第13話 絶望の袋小路
「運んで治療を。目が覚めたら呼んでくれ」
ミリエルの洗脳を解除したクロウは、今まで待機していた骨の騎士にミリエルを渡す。
ミリエルの体にはところどころ傷が目立つが、命にかかわるものはない。
天使の治癒能力を考えれば、復活まで時間はかからないだろう。
もっとも、その時は今までのミリエルとは違う自我になっているのだが。
「さて……」
ミリエルを引き渡したクロウは、静かにうなだれているガオランのもとに近づく。
「どうだった。楽しんでくれたか?」
「…………」
ガオランはゆっくり面をあげると、虚な目でクロウを見る。
自信満々で傍若無人だったガオランはもうどこにもおらず、彼の目に精気はもう感じられなかった。
「もう……気が済んだだろ。もう……殺してくれ」
「まさかあのガオランがそう言うなんてな。驚いたよ」
クロウは素直にそう言う。
しかしまだやろうとしていたことの半分も達成できていない。ここで終わらせるつもりはなかった。
「残念だがまだ死んでもらうわけにはいかない。お前にはまだ利用価値があるからな」
「とことん外道だなてめえは。だったら……」
ガオランはなにかを決心した顔をすると、口の中で「ガリッ」となにかを噛み切る。
すると彼の口から大量の血が流れ落ち始める。それを見たクロウはガオランがなにをしたのかを察する。
「舌を切ったか」
「へへ……ざまあみやがれ。地獄でてめえが来るのを待って……るぜ……」
呟いている間も口からボタボタと血液が床に流れ落ちる。
大量に出血したガオランは意識が段々と遠のいていく。それと同時に明確な死のイメージが彼に迫ってくる。
普段であればそれに恐怖しただろう。しかし長い間拷問を受けていたガオランにとって今や死は『救い』となっていた。
「これ、で、おわる……」
目を閉じ、ガオランはゆっくりと死を受け入れる。
体から感覚がなくなっていき、体中を襲っていた痛みも徐々に和らいでいく。
これが死。なにより怖かったものが今はただ心地よい。
少ししてガオランは完全な静寂と闇を手に入れる。やっと死ねた、これでもう苦しまずに済む。
ようやく心の安寧を手に入れたガオランであったが――――
「完全蘇生」
クロウの声と共に、意識が急速に呼び戻される。
目を開けるとそこはまだ地下室であり、体も繋がれたままであった。
体のあちこちが痛むが、一箇所だけ治癒しているところがあった。
それは『舌』。噛み切ったはずの舌は綺麗に治っており、ガオランは舌を噛み切る前に戻っていた。
「そん、な。なんで――――」
「おいおい忘れたのかガオラン。俺は死霊術師だぞ? 死んだ者を蘇らせるのは十八番だ」
「あ、あ、あ……!」
ガオランはその時気づいてしまった。
自分が選んだ死すら意味がないということを。死という最後の逃げ道も袋小路であるということを。
「こ、殺してくれ! 頼む、もう嫌なんだ! お願いだよクロウぅ!」
「あーうるさいうるさい。少し黙ってような」
クロウは用意した布切れをガオランの口の部分に巻く。
口が動かせなくなったガオランは喋ることができなくなり、そして同時に舌を噛むこともできなくなってしまった。
「――――っ! ――――っっ!!」
「なんだ、まだ元気じゃないか。これならもう少し付き合えるな」
クロウが指を鳴らすと、死の拷問吏がやって来る。
彼が運んできた車輪付きの台の上には、以前使った物よりも多くの器具が置かれていた。それらは異様な形をしており、どのように使うのかは分からなかったが、ガオランを癒してくれる物ではないことは確かだった。
「ちょうど死霊術の特訓のために丈夫な人の体が必要だったんだ。他にも色々実験したいこともあったし助かったよ」
「うーー! うーーーーーーっ!」
涙を流しながらなにかを訴えるガオラン。
しかし今の彼は言葉を発することも自害することもできない。それに仮に自害できたとしても再び『蘇生』されるだけ。
彼は完全に『詰み』の状況に陥っていた。
「ガオラン。今後とも末長く、よろしくな」
地下室に響く、悲痛な絶叫。
しかしその声は地上はおろか、すぐ上のクロウの城にすら届くことはなかったのだった。
◇ ◇ ◇
「お疲れ様でしたクロウ様」
ガオランへの復讐を終え、自室に戻ると専属メイドのアリシアが出迎えてくれる。
彼女も途中までは一緒に地下室にいたが、復讐が終わりそうになるのを察すると先に地下室を去り、俺を出迎えてくれる準備をしてくれていた。
自室のテーブルの上には豪勢な食事が置かれており、湯気がほんのりと立っている。部屋に到着する時間を見極めていないとできない芸当だ。
「お食事にいたしますか? お風呂の準備もできております。それとも私……」
「食事にする」
言葉を遮るようにそう言うと、アリシアは少ししゅんとした様子で食器の準備を始める。なにを期待しているのかは分かるが、流石に疲れたので今はやめてほしい。
俺は椅子に深く座り、食事を取る。
皮がパリッと焼けたコカトリスのローストに、月雫草を使ったサラダ。イーサ・フェルディナの畑で採れた麦を使用したパン。
どれも絶品で冒険者をしていた頃には食べられなかったような物ばかりだ。
ちなみに俺が食べる物はほとんどアリシアが調理してくれている。
イーサ・フェルディナには腕の立つ料理人が何人もいるが、俺の食事の用意だけはアリシアが譲らなかった。
まあアリシアの作る料理はどれも美味しいから俺はいいんだけど。
「ふう……満腹だ」
全ての食事をたいらげ、食後のコーヒーを飲む。
さっきまでガオランを拷問していたとは思えないほど、平和だ。少しは良心の呵責があるかと思ったけど、微塵も感じなかったな。これなら今後の復讐も問題なく行えそうだ。
「クロウ様。今後の動きはどのようにいたしましょうか?」
「それならガオランがいい情報をくれた。次はここを攻めようと思う」
俺は地図を広げて、ある一点を指差す。
「グリュスベルクですか……ここは王国の都市ですね。屈強な騎士団がいることで有名でしたはず」
「そうだ。ここに俺の元仲間の一人がいるらしい」
グリュスベルクはボールットから近い距離にある。だからガオランはそいつとたまに連絡を取っていたみたいだ。
ガオランが消えたと言うことをそいつが知ったら、姿を隠してしまう可能性もある。だから早めに捕まえた方がいいだろう。
「グリュスベルクにいるのは剣士エルザ。双剣のエルザという二つ名の強力な剣士だった。姉御肌で多くの人に好かれていたが、まさかあんなクソ野郎だったとはな」
俺は仲間にいたぶられた時のことを思い返す。
エルザもまた、他の奴らと同じように笑いながら俺の体を切り刻んだ。今でもあいつの声は俺の耳にこびりついて離れず、夢にも出てくる。
あいつらを全員殺さないと俺は悪夢を見続けるだろう。
「かしこまりました。それでは他のメンバーの捜索は継続しつつ、グリュスベルクの詳細な調査も開始いたします」
「ああ、頼む。くれぐれも慎重にな」
人間にいくらバレても問題ないが、神の耳に入ったら面倒なことになる。
向こうが正面から攻撃を仕掛けてくるならまだいい方で、最悪雲隠れされてしまう。そうならないように慎重に行動する必要がある。
「……と、そうでした。リト村の少女から連絡がありました。収穫祭があるので、クロウ様にも来ていただきたいと」
「サーシャからか? そうか、収穫祭か。確かにそんなことを言っていたな」
「クロウ様はお忙しい身、断っておきましょうか?」
「いや、行こう。あそことは仲良くしておきたいからな」
「……かしこまりました」
アリシアは少しだけ不満そうに了承する。
俺が外の世界と仲良くすることに嫉妬しているみたいだ。別にそんなに入れ込んでないというのに、気にしすぎだ。
「それにしてもそうか……リト村か。初めて外に出た時のことを思い出すな」
「はい。そうですね」
俺の言葉にアリシアは同調する。
「ああ、懐かしい。あの時も色々あったな」
俺はそう言って初めてこの深淵穴から外の世界に出た時のこと、そしてリトの村に行った時のことを思い返し始める――――