第8話 緊急事態
「なに……?」
部下の報告にカイトは驚く。
突然消えたオークと、突然現れたオーク。両者が全くの無関係とは考えづらい。
いったいなにが起きている。カイトは考えるが答えは出なかった。
「ライン。私は上の様子を見てくる。お前はその女が出れないようにした後、上に来い」
「はい、了解っす」
足早に地上に行くカイト。
それを見送ったラインは、再びサーシャの方を向く。
「……助かった。って思った? 俺はそんなに甘くないよ。団長には怒られるかもしれないけど、味見くらいはさせてもらうよ」
「そん、な……!」
ズボンに手をかけサーシャに近づくライン。
サーシャはここまでなのかと瞳に涙を浮かべるが……次の瞬間「カツン」という足音が地下室に響く。
「――――誰だ!?」
振り返るライン。
するといつからそこにいたのだろうか。一人の男が地下室に入り、ラインたちに向かって歩いて来ていた。
その男は闇のように黒いマントをたなびかせながら、ラインに近づく。
男の体から放たれる圧倒的な強者の気迫に気圧されたラインは、短剣を腰から引き抜き、サーシャの首元に当てる。
「そ、それ以上近づくな! 女を殺すぞ!?」
サーシャと男に関係があるかは分からない。
しかしわざわざ地下室に来たということは関係がある可能性は十分にありえる。ラインはそう考えた。
「…………」
ラインは賭けに勝ち、男の足が止まる。
ほっとしたラインはサーシャを人質に取ったまま、次はどうするか考える。
ひとまず身の安全を確保するのが先決。人質を取ったまま地上に出ようとラインは決める。
「う、動くなよ。少しでも動いたらこの女の首を斬るからな」
「……それはいいが、どうやって無い手で彼女を傷つけるんだ?」
「あ? なにを言って……」
ラインは首を傾げながら自分の手を確認する。
すると長年愛用していた右手は手首から切り落とされ、無くなっていた。
視線を下に動かすと、短剣を握ったままの右手が地面に落っこちていた。断面からは血がドバドバと流れ落ち、床を赤く染める。
「な、あ、あああああああぁっ!?」
それを自覚した途端、激しい痛みを彼が襲う。
とっさに自らの手首を圧迫し、止血を試みるが流れ出る血液は勢いを増すばかりで止まることはない。
いったいなにが起きている!? どうすれば助かる!? ラインは必死に思考するが、現れた男はその答えが出るのを待ってはくれなかった。
「あまり騒ぐな、死体の鮮度が落ちる」
男は騒ぐラインの首に自らの指先を押し当てる。
ただそれだけでラインは自らの死の明確なイメージを想起した。助からない。ここで死ぬ。
男の指はどんな鋭利な剣よりも危険なのだとラインは本能で理解した。
「助け……」
「死ね」
首に当てた指を横にスッと動かす男。
それだけでラインの首は綺麗に両断されてしまう。
「あれ、地面が」
ラインの視界が回転し、地面が眼前に迫る。
切り落とされたラインの頭部は、地面に落下し、数度跳ねたあと動きを止める。
そして胴体は首の切断面から「ぷしゅ」と血を吹き出して倒れる。
ラインは相手が何者か、自分がなにをされたのか、なにも理解することができず死を迎えた。
彼の死亡を確認した男は、意識をかろうじて繋ぎ止めているサーシャに近づき、彼女を抱きかかえる。
「大丈夫か。サーシャ」
「あ、なたは……クロウ……さん……?」
「ああ、そうだ。よく頑張ったな」
サーシャの救出に間に合ったクロウは、彼女に労いの言葉をかける。
意識が朦朧としている彼女は、現状を正しくは理解できていない。しかしクロウの顔を見たことで緊張が緩み、嬉しそうに笑った彼女はそのまま意識を失う。
クロウはサーシャがちゃんと息をしていることを確認すると、背後に控えていたアリシアに彼女を渡す。
「治療を。それと安全な場所に移しておいてくれ」
「かしこまりました。クロウ様はどうなされるのですか?」
「決まっている」
アリシアの問いに、クロウはどこまでも冷たい目をしながら言い放つ。
「鏖だ」