第14話 「おめでとう」
「あ……」
すっかりぐったりし、動かなくなるエルザ。
目からは完全に光は消え失せ、生気がなくなっている。
しかしクロウはまだ満足していなかった。
まだ完全に絶望しているわけではない。これでは復讐が完了したなどと到底言えない。
クロウが最後の一押しを考えていると、エルザはうわごとのようになにかを呟く。
「か、いと……らいん……」
彼女が呟いたその名前は、クロウが殺した赤薔薇騎士団の団員の名前であった。
彼らを見捨て、逃走を図ったエルザであったが、まだ心の奥には彼らに対する未練のような気持ちがあった。
もしかしたらまだ生きている者もいるかもしれない。そのような考えもあった。
「なるほど。あの騎士たちに会いたいのか?」
「な、に……?」
「いいだろう。なら会わせてやる。感謝するんだな」
クロウが右手を上げると、地下室にゾロゾロと人が入ってくる。
それを見たエルザは驚き目を見開く。
「な……っ!」
見間違えようがない。入って来たのは赤薔薇騎士団の面々だった。
騎士たちは五人おり、その中には団長のカイトに新人のラインもいる。みな騎士団の鎧を身につけ、堂々と入ってくる。
そしてエルザの近くにやって来ると、統率の取れた動きで並び、止まる。
「お前たち、生きて……」
エルザの瞳に、わずかながら光が戻る。
なんで生きているのかは分からない。ただ彼らがここにいることは確か、それは今の彼女にとって大きな『救い』であった。
「顔を、見せてくれ……」
鎖をガシャガシャと動かしながら、少しでも騎士たちに近づこうとするエルザ。
絶望の中から希望を見つけた瞬間。この時をクロウは待っていた。
「お前たち、顔をよく近づけてやれ」
彼が手を上げて合図すると、なんと彼らの首が一斉にポロリと落ちる。
まるで最初からついてなかったかのように綺麗に落ちた彼らの頭部は、体の正面で腕に抱きかかえられる。
その異様な光景を見たエルザは固まり、脳がフリーズする。
「は? え……は?」
泣いていいのか怒っていいのかも分からず、ただ困惑するエルザ。
すると次の瞬間、落ちた頭部の目が一斉に開き、口を開く。
「はは、驚いたっすか?」
「ふむ、まだ慣れないな」
「自分の頭って結構重いですよね」
「俺はもう慣れましたよ」
頭部たちは仲良くおしゃべりを開始する。
その異様な光景に耐えきれず、エルザは「……っぷ」と吐き気を催す。
「……クロウ、説明しろ。いったいこれはどうなっているんだ……!」
「首なし騎士、デュラハン。名前くらいは聞いたことがあるだろう? 頭部が独立しているアンデッドの一種だ。こいつらは普通に殺しても良かったんだが、いい活用方法を思いついてな。お前はイケメンが好きなんだろ? だからこうやって取り外しできるようにしたら喜ぶと思ってな」
「しょ、正気じゃねえ……お前どうかしてるよ……」
自分を絶望させるためだけにこのような手の込んだことをしたクロウに、エルザは強い恐怖を覚えた。
この時になってエルザは初めて後悔した。
なぜあのようなことをやってしまったのか。なぜ自分は愚かだったのか。激しく悔い、そして初めて反省という言葉を心の底から理解する。
「クロウ、許してくれ。本当に反省しているんだ。もういいだろ、許してくれ……」
「駄目だ。まだ足りない。まだ最後の希望がお前には残っている。それを奪い、それでも正気を保っていたら考えてやろう」
クロウはそう言うとエルザの下腹部に手を当てる。
そして自身の魔力をそこに流し込むと、彼女の下腹部からパリン! となにかが割れるような音がする。
最初はなにが起きたか分からず困惑するエルザだったが、数秒してその行為の意味に気がつき顔を青くする。
「お、お前まさか……」
「処女防壁。教会お得意の避妊魔法だ。元々はシスター用の魔法だったが、お布施すれば誰でも使えるらしいな。神聖な魔法を男遊びのために使うとは罰当たりな奴だな」
この魔法は小さな結界を張り、性交渉ができなくなるものだ。
しかしその結界を表面ではなく奥に作成することで、性交渉は可能なまま妊娠のみを防ぐことができるようになる。
この魔法は一部の権力者に好まれ、神律教会の貴重な収入源の一つとなっている。
「合成獣アンデッドの実験をしたいんだ。悪いがこいつの子を産んでほしい。なに、元はガオランなんだ。一人や二人くらいいいだろ?」
「ふ、ふふふふざけんな! あたしがこの化物の子を!? ぶち殺すぞクロウ! 離せ! あたしを解放しろォ!」
再び暴れ出すエルザ。
処女防壁は最後の希望であった。それすら奪われた彼女にもうすがるものはなにもない。
暴れ散らかすエルザ。クロウになにを言っても無駄なことを悟った彼女は、次にかつて仲間だった騎士たちに矛先を変える。
「あたしを解放しろお前ら! アンデッドにされて悔しくないのか!? ここを脱出できたら人に戻せるよう教会に頼んでやる! だから早くあたしを助けろ!」
アンデッドから人に戻せる方法など、エルザは知らない。
しかし今はなりふり構っていられない。嘘をつくことにためらいなどなかった。
だがそんなエルザの交渉も、騎士らには届かなかった。
「人に戻れる……って言われても、別にそんなに戻りたくないっすからねえ」
「そうだな。慣れたら気楽なものだ」
「肩こらないし」
「人の時より強くなったしな」
「王国に仕えても見返りなかったし、それなら絶対なる王のクロウ様に仕えた方がいいよな」
「確かに」
「言えてるっすね」
頭部だけで楽しく会話する元赤薔薇騎士団。
もう彼らは人に未練などなく、デュラハンとしての人生を楽しみ始めていた。
絶対的強者に仕えるというのは、この上なく精神に安定をもたらしてくれる。
初めてそれを感じた彼らは、もうこの立場を手放したくなくなっていた。
――――エルザのことなどもう、どうでもいいのだ。
「あ、あああああっ!! ふざけんなふざけんなふざけんな! あたしが今の立場になるまでどれだけ苦労したと思ってんだ!」
「知らんな。どうせ他人を蹴落として得た地位だろう? だったら人に落とされて当然。報いを受ける時が来たんだよ」
クロウはそう言うと、合成獣アンデッドに命令を出す。
「やれ。孕むまで休むな」
『ガァ……ワガ……ッダァ!!』
主人の命を受け、かつてガオランだったものは激しくエルザを求める
どれだけ泣いて叫んで抵抗しても、それが止まることはない。
ここが絶望の袋小路。これより底は、もうどこにもない。
「やめろ! やめろ! あああああああっ!!」
「騎士たちよ。祝福しようじゃないか。新しい命が誕生するんだ。君たちの指南役だった彼女に、ぜひ祝福の言葉を送ってくれ」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
デュラハンたちは祝福の言葉を述べながら拍手を送る。
エルザはそんな彼らに怒りをぶつける。
「ふ……ざけんな! これをなんとかしろ! ぐ……い゛ぃ! 体が……ごわれる……!」
「安心しろ。壊れたところから直してやる。安心して子を作れ」
「おめでとう」
「おめでとう」
「てめえらそれしか言え……っ! 体が、熱い……!?」
「おめでとう」
「ガオランに投与しておいた媚薬が効いたな。これで妊娠もしやすくなる」
「おめでとう」
「ふざけ……っ、おいいい加減に……お゛っ!?」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「――――ぅ、あっ……」
「おめでとう」
「おめでとう」
「そ……んな、いや……だ……っ」
空を切るエルザの手。
次の瞬間、俺は新たな生命の息吹を感じた。
実験は大成功。俺は心を込めて二人に祝福の言葉を送る。
「おめでとう」