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第1話 突然の裏切り

「クロウ。悪いがお前にはここで死んでもらうことにした」


 突然そんなことを言われた僕は飲んでいた水筒から口を離し「へ?」と情けない声を出す。

 僕の名前はクロウ・ホーネット。勇者アレスが率いる冒険者パーティ『竜の尻尾(ドラゴンテイル)』のメンバーだ。

 竜の尻尾(ドラゴンテイル)には大陸各地から集められた、最強の戦士が所属している。僕たちは力を合わせ旅を続け、そして遂に人類を脅かす『魔王』の討伐に成功した。


 今はそんな大冒険の帰りだ。

 今日この場所で野営して、明日は王都に凱旋する。

 そこでたくさんの人に祝福され、僕たちは英雄認定される。


 だけどその直前で僕は、リーダーである勇者アレスに『死』を宣告された。


「う、うそだよねアレス? 今まで上手くやってたじゃないか! 確かに僕は他のみんなよりは弱いかもしれないけど……死ねなんて酷すぎるよ!」

「悪いなクロウ。これは決まったことなんだ。受け入れてくれ」


 アレスは柔和な笑みを浮かべながら、僕の訴えをバッサリと切り捨てる。

 いつもは頼りになるその笑顔が、今はとても怖く感じる。本当にこれがあの正義感に溢れるアレスなの? まるで心のない化物を相手にしているみたいだ。


「そ、そうだ。みんなもおかしいと思うよね!? 僕を殺すなんてみんなもおかしいと思うよね!?」


 僕は今まで一緒に旅をしてきた仲間たちに目を向ける。

 ここまでの大変な旅路を共にした仲間たち。みんなならきっと仲間になってくれるはず。そう思って助けを求めるけど、


「っせえなあ。もう眠いんだから話しかけんなよ」

「ハハッ♪ 必死でウケる」

「憐れな……せめて苦しまぬよう、殺してあげましょう」

「見苦しいぞ。男なら黙って死を受け入れよ」

「そう? 少しは抵抗しないと楽しくないでしょ」

「アレスよお、わざわざ教えなくてもいいじゃねえか。サクッとやっちまおうぜ?」

「そうよ。死霊術師ネクロマンサーなんてとっとと殺しましょ」


 僕の仲間たちは、みな白い目を僕に向けてくる。


 頼りになる兄貴肌、拳闘士ガオラン。

 いつも明るい、炎の魔法使いレナラ。

 慈悲深くいつも優しい、僧侶マリナ。

 僕たちをいつも守ってくれたドワーフの戦士、重騎士ドンファン。

 頼れる姉御肌、双剣士エルザ。

 罠や毒物のスペシャリスト、シーフのザック。

 そして美しいエルフの姫、アナスタシア。


 七人の仲間たちは、誰一人僕を庇ってくれなかった。

 それどころかニタニタと笑みを浮かべ、僕が死ぬのを心待ちにしているような人もいる。あ、ありえない。僕たちは世界を救った英雄のはずなのに。なんで、なんで……


「なんで僕を殺す必要があるの!? 僕はただの非力な死霊術師ネクロマンサーなのに……」

「そこだよクロウ。そこが駄目なんだ。死霊術師ネクロマンサーは死を操る異常で異端な存在。その存在は明確に『神律教会オルデン・セラフィア』の教えに反する。君は存在それ自体が罪なんだよ」

「そんな……!」


 神律教会オルデン・セラフィアは、この大陸で広く信仰されている宗教だ。

 至高の神アリオーンを唯一神として、穢れなき世界を作り上げることを至上の目的としている。

 神律教会オルデン・セラフィアは死や穢れを絶対の『悪』としているため、死を操る死霊術師ネクロマンサーである僕は、昔から差別や迫害を受けていた。

 だけど竜の尻尾(ドラゴンテイル)のみんなは、そんな僕を仲間として扱ってくれた。だから僕はこのパーティが、仲間のみんなが大好きだったのに。それなのに……!


「じゃあなんで僕を仲間にしたの!? そんなに死霊術師ネクロマンサーが嫌いなら仲間になんてしなければ良かったのに!」

「クロウの死霊術師ネクロマンサーの力は醜く邪悪だが、魔王の討伐に役に立つからだ。魔王の不死の軍勢を無力化できるからね。でも魔王が死んだ今、君は用済みだ。死霊術師ネクロマンサーを魔王を倒した英雄にするわけにはいかない。用が済んだ君を処刑するようにと神託が出た」

「そ、そんな……!?」


 神託とは神のお告げのこと。

 神律教会オルデン・セラフィアは唯一神を信仰していて、時折神の言葉を授かる。それが『神託』だ。

 神託は絶対で覆ることは決してない。つまり僕の処刑は決定事項ということだ。


「処刑には国王陛下も賛同している。つまり君の居場所はもうどこにもないってことだ」

「国王様まで……!」


 僕は絶望のどん底に叩き落とされる。

 国王様まで僕が死ぬことを望んでいるなんて。

 な、なんで。悪いことなんてしたことがないのに、なんで死霊術師ネクロマンサーってだけで死ななくちゃいけないんだ。


「し、死にたくない……」


 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。

 どうすればこの窮地から抜け出せられるか考えていると……突然お腹が急激に痛みだす。


「……っ!?」


 そして口から「がはっ」と血を吐き出す。

 頭がくらくらして、意識が遠のいていく。こんな状態、普通じゃない。僕は自分が毒を盛られたことに気がつく。


「この毒、まさか……」

「ああ、俺だ。死霊術師ネクロマンサーがどうとかは興味ないが、金を貰っているからな」


 シーフのザックが得意げに笑う。

 そういえばさっき飲んでいた水筒はザックから渡されたんだった。


「その毒は俺が調合した特別性。味も匂いもしないにもかかわらず、致死率は100%。もうお前は死んでいる……諦めろ」

「うう゛っ……が……っ」


 倒れそうになる体を必死で支え、僕はなんとか立ち上がる。

 駄目だ。切り替えるんだ。

 目の前の人たちは僕の知っている頼りになる仲間たちじゃ、もうないんだ。


 今は生きることを考えるんだ。

 逃げろ、どこでもいい、ひとまず隠れられるところへ逃げるんだ!


「ザックの毒を食らって逃げられるなんて驚きだ。さすが死霊術師ネクロマンサー……しぶといね。でも逃しはしないよ」


 アレスが指をパチンと鳴らすと、みんなが立ち上がり僕を追ってくる。

 必死に足を動かして逃げようとするけど、僕の身体能力はみんなより低い上に毒を食らっている。このままじゃあっという間に捕まってしまう。だったら……


召喚サモン・骨の兵隊ボーンソルジャー!」


 体内の魔力を消費し、死霊術を発動する。

 すると地面の中から剣を持ったスケルトンが十人ほど現れる。一体一体はたいした力はないけど、これだけ数がいれば時間稼ぎくらいにはなってくれるはず。


「ははっ、こんなもんで俺を止められると思ってるのかクロウよお!」


 そう言いながらスケルトンを殴って吹き飛ばしたのは拳闘士のガオラン。

 人間でありながら獣人以上の力を持つガオランは、簡単にスケルトンを粉々に砕き、僕のもとにたどり着いてしまう。


「ずっと思ってたんだよなあ。お前を一度ぶん殴ってやりてえってよお。お前みたいな暗くて不気味な野郎が俺は大っ嫌いなんだよ!」

「そんな……がっ!?」


 突然お腹をぶん殴られた僕は、吐瀉物を撒き散らしながら地面を転がる。

 い、痛い……。まるでお腹に穴が空いたみたいだ。内臓がひっくり返ったみたいに痛い。

 このまま寝ていたいけど、それじゃ死んじゃう。地面に手をつき、なんとか起きあがろうとする。


「た、立たなきゃ……」


 なんとか立ち上がる僕。

 もう今自分がどこにいるかも分からないけど、ひとまず遠くに移動しようとするけど、その瞬間、体に炎の矢が突き刺さる。


「が……っ!?」


 再び僕はその場に倒れこむ。

 すると僕の前に魔法使いのカーミラさんが姿を現す。彼女の周囲には炎でできた矢が複数浮いている。あれはカーミラさんの得意魔法『炎の矢(ファイアボルト)』だ。どうやらあれを打ち込まれたみたいだ。


「ふふ……中々頑張るわねクロウ。いったい何発耐えられるかしら♪」


 再び放たれる炎の矢を、僕は横に跳んでなんとか避ける。

 炎の矢(ファイアボルト)が当たった箇所が痛み、意識が飛びそうになる。でもここで気を失ったら本当に死んじゃう。

 逃げなきゃ、逃げなきゃ……


「逃さねえよ」

「あ……」


 目の前に、かつての仲間たちが現れる。

 僕は逃げ出そうと踵を返すけど、簡単に捕まってしまう。


 ――――そこからは地獄だった。

 僕の体は何度も殴られ、切られ、焼かれ、痛めつけられた。

 何回痛いと、助けてと言ってもその言葉は届かず、嘲笑わらわれながら痛め続けられた。

 時間にしたらほんの数分。だけど僕にはその時間がまるで永遠のように感じた。


「そこまで」


 勇者アレスがそう言うと、みんなの暴力がピタリと止まる。

 体中が痛くて、もう涙も枯れ果てた。見れば右腕は切り落とされていて、他の箇所もずたぼろに傷つけられている。出血も激しく、このままじゃ数分で失血死するだろう。


「おいアレス。いいところなのに邪魔すんなよ。やっとこの気色悪い野郎を殺せるのによ」

「言ったはずだよガオラン。クロウは死霊術師ネクロマンサーだ。殺しても本当に死んでくれるか分からない。念には念を入れて、確実に殺さないと」


 アレスはそう言うと、僕の体をひょいと持ち上げ歩き出す。

 そして数分経つと、森が途切れて巨大な『穴』が姿を現す。


「こ、れは……」

「クロウも知ってるだろう? ネモの大森林の中央にある『深淵穴アビス』のことは」


 確かにそれのことは僕も知っている。

 大都市である王都がすっぽり入ってしまうほど大きな穴、それが『深淵穴アビス』だ。

 底が見えないほど深い穴である深淵穴アビスの中には、生物にとってもっとも有害な物質である『瘴気』が充満していて、そこに入った生き物は魂ごと腐り落ちると言われている。


深淵穴アビスに充満する瘴気は、肉体だけでなく魂も腐らせる。いかに死霊術師ネクロマンサーといえど、魂が腐れば生き返られないだろう?」


 アレスはそう言うと、僕の首をつかみ深淵穴アビスの上に突き出す。

 手を離せば僕の体は深淵穴アビスの中に真っ逆さまだ。


 そんなぼくの醜態を見たガオランたちは腹を抱えて笑う。

 こんな頭のおかしな人たちを仲間だと思っていたなんて反吐が出る。


 他の仲間が下衆なのは分かった。でもアレスはなんで僕を殺そうと思ったんだろう。

 まだ本心を聞けてないアレスに、僕はなんとか声を出して尋ねる。


「あ、れす、なん、で……」

「……正直、死霊術師ネクロマンサー怖がりすぎだとは思っている。君がなにをしても神律教会オルデン・セラフィアにはダメージ一つないと思う」


 アレスは淡々とそう言った後、「でも」と付け足す。


「英雄である僕の横に、汚らしい死霊術師ネクロマンサーがいるのは見栄えが悪いって国王陛下に言われてね。確かにそうだなと思ったんだ」

「そ、んな……!」


 そんな下らない理由で僕を殺すことにしたなんて……。

 僕はアレスが心のない化け物に見えた。こんな恐ろしい化け物が勇者として慕われているなんてこの世界はどうかしている。


「じゃあお別れだクロウ。君は魔王との戦いで突然裏切った後に死んだことにする。ま、死霊術師ネクロマンサーである君が勇者である僕の役に立てたんだ。思い残すことはないよね?」

「ふざ、け……がっ!?」


 体の真ん中に感じる、重い痛み。

 目を下に向けると、アレスの勇者の剣が僕のお腹に深々と突き刺さっていた。聖なる光が体を中から焼き、僕は声にならない声をあげる。


「が、ああああぁぁっっ!!!!!」


 絶叫する僕を見て、仲間たちはゲラゲラと笑う。

 許せない。こいつらだけは……許せない。


「こ、ろ……」

「ん? どうしたんだいクロウ? 最期の言葉くらい聞いてあげるよ」


 相変わらず貼り付けた笑顔を浮かべるアレスに、僕は心の底から滲み出た言葉を送る。


「殺して……やる……っ!!」


 僕の言葉を聞いた仲間たちは、きょとんとしたような顔をした後、一斉に笑い出す。

 今はせいぜい笑うといい。僕はどんなことをしてもお前らを殺してやるからな……!


「ふふ、最後に笑わせてくれてありがとう。それじゃあ……じゃあねクロウ。ばいばい」


 アレスはいつものように笑いながら、手を離す。

 重力に引かれ、深淵穴アビスの中に落ちる僕。血を流しすぎたせいか、もう体に力が入らない。


 意識も薄れていく中、僕の心の中に際限なく湧き上がってきたのは――――強い『怒り(・・)』だった。


「許せない……」


 僕を痛ぶった元仲間。殺害を命じた国王。そしてなにより下らない理由で僕を殺した勇者アレス。


 許せない。

 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。


 こいつら全員、絶対に許さない。


 殺してやる。

 絶対に殺してやる。

 僕が受けた痛みを、苦しみを、1000倍にして味合わせてやる。

 生まれて来てごめんなさい、殺して下さいと懇願してくるまで痛みを与えてやるんだ。


 復讐だ。復讐をしなくてはいけない。あいつらだけは僕の手で殺さないと気が済まない。

 変わるんだ。僕は……いや俺は、今この瞬間から弱くて臆病だった自分を捨てて、冷酷な復讐者に変わって見せる。

 そして必ず、あいつらを凄惨な目に合わせてやる。


 ――――その為にも俺は生き抜かなくてはいけない。


「ぐ、う……」


 深淵穴アビスの中に充満する瘴気が徐々に体を蝕んでいく。

 このままだと深淵穴アビスの底に激突し、俺の体はバラバラになってしまうだろう。そして瘴気の効果で蘇生もできずそのまま朽ち果ててしまう。


 普通の方法じゃ駄目だ。

 遠くなる意識の中、必死に考えこの場を生き抜く方法を思いつく。


「生きで、やるんだ……!」


 残っている左腕を心臓の上に置き、集中する。

 そして必死に魔力を練り、その死霊術を発動する。


「禁術、死魂転生……っ」


 手から黒い魔力が放たれ、心臓に吸い込まれていく。

 痛いけど……これくらい我慢できる。あいつらに痛めつけられた時の痛みに比べたら全然平気だ。


 禁術『死魂転生』は厳密には蘇生術ではない。

 蘇生術は死んだ体を生きている体に戻す術だけど、この術は新しい体に生まれ直す術だ。そして蘇生の際には周囲のものを取り込み、自分の力とする。だからこれは転生術といった方が正しい。


 この術なら瘴気を取り込み、自分の力にできるかもしれない。

 確信はない、失敗する可能性の方が高いくらいだ。そもそもこの術は禁術で、一度も使ったことがない、術がちゃんと発動する確証もない。


 でもそれでも、なにもやらないよりはましだ。


「絶対に、殺してやるからな……!」


 俺を貶めた奴らの顔を、僕はしっかりと頭に刻みつける。

 奴らに復讐を果たすまでは死ぬわけにはいかない。絶対に生き返って奴らを絶望の底に叩き落としてやる。


 そう心に刻み込んだ俺は深淵穴アビスの底まで落下し……そして「ぶちゅ」という肉が潰れる音と共に地面に激突し、俺だったものは無数の肉片となって散らばるのだった。


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