第八話 僕の憧れは!
ドラゴンの死体は、想像以上に手早く処理された。
フェンドリードの指示で、ドラヴィンとフェアレンが手分けして動く。
鱗は剥がされ、角と牙は切り落とされ、
鱗、牙、角、宝石のような物が丁寧に回収された。
颯真は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
ドラゴンは、今や“資源”として切り分けられている。
⸻命の終わりは、あまりにも現実的だった。
(……終わったんだ)
ドラヴィンが人一人入れるぐらいの袋を取り出す
「残りはこの宝具に入れよう
じゃないと化け物どもが寄ってきちまう」
明らかに容量が足りないように見えるが、
ドラゴンの死体がどんどん入っていく。
普通ならもっと驚いていたが、そんな気力は今なかった。
やがて作業は終わり、壊れた屋根を応急処置した馬車が再び動き出す。
馬車の中は、さっきまでの戦闘が嘘のように静かだった。
揺れに身を任せながら、颯真は膝の上で手を握る。
(そう言えば町に着いたあと僕どうなるんだろう、)
考えないようにしていた疑問が、自然と浮かび上がる。
「……あの」
思い切って、口を開いた。
「僕、この先……どうなるんですか?」
フェンドリードが視線だけを向ける。
「身元が確認できない被災者は、保護対象だ」
淡々とした声だった。
「基本的には、転移災害被害者用の施設に送られる」
「施設……」
「衣食住は保証される。教育もある」
安全で、正しくて、何も問題のない選択。
それを聞いた瞬間、颯真の胸が、ひどく重くなった。
(……それって)
頭に浮かんだのは、元の世界の“日常”だった。
決められた場所。
決められた時間。
決められた役割。
きっとまた、レールの上
(このまま行ったら……また、同じだ)
何者にもなれないまま、
「守られる側」で終わる未来。
たまたまとはいえ
せっかくレールから外れたんだ
レール以外の味を知ってしまった
今更戻りたくはない
でも。
目の前にいるのは、ドラゴンを一瞬で斬った人たちだ。
自分は、能力も普通。
強さもない。
(ついていきたいなんて……言えない)
足手まといになる。
迷惑になる。
分かっている。
だから、何も言えなかった。
ただ、膝の上の拳を、強く握りしめる。
その沈黙を、誰も責めなかった。
馬車は、変わらず街へ向かって進んでいく。
逆らう勇気も、
流れに身を任せきる覚悟も、
まだ、持てないまま。
颯真は揺れる景色を見つめながら、心の奥で問い続けていた。
(……僕は、この人たちについていきたい、でも、
失敗したらどうしよう)
答えは、まだ見えなかった。
様子を見ていたメルヴァンがゆっくり口を開く
「……おい、大丈夫か?変だぞなんか」
メルヴァンの声は、妙に近かった。
颯真はすぐに答えられず、視線を落とす。
(…..)
安全な場所。
何も考えず、決められた日常を送れる場所。
それは、間違いなく“楽”だ。
でも。
(それって……)
胸の奥に、さっき芽生えたばかりの感情が、ちくりと刺さる。
「……行きたくない」
小さく、正直に漏れた声。
「施設行ったら、多分……前の自分に戻る気がして」
メルヴァンは黙って聞いている。
「特別になりたい、なんて……そんな資格ないのも分かってる」
「力もないし、ここにいたら……足手まといだって」
指先が、無意識に強く握られる。
「……でも」
言葉が、震えながら続く。
「せっかくレールから外れたんだ」
沈黙。
そして、メルヴァンが低く笑った。
「……ふっ」
「だったら、もう答えは出てるんじゃねぇか」
その声は、どこか強かだった。
「流されるのが嫌なら、
一回くらい逆らってもいいんじゃないか?」
メルヴァンは、ニヤリと笑う
馬車の揺れの中で、その言葉だけがやけに重く残った。
「施設に行くのは確かに正しい」
「でもな⸻」
メルヴァンの声が、少しだけ低くなる。
「正しいを選び続けた結果、
お前が嫌いな“前”に戻るなら」
短く、はっきりと言った。
「それはもう、間違いだ」
颯真の胸が、どくりと鳴る。
「何を恐れる必要がある?
もしかして怖いのか?間違えるの?」
そして最後に。
「別に間違えたっていいんだぜ」
馬車は、街へ向かって走り続けている。
だが、颯真の中でだけ、
ほんの少しだけ“流れ”が変わった気がした。
メルヴァンは、少し笑う
「大丈夫だ」
軽い声だったが、不思議と迷いがなかった。
「尻拭いぐらいはしてやるよ」
颯真の目が、わずかに見開かれる。
「だから」
メルヴァンは、逃げ道を与えないように、はっきりと言った。
「自分の口で言ってみろ」
一瞬、世界が静かになる。
(……自分の、口で)
喉が、ひくりと鳴った。
頭の中に浮かぶのは、
灰色で、輪郭のぼやけた、元の世界。
何も起きない毎日。
何も変わらない自分。
期待しないことで、自分を守っていた日常。
(……でも)
視線の先には、
ドラゴンを斬り伏せた剣士がいて、
仲間を信じて矢を放つ弓使いがいて、
理不尽を笑って踏み越える男がいる。
色があった。
熱があった。
生きている実感が、ここにはあった。
(戻りたくない)
胸の奥から、はっきりとした声が湧き上がる。
(あの、色のない日常には⸻)
拳を、ぎゅっと握る。
怖い。
自分が場違いなのは分かっている。
役に立たないかもしれない。
迷惑をかけるかもしれない。
間違えたくない
失敗は嫌だ
それでも。
(それでも……)
顔を上げる。
フェンドリードが、何も言わずまっすぐ進行方向を見ている
フェアレンも、ドラヴィンも、黙ていた。
颯真は、息を吸う。
そして⸻
「……僕は」
みんなの視線が集まる。
声が、震えた。
だが、止めなかった。
「施設には、行きたくありません」
一度、言葉を区切る。
「あの何もない日常に戻る気がするから」
胸の奥が、熱くなる。
「力がなくても」
「迷惑をかけても」
それでも。
「……ヴェイルブレイドのいる場所で」
「この、非日常の中で」
ぎゅっと、歯を食いしばって。
「僕は⸻生きたい
“俺をヴェイルブレイドに入れてください‼︎”」
言い切った瞬間、
胸の中で、何かがほどけた。
馬車の揺れが、少しだけ違って感じられる。
だが馬車の中に重たい沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのは、鋭い声だった。
「無理よ」
空気を切り裂くように、シアが言った。
「第一に、弱すぎる」
容赦はなかった。
事実を並べるだけの声。
「戦闘経験もない、能力も普通」
「今のあなたは、守られる側でしかない」
颯真の胸が、きゅっと締めつけられる。
「それに」
シアは視線を逸らさず、続けた。
「私たちには、今どうしてもやらなければならないことがある」
一瞬、馬車の空気が張り詰める。
「⸻メルの封印を解くこと」
その名を出した途端、
メルヴァンがわずかに眉を動かした。
「余計な面倒を抱え込む余裕はない」
「大人しく施設に行きなさい」
それが、一番合理的な判断だった。
(まあ、そうだよな…..)
だが―
「俺は、賛成する」
迷いのない声。メルヴァンだった。
シアが間髪入れずに反論する。
「……今、あなたがそれを言う?
あなたが封印されて、どれだけ面倒な状況になってると思ってるの
これ以上、面倒ごとを増やさないで」
空気が、きしむ。颯真は息を止める。
だがメルヴァンは、真剣な顔でシアを見る。
「俺は、賛成する」
シアは眉をひそめ、言葉を続ける。
「何を――」
「俺を洞窟で見つけたのも、封印されていた俺を助けてくれたのも、こいつだ。
俺は恩返ししたいんだ」
シアは一瞬、言葉を失った。
そして、呆れたようにため息をつく。
シアは軽く視線を三人に向ける。
「あなたたちはどう思うの?」
シアが三人の仲間に視線を向けると、まず口を開いたのはフェアレンだった。
「……判断は、隊長に任せる」
淡々としていたが、言葉に重みがあった。
ドラヴィンも、小さく頷いた。
視線を前方に向け、馬車の揺れに身を任せる二人。
意思は示したが、判断は自分たちの責任ではなく、隊長に委ねる形だ。
そして、隊長フェンドリードは、変わらずまっすぐ進行方向を見据えたままだった。
言葉を発する前に、馬車内に静かな緊張が走る。
「……メルが入れてもいいと言うのなら、異論はない
⸻ただし雑用としてならだ。
戦えない以上、戦闘には連れていけない、」
「それに新しく戦闘員を入れるとなると軍に確認を取らないといけない。
それとお前のもといた世界がこっちにくるまでだ」
メルヴァンは、嬉しそうにいう
「だってよ。よかったな、ソウマ」
ドラヴィンとフェアレンも軽く頷く
シアはまだ眉をひそめているが、ため息交じりに肩をすくめる。
「……どうなっても知らないからね」
颯真は、胸の奥で小さく震える感情を抑えながら、深く頭を下げた。
「……はい。お願いします!」
馬車の空気が少しだけ柔らかくなる。
フェンドリードは、前を見つめたまま頷いた
颯真の胸が、一気に熱くなる。
まだ戦力としては弱い。
力も経験も足りない。
それでも、ここで“自分の意思”で一歩を踏み出したこと。
顔を上げるといつもより綺麗な風景が広がっていた。
広い平原に背に低い草が風に靡いている。
道の先から少しずつ顔を出す町。
その奥には大きな海と綺麗な岩肌の山脈が連なっている。
空は晴天だった。
⸻いつもの様な息の詰まる透明な壁はどこにもなかった。
それは、これまでの“日常”から一歩踏み出した証であり、
冒険の始まりを告げるものだった。




