第十話 質問に答えよう
サブ拠点の空気は、先ほどまでの戦闘や移動の疲労を残しながらも、どこか落ち着きを帯びていた。
颯真は、まだ少し震える手を膝の上で組み直し、視線を仮面のメルヴァンに向ける。
フェンドリードは少し考える素振りを見せ、静かに口を開いた。
「まず、宝具とは⸻この世界に稀に現れる、特別な能力を宿す道具のことだ」
声は冷静だったが、言葉には重みがあった。
颯真の胸はざわつき、思わず息を呑む。
「……特別な能力……ですか」
「そうだ」
フェンドリードの視線が、部屋の隅々まで静かに巡る。
「宝具は、いつどこに現れるか分からない。なぜ現れるのか、なぜ特別な効力を持っているのかも解明されていない。さらに、効力は一つ一つ異なる」
颯真は小さく息を飲む。
「……強いんですか?」
フェンドリードは静かに頷いた。
「強い。使い方次第では、戦況を一変させるほどの力を持つ」
その言葉に、颯真の心が少し引き締まる。
「今回、私たちが回収しようとしているのは三つだ」
「三つ……?」
「そうだ。メルヴァンが封印されたとき、同時に奪われた宝具だ
宝具は現在冒険者に売り払われている状態にある」
フェンドリードは少し間を置き、語気を強めた。
「そのうちの一つが、この鬼の面だ」
仮面のメルヴァンに視線を向け、颯真は思わず息を呑む。
「……これが?」
「魂宿鬼面⸻“こんしゅくきめん”」
フェンドリードの声は低く、意味を強調するようだった。
「この宝具は、所有者の肉体が滅んでも、魂と記憶だけを宿すことができる」
仮面のメルヴァンが、微かに動いた。
「……つまり、今のメルは……」
フェンドリードの言葉に、颯真の胸がざわつく。
「メルは、この鬼面の中で存在している。肉体はない。魂と記憶だけで、生き続けているのだ」
颯真の視線は、仮面に宿るメルヴァンの存在を探るように移る。
──そこには、確かに、意思と記憶が残っている。
それを目の前にして、言葉を失う。
まさに神がかり的神秘
フェンドリードは静かに仮面を見つめ、さらに説明を続けた。
「残りの二つも同じように重要だ。これらを正しく回収し、使用することで、メルヴァンの封印を解除できる」
「……封印解除って、簡単なことじゃないですよね」
颯真の声は小さく、しかし真剣だった。
フェンドリードは静かに頷く。
「急がねばならない。万が一、宝具が回収できなくなったら、封印は永遠に解けないかもしれない」
少しの沈黙が落ちた。
その静けさの中で、颯真は思い出したように口を開いた。
「……あとなんで、メルは今封印されてるんですか?」
責めるような響きはなかった。
ただ、純粋な疑問だった。
シアが「それなんだけどさ」と前置きして、軽く肩をすくめる。
「なんかね、メルが“ネクサリアを滅ぼす存在”だって、
変な宗教団体に言いがかりつけられて」
さらっと言うな、と思った。
重要な話ほど世間話みたいに投げてくる。
「それで、封印されたの」
颯真は、目を丸くした。
いや、丸くする以外に、どういう顔をすれば正解なのか分からなかった。
「……どういうこと?」
突飛すぎる。
物語の前提条件が、説明もなく三段飛ばしで提示された感じだ。
階段でのジャンプ着地を失敗した時ぐらいの衝撃
シアは、少しだけ困ったように笑った。
「こっちが聞きたいって感じ」
「理由も根拠も、結局よく分からないままだったし」
分からないまま封印された?
それはもう、説明不足とかいう次元ではない。
本質的な何かが抜けている不足
颯真は、仮面のメルヴァンを見る。
世界を滅ぼす存在。
その言葉と、これまで接してきた彼の皮肉混じりの軽口や、
妙に人間臭い態度が、どうしても噛み合わない。
(……判断するには、まだ早いよな)
こういう時は、一方の意見だけで決めてはいけない。
中立とか公平とか、そういう立派な理由じゃない。
単純に、後味が悪くなるからだ。
(どういうことなんだろうか)
沈黙が落ちる
まるでお前はどう思う?と聞かれているように
颯真は小さく息を吸った。
乗りかかった船、というより、
頼み込んで無理矢理乗らせてもらった船
だからこそ最低限の礼儀は果たしておきたい。
「……俺は」
言葉を選ぶ、というより、
言葉の置き場所を探す感覚だった。
「メルを、救いに行きたいです」
それは、宣言というより確認だった。
「メルヴァンは悪くないと思ってます」
「そんな理由で封印する連中は信用できません」
「できれば殴りたいです」
そういう意味を、全部まとめて、一文に詰め込んだ。
その言葉を、フェンドリードは一瞬だけ黙って受け止めた。
そして、首を横に振る。
「お前は連れていかん」
即答だった。
考える間すら、与えない。
「前にも言ったはずだ。戦場には連れていかない」
「だから、この拠点で留守番していてくれ」
まあ、そうなる。
分かってはいた。
むしろ、ここで許可が出たら、それはそれで怖い。
一応、礼儀は尽くした。
言うべきことは言った。
そこへシアが、少しだけ明るい調子で口を挟む。
「一応さ、あのスカイリーパー討伐の報酬、半分渡しておくから」
「生活費くらいにはなるでしょ」
フェンドリードは少し考え込み、やがて言った。
「……悪いがシアも残ってくれ」
「え?」
シアは不服そうに眉をひそめる。
「なんでよ」
「ソウマは、この世界の言葉をまだ完全に理解していない」
「翻訳できるシアが、そばにいた方がいい
それと今動けないメルヴァンの護衛だ」
少しの沈黙のあと、シアは大きくため息をついた。
「……はいはい。分かったわよ」
颯真は、シアに対してわずかな罪悪感を覚えた。
フェンドリードは、少し困ったような表情で続ける。
「そう不機嫌になるな」
「私たちがいない間、ソウマにこの世界のことを教えてやってくれ」
シアは返事をせず、むすっとしたままだ。
「で、どのくらいで戻ってくるの?」
その問いに、ドラヴィンがテーブルへ地図を広げた。
「残り二つの宝具の場所は、すでに割れている」
「この近くの“サドン遺跡”と“龍の谷”だ」
指で地点をなぞりながら、低く続ける。
「近いとはいえ、往復で一週間はかかる
回収の期間も含めると、二〜三週間だな」
小さく舌打ちする。
「あいつら、なんで宝具を冒険者なんぞに売ったんだ」
持っていてくれれば、回収も封印解除も、ずっと楽だったのに」
──二週間。
自分は、その間ここで待つことしかできない。
だから異世界を堪能できる
少し怖くはあるが魔物と戦ってみたい
新しいゲームのソフトを買った帰り道の気分である
「今日は早く寝よう。明日の早朝に出発だ」
フェンドリードは、ドラヴィンとフェアレンに向けてそう告げる。
二人は軽く頷くと、それぞれ何も言わず、自分の部屋へと向かっていった。
静かになったサブ拠点に、夜の気配が満ちていく。
──こうして、颯真の異世界らしい生活は、ようやく本格的に幕を開けたのだった。




