第7話 情報
「本当にありがとうございます……あなた方が来てくださらなかったら、私たちは全員死んでいましたでしょう」
オークたちを倒して少しして。
無事村人全員の治療が終わり、一息ついているとリト村の村長の家に案内された。
ちなみに村長の名前はジギィというらしい。八十歳くらいの爺さんだ。
村長の家についた俺たちは改めて彼に礼を言われ、頭を下げられた。
村人たちにも何度も感謝をされ、頭を下げられた。すっかり英雄扱いされてしまっている。サーシャが俺たちの活躍を盛りまくって伝えているのもその扱いに拍車をかけてしまっている。
「オークに襲われた時はもう終わりだと思いましたが、まさかあなた方のような強く気高き方々に助けていただけますとは。これも神の思し召し。ありがたいことです」
「神の思し召し……か」
「いかがなされましたか?」
「いや、その言葉は好きじゃなくてな。俺たちは神など関係なく、自分の意思でここを助けた。それは分かってほしい」
「す、すみません。撤回させていただきます……」
村長は慌てて言葉を撤回する。
少し萎縮させてしまったが、神の思し召しなんて言葉を聞かされると流石に看過できない。
俺がここにいるのは確実に神の思し召しなんかじゃないからな。
ちなみに村長含め、村の者たちは全員気づいていないようだが、オークたちはこの村を滅ぼすつもりはなかった。だから俺たちが来なくても全員殺されるようなことはなかったのだが……まあわざわざそんなことを伝えなくてもいいだろう。
オークが人間の指示で村を襲っていたと知ったら、更に不安になるだろうしな。
「クロウ殿とアリシア殿にはお礼をさせていただきたいのですが……なにぶんこの村には価値のある物がありませんものでして。お二人のような高貴な方にお渡しできるような物は……」
村長は目を伏せ申し訳無さそうに言う。
この村は農業を中心にして生活している、ありふれた田舎の村だ。
自分たちの食い扶持を稼ぎながら、王国に税を収める日々。生活していくだけでやっとだ。宝石や魔道具といった価値のある物はとてもないだろう。
そんなこと聞かなくても分かっているし、要求するつもりもない。
俺には別にもっと欲しい物があるからな。
「気にしてなくて大丈夫だ。高価な物を要求する気はない」
「本当ですか……?」
「ええ。その代わり情報を貰いたい」
俺は地図と最近の国家間の情勢を村長に尋ねる。
俺が深淵穴に落ちる前、俺たち竜の尻尾は『魔王』を倒した。
魔王を倒した功績を得た俺の仲間たちには、かなりの金と名誉が転がり込んだはず。それを得てあいつらがまだ竜の尻尾として活動しているとは到底思えない。おそらくそれぞれが自分の目的のために行動しているだろう。
魔王を倒したあいつらが動き回れば、国家間のバランスにも影響を及ぼす。さすがに二年で国が滅んだりはしていないだろうが、細かいところは結構変わっているはず。それを知っておきたい。
「情報……ですか。本当にそのようなものでいいのですか?」
「ああ。説明したが、俺たちは最近ここに来た。なのでこの周辺の情報をほとんど知らない。だから情報がなにより欲しいんだ」
「分かりました。それでは私が知る限りのことをお伝えします。しかしここは田舎の村ゆえ、他国のことまでは詳しく知りません。それでもよろしければ……」
「それで構わない」
こうして俺は村長から周辺の地図と最近の国家間の情勢について聞いた。
俺が深淵穴にいたのは二年間。その間にさすがに国が滅んだりはしていないようだった。魔王を倒した竜の尻尾は俺がいない間にかなり有名になったみたいで、村長もその名は知っていた。
「それにしても意外だな。オルデウス神王国が勢力を伸ばしていない。魔王を倒したからもっと勢いづくかと思ったが……」
俺たちの住まう大陸でもっとも大きい領土を持っているのがオルデウス神王国だ。
神律教会を信仰しており、国民の多くがその信徒だ。
魔族を神の敵と定めており、隣の魔族領とは常に小競り合いを繰り広げていたが、その魔族の王である魔王は俺たちが倒した。
目の上のたんこぶがいなくなったことで領地の拡大をしていると思ったが、どうやらそうはいかなかったみたいだ。
「魔王は倒されましたが、魔族は今も激しい抵抗をしているらしいのです。そのせいで王国は物資や食料が足りず、苦しい状況にあると聞きました。そのせいで最近は税の取り立ても厳しく、我らの生活も立ち行かなくなってきました。正直オークが来ずとも、私たちの村は長くは持たないでしょう……」
村長は暗い顔でそう話す。
確かにここの村人は痩せている者が多く、元気もあまりなかった。ロクな物を食べられてないんだろうな。
俺を裏切り殺すよう命じた王国が困っているのは嬉しいが、なんの罪もない民間人が苦しんでいるのはいい気分じゃない。
「情報感謝する。その礼というわけじゃないが、少しばかり食料を贈らせてもらう。育ちの良い種や苗もある。使ってくれ」
俺が手をかざすと、空間に穴が開きそこから大量の食料が落ちてくる。
これは俺の所持している魔道具の効果だ。異空間に物を収納することができ、様々な武器やアイテムを俺は普段から持ち歩いている。
突然現れたそれらを見た村長は目を丸くし驚く。
しかし俺が魔法使いであることを知っているので、それが魔法によるものだと早い段階で納得してくれた。
「こんなにも食料を恵んでくださるのですか……!? し、しかし助けていただいた上そこまでしていただくわけには……」
「困った時にはお互い様だ。俺たちの友好の証として受け取ってくれ」
そう諭すと、村長は悩んだ末に「ありがとうございます……!」と深々と頭を下げてそれを受け取る決意をする。
イーサ・フェルディナには豊穣の巫女がおり、畑は一年中実っている。
そのおかげで食料は潤沢に蓄えられている。渡したのはほんの一部であり、1%にも満たない。なので懐は全く痛んでいない。
これくらいのことで恩を売れるなら安いものだ。