第6話 商人ジーナ
「お初にお目にかかります、ガオラン様。この度は貴重なお時間を私のために割いていただきありがとうございます」
礼儀正しく入ってきたのは見目麗しい女性であった。
人懐っこそうな笑顔に、大きくて丸い目。スタイルは抜群で、よく似合う眼鏡をかけている。
そして長くてふわふわした茶髪のてっぺんには、立派なケモノの耳がピンと立っていた。その形状はキツネの耳によく似ている。どうやら彼女はキツネの獣人のようだ。
「私の名前はジーナと申します。どうぞお見知りおきを」
そう言ってジーナがにこっと笑うと、ガオランは分かりやすく鼻の下を伸ばすと「おう、座ってくれ。よく来たな」とテーブルを挟んで向かい側の席に座らせる。
見ないように努めてはいるが、その目はジーナの豊満な胸をチラチラと見ている。
(おいおい今日はツキ過ぎだろ! 王都でもこんなマブい女見たことねえぞ!? ああ……今すぐぐちゃぐちゃにしてやりてえ……っ!)
ガオランは頭の中でジーナを辱めながら、ごくりと喉を鳴らす。
もし部下の目が無ければこらえきれずこの場で襲いかかっていたかもしれない。
「……んで、俺になんの用だジーナさんよ。俺に利益のある話ってことは聞いたがよ」
ガオランはジーナを舐め回すように見ながら尋ねる。
襲いかかってめちゃくちゃにすることは、いつでもできる。まずは利益の話だ。金を搾り取れるなら限界まで搾り取ってから襲えばいい。
ここはガオランの縄張り。ここに入ったが最後、抜け出すことはできないのだから。
「はい。実はこの度新しい商会を設立いたしまして、ぜひここボーラットを商売の拠点の一つにさせていただきたいと思っているのです。ですのでここを取り仕切ってらっしゃるガオラン様に一度ご挨拶を、と」
「なるほどねえ……」
ガオランは目を細めてジーナを見る。
――――嘘はついてなさそうだ。
ジーナを観察したガオランは、そう結論づける。
ガオランは魔法や死霊術など、特殊な能力は持っていない。その代わり優れた肉体能力と、野生的な勘を宿していた。
明らかな格上、もしくはよほど嘘の上手い者でなければ、彼を欺くことはできないだろう。少なくとも目の前の女性にそのような芸当ができるようには見えなかった。
「商売、ねえ。ボーラットでデカい利益を出せるとは思えねえが、なにかいい案でもあるのか?」
「はい。ガオラン様を満足させられるプランがございます。ぜひお話だけでも聞いていただけないでしょうか」
説明するジーナが身をよじると、彼女の谷間が大きく揺れ室内にいた男たちの視線がそこに釘付けになる。
事が終わったらおこぼれを預かれないだろうか。ガオランの部下たちは羨ましそうにガオランのことを見る。
「ああいいだろう。忙しくてそんな暇はねえんだが……あんたは特別だ。話していいぞ」
「ありがとうございます。感謝いたします。しかし申し訳ないのですが、詳しい話は二人きりでしてもよろしいでしょうか?」
ジーナは周りの部下たちを見ながら言う。
ガオランは一瞬、なんで下げさせるのかを尋ねようとしたが、その言葉を飲み込む。
分かったぞ。二人きりになりてえんだな? 相手もすっかりその気なのだと確信したガオランはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「分かった。お前ら、下がってろ。俺はこの姉ちゃんとたっっぷり話があるからよ」
しっし、とガオランが部下に向かって手を払うと、部下たちはそれに従い部屋から出ていく。これで部屋にはガオランとジーナが二人きり、邪魔をするものはもういない。
「あんたも大胆だな。早速二人きりになりてえなんてよ。ま、話が早いのは嫌いじゃねえ。むしろ好みだ」
ガオランは椅子から立ち上がると、向かいに座るジーナの体に手を伸ばす。
しかしその手が触れる瞬間、ジーナは無駄のない動きでそれを華麗に回避しガオランの手は空を切る。
「んあ?」
「ガオラン様。まずはお話しを、いいでしょうか?」
「……っち。焦らすじゃねえか」
ガオランは苛立ちを感じながらも、椅子に座り直す。
「商売の話なんて後でもいいだろ。後で他の者を寄越しゃいい。ええと……なんだっけか、あんたの所属している商会は」
「そういえばまだ申しておりませんでしたね。私の所属する商会は――――クロウ商会です」
ジーナが口にしたその名前を聞いた瞬間、ガオランの動きが止まる。
顔からにやけが消え失せ、射殺すような鋭い目でジーナを睨みつける。
「どうかされましたか?」
「……いや、なんでもねえ。変な名前だと思っただけだ」
ガオランはそう言って商会の名前から意識を逸らす。
関係ない。あいつとは関係ないはずだと言い聞かせる。しかしそんなガオランの考えを見透かしているかのように、ジーナは言葉を続ける。
「なんでもない。本当でしょうか? この名前はあなたが裏切った仲間の名前ではありませんか」
「……っ!? てめえ、どこでそれを!!」
ガオランは立ち上がり、臨戦体勢を取る。
勇者パーティ「竜の尻尾」がクロウを裏切ったというのは、仲間と王様しか知らない秘密だ。民間人にはクロウは魔王討伐の途中で裏切ったので殺したと伝わっている。
それなのになぜ。ガオランは激しく混乱する。
「てめえ、どこでそれを……」
「お答えください、ガオラン様。クロウ様はあなた方の為に尽力なさっていました。それなのになぜ裏切ったのですか? 理由をお聞かせください」
「理由だって……はっ! そんなの『金』以外にあるわけねえだろ! あの薄気味悪いガキを一人やっただけでしばらく遊んで暮らせる金が貰えたんだ、やらねえ理由がねえだろうよ!」
ガオランは興奮した様子で答える。
目の前の人物がなぜそれを知っているかは知らない。そんなこと興味もない。
大事なのはただ一つ。彼女はガオランの秘密を知ってしまっているということ。
今更その事実が露見したところで、誰も信じる者はいないだろう。しかし今の地位が脅かされる可能性が僅かにでもあるのならば、絶対にそれをさせるわけにはいかない。
「もう殺すしかなくなっちまったよ。ひぃひぃ言わせながら長く楽しみたかったが仕方ねえ。殺した後ゆっくり楽しませてもらうぜ」
「下賎な……」
ジーナは冷ややかな目をガオランに向ける。
その視線を受けたガオランは一瞬ひるむが、すぐに立て直す。
「へっ、雰囲気出しやがって。俺を誰だと思ってやがる、英雄ガオラン様だぞ? お前が誰かは知らねえが……一瞬でぶっ殺してやるよ!」
ガオランは地を蹴り、高速でジーナに接近する。
彼の拳は竜の鱗をも砕く威力がある。人間に当たればバラバラに破裂してしまうだろう。
そんな恐ろしい一撃を目の当たりにしながら、しかしジーナは一切焦った様子を見せなかった。
「やれやれ……これほど愚かとは」
ジーナはスッと目を細めると、ふわりと流れるように動き出すと、いきなりガオランを凌駕する速度で前進し彼の胴体に掌底を打ち込む。
「が、あ……!?」
いきなり腹部に大きな衝撃を受けたガオランは、苦しげな声を上げながら後方に吹き飛び壁に激突する。肺から全ての空気が出たせいで呼吸もままならず、口から血を流しながら床に転がる。
そんな無様なガオランを見ながら、ジーナは口を開く。
「覚えておきなさい。私は絶対なる王、死の体現者にして至高の支配者、クロウ様の忠実なる僕、仙狐族のジーナ・クレマティス。私の体はつま先から耳の先端に至るまで全てクロウ様の所有物。あなたごときが触れるなどと思わないでください」
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