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第十七話 這い寄る恐怖

森の空気が重く、妙に粘つく。

道は途絶え、戻ることさえ叶わない。

木漏れ日で明るかったはずの森は、いつの間にか薄暗く沈んでいた。



颯真は立ち止まり、首を傾げる。



「……一体、何が起きてる?」



問いは森に吸われ、返事はない。

代わりに、ざわり、と気配だけが生まれる。



近づいてくるのではない。

そこに、突然“在る”ようになった感覚。



颯真は、ふと後ろを振り返った。


ぞわり、と背筋を冷たいものが這う。



視線の先に、かすかな一つの影。

人影――いや、人に似ているだけの形。



「…あの…誰ですか?」



低く、震えた声。

返事は、やはりない。



シアが肩越しに呟く。



「……人じゃないわ。これは……木」



木?



周囲を見渡した瞬間、理解が遅れて恐怖が追いつく。



背中に視線を感じる。気のせいではない。木のせいだ。

もう、囲まれていた。



枝と幹で形作られた腕。

首のない頭。

マネキンだ。



無言。

それなのに、確実にこちらを見ている――そんな錯覚。



颯真は息を呑んだ。

踏み出す一歩も、後ずさる一歩も、森に飲み込まれそうで、足が動かない。



メルヴァンが、ぼそりと呟く。



「……これは……」



続きの言葉は、なかった。



木は動かない。

だが、空気そのものが重く、圧を持って迫ってくる。



枝が揺れ、葉が擦れ合う。

小鳥の声すら、気配の前では意味を失っていた。



「……何が起きてるんだ……?」



自分の心臓の音が、森の静寂より大きい。

恐怖は、理解を追い越している。



――ギッ。



乾いた音が、森の奥で鳴った。



「……?」



耳に刺さる、嫌な軋み。

風の音にしては、近すぎる。



ギギッ。



息を止める。

視線を戻すと、人型の木が――ほんのわずか、近い。



(……気のせい?)



そう思おうとした、その瞬間。



ギッ、ギギギッ。



今度ははっきりしていた。

枝が軋み、幹が擦れ合う。

生き物の関節みたいな音。



違う。

確実に――動いている。



人型の木が、一歩。

根を引きずり、じわりと距離を詰める。



「……来てる」



喉に張り付いた声で、颯真は呟いた



動きは遅い。

なのに、逃げ場がないことだけは、嫌になるほど明確だった。



前も、後ろも、横も。

木、木、木。



人の形をした木々が、檻のように円を描いている。

十体、二十体、三十体――数が多い。

間隔が、少しずつ、少しずつ縮まっていく。



「……まずいわね」



シアの声は低い。

冷静を装っているが、その裏に焦りが滲む。



「攻撃していいのか……?」



問いかけても、答えは返らない。



木は止まらない。

一斉ではない。

順番に、静かに、確実に逃げ道を塞いでくる。



メルヴァンが歯を食いしばる音。



「やられたな、こりゃ」


「シア、来るぞ」



その一言で、颯真は理解した。



狩られる側だ。



ここは戦場じゃない。

罠で、檻で、虫籠だ。



ギギッ。



また一体、距離が縮まる。

枝が地面を擦り、葉が震える。



「……来る」



拳を握る。

魔力を集めようとしても、指先が震える。



火球か、凍結か、剣か。

選択肢はあるのに、身体が言うことを聞かない。



魔法が、出ない。

恐怖が、思考を先に噛み砕いている。



――逃げなきゃ。

――でも、どこへ?



答えは、ない。逃げ場は無い



ギギギギギギギギッ!



一つの音が合図だった。

次の瞬間、全ての木が一斉に動き出す。


        ギッギギギッ

ギギギギッ      ドドドド

   ドドドド 


       ギチッギギギ 

         ドッドドド


走る。 

枝が空気を切り、地面を蹴る音が重なる。



「ヒッ!」



後ろへ飛び退く。

だが、木の腕が伸び、前を塞ぐ。



「くっ……!」



魔力を掌に集める。

熱と冷気が同時に渦を巻く。

それでも、術式は形にならない。



恐怖が、判断を奪っていた。





「やるよ」



シアが一歩、前に出る。



恐怖に対して構えるでもなく、逃げ道を探すでもない。

ただ、歩幅を一つ進めただけだった。



人型の木々が迫る。

数も距離も、状況は一切好転していない。

それなのに、彼女の足取りは変わらなかった。



肩は落ちていない。

呼吸も乱れていない。

視線だけが、正確に敵を数えている。



まるで――

「怖いかどうか」という選択肢自体が、最初から存在しないかのように。



シアは杖を相手に向ける。

魔力を集める動作は滑らかで、躊躇が混じらない。



「逃げるんじゃない。倒すの」



命令でも、励ましでもない。

状況説明に近い声だった。



逃げるという選択肢は、最初から誤答。

倒すという行為だけが、提示されている。



短い言葉。



恐怖に打ち勝ったのではない。

恐怖を、最初から考慮していない。



その背中が示していたのは、勇気の有無ではなく――

前提条件の違いだった。

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