第5話 歪んだ正義
「な……っ」
エルザの目にも留まらぬ剣技を見たカイトは唖然とする。
彼女の指導を受けている彼は、実力差を理解しているつもりであった。しかしそれは誤りであり、その力の差は天と地ほどに開いていることを、カイトは理解した。
(これが『英雄』の力――――! 強い、誰も勝てるわけがない――――!)
カイトは恐怖を覚えると共に、それ以上に興奮した。
彼女がいる限り赤薔薇騎士団に敗北はない。自分たちは王都の神律騎士団すらも超える存在になれるのではないか――――と。
「カイト。ボケッとするな。エルダーゾンビは明らかに村人を守ったんだ。こいつらにはなにかある。とっとと拷問して吐かせちまうか、全員殺した方がいい」
「はい……そうですね。助けていただきありがとうございますエルザ様」
脅威が消え去ったカイトたちは、その矛先を再び村人たちに向けようとする。
すると今まで倒れていた村長のジギィがゆっくりと立ち上がる。ダメージはまだ残っており足が震えているが、その目はしっかりとエルザを捉えている。
「その名、その髪色……あなたは英雄のエルザ様ではありませんか……? そうであるのならば、このような蛮行はやめてください。あなたは英雄なのでしょう……!」
涙ながらに訴えるジギィ。
するとエルザは笑みを浮かべながら彼に近づき……その腹に自らの剣を突き刺した。
「え……」
「うっせんだよジジイ。英雄に生意気な口を利くな」
エルザはジギィから剣を引き抜き、血を払う。
致命傷を負ったジギィはその場に倒れ、動かなくなる。腹部からは血がドクドクと流れ、その傷が致命傷であることを周囲の者に伝える。
「あたしはよく戦闘狂って言われるんだ。敵を見るとすぐに斬りに行ってしまうからな。でも戦闘が好きかっていうとそれはちょっと違う」
エルザは英雄の蛮行に怯える村人に視線を向けると、恐ろしい笑みを浮かべる。
「あたしは戦うことが好きなんじゃない、いたぶることが好きなんだよ! 今日は楽しめそうだね……♪」
獲物を目の前にした肉食獣のような顔をするエルザ。
もう彼らを守る存在はいない。エルザと騎士団は逃げ惑う村人を片っぱしから捕まえ、暴虐の限りを尽くし始める。
「全員は殺すな! オークとあのアンデッドについて知ってそうな者は拷問して吐かせろ! 言わない者は見せしめとして殺して構わん!」
カイトはそう命令すると近くの村人を殺す。
こういった時に見せしめは有効だ。恐怖がもっとも人の口を軽くする。
「この雑魚どもが……お、俺に傷をつけるなんてナメやがって……!」
騎士団の中でも特に暴れたのは、エリートゾンビに殴られたラインだった。
あばらを骨折し、体の複数箇所を打撲した彼の顔は怒りに満ちており、その怒りをそのまま村人にぶつけた。
「や、やめてくだ……」
「うるせえ! 死んで詫びろ!」
彼は村人を容赦なく切り捨てると、倒れた村人を何度も踏みつける。
鎧の重さが加わった踏みつけの威力は高く。その被害にあった村人はぐちゃぐちゃに潰れ、肉塊に成れ果てる。
「魔法は使うなよ。オークがやったことにするからな」
騎士団長のカイトは仲間にそう呼びかける。
魔法を使わず、武器だけで殺せば足はつかない。彼らは今までそうやって悪事を隠蔽してきた。
「団長ぉ。殺すだけじゃ気が済まねえ。何人か持ち帰ってもいいっすかあ?」
「……仕方ない奴だ。少しにしておけよ」
「了解♪」
カイトの許可を得たラインは、村人の物色を始める。
彼は襲った村から人を拉致するのが趣味であった。もし逃げられたら自分たちの悪事をバラされてしまうリスクはあるものの、それによって得られる快楽がリスクを上回った。
それに逃げられたとしても、ただの村人の訴えをまともに聞く者はいない。
それを根拠に赤薔薇騎士団と敵対しようとするような者は、この一帯にはいないからだ。
「こいつは……いらない。お前も……死ね。うーん、ジジババばっかでロクなのがいないな」
村人を次々と殺していくライン。
すると彼は逃げ惑う村人の中に若い女を発見する。
「……あ? なんだ、可愛い奴もいるじゃねえか。おい、待てよ」
「きゃ!? やめて下さい!」
ラインに手首をつかまれたのは、村娘のサーシャであった。
彼女はラインの手を振りほどこうと暴れるが、彼女の力では逃げ出すことはできない。
「特別に飼ってやるよ。従順なら痛いことはしねえ。殺されるよりずっとマシだろ? 感謝するんだな」
「いや! 離して!」
「……はあ。これだから田舎の女は嫌なんだ。身の程をわきまえてねえ」
ラインは苛立たしげにそう言うと、サーシャの頬をバシッ! とはたく。
するとサーシャはその場に倒れ込み、頬を押さえる。あまりの痛みに頬は真っ赤に腫れ、瞳には涙が浮かぶ。
「次暴れたら足を折る。あまり手を焼かすなよ?」
「そ、んな……っ」
あまりの恐怖に、あしがすくみ動かなくなるサーシャ。
こうしてリト村は悪逆の限りを尽くされ、ものの数時間で滅んでしまったのだった。