第7話 王の凱旋
「こ、ここが深淵穴の底だって……!? ありえねえ、そんなわけねえだろうが!」
深淵穴の底にある都市「イーサ・フェルディナ」を進んでいると、ガオランがたまらず叫ぶ。
彼は今もトロールゾンビに担がれている。
生殺与奪の権を相手に握られている状況で目立つ行動をするのが悪手なことくらい、彼も分かっている。
しかしそれでも叫ばずにはいられないほど、彼は混乱していた。
「深淵穴の底には瘴気が溜まっている! 瘴気は全ての生き物を殺す物質だ、そんなことガキでも知っている……! それなのにここは空気も澄んでいるし、空には太陽もある! ここが深淵穴なわけねえだろうが!」
「……当然前はそうだった。俺がお前らにここに落とされるまでは、な」
クロウは自分が深淵穴に落とされた日を思い返す。
その時のここは空気中に瘴気が満ち、大地は汚染されアンデッドのみが徘徊していた。しかし、
「俺たちは大地を浄化し、太陽を作った。底の方に溜まっていた瘴気を全て取り払い、深淵穴の上層部にのみ瘴気を残した。完全に瘴気を浄化することもできたが……それはしなかった。それがなぜか分かるか?」
「あ……?」
ガオランはクロウの言いたいことが分らず、言葉に詰まる。
それを見たクロウは笑みを浮かべながら答えを口にする。
「姿を隠すためだ。上層部に瘴気が残っていれば、外からこの国を発見するのは不可能。神がどこにいるかは知らないが、どうせ高いところから見下ろしてるんだろ? そうしている内は俺たちを発見することは絶対に不可能だ」
「な……!?」
クロウたちは既に地上を制圧できるほどの戦力を手にしている。
いかなる大国であろうと、クロウとその配下の英雄1万人を止める術は持っていない。
しかし正体不明の神と天使がいる以上、迂闊なことはできない。
イーサ・フェルディナが地上にその姿を晒すのは勝利を確信できるようになってから。彼はそう決めていた。
「は、はは。確かに上手くやっているみたいだが……無駄だ」
「ん?」
「この方法なら確かに神の目を一時的に欺くことはできるかもしれねえ。だが俺たちを手にかけていれば、必ずどこかでお前の存在は神にバレる。神から一生逃げ続けることなんて不可能だ。お前らは全員無惨に殺されるんだよォ!」
ガオランはクロウを指さし高らかに嘲笑う。
しかしクロウはそれを聞いても一切表情を崩さなかった。
「……確かに一生逃げ続けることは不可能かもしれないな。だが俺たちは神から逃げ続ける気はない」
「はあ? お前なに言って……」
クロウの言葉に引っかかるガオラン。
少しの間その言葉の意味を測りかねるが、彼はクロウがなにを考えているかに気づき表情を青くする。
「お前まさか……神まで手にかけるつもりか!?」
クロウはその言葉に返事をしなかったが、否定もしなかった。
その反応を見てガオランは自分の推測が正しかったのだと知る。
「ば、馬鹿じゃねえか!? お前頭沸いてんだろ! 少し強くなったからって調子乗ってんじゃねえぞ! んなことできるわけねえじゃねえか!」
ガオランは英雄となったことで神の力の一端を知った。
人外の力を持つ天使を使役する『神』。ガオランは信心深い人物ではなかったが、絶対に神律教会には逆らわないと決めていた。
「確かに普通なら無理だろう。神に逆らうなど馬鹿げていると思う。だが、俺たちは本気だ」
そう喋りながら、クロウはイーサ・フェルディナの中心部にある王城の中に足を踏み入れる。
かつて英雄たちを蘇生したその城は荒れ果てほぼ倒壊した状態だったが、今は荘厳な城に改築されている。
「さあ、中に入ってくれ」
クロウが目配せすると、トロールゾンビがガオランを下ろし、自分で歩かせる。
ガオランは一瞬逃げようか考えるが、この状況で逃走は不可能と判断し、クロウの後に続いて城に入っていく。
(なんだこの異様な雰囲気は。中になにがいるってんだ……!?)
ためらいながらも中に入るガオラン。
扉をくぐり城の中に足を踏み入れるとそこには――――王の帰還を待ちわびた無数の配下が跪いていた。
「なんだよ……こりゃあ……」
その異様な景色にガオランは圧倒される。
白金の鱗を持つ巨大な竜。黄金の鎧に身を包んだ美しい女騎士。漆黒の鎧に身を包む槍騎士。見上げるほどの大きな体を持つ巨人。
まるで神話の中から出てきたような人物たちが、そこには並んでいた。
英雄たちの体から放たれる強者の威圧感、桁違いの魔力。
優れた戦士であるガオランは、英雄たちの実力を一瞬の内に理解してしまう。
「な、なんだよこれ……う゛っ、おえ゛……っ!」
極度のストレスと緊張により、その場で嘔吐するガオラン。
今まではクロウたちの強さから目を逸らして心を誤魔化していたガオランであったが、英雄たちを見てついに心が折れ、そして認めてしまった。
――――自分が侮り、殺した存在は、自分を大きく超えた化け物になってしまったのだと。




