第23話 お酒は怖いよ
酒場の空気は、まだ浮かれていた。
テーブルの上には空になった皿と、
半分ほど残った料理が雑多に並び、
床には踏み鳴らされた靴の音と笑い声が染みついている。
別の誰かが調子外れの歌を歌っていた。
「だがらさぁ! あのときのドランの顔がさ!」
「やめろ、思い出させるな!」
フェルクの大げさな身振りに、周囲がどっと笑う。
ドランは顔を赤くしながらも、否定する気はないらしく、豪快に杯をあおった。
その様子を見て思わず笑ってしまった
普段なら多分笑わないだろう
でも、今なら何にでも笑える気がする
お酒が、体をほんの少し柔らかくしていた
周囲の声も、笑い声も、いつもよりずっと身近に感じられる
「ーーーハァー」
やっと笑いが治まる
ジョッキに目をやる
目の前の琥珀色の液体は、まだ半分以上残っていた
(苦いんだよな、これ……)
一口飲むたびに、喉の奥がきゅっと縮む感覚がある
決して不味いわけじゃない
いや、嘘かもしれない、これは苦手だ
慣れていない味が、体の内側で自己主張してくる
それでも、少し観念した
(……まあ、こういう時くらいは、場に溶け込もう)
ジョッキを持ち直し、もう一口飲んだ
少し苦いけれど、喉を通るごとに、心が軽くなるような気がした
隣を見ると、シアはすでに3杯目に差し掛かっていた
背筋は伸びているが、いつもより肩の力が抜けている
杯を口に運ぶ動作も、ほんの少しだけゆっくりだ
「……飲まないの?」
不意に、シアがこちらを見て言った。
「いや、飲んでるよ」
颯真は観念したように頷き、ジョッキを持ち上げて一口含む。
「っ……にが……」
「顔に出てるわよ」
シアはくすりと笑った。その表情は、普段の彼女よりも柔らかい。
お酒のせいで、少し素直になっているのかもしれない。
周囲では、まだ他愛もない話が続いている。
•討伐の失敗談
•変な魔物の噂
•どこかの街で見た、信じられないほど高い宿代の話
命のやり取りをした直後とは思えないほど、話題は軽かった。
エルドリックの顔が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
だが、その像はすぐに笑い声に押し流された。
今は、考える時間じゃない。少なくとも、この場所では。
誰もがそう思っている空気だった。
それになんだかんだ、楽しい。
宴は、まだ終わりそうになかった。
⸻
突然、シアが口を開く。
「……ねえ、聞いてよ!」
声の調子が、いつもと違う。
少し伸びていて、妙に素直だ。
僕は反射的にそちらを見る。
シアの前には、空になったジョッキがいくつも並んでいた。
一、二、三、四……。
(……嘘だろ、もう九杯目じゃないか)
さすがに、少し引く。
横で、メルヴァンの低い声が聞こえた。
『おい、ちょっと飲み過ぎだって、』
だが、その忠告が届く様子はない。
シアはもう、完全に出来上がっている。
彼女は肘をつき、僕を指さす
「コイツさぁ……」
(?)
「”無免許なのに”、
魔物と戦いたいって言ったんだよ?」
「それでマッドピラー討伐に言行ってたの、
ほんと、疲れたぁ……」
シアはそのまま、杯に顔を近づける。
口から出てきたのは愚痴だった。
「ねえ、メルもそう思うでしょ?」
「ちょっとやめてよw、そんなこと言わなー…」
一瞬、空気が止まる。
……え?
無免許?
頭によぎる過去の記憶
(「無免許者が魔物を倒したら、最悪罰金か拘束よ」)
(うわああああああ)
頭の中で、警鐘が鳴り響いた。




