第6話 感謝と怒り
「そんなことがあったのか……」
目を覚ました村人にここで起きたことを聞いた俺は、怒りを滲ませながら呟く。
この村で起きた蛮行は、赤薔薇騎士団という連中が起こしたらしい。
奴らは村に来た時、オークのことについて尋ねて来たらしい。
犯人は現場に現れる。十中八九奴らがオークをけしかけた張本人だろう。
それにしてもまさか、エリートゾンビを倒せるような奴らが現れるとは。そんなこと想定していなかった。いったい誰がこんなことを……。
「なんにせよ、そいつらは絶対に許せない。全員苦しませた末に殺してやる」
「そうですね。早く始末しないと私たちの情報が広まってしまいますからね」
俺の言葉にアリシアが同調する。
騎士団はこの村の人たちを傷つけ、情報を吐かせようとしたらしい。人は痛みに耐えられない、騎士団は俺たちの情報を握ってしまっているだろう。
村人たちは俺たちのことを深く知っているわけではないが、存在が知られてしまうだけでもマズい。王都にまで伝われはその情報を完全に隠匿するのは不可能だ。
急いで俺たちの情報を消さなければいけない。そう思ったが――――
「それなら安心してくれ。あんたたちの情報は漏れてない」
「……なに? どういうことだそれは」
「俺たちはあんたのことを一切話していない。だから安心してくれ」
「な――――っ?」
俺は言葉を失い絶句する。
確かに俺はここをオークから救った。恩を感じてくれている自覚もあった。
だけど人間は自分が危険に晒されれば、他者を犠牲にしてでも助かろうとする生き物だ。こんな目に合えば、俺の情報を流すくらいするだろうと思っていた。そうされるのが当然で、そのことで怒り感じることもない。
だけどここの人たちは、俺を売らなかった。
俺は彼らに感謝を覚えるととともに、とてつもない怒りも感じた。
心優しい彼らを死に追いやった赤薔薇騎士団は絶対に許せない。ありとあらゆる苦痛を味合わせた後に、凄惨に殺してやる。
「情報は喋らなかったが……代わりにサーシャが捕まってしまった。あいつらは情報を得るためにきっとサーシャに酷い真似をするだろう。またあんたにすがるのも勝手な話だが……あの子を助けてもらえないか?」
「そうかサーシャが……分かった。どの道その騎士団には会いに行くつもりだ。サーシャは必ず助ける」
「本当か! ありがとう……!」
「礼を言うのはこっちだ。必ず騎士たちには報いを受けさせる。だがまずは、みなを苦しみから解放しよう」
「え? それはどういう……」
俺は唯一生き残った村人から視線を外し、無惨に死んでしまった村人たちに目を向ける。
そして彼らに右手を向けて死霊術を発動する。
「完全蘇生」
そう口にすると目の前の死体たちがまるで時間を巻き戻したかのように肉体を取り戻していき、次々と蘇生されていく。
それと同時に体内の魔力量がガクッと減る。瘴気のない場所での完全蘇生はやはり体にかかる負担が大きい。しかし早く蘇生しなければ蘇生が失敗してしまう可能性がある。
英雄たちが1000年後でも蘇生できたのは、あいつらが常人を遥かに超える強度の肉体と魂を持っていたから。普通の人間ではそうはいかないのだ。
「これで……全員だ。死ぬ直前の痛い記憶は消しておいた。トラウマになるからな」
「ありがとうございますクロウさん……いえ、クロウ様! あなたはこの村の英雄です!」
生き残りの村人は涙を流しながら俺に感謝すると、生き返った村人たちのもとに行く。
それを見届けると、今まで後ろに控えていたアリシアが近づいてくる。
「お体は大丈夫ですかクロウ様。完全蘇生はかなりの魔力を要する技。体への負担が……」
「問題ない。少し休めば大丈夫だ。それより今は村を滅ぼした騎士の行方を探すのが先だ」
「赤薔薇騎士団と言っていましたね。ジーナが集めた情報によりますと、赤薔薇騎士団はグリュスベルクで活動しているようです」
「そうか。グリュスベルクといえばあの――――」
言葉を続けようとした瞬間、一人の人物がこちらに走ってくるのが目に見える。
初老の男性。ここの村長、ジギィだ。
彼も死んでいたようだが、無事完全蘇生で生き返ったようだ。老人であるジギィが生き返っているなら、ここの村人全員蘇生できているだろう。
「クロウ殿! 話は村の者から聞きました。我らを救ってくださり、本当にありがとうございます! あなたこそこの村の救世主。このご恩は決して忘れません……!」
「いいんだ。それよりここを襲った騎士団について聞きたい。エリートゾンビがいたはずだが、どうやって倒した?」
「ああ……それは……そうだ。そうでした! 騎士ではない者が彼らと一緒にいたんです!」
「騎士じゃない者?」
「はい。あれは……そう、英雄のエルザでした! かつて勇者アレスと共に魔王を倒した、英雄の一人である、エルザ殿が騎士と一緒に我らに剣を向けたのです!」
「エルザ……だって?」
その名前を聞いた瞬間、俺は全ての毛が逆立ち、血液が沸騰するような感覚を覚えた。
まさかここでその名前を聞くなんて、なんて偶然。いや、これは――――運命だ。
「嬉しいよエルザ。お前が救いようのない屑でいてくれて」
涙と笑みが止まらない。
俺がもっとも恐れるのは俺の憎しみが消えることじゃない。
俺がもっとも恐れているのは、かつての仲間たちが『改心』してしまうこと。
もしあいつらが善人になってしまっていたら、気持ちよく復讐することができない。それは俺にとって一番辛いことだ。
だから俺は嬉しい。
これで気持ちよく、最高の気分で復讐することができる。
「アリシア、復讐だ。復讐をする必要がある」
「はい。迅速に、そして凄惨に始めましょう」
次なる目標を定めた俺たちは、すぐに行動を開始するのであった。