第11話 二人目
「なんだあいつは……魔王と同格、いやそれ以上か……?」
グリュスベルク城壁上。
大量のオークゾンビが赤薔薇騎士団を襲撃している最中、その人物は城壁の上で状況を観察していた。
その人物の名前はエルザ・ハーマイン。
元竜の尻尾の冒険者であり、英雄認定された女剣士だ。
いち早くグリュスベルクの異変を察知した彼女は、城壁に登り状況を見ることに努めた。
モンスターたちを倒せそうなのであれば加勢し、もし無理そうなのであれば逃走する。ガサツに見えて彼女は現実主義者な一面があった。
そして観察した結果、事態は後者であった。
赤薔薇騎士団はあっけなく全滅。強力な力を持つ謎の男も現れ、逆転の目は完全になくなってしまった。
「あたしのイケメン楽園が……。はあ、残念だけど仕方ない。生きてればやり直しは利く。カイトたちには悪いけど、ズラからせてもらおうか」
「申し訳ありませんが、それはさせません」
「……っ!?」
突然聞こえた女性の声に、エルザは振り返る。
するとそこには見目麗しいメイド服の女性がいた。
なぜこんなところにメイドがいる? 普通であればそう疑問に思うだろう。
しかしエルザはそれより先に、別の疑問が浮かんだ。
「あんたは……何者だ」
怯えた表情を浮かべ、そう口にするエルザ。
優れた剣士である彼女は本能で理解してしまったのだ。目の前にいるメイドは、自分より遥か高みにいる剣士なのだと。
「……あなたのような人に語る名はございません。それとご安心を、あなたはあのお方の獲物、私が直接手を下すようなことはしません」
「なんだか知らないが、手は出してこないみたいだね。じゃあ今の内に……」
エルザはその場から離れようとする。
しかしそのメイド、アリシアが殺気を放つと足が止まる。
――――あと一歩足を動かしたら死んでいた。明確な死のイメージがエルザの足を止めた。
(なんだこいつは!? こんな化物がいるなんて聞いてないぞ……!)
恐怖で足がすくむエルザ。
魔王を相手にした時ですら、これほどの恐怖を感じたことはなかった。
いったいこいつは何者だ。
エルザがそう考えていると、城壁の上にもう一人の人物が姿を現す。
「足止めご苦労アリシア。さて……ようやく会えたな」
現れたのは黒衣の男、クロウであった。
赤薔薇騎士団の殲滅を終えた彼は、一番の目標であるエルザの前に姿を現したのだ。
「……誰だお前は。あたしを知っているのか?」
「誰だとは挨拶だなエルザ。かつての仲間を忘れたのか?」
「仲間? あたしの仲間にお前みたいな奴は……いや」
最初は困惑していたエルザだが、眼の前の人物をよく見ると、かつて共に旅をしていた少年と姿が重なる。
「ま、まさかクロウ……!? ありえない、死んだはずだお前は!」
「ああ、死んださ。だが俺は地獄の底から蘇ったんだよ。お前らを殺すためにな……!」
強い怒りと深い憎しみがこもった目をエルザに向けるクロウ。
それだけでエルザは眼の前の人物がクロウ本人なのだと理解する。実際に殺された者でなければ、これほどの感情をこめることはできない。
「死霊術師……相変わらず気持ち悪い存在だ。あのまま死んでりゃ良かったのに」
「そんなに嫌うなよエルザ。元仲間同士仲良くしよう。例えば……そうだ。久しぶりに剣の腕を見てくれよ。こう見えて多少は強くなったんだ」
クロウは旅の最中、エルザに剣の教えを受けたことがあった。
しかしクロウに剣の才能はなく、稽古といっても一方的に痛めつけられるだけで全然上達しなかった。
あの時は自分が弱いからこうなってるだけとクロウは思ってたが、思い返せばあれはエルザがクロウを稽古と称していじめているだけであった。
「俺はこれを使う。剣だけで戦おう」
クロウは赤薔薇騎士団の訓練所で拾った剣を手に持つ。
なんの特徴もないロングソード。これをいくら振ったところでたいした威力は出なさそうだ。
(……なにを考えているかは知らないが、これはチャンスだ。剣の腕なら負けるわけがない。クロウを人質に取れば、あのメイドの隙も突けるかもしれない。いいぞ……いける)
思わぬ提案を受けたエルザは逡巡し、それを受ける決断をする。
「いいだろう。その提案乗った。あたしも剣しか使わない。それでいいだろう?」
「ああ。もちろん」
クロウは嬉しそうにそう言うと、剣を構える。
エルザも同様に剣を構え、両者は向かい合う。
(構えは中々堂に入ってる。だがそれだけだ……一瞬で終わらせる……!)
エルザは地面を蹴ると一瞬でクロウに接近する。
そして双剣を腰から引き抜き、斬りかかる……と見せかけて跳躍しクロウの背後に回る。
(一撃で仕留める。手加減はなしだ!)
エルザの一番の武器は、そのしなやかな肉体と圧倒的な速度であった。
その動き、変幻自在。どのような体勢からでも攻撃できるエルザは、相手の死角を突いて攻撃するのが得意であった。
どのような生き物であっても死角からの攻撃には反応できない。
エルザの攻撃は決まるはずであった。しかし、
「ほっ」
クロウはエルザを見ずにその一撃を剣で受け止めて見せた。
想像だにしていなかった事態に絶句するエルザ。そんな彼女に向き直ったクロウは、剣を振るう。
「今度はこっちから行くぞ」
鋭く正確な剣閃がエルザに襲いかかる。
エルザはなんとかその一撃を受け止めるが、その一撃は重く、受けた手が痺れる。
しかしクロウはそんなこと考慮せず、何度も続けて剣を振るう。
「ここ、ここ」
「な……がっ!? ぐ、ぐぐ……ぎっ! はあ、はあ……」
クロウの攻撃は全てが死に至る威力を持っていた。
エルザはなんとかそれらに対応していたが、その度に精神がすり減り疲労が溜まる。
死の足音が近寄ってくるのを感じたエルザに、焦りの表情が浮かぶ。
「そん、な……馬鹿な……!」
「所詮この程度なんだよエルザ。お前の実力なんてな。英雄認定されて調子に乗ったか? 前より動きにキレがないな」