、仁の内心も嬉しい気持ちはあるので強くは言えない状態だ。
「行ってきます」
「いってきまーす」
玄関を閉めてカギを掛ける。
今日もいつもと変わらない平凡だけど、楽しい日常がはじまるのだ。
そんな、亜人が普通にいる現代日本に良く似た世界の、日常のお話。
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