第10話 哀れな末路
「あ、ありえない……」
力なく呟く団長のカイト。
それもそのはず、その巨大なオークは一体だけではなく、続けて何十体も都市の中に入ってきたからだ。
ハイオークにジェネラルオーク。ナイトオークとオークの上位種が揃い踏み。とてもではないが赤薔薇騎士団で対応できる相手ではない。
「だ、団長。逃げたほうが……」
「逃げる……か。こんな状況でいったいどこに逃げると言うんだ……!」
気づけば騎士団はオークたちに囲まれていた。
空には飛竜の目もある。ネズミ一匹ここから逃げることはできないだろう。
まさに絶体絶命の状況。
そんな中、地下室でラインを始末したクロウが地上に出てきて騎士たちの前に現れる。
「ふむ、首尾は上々みたいだな。よくやった」
オークたちは彼を攻撃するどころか、クロウが通ると跪き道を開ける。
彼が今回の襲撃の黒幕であることは、誰が見ても明らかであった。
「貴様は何者だ……なぜこのようなことをする!」
カイトが大声でクロウを問い詰める。
それを聞いたクロウは面倒くさそうな表情をすると、指をパチっと鳴らす。
すると次の瞬間、カイトの一番近くにいた騎士の首が切断され「ポンッ!」と宙を舞う。
ゴトッ、と音を立てて落下したその頭部はコロコロと転がり、カイトの足元に来て彼と目が合う。
「な――――っ!?」
「理解したか? 俺が上で、お前らが下。これ以上騒いだり、楯突くような真似をしたら、次はお前の首と胴体がお別れすることになる」
心臓が凍りつくような、冷たい言葉。
それが脅しではないことを理解したカイトとその部下たちは口をつぐむ。わずかでも機嫌を損ねれば死ぬ。彼らは自分の一挙手一投足に細心の注意を払う。
「……別に俺はあいつさえ殺せればよかった。お前ら騎士なんて、どうでもよかったんだ。俺の敵にならないのであれば、放っておくつもりだった」
「なら……」
「だが、お前らは俺の友人に手をかけた。それは万死に値することだ。人を殺すのであれば、自分も殺される覚悟がなければいけない。そうだろう?」
「――――っ!!」
クロウの体から放たれる恐ろしい殺気。
それは周囲を一瞬にして包み込み、騎士たちを深い絶望に叩き落とす。
足に力が入らなくなり、全身から冷たい汗が吹き出す。
初めて出会う圧倒的な『強者』。
英雄などと持て囃されている紛い物とは根本から違う『化物』。
それと出会ってしまった彼らは、今まで振りかざしていた虚栄心など完全に捨て去り、ただ生き残りたいと、それだけを強く思った。
「こ、降参します! なんでも言うことを聞きます、私の用意できるものならなんでも差し上げます! ですから、ですから私だけでも見逃してください!」
涙と鼻水を流しながら、カイトは懇願する。
赤薔薇騎士団の団長とは思えないほど、みっともなく情けない姿。彼もそれを自覚してはいたが、今生き残ることができるのであれば、どれだけ情けない姿をさらしても構わないと彼は考えていた。
「団長! あんただけが助けろうとするなんてずるいぞ!」
「そ、そうだ! 俺たちも死にたくねえ!」
「うるさい! お前らは黙っていろ!」
足を引っ張り合う赤薔薇騎士団の団員たち。
その様を見たクロウは「くす」と笑う。
「本当に……救えないな。馬鹿は死んでも治らないと言うが……どれ、試してみるとしよう」
クロウが右手を上げると、止まっていたオークたちが一歩前に出る。
それだけではない。倒したはずのオークたちも起き上がり再び武器を手に取る。
ここにいるオークは全てクロウがアンデッド化したオーク、オークゾンビだ。頭を切り落としたくらいではしなない。動けないほど損傷を与えるか、聖属性の攻撃を与えないと倒すことはできない。
「うああああ! 来るな!」
騎士たちは剣を振り回し、四方から襲ってくるオークゾンビと戦闘を開始する。
しかし彼らは既に心を恐怖に支配され、更に仲間割れも起こしている。あっという間に陣形は崩れ、一人、また一人と殺されていく。
「助けてください! お願いしますお願いします!」
カイトはオークと戦いながら、必死にクロウに懇願する。
しかしクロウはオークたちを止めることはしなかった。彼らの運命は、リト村を襲った時にもう決まっていた。
「お前は助けを求めた人に慈悲をかけたか?」
「それは……」
言葉に詰まるカイト。
思い当たることなら、いくらでもある。ここで嘘をついてもすぐにバレる自信があった。
「自らの行いは、自らに返ってくる。惨めに、なにも成せないまま、無意味に死ね」
「そん、な……」
次の瞬間「どちゅ」という音と共にカイトの頭部が棍棒によって潰される。
「ぷぁ、あ……」
なにが起きたのかも分からずふらふらするカイト。
オークたちはそんな彼に群がり、ひたすら手に持った武器で殴りつける。
潰され、斬られ、形を変えるカイトだったもの。それを見た騎士たちは「うぷ」と口を押さえ吐き気を沈める。
無意味に死に、肉塊と成り果てるカイト。
数十秒後には自分たちもああなるかもしれない。騎士たちは恐怖に駆られる。
「いやだ! 俺だけは助けてください!」
「お、俺は民間人には手を出してません!」
「うああああああああっ!!」
「いやだいやだいやだしにたくない!」
「俺は止めたんですぅ!」
命乞いをする赤薔薇騎士団の団員たち。
仲間を売ってでも生き残ろうとするその浅ましい様を見たクロウは、やれやれと首を振る。
「仕方ない。そこまで言うなら配下にしてやろう」
「え……本当ですか!?」
「ああ。だが、生きてるままではいらない。アンデッドに変えたあと、こき使ってやる。感謝するんだな」
「そ、そんな……っ」
死亡宣告を受けた騎士たちは逃げ出そうとする。
しかし既に逃げ場はない。彼らは泣き叫び、許しを請いながらオークたちに惨殺された。
こうして王国有数の騎士団『赤薔薇騎士団』は、わずか数分で滅びたのだった。