第七話 VSドラゴン
⸻灼熱の咆哮が空を裂く。
赤く染まった光が、一直線に地上へと降り注ぐ。
「⸻来るぞ!」
フェンドリードの声とほぼ同時に、ドラゴンの口腔から放たれた灼熱の奔流が、馬車めがけて迫った。
颯真は反射的に身を縮める。
(死……)
そう思った瞬間。
「させるかよ!」
ドラヴィンが、地面を踏みしめる。
彼の手には、いつの間にか見覚えのない武器が握られていた。
⸻マスケット銃のような形状だ。
金属音が一瞬だけ鳴る。
「ドシュッ!」
引き金が引かれた。
乾いた破裂音とともに、銃口から放たれたのは弾丸ではない。
圧縮された衝撃波だ。
灼熱のブレスと正面から衝突し⸻
轟ッ!!
爆ぜるような衝撃音とともに、ブレスが空中で押し潰される。
火炎は霧散し、熱風だけが周囲をなぎ払った。
「うおっ……!」
颯真は思わず目を閉じる。
だが、熱は来ない。
「一発限りだ。外すな!」
続いてフェアレンの声が響く。
彼はすでに弓を引き絞っていた。
放たれた矢は一本ではない。
風を縫うように分かれた三本の矢が、ドラゴンの翼の付け根へと突き刺さる。
「動きは止めたぞ、隊長!」
ドラゴンの巨体が、空中で大きくよろめいた。
完全に落ちることはないが、明らかに体勢を崩している。
その時⸻
フェンドリードは、静かに前へ出ていた。
剣を構え、深く息を吸う。
風が止み、
周囲の音が、消えたように感じられる。
(……空気が)
颯真の喉が、無意識に鳴る。
フェンドリードの足元から、何かが張り詰めていく感覚。
剣身が、光を反射しているわけでもないのに⸻
なぜか「勝てる」と確信させる、異様な存在感。
ドラゴンが、最後の抵抗とばかりに吠えた。
空気が渦を巻き、風が集束する。
「⸻ほう、魔法まで使えるのか」
フェンドリードが呟く。
ドラゴンの周囲に、巨大な風刃が形成される。
放てば、馬車どころか周囲の森ごと薙ぎ払う威力だ。
だが、
フェンドリードは、一歩も止まらない。
「……終わりだ」
低く、短く。
剣が、振るわれた。
技名を告げるように、彼女は一言だけ吐き捨てる。
「⸻絶⸻」
その瞬間。
世界が、止まる。
剣の軌跡に沿って、世界そのものが斜めに裂けたように見えた。
ドラゴンの放った風刃。
その奥にある巨体。
さらに背後の木々。
⸻すべてが、同じ角度で断たれる。
遅れて、ズズ……と音がした。
切断された空気。
切断された風。
切断されたドラゴンの身体。
切断された木々。
巨大なものほど、ずり落ちるのは遅い。
ドラゴンは、静かに、崩れ落ちた。
ドォン……。
地面が揺れる。
それだけだった。
「……終わったな」
ドラヴィンが肩を回しながら言う。
フェアレンは弓を下ろし、感心したように口笛を吹く。
「相変わらず、えげつねぇな隊長」
フェンドリードは剣を収め、振り返る。
「被害確認」
「馬車は屋根が逝っただけだな」
「トロッサも……生きてる」
颯真は、馬車の陰からそっと顔を出していた。
(……なに、今の……)
恐怖よりも先に、理解が追いつかない。
戦いは、確かに起きた。
ドラゴンも、確かにいた。
でも、
あまりにも、一瞬だった。
フェンドリードが、颯真を見る。
「怪我は?」
「……あ、ありません」
声が少し震えた。
メルヴァンが、腕の中で楽しそうに笑う。
「はは、どうだ?
これが、ヴェイルブレイドだ」
颯真は、ただ頷くことしかできなかった。
(……かっこいい)
朝の森に、切断された木々と、静まり返った空気だけが残っていた。
倒れた木々の断面は異様なほど滑らかで、焦げも、裂けもない。
まるで最初から“そういう形”だったかのように、切り分けられている。
颯真は、しばらく動けずにいた。
(………………)
ついさっきまで空を覆っていた圧倒的な存在は、今や地面に横たわる巨大な骸に変わっている。
血が噴き出すこともなく、ただ断たれ、終わった。
切断された森の向こうで、風がようやく流れ始めた。
颯真だけが、まだ息の仕方を思い出せずにいた。
ただ自分の胸に確かに芽生え始めた“憧れ”を、はっきりと自覚していた。




