第4話 望まれぬ来訪者
「……私が村長のジギィ・リリテルです。騎士の方々がこのような村になんのご用でしょうか」
赤薔薇騎士団に呼び出され、村長のジギィが姿を見せる。
平静を装ってはいるが、その手は細かく震えている。
グリュスベルクの兵士が税の徴収に訪れることはある。
しかしあの有名な赤薔薇騎士団が村に顔を出すことなど今までなかった。
いったいなにを要求されるのか。ジギィは緊張しながら団長のカイトと向かい合う。
「そんなに緊張しなくてもいい。少し聞きたいことがあっただけだ」
「聞きたいこと……ですか?」
「ああ。この周辺にオークが現れたはずなのだが、見ていないか?」
「――――っ!」
オークという名を聞き、ジギィはわずかに動揺を見せる。
まさかオークのことを聞かれるとは思っていなかった。オークを見たのを隠すのも不自然だが、村に現れたのに無事であることの方が不自然だ。
ジギィはわずかの間に逡巡し、返事を決める。
「……いえ、知りませんな。お力になれず、申し訳ありません」
「そうか……知らないか」
視線を交わし合う両者。
ジギィはその重圧に負け視線を逸らしそうになるが、ここで折れては騎士団の矛先は村人に向いてしまう。彼は視線を逸らさず食らいつく。すると、
「団長ぉ、早く終わらせましょうよ。こいつらがなにか知ってんのは確実でしょ? じゃあさっさと吐かせましょうよ」
騎士の一人のラインは馬から降りると、ジギィのもとに近づく。
なにをする気だとジギィが構えると、
「身の程をわきまえろ、ジジイ」
そう吐き捨てると、ラインはジギィの腹部に思い切り膝を打ち込む。
あまりの衝撃にジギィの体が数センチ浮き、体がくの字に折れる。
「か――――っ!?」
声にならない声をあげ、その場に倒れるジギィ。
彼の体は痙攣し、危険な状況になる。
新人団員の突然の蛮行。
しかし団長のカイトはそれを咎めず面倒くさそうにするだけであった。
「ライン。勝手なことはするなといつも言っているだろう」
「だってこっちの方が早いっすよね? 団長だって早くこんなカビ臭いとこから帰りたいでしょ?」
「はあ……都市長に説明するのは私だというのに。まあいい。どちらにしろ、協力的でないのなら実力行使するつもりではあった」
団長のカイトはそう言うと馬から降りる。
ジギィは今も痙攣しており、喋れるようには見えない。彼は村長が倒れ混乱している他の村人たちに目を向ける。
「ライン、三十分だ。三十分でオークのことを聞き出せ」
「りょーかい団長♪ ま、そんなにかからないと思うけどね」
ラインは怯える村人のもとに一歩近づく。
民間人に手を下すのは初めての経験ではない。拷問だって経験がある。簡単な仕事に思えた。しかし、
「……え?」
村人を捕まえようとした瞬間、彼の前に一人の人物が立ちはだかる。
ボロ布を身にまとった男。最初はそう見えた。
しかし違う。その者の皮膚はミイラのように干からび、目がある箇所は穴が空き中はどこまでも闇が広がっている。
ゾンビの中でも上位種の『エルダーゾンビ』。このようなところにいるはずのない強力なアンデッドがラインの前に立ちはだかっていた。
「は?」
意味が分からずそう声を発した瞬間、ラインはエルダーゾンビにはたかれその場から吹き飛ぶ。
ただ平手で殴られただけ、それだけなのにラインは物凄い勢いで宙を飛び、その後地面を転がる。それほどまでにエルダーゾンビの力は凄まじかった。
「総員戦闘態勢! あのアンデッドから目を離すな!」
団長のカイトが大声を出し、混乱しそうになっていた団員たちをまとめあげる。
剣を抜き、盾を構えエルダーゾンビと向かい合うカイト。吹き飛ばされた部下の心配をしている余裕は今はなかった。
(おそらくあれはエルダーゾンビ。本でしか見たことはないが、なぜあんな強力なモンスターがこんな村に……!? やはりこの村はおかしい、滅ぼす必要があるな)
カイトはリト村の危険度を最大まで引き上げる。
いかなる理由があろうと、自分たちに害を成す存在は消さなければいけない。彼はリト村の殲滅を決定する。
「注意するべきは腐食性のガスと、驚異的なしぶとさだ! 頭を落としても油断せず囲んで叩け!」
エルダーゾンビAランクのモンスター。とてもカイト一人で勝てる相手ではない。
しかし騎士団全員で連携を取れば勝てるはず。何人か被害は出るかもしれないが、勝つことは可能だ。
そう考えたカイトは騎士たちを使ってエルダーゾンビを討伐しようとするが、それより早く動く者がいた。
「アンデッドは嫌いだ。あいつを思い出すからな」
英雄エルザ・ハーマイン。
かつて双剣のエルザと恐れられた彼女は、目にも止まらぬ速さでエルダーゾンビに接近すると、その体を切り刻み、あっという間に討伐してしまう。
『ガ……ァ……?』
なにが起きたのかも理解できず塵となるエルダーゾンビ。
エルザはそれを確認すると、双剣を腰に納めるのだった。