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第2話 深淵穴《アビス》

 最後に痛みを感じてからどれくらいの時間が経っただろうか。

 まるで水の中からゆっくり浮き上がるように、俺の意識は覚醒する。


「……ここは」


 ゆっくりと目を開き、辺りを確認する。

 そこはどこまでも荒れ果てた大地が続く場所だった。目印となるものはどこにもないが、俺はここがどこだかすぐに分かった。

 なぜなら辺り一面には濃い瘴気が漂っているからだ。


 こんなに瘴気で満ちている場所は『深淵穴アビス』以外にありえない。


「でも不思議だ。普通に息ができる。瘴気の中では生き物は生きられないはずだけど……」


 瘴気は全ての生き物の肉体と魂をむしばむ。

 死霊術師ネクロマンサーである俺は、普通の人より瘴気の耐性はあるけど、それでもこんな瘴気の中にいたら数分で死んでしまう。


「考えられる理由としては……やっぱり『死魂転生しこんてんせい』の効果か」


 転生術、死魂転生は蘇生される時周囲の物質を取り込み肉体を再構成させる……と聞いたことがある。

 瘴気を取り込みながら蘇ったことで、瘴気に対する『耐性』のようなものができたのかもしれない。だとしたらラッキーだ。この穴の中でもしばらく生きていけるだろう。


「それにしてもなんか前より力がみなぎるのを感じるな。それに視線も高いような……って、あ!?」


 下を見た俺はあることに気がつく。

 それは俺の身長が死ぬ前より高くなっているということ。死ぬ前は155cmくらいしかなかった背がかなり大きくなって、大人と同じくらいの背になっている。

 年齢で言えば18歳くらい。これも瘴気を取り込んだ影響なんだろうか。声も低くなっている気がする。


「さすがに全裸は恥ずかしいけど……服なんてないよな」


 俺の着ていた服の残骸は足元にあるけど、とてもこんなもの着れない。

 そもそも前の服が残っていたとしても、大きくなったこの体じゃ着ることはできなかっただろう。


「しかし……どうしたもんか。さすがに深淵穴アビスを登って出ることはできなさそうだし……」


 深淵穴アビスはとてつもなく深い。

 とてもじゃないけど岩壁を素手で登るなんて不可能だ。


 それにいくら大きくなったとはいえ、今の俺の力じゃアレスたちに復讐するのは不可能だ。


「力だ。力が欲しい……っ!」


 心の底からそれを渇望する。

 あいつらを絶望の底に叩き落とせる、圧倒的な力が欲しい。


 それを手に入れることができるなら、どんな代償でも払える。今の俺には、復讐それだけが生きがいなのだから。


 と、そんなことを考えていると「じゃり」と何者かが地面を踏みしめる音が聞こえる。


「……誰だっ!?」


 俺は咄嗟に身構える。

 深淵穴アビスに生き物が生きているなんて聞いたことがない。この瘴気の中ではどんな生き物も生きられないはずだ。


 警戒しながら音のした方を注視していると、瘴気の中から黒衣に身を包んだ一人のスケルトン(・・・・・)が姿を現す。


「スケルトン? なんで深淵穴アビスに……」


 スケルトンは骸骨のモンスターだ。

 アンデッド系のモンスターは瘴気に多少の耐性があるとはいえ、深淵穴アビスでは魂の形が保てず消滅してしまうはず。

 いったいなぜ深淵穴アビスにスケルトンが? 不思議に思っていると、そのスケルトンは着ているマントを脱いで俺の方に差し出してきた。


「これを……俺に?」

『ア……』


 スケルトンはこくりと頷く。

 敵対するどころか、まさか服を恵まれるなんて。


 謎は深まるばかりだが、譲ってくれると言うのなら厚意に甘えよう。俺はそのマントを着て、ひとまず裸ではなくなる。


「ありがとう、助かった。ところであなたは誰なんだ?」

『アァ……』


 尋ねるがスケルトンは口をパクパクさせるだけで言葉を発せない。

 やっぱり骨の体じゃ話せないか。


 今まではマントを羽織っていて気が付かなかったけど、このスケルトンはメイド服を着ている。今はボロボロだけど、その刺繍や意匠はしっかりしたものだ。名のある人に仕えていたのかもしれない。


『ア、オオ……』


 そんなことを考えていると、スケルトンのメイドは瘴気の中に戻って行ってしまう。

 そうしながら時折、俺の方を振り向いている。


「ついて来い……っとことかな。行く宛もないし行ってみるか」


 俺はメイドスケルトンの後をついて行く。

 そうして十分ほど歩くと、俺はある場所にたどり着く。


「これは……!」


 俺の前に現れたのは、崩壊した巨大な都市だった。

 崩れた門に、かつてはそびえていた石像。並び立つ建造物は全て立派だが、そのどれもが傷み風化しつつあった。


 そしてその都市の中央部には、これまた立派な城がそびえ立っていた。

 城もかなり傷んでいたが、それでも城の形を保っている。これだけ瘴気の中にあっても形を保っているなんて、よほど頑丈な城だったんだろう。


「凄いな。こんな立派な都市、見たことがない。今の王都よりずっと大きいんじゃないか?」


 まさか深淵穴アビスの底に都市の跡地があるなんて。こんな情報どこの資料にも載っていないだろう。

 いったい誰の国で、なぜ滅んだのだろう。疑問は尽きない。


 俺はそんなことを考えながら、都市の中に足を踏み入れる。

 都市の中にはメイドスケルトン以外にも、たくさんのアンデッドが存在した。


 騎士の甲冑を着たスケルトン、魔法使いのローブを着たゾンビ、力なく座り込んでいるゴーストなど様々なアンデッドが崩壊した都市の中にいる。

 アンデッドたちは俺を見かけると、驚いたような顔をしてジロジロ見てくる。まあ生きている人間が来ることなんてないだろうから、驚いて当然か。


深淵穴アビスの底にこんな都市があったなんて……。それに深淵穴アビスの中で消滅しないアンデッドがこんなにいるなんて。ここにいる人は何者だ?」


 瘴気の中に入ったら、普通の人はアンデッドにもなれず消滅する。

 この中に入ってアンデッドとして生きていられるのは、瘴気に侵食されない強い魂を持つ人間くらいだろう。

 そんな魂を持った人間がたくさんいるなんて信じられない。俺の視界の中だけでも数十人、この都市をくまなく探せば千人以上いるんじゃないか?


「……そんな都市があるなんて聞いたことがない。いったいここはなんなんだ?」


 俺はメイドスケルトンに尋ねる。

 メイドスケルトンはなにか言いたげに口を動かすが、残念ながらそれははっきりとした声にはならない。

 そのことに絶望してしまったのか、メイドスケルトンはその場に座り込んでしまう。もし生身の肉体があれば泣いてその苦しみをやわらげることができたかもしれないが、スケルトンの体では泣くことすらできない。


 慰めになるかは分からないが、俺は彼女の側にしゃがみ込み、その肩に手を置く。

 するとその瞬間、頭の中に鮮明な風景が浮かび上がる。


「これは……!」


 俺の頭に浮かんだのは、この都市が崩壊する前の風景だった。

 たくさんの人が幸せそうに暮らす、理想の都市。

 しかしその都市は突如空から降り注ぐ巨大な『光』によって滅ぼされた。人々は必死に抗ったが、その甲斐虚しく都市にいた者は全員死に絶えてしまった。


 しかし天から光を降り注いだ何者かはそれで満足しなかった。都市がある土地を陥没させ、更にそこを大量の瘴気で満たすという暴挙に出た。

 そのせいで彼女たちは成仏することもできないまま、この場所で苦しみ続けている。そんなの……あんまりだ。

 今まで死者の考えていたことが断片的に分かったりはしたけど、死者が見たものを見れたのは初めてだ。これも死霊術師ネクロマンサーとして成長したことで新たに発現した能力なんだろう。


 なぜこんなことが起きたのかどうしても知りたくなった俺は、頭を働かせ……そして一つの答えを思いつく。

 


「なあ、俺は死霊術師ネクロマンサーなんだ。あんたを『蘇生』できるか試してもいいか? 話を聞きたいんだ」


 死の淵を彷徨う人であれば救うことができたが、完全に死んだ人を蘇生することは今までできなかった。

 完全蘇生は大量の魔力を消費するし、なにより前の俺は幼く未熟だった。

 前はできなかったけど、今のパワーアップした肉体ならできるはずだ。


 俺の提案を聞いたメイドスケルトンは、少し考えるような素振りをした後、両手を胸の前で組んで祈るような姿勢を取る。


 どうやらやってくれと言ってるようだ。

 俺は集中し、魔法を発動する。


「死霊術――――完全蘇生リザレクション!」


 『完全蘇生リザレクション』。

 それは魂を肉体に再固定し肉体を修復させ、再び生を取り戻させる死霊術の奥義だ。

 前は何度練習しても成功しなかったが、完全蘇生リザレクションは驚くほどスムーズに発動し、メイドスケルトンを生前の姿に戻していく。


「これは……本当に……!」


 ものの数秒でメイドスケルトンは肉体を取り戻す。

 現れたのは美しい銀髪をした女性だった。

 白くなめらかな肌。鋭くクールな印象を受ける切れ長の目。瞳は淡い銀色で、じっと見つめられると心の奥まで見透かされそうになる。

 彼女が着ていたメイド服も修復され、元の美しさを取り戻している。

 まるで絵画から出てきたような彼女のその美貌に、俺は一瞬言葉を失い黙ってしまう。


「……お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「え? ああ、俺はクロウ。クロウ・ホーネットだ」

「クロウ様、ですね。ようやく見つけました私が仕えるべき主人を。救っていただいたご恩は絶対に忘れません。このアリシア、貴方様の手となり足となり、この命尽きるまで側に仕えさせていただきます」


 謎のメイド、アリシアは俺に恭しくかしずくと、そう宣言するのだった。


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