第六話 能力判明
そこには落ち着いた表情でこちらを見返すヴァレンシアがいた。
やはり目線はこちらを向いていない
「前にも言っただろ。
能力が“視える”やつを紹介するって」
「え?能力って翻訳だけじゃないの?」
その問いにヴァレンシアが返す
「私の能力は視る、聞く、話すに特化した能力なの」
「そうだったのか、」
颯真は少し視線を逸らす。
フェアレンがくすっと笑った。
「いい能力だといいな!」
ドラヴィンも前から声をかける。
「シアの鑑定は確かだぞ。なんでも見えちゃうんだから恐ろしいよな」
颯真は一度深呼吸し、意を決したようにヴァレンシアを見る。
「……ヴァレンシアさん、お願いします」
すると彼女は、ほんの少しだけ目を丸くし⸻
すぐに、柔らかく微笑んだ。
「そんなに畏まらなくていいよ」
そして、静かに言う。
「シアでいい」
「……シア、さん」
「うん。それでいい」
ヴァレンシ、⸻シアは、颯真の方へ少し身を乗り出す。
「じゃあ、簡単に見るね。
力を抜いて、私の目を見て」
言われるまま、颯真は姿勢を正し、シアの瞳を見つめた。
その瞬間⸻
彼女の瞳が、わずかに淡い光を帯びる。
馬車の揺れも、周囲の音も、遠のいたような感覚。
背筋がぞくっとなる
(……なに、これ……何かに見透かされてる)
いや、これは――
読まれている、だ。
そんな感覚だった。
ページをめくられるように。
行間を覗かれるように。
自分という存在が、頭から背表紙まで、丸ごと開かれていく。
本の気分が、少しだけ分かった気がした。
(……僕は、どんな本なんだろう)
自伝?
冒険譚?
それとも、誰も読まない分厚い専門書?
――いや、待て。
(まさか)
一瞬、嫌な想像が脳裏をよぎる。
(……僕の中身、エロ本とかじゃないよな!?)
もしそうだったらどうする。
異世界で最初に読まれて、
「これは……」と意味深な沈黙を置かれた挙句、
「あ、察してください」みたいな空気になるの、最悪すぎる。
そんな馬鹿なことを考えている間に、
シアの瞳に宿っていた淡い光が、ゆっくりと消えた。
彼女は、小さく息を吐く。
その表情は――
漫画だったら、確実に額に冷や汗マークが浮かぶ顔だった。
……いや、ちょっと待て。
なんでだよ!?
一体、僕が何をしたっていうんだ!?
能力を見ただけだよな?
“いや”まさかほんとに――
R18指定!?
嫌な沈黙が、馬車の中に落ちる。
いや、きっとこれは、僕の中に落ちた嫌な沈黙だ。
少しそわそわしながらシアにメルヴァンとフェアレンが問う
「どうだやっぱり、聞く系の能力か?」
シアは、しばらく無言のまま颯真を見つめていた。
淡く光っていた瞳の輝きが、ゆっくりと収まっていく。
やがて彼女は、静かに息を吐いた。
「……違う、」
その言葉に、馬車の中の空気がわずかに引き締まる。
「聞く 能力じゃない」
メルヴァンは少し驚いたようにシアを見る
「は?………じゃあ何だよ」
シアは一度言葉を選ぶように視線を伏せ、それから颯真を見た。
「能力名は⸻
《(フォースインヴォーク)》、 不安定型の 能力強度-4
他者の力を借りるタイプね」
「……ト、 不安定?」
颯真は思わず鸚鵡返しに呟いた。
シアは頷く。
フェアレンが、ふうん、と気の抜けた声を出す。
「なんだ、普通じゃねぇか」
「え?」
「その年なら、そんなもんだろ」
フェアレンはそう言って肩をすくめた。
「俺も十五の頃は能力強度-3だったしな」
シアが続ける
「この世界じゃ、能力は不安定の方が多い
特にあなたくらいの年齢なら、-1〜-6は“普通”よ」
ドラヴィンが前から笑い声を上げる。
「そうそう。
安定なんて、成人してからやっと芽が出るかどうかだ」
「じゃあ……」
颯真は戸惑いながら言った。
「僕の能力って、珍しくも何ともない……?」
シアははっきりと頷いた。
「ええ。能力自体は、ごく一般的」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。
(まじかよ)
だが、その直後。
シアの表情が、わずかに曇った。
「ただし⸻」
その一言に、全員の視線が集まる。
「ひとつだけ、どうしても説明がつかない点がある」
フェアレンが低い声で言った。
「……メルヴァンか」
「ええ」
シアはゆっくりと頷いた。
「《フォースインヴォーク》は“引き寄せる”能力アビリティ。
でも、通常は“現象”や“力の流れ”に影響するだけで、
意思を持った存在と会話できるほど明確な接続は起こらない」
メルヴァンが、面の奥で鼻を鳴らす。
「つまり?」
「つまり⸻」
シアは颯真をまっすぐ見据えた。
「あなたがメルヴァンの“声”を聞けるのは、
能力の範疇を超えている」
馬車の揺れが、一瞬だけ大きくなる。
フェアレンが眉を上げた。
「 能力以外で何かあるってことか?」
「そうなるわね」
シアは静かに続ける。
「能力強度もマイナス4。
普通なら“影響を受けやすいだけ”で終わるはずなのに……」
彼女の視線が、颯真の膝の上
そこに抱えられたメルヴァンへ向けられる。
「なんか、おかしいのよね」
シアのその言葉が、馬車の中に微妙な沈黙を落とした。
颯真は思わずメルヴァンを見る。
面の奥からは、表情は読み取れない。
胸の奥に、説明できない違和感だけが残った。
微妙な沈黙を破るように、フェアレンが軽く咳払いをした。
「……ま、難しい話は置いといてだ」
弓を肩に担ぎ直し、颯真を見る。
「お前、この世界で何かやりたいこととかあるのか?」
唐突な問いだった。
「やりたいこと……?」
思わず、鸚鵡返しに呟く。
頭の中が、すぐに空白になる。
(やりたいこと……?)
元の世界では、毎日が流されるように過ぎていた。
学校に行って、帰って、特別なこともなく眠る。
“憧れなら、あった。でも夢はなかった。”
(僕はこの異世界で何になりたいんだ?
強くなりたい?
冒険したい?
英雄になりたい?)
だが、どれもやってみたいこと止まり
どれも自分には遠すぎる。
だって自分には何もないんだから
そのときだった。
「⸻伏せろ!!」
鋭く張り詰めたフェンドリードの声が、馬車内を切り裂く。
考えるより先に、颯真の体が反応した。
座席から滑り落ちるように身を低くする。
次の瞬間⸻
ドガッ!!
轟音と衝撃。馬の悲鳴
馬車の天井が、吹き飛ぶ。
木片が雨のように降り注ぎ、外の光が一気に流れ込んだ。
「なっ!?」
視界が白く弾け、耳鳴りがする。
「チッ……来やがったか!」
ドラヴィンが手綱を放り、即座に体勢を変える。
フェアレンはすでに弓を手に取っていた。
「空だ! 上!」
フェンドリードが剣を抜き放つ。
刃が朝日を反射し、鋭く輝いた。
颯真は恐る恐る顔を上げる。
木々の合間、
空を覆うように広がる、巨大な影。
分厚い鱗。
広げられた翼が風を叩き、草原を揺らす。
黄金色の瞳が、獲物を見定めるようにこちらを見下ろしていた。
「……ドラゴン……」
喉から、かすれた声が漏れる。
生き物としての“格”が違う。
ただそこにいるだけで、空気が圧迫されるような存在感。
「くそっ、最悪だな」
フェアレンが舌打ちする。
「トロッサを狙ってきやがった!」
「颯真!」
フェンドリードが振り返り、短く言う。
「馬車の陰に隠れていろ!」
「は、はい!」
心臓が暴れるように脈打つ。
そのとき、腕の中のメルヴァンが低く笑った。
「…….見てろよあいつらの戦う姿」
「え?わ、わかった」
ドラゴンが大きく息を吸い込む。
喉の奥で、赤い光が脈打った。
「来るぞ!」
フェンドリードが前に出る。
⸻灼熱の咆哮が空を裂いた。




