第10話 光輪《ヘイロー》
「やれやれ、節操ないな。想い人のこんな姿を見て興奮するなんて」
クロウは呆れたように言う。
するとガオランはキッとクロウを睨みつけるが、一度みなぎったそれが鎮まることはなかった。
「う、うう……」
骨の騎士に捕まっている天使ミリエルが意識を取り戻す。
彼女は手を後ろに回され、手枷を着けられている。足にも鉄球付きの足かせが着けられており、自由に行動することは不可能になっている。
「ここは……」
目を開け辺りを見渡したミリエルは、クロウと拘束されたガオランの姿を見て、現状を理解する。想像以上に悪い現状に彼女の顔は歪む。
「貴様、こんなことをして許されると……ッ!」
「許されなかったら、どうなんだ? 神の裁きでも下るというのか?」
「なんと不敬な……! すぐにでもここに神の裁きが下るでしょう。アリオーン様、こいつらに今すぐ神の鉄槌を!」
ミリエルは天を見上げて叫ぶ。
勝利を確信したような笑みを浮かべるミリエル。しかしいくら待っても神の鉄槌が振り下ろされることはなかった。
「な、なぜ……!?」
「まだ気づかないか。お前の天使の輪はすでに破壊済みだ。通信機能は失われている。いくら騒いでもお前の主に声が届くことは決してない」
「そんな。私の光輪が……!? ああ、なんと……!」
ミリエルの光輪の一部は無惨にも砕かれていた。
砕かれたショックで意識を失っていたミリエルは、自分のそれがクロウの手によって砕かれたことを忘失していた。
しかし壊れた光輪を見たことでその記憶も徐々に戻って来る。
あまりにも最悪な状況に、ミリエルの表情は曇る。
「ミリエル様! 大丈夫ですか!?」
「……ガオラン。申し訳ありません、あなたを守護する身でありながらこのような体たらく……アリオーン様に顔向けできません……」
目を伏せるミリエル。
そんな彼女にガオランは話しかけ続ける。
「諦めるのは早いですよ。神もミリエル様がいなくなったことには気づいているはず、こいつらのことを見つけるのも時間の問題です。それまで一緒に耐えましょう!」
「……そうですね。ありがとうございますガオラン。まさかあなたに励まされる日が来るとは思いませんでした」
見つめ合うガオランとミリエル。
天使が守護対象に過剰に干渉することはほぼない。遠くから監視し、異常があった時のみ天使は助けに降臨する。
苦難に立たされた二人は、ここに来て初めて心を通い合わせた。しかし、
「残念だが、助けは来ない。それにもし来たとしても……お前らが助かることはない」
クロウはそう言うと、ミリエルを掴んで自分のもとに引き寄せる。
苦しそうに「あっ!」と声を出すミリエルを見て、ガオランは怒りの表情を浮かべる。
「てめえ、よくも……」
「勘違いしていないかガオラン。この天使はお前が思い描くような、神聖な存在ではない。神に操られているだけの愚かな傀儡だ」
「あぁ? なにを言ってやがる」
言葉の意味が分らず困惑するガオラン。
クロウはガオランが死の拷問吏の拷問を受けている間に、天使ミリエルの調査結果を受け取っていた。
天使は謎多き存在であったが、優秀な魔法使いが数人がかりでミリエルを調査、実験したことにより様々なことが明らかになっていた。
「天使の輪……光輪とか言ったな。これには通信機能の他、神に位置情報を送ったり天使の力を安定して生産するなど、様々な機能がある」
「……それがどうしたってんだ」
「この小さな輪っかにこれほどの機能があるのは驚きだ。だが俺が一番感心したのは……『洗脳機能』だ。天使は光輪によって神に『洗脳』されているんだよ」
「な……!?」
クロウの言葉に、ガオランだけでなくミリエルまで驚愕する。
生まれた時から天使たちは神の忠実なる僕。神の行いに疑問を持つことは一切なかった。
「天使族はもともと神に縛られていない、普通の種族だった。しかしその高い能力に目をつけた神は、天使たちの光輪に細工を施し、自らの兵隊にした。これが俺たちが歴史を調査して分かった結論だ」
天使族が神の兵隊ではなかったという歴史は、すでに神の手によって葬られている。
しかしイーサ・フェルディナには古代の文献も残っており、そこから推察することができた。そして天使の光輪を調べることでその仮説は事実なのだと判明した。
「天使を殺すのはたやすい。しかしそれじゃあつまらないと思わないか? 神の天使を全て奪い、俺たちのものにする。くく、自分のお気に入りが奪われたと知ったら神もさぞ怒るだろうな」
「理解不能……私は初めからアリオーン様の僕。操られているなどありえません。それにそれが事実だとして、あなたのような下賤な者に『神の洗脳』とやらが解けるはずがありません」
「違うな、逆だ。俺しか『神の洗脳』を解くことはできない」
「……どういうことですか?」
困惑するミリエルに、クロウはある事実を告げる。
「死霊術師の魔力は神の力、『神力』を消す力がある。だから神は自身の天敵である死霊術師を滅ぼそうとしているんだ。つまり、俺だけが天使を解放できるというわけだ。感謝しろよ?」
クロウはそう言うと、ミリエルの光輪を両手で掴む。
「や、やめなさい、やめなさい――――っ!」
自分がこれからなにをされるのかを察したミリエルの表情が、恐怖に染まる。