第12話 人格
クロウはその後も天使ミリエルを陵辱し続けた。
拘束されているガオランに見せつけるように、ゆっくりと時間をかけながら、丁寧に愛し……そして壊す。
最初こそ怒りのまま叫んでいたガオランであったが、人の喉はいつまでも持たない。
声が枯れ、怒る気力もなくなった彼はぐったりとうなだれ、両目から涙を流しながらその情事を見ていた。
「反応が悪くなったな。少し趣向を凝らすとするか」
静かになったガオランを見たクロウはそう言うと、向かい合う形で抱きついているミリエルの頭の上に手を伸ばす。
そしてそこに浮いている天使の輪、光輪をつかみ自分のもとに寄せる。
「あ……」
突然の行動に、ミリエルは声を漏らす。
光輪は天使にとって重要な器官、既に通信機能と洗脳機能を司る部位は破壊され、光輪の四割程度は砕かれてしまっている。
クロウはそれを顔の前まで持ってくると、その断面を「カリ」と歯で挟む。
これからなにをされるのか察したミリエルは表情を青くする。
「や、やめ――――」
ミリエルの制止むなしく、クロウは容赦なく光輪を噛む。
ガキッ、という音と共に光輪が少し欠け、ミリエルの体が勢いよくはねる。
「――――っっ!!!!」
まるで高圧電流を流されたかのような感覚。
ミリエルは自分の体がどうなっているか分からなくなるほどの衝撃を受ける。
しかしそれでもクロウは一切の容赦をせず、再び光輪を噛もうとする。それに気づいたミリエルはすがるように懇願する。
「や、やめて! もう痛いのやだ! やだやだやだやだ!」
まるで子どもが駄々をこねるように、ミリエルは涙を流しながら必死に頼み込む。
もうそこにガオランが憧れ恋をした気高い天使の姿が一ミリもない。自分の身を守るため、恥を捨て必死に懇願する哀れな姿しかない。
「人にお願いするなら、もっと頼み方があるんじゃないか?」
「お、お願いします! この通りですから!」
ミリエルは冷たい地面に膝をつくと、手を地面につけて土下座する。
何度も何度も必死に頭を下げ、懇願するミリエル。もうこれ以上痛いのは嫌だ。彼女のそんな思いが見て取れる。
するとクロウはそんな彼女の頭に足を乗せ、踏みつける。
そしてその状態でガオランのことを見ながら、再び光輪を「ガキッ」と噛み砕く。
「ああああああああっっっっ!!!!!」
クロウの足の下でミリエルが絶叫する。
あまりの痛みに全身を痙攣させ暴れだすが、クロウはそんな彼女を強く踏みつけ暴れることすら許さない。
そのあまりに惨い行いを見たガオランは、閉じていた口を開く。
「クロウ……お前はもう人じゃねえ。なんでこんなことができんだ……」
「目先の金に釣られて仲間を裏切った奴の言葉は違うなガオラン。お前に虐げられた人の痛みは、苦しみはこんなもんじゃねえんだぞ」
クロウはそう言うと、足の下で伸びているミリエルを抱き上げる。
何度も光輪を傷つけられたミリエルは脳がショートし、体に力が入らなくなっている。
彼女はされるがまま抱き寄せられる。
「さ、第二ラウンドといこうか。ちゃんと絞めてくれよ?」
「やだ! 気持ちいいのももうやだ! もうやめてぇ! いやだぁ!」
ミリエルはボロボロのままガオランに手を伸ばす。
すがるように伸ばされた手だが、それがガオランに届くことはない。
今までミリエルに相手をしてもらえなかったガオランにとって、それはずっと待ち望んでいたものであった。喜んでその手を取って助けたかった、しかしその思いは手を固定する冷たい手錠が無情に止める。
ガオランは時折苦しそうに呻きながら二人の情事を見ていることしかできなかった。
「さて……そろそろ終わりにするか」
考えつく限りの屈辱的な行為をし尽くしたクロウは、そう言うとミリエルを強く抱きしめながら光輪を握る。
そして自身の魔力を両方に流し始める。
「な、なにを……」
「これからお前の中にある神力を全て消滅させる。これが完了すればお前の『洗脳』は解ける」
天使たちは神の手によって洗脳され、神の兵隊となっている。それがクロウたちが調べて判明した天使の正体であった。
通常その洗脳を解くことはできないが、神の天敵である死霊術師の魔力はそれを可能にしたのだ。
「まあ厳密には洗脳とは少し違うんだけどな。気づいてないかもしれないが、お前ら天使は違う『人格』を神によってインストールされてるんだ」
「……え?」
クロウの言葉の意味が理解できず、ミリエルは固まる。
いや、理解できないのでなく、理解したくないと言った方が正しいだろうか。
「そうだ、今のお前は神によって作られた仮想の人格だ。天使ミリエルの人格は体の底で眠っている。お前は作り物なんだよ」
「そ、そんなわけ……」
ミリエルの体がガタガタと震え始める。
そんなわけがない。そう言い聞かせる彼女だが、なぜかその言葉を心の底から否定することができなかった。
そして仮にそれが事実なのであれば、自分の身にはとてつもない悲劇が待ち構えていることになる。
「そうだ。洗脳を解くということは、後から入れられた人格を消すということになる。お前という人格はもうすぐ消えるんだ」
「そん、な……」
人格の消滅。それはある意味死より残酷なことであった。
かつて自分だった体に本物の人格が宿り、残りの人生を過ごしていく。そして今の自分は体を乗っ取っていた悪者とされ、自分を語る者はいなくなっていく。
それはとても悍ましい未来であり、ミリエルは全力でその未来から逃げようとする。
「いやだ! いやだいやだいやだ! 消えたくない! 許して!」
「おい、暴れるな。もうちょっとで済むんだから」
「許して! なんでもするから、お願い!」
手足をじたばたと動かすミリエル。
しかし疲弊した彼女を組み伏せるなど、クロウからしたら赤子をあやすよりもたやすいことであった。
あっさりと組み伏せられた彼女は、涙を流しながら最期の時を迎える。
「うう……ぐす……、やだ……」
「さよならだミリエル。本物の《・・・》お前には優しくするから安心しろ」
クロウが魔力を込めると、ミリエルの視界が端から白くなっていく。
感覚が遠くなり、自我が薄くなる感覚。自他の境界が曖昧になり、霧散していく。
「わたしが……消えていく……っ」
伸ばした手は空を切り、そして地面に落ちる。
その瞳から光が消え、今までミリエルだった自我は完全に消え去るのだった。