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【短編】ドアマットヒロインってそういうことじゃないです、お義姉様。

作者: 月追める


ご覧くださり、ありがとうございます( .ˬ.)"


なんだかんだ、初の異世界転生や悪役令嬢のワードを含む作品を執筆いたしました!

初手からちょっと……いや、かなりオーソドックスな異世界転生や悪役令嬢とは違うかもしれませんが、お楽しみいただけますと幸いです。


では、本編をどうぞ!




 

 ハイデンライヒ王国でも上位に君臨し、長い歴史を誇る由緒正しきヘルツォーク公爵家。品のいい調度品に囲まれた客間は今、無人というわけでもないのに不気味なほどシンと静まり返っていた。


 二人がけのソファに座っているのは、この公爵家の末娘ローザダリアと、その婚約者でありハイデンライヒ王国第一王子のキースベルト王太子殿下。

 

 ソファの正面に置かれたテーブルから見て、左右に設置された一人がけのソファ。右には宰相の息子であるフィリクス・エスレーベン侯爵令息が、左には王立ハイデン共育学園の魔法学教師であるルクル・アクス子爵令息が腰掛けている。


 キースベルトの後ろには、王宮騎士団副団長の息子であるホルガー・ゼーベック伯爵令息が控えているが、ピリピリとした剣呑な雰囲気が伺える。


 この国の将来を担う名家の令息令嬢と学園教師が集っているというのに、誰一人声を発することなくじっとテーブルを見つめていた。


 テーブルには儀礼的に置かれたお茶が湯気を立てて良い香りを漂わせている。しかし誰もそれに手を伸ばさず、目もくれない。全員が注目するのはその中央。本来であれば決してテーブルの上などに置かれるべきではない()()


 キースベルトは、沈痛な表情で俯くローザダリアを見て、意を決したように尋ねた。


「それで、その……どういうことか説明してくれるかな?」

「……わ、わたくしがリルを……ドアマットに変えてしまったのですわ……っ!」


 わっと顔を覆うローザダリア。テーブルに鎮座しているのは、黒を基調とし、青色のリボンがデザインされているドアマット。無駄に洒落っ気があり、それがまた奇妙であり滑稽でもあった。

 

 少しの沈黙のあと、全員がボソリと呟く。

 

「どうしてそうなった?」

「なんでそうなっちゃったかなぁ……」

「どうして……?」

「なんでそうなるんだよ」

「うぅ……!」


 全員の総ツッコミを受けて嘆くローザダリアの声を聞きながら、声を出せずに笑う者が一人。


 リルギーネ・ヘルツォーク公爵令嬢。つい三ヶ月ほど前までは、公爵家の分家筋であるティール伯爵家の令嬢だったリルギーネ。訳あって公爵家の養女となり、ローザダリアが自身の義姉となったのだが。


(まさかお義姉様の魔法でドアマットにされるなんて……。本当に、人生何があるか分からないものね)


 リルギーネはくすくすと笑う。ドアマット故に声も出せず、笑顔もなければ身動きひとつ出来ない身であるが。






挿絵(By みてみん)






「えーー…取り敢えず話を整理しよう。ローザ、ここに置かれているドアマットはリルギーネ嬢でいいんだね?」


 そう言って場を仕切り始めたのはキースベルト。サラサラとした美しい金の髪を揺らし、隣で悲しむローザダリアの背中を摩っている。


 まだ少し幼さの残る顔ではあるが、一国の王子らしい美青年へと成長している様子が見て取れる。深緑色の瞳は、婚約者を深い森の中で包み込むような温かさに溢れていた。

 

「えぇ。そうですわ」

 

 しゅんと項垂れて頷くローザダリアの言葉を聞き、ルクルがローブの袖を捲ってドアマットへと手をかざす。


「……確かに生体反応が感じられます。どう見てもドアマットですけれど、僕はこれを生物と判断します」


 魔法学の教師らしく言い切る間に、先程捲り上げたばかりの袖がズルズルと戻っていく。少しぶかぶかのローブが可愛らしい。


 ルクルは学園の教師だが、この場に居る誰よりも最年少の十四歳。膨大な魔力量を買われた彼は、優秀な魔法使いばかりを集めた魔塔から僅か八歳で声をかけられ、今は魔塔主の指示で学園の教師を務めている。


 成長期の最中なのか、それとも遺伝的なものなのか、はたまた魔法研究に没頭しすぎて寝食を疎かにしがちなのか。まだまだ小柄で可愛らしい少年である。銀の髪を三つ編みにしてサイドに流し、ドアマットを見つめる水色の瞳は心配そうに揺れていた。全体的な色素の薄さからか儚げな印象を受ける。


「リル嬢、まさか人ですらなくなっちゃうなんてねぇ」


 フィリクスは甘ったるい声でドアマットをツンツンとつつく。宰相の息子とは思えない軽薄な雰囲気の青年だが、この中では最年長の十八歳。


 軟派な人ではあるが、真面目過ぎる性格のキースベルトにとって、フィリクスの柔和な雰囲気に救われることは多いのだとか。補佐としての相性は良いらしい。


 紫のくせっ毛を後ろでちょこん結び、タレ目気味のグレーの瞳を持つ、いかにも女誑しらしいルックス。そこにきて更に泣きぼくろまであるのは、ちょっとあざとすぎやしないかと思ってしまう。予想通り令嬢達には人気のようだ。


「ったくよぉ。緊急だって呼ばれて来てみりゃあ、またお前がポンコツなせいじゃねぇかよ」


 騎士見習いとしてキースベルトの後ろに護衛として控えているホルガーだが、その言葉遣いは騎士らしさや伯爵令息らしさのない、さながら冒険者や傭兵のような粗暴さだ。


 これが彼の通常運転のため誰も何も言わないが、鍛えられた大きな体と鳶色の短い髪。そして鋭い三白眼の黒の瞳とあって、周囲から怖いと恐れられている。


 こういう場合は大抵、こんな見た目であるが実は優しくて……と付きそうなものだが、ホルガーの場合は実際に怖い。身分関係なく、誰に対しても歪んだことを嫌う性格で少し融通が効かない時がある。しかし、周りに嫌われてでも守るべき人を守るその姿勢は誰よりも実直で、口が悪いだけで言っていることは至極真っ当なことばかり。それを知る我々にとっては心から信頼出来る仲間の一人と言えるだろう。


「どうしてリルギーネ嬢をドアマットに変えたんですか?」


 ルクルが首を傾げると、全員が同意を示すように頷いてローザダリアへと視線を向けた。


『ローザダリアが何故、リルギーネをドアマットに変えるに至ったのか』


 それは誰しも気になっていることだろう。ルクルの問いかけにローザダリアは顔を(もた)げた。ルビーのような赤い瞳を潤め「だって!」と声を上げる。


「リルとせっかく家族になれたのに、この子ったら学園生活以外では部屋に籠ってばかりなのよ!?やっぱり伯爵が亡くなったのが悲しいのよ……っ」


 気高そうな美しい顔が歪み、その瞳からポロポロと涙が零れていく。慌ててキースベルトがハンカチを取り出し、優しくその目元を拭った。


 リルギーネが公爵家の養女になった理由。それは父親であるティール伯爵が不慮の事故にて亡くなってしまったからだ。リルギーネの母親は随分昔に他界しており、父子二人で支え合って生きてきた。そんな伯爵の死に胸を痛めていても何ら不思議はない。


 管理者を失ったティール伯爵領は、本家ヘルツォーク公爵家が一旦預かることになり、リルギーネは公爵家へと迎え入れられたのだ。遠い親戚ではあるが、同い年のローザダリアとリルギーネは幼少の頃から親しかった。だからこそリルギーネが悲しんでいるのなら、その気持ちをなんとかしてあげたいと奮闘したのだという。


「リルは分かりづらいから、わたくしが支えてあげなければと……。昔、この子がわたくしにしてくれたように気遣って、時には叱って。そうしていれば部屋から出て、外の世界を見てくれるようになってくれると思っておりましたの」

「ローザ……」

 

 ローザダリアがリルギーネを大切にしているのは、ここに居る誰もが知っている。リルギーネの境遇をまるで自分のことのように胸を痛めている姿に、周囲も眉を下げ表情を暗くした。


 しかしそんな雰囲気をぶった切ったのはホルガーだった。


「いや、だからってなんでドアマットになるんだよ」

「それはそうなんだよねぇ〜〜」

「……い、いい話ではあるのですが……。その話からどうしてドアマットに繋がるのかは、ちょっと……」


 的確すぎる言葉に、ローザダリアは「うっ」と呻いてたじろぐ。ホルガーの一言を皮切りに、フィリクスは苦笑し、ルクルも言葉を濁した。


 膝の上でぎゅっと手を握ったローザダリアはボソボソと呟く。


「三ヶ月経っても、リルは変わらなかったのですわ。わたくしの力でこの子が元気にならないのなら、誰かの力を借りるしかないではありませんか!けれど、わたくし達以外にリルと仲の良い人など思い付きまして?」

「……いや、リルギーネ嬢は学園のクラスでも基本一人だとホルガーも言っていたし、休憩時間も我々と過ごしていることが多かったね」


 口数が少ないリルギーネは教室でも少し浮いていた。キースベルトを筆頭に誰もが羨む交友関係を持ちながら、あまりにも彼女が排他的な態度をとる上、無口で表情が変わらないため、リルギーネを使って接点を作ろうとする令息令嬢すら現れないほど。


(だって、お義姉様以外に仲良くしたって利用されるだけだもの。接点を作るために使われて、ここに居る人達に迷惑をかけるだなんて絶対にごめんだわ)


 リルギーネとしてはそんなふうに思っていたのだが、なにぶん周囲との関係を構築しなさ過ぎる彼女のことを、周りは大層心配していた。


「だからわたくしは考えましたの。この子ったら恋愛にも一切興味を示さないから、無理やりにでもそういったシチュエーションにして、わたくしにとってのキース様のような方を見付けてほしいと思いましたのよ!」


 ふんす!と自信満々に言い切るローザダリア。キースベルトだけは「わたくしにとってのキース様のような」の言葉を聞いて嬉しそうにしているが、他三人の頭の上にはクエスチョンマークが飛び交っていた。もう我慢ならないといった様子でホルガーが吠える。


「いや、だからなんでドアマットなんだよ!?意味分かんねぇだろうが!」

「意味ならきちんとありますわ!恋愛小説に『ドアマットヒロイン』というのがあると教えていただいたんですものっ!」


 売り言葉に買い言葉のようにローザダリアが叫び返すと、再び静寂が訪れた。


 ここにはローザダリアを除いて男しか居ない。……厳密にはドアマット姿のリルギーネも居るが、それは置いておこう。つまり、恋愛小説を読むような人間は一人も居らず、ドアマットヒロインと聞いても誰もピンとこなかったようだ。


「その『ドアマットヒロイン』……というのから、リルギーネ嬢をドアマットに変えることになったって?」

「えぇ、そうなんですの……」


 そうしてローザダリアは一連の流れを話し始めた。


 


 ローザダリアのような上級貴族令嬢達の間で流行っている恋愛小説は、綺麗でお淑やかな物語ばかり。恋愛に対してさっぱり関心がなさそうなリルギーネに、ゆっくりと愛を育むようなシチュエーションを用意したとしても、なにも進展せず終わるだろうと踏んだローザダリア。


 そこで参考にしようと考えたのは、平民や下級貴族の間で人気だという『婚約破棄もの』『悪役令嬢もの』『ドアマットヒロインもの』と呼ばれる恋愛小説だった。


 なお、家格が上がれば上がるほどこの手の恋愛小説が流行らないのには理由がある。


 仮に悪行を働いていた令嬢を悪役令嬢と叱咤したり婚約破棄と言って裁いたとする。だからといって、身分の釣り合わない下級貴族の令嬢が上級貴族の令息に見初められて本妻になるなど、能力的にも家格的にも到底有り得ない――という至極真っ当な意見が立ちはだかるのだ。

 

 ドアマットヒロインについても、貴族に対する偏見で家族や友人の姿を描いている作品が多く、非常に腹立たしいと嫌悪されている。家の繁栄を考えつつも、家族を駒同然に思っている家ばかりではないため、風評被害も甚だしいと思っている者は少なくない。


 平民や下級貴族にとっては、自分より何倍何十倍も金や名誉を持つ相手に見初められるという、夢のような小説には違いない。しかし、実際にそのようなことが起こっては醜聞でしかないし、後々苦しい思いをするのは当人達だ。変な気を起こさせたくないという意味でも、それらを題材にした恋愛小説は上級貴族になればなるほど、忌むべきものと思われている。


「わざわざそんなものをテーマにした恋愛小説を参考にしたのぉ?」

「だって、結ばれるはずのない二人を、なにがなんでも引っ付けるという強い意志と発想に富んだシチュエーションでもなければ、リルは恋愛になんて思考を割かないと思ったんですもの」


 そうは言うも公爵令嬢であるローザダリア自身、それらをテーマにした恋愛小説を読んだことがなかった。かといって、買いに行くにしろ、誰かに借りるにしろ「ヘルツォーク公爵令嬢があんな品性のない小説を読むなんて」と言われれば、キースベルトにまで迷惑をかけてしまうかもしれない。


 そこでローザダリアは一人の令嬢を頼った。


「だからわたくし、マリアンヌに教えを乞いましたの。あの子は文芸クラブに属していますから、物語の好き嫌いはさておき、それらの知識はお持ちのはずですから」


 マリアンヌとはローザダリアの友人で、プライセル侯爵家の令嬢だ。ローザダリアと似た、派手な印象を受ける美女といえる。

 

「あぁ、マリアンヌ嬢か。彼女からどんな説明を受けたんだい?」

「そうですわね……。婚約破棄ものは、大体が序盤に婚約破棄をされるヒロインが登場するそうですわ。逆境に立ち向かったり流れに身を任せたりしながら、それを助けたり支えてくれるヒーローと幸せになる物語だと言っていたかしらね」


 ローザダリアの説明に、一同が頷く。


「でも、リルにはそもそも婚約者が居ませんし、居たとしても婚約破棄だなんて可哀想じゃありませんか」

「あ……うん。そう……だねぇ?」


 唐突に入ってきたローザダリアの主観に、フィリクスが微妙な表情を浮かべながら歯切れ悪く同調する。語尾が僅かに上がったが、そこには誰も触れなかった。


「次に悪役令嬢ものは、ヒロインの性格が実際に悪かったり周りから悪い人と思われることで、まるで悪役のような扱いを受ける物語のようですわね。先程の婚約破棄ものと一緒に描かれることも多いようですわ。性格を改めて再起しようと奮闘したり、悪役に仕立て上げようとする人達と争ったりする過程で、ヒーローと幸せを掴む流れが主流のようですの」


 それを聞き、再び全員が頷いた。それを見たローザダリアはまた言い放つ。


「でもリルに悪役をさせるだなんて、そんなの可哀想じゃありませんか」

「また可哀想かよ!」


 二度目とあってか、ホルガーが堪えきれず鋭くつっこむ。ローザダリアは柔らかな髪をぶんっと振って、後ろに立つホルガーを見上げた。ハーフアップに結われた髪と一緒に、赤いリボンが揺らめく。


「だって、この子は確かに無口で無愛想で表情は死滅していますれど、決して悪い子ではありませんもの!」

「それ、貶してない?容赦ないなぁ〜〜」

「……リルギーネ嬢は悪役になるような人じゃないです」


 フィリクスはケラケラと笑っているが、反対側に座るルクルは静かにドアマットを見つめながらそう呟いた。ローザダリアには聞こえていたようで「まぁ!流石ですわ、アクス先生!」と顔を綻ばせる。


「この子はとってもいい子なんですの。だって、わたくしの好きなクッキーを多めに取り分けてくれたり、わたくしのためにケーキを焼いてくれたり、新しく出来たカフェの情報を真っ先にわたくしに教えてくれて、一緒に行ってくれますのよ!」

「食いもんばっかじゃねぇか!」

「未来の王太子妃が、お菓子に釣られる子供みたいなのはどうなのぉ?」


 ぎゃあぎゃあと三人がやり取りをする中、一人ハッとした表情を浮かべる者が。


「さてはここ最近、一緒に外食してくれなくなったのはリルギーネ嬢のせいだね!?」


 くわっと目を見開き、キースベルトはローザダリアの肩を掴む。ローザダリアは目をぱちぱちと瞬いたあと、バサリと扇を開いて口元を覆った。


「まぁ、キース様!それは聞き捨てなりませんわ。リルのせいだなんて。公爵家に来て約三ヶ月。きっと胸を痛めているはずですのに、わたくしのためにと健気に頑張ってくれるこの子を無下には出来ませんもの!」

「……私の誘いは無下にしてもいいのかな?」

「それはそれ、これはこれですわ」


 そう言い切り、話は終わりだとパシンと扇を閉じるローザダリア。対するキースベルトは、肩を落として少し悲しそうにしている。


(あらま。公爵家の養女になれて、ローザ様の……お義姉様の義妹になれたからと少しはしゃぎすぎてしまっていたのね。まさかキースベルト様の誘いを断らせてしまっていたなんて。ドアマットから戻れたら何かお詫びをしなくては)


 リルギーネはローザダリアが自身を優先してくれていたなんてと喜ぶ気持ち半分、二人の仲を邪魔してしまったことへの申し訳なさ半分を抱く。後者半分に対してのお詫びはいくらでもしようがあるので、さて何の情報を引き渡そうかと悩み始めた。


「で?肝心のドアマットの説明はなんだったんだよ」


 ガシガシと頭を掻きながら、ホルガーが乱暴に問いかけた。ローザダリアはツンとした表情のまま言い返す。


「不幸な環境や境遇の中で生きてきたドアマットヒロインが、ヒーローによって救われて幸せになると聞きましたわ」

「おい、さっきまでの説明と比べて短すぎるだろ!それに、ドアマットの部分の説明が皆無じゃねぇか!」

「あぁ〜〜…マリア嬢のことだから、説明が面倒になったんじゃないかなぁ?」

「……容易に想像が出来るよ」


 マリアンヌとは三人ともローザダリアの友人として接点があり、フィリクスの分析にキースベルトが同意を示し眉間を揉みほぐした。


(ふふっ、マリアンヌ様は今頃くしゃみでもしていらっしゃるかしらね)


 そんな学生達四人のやり取りを聞き、ルクルは


「えっと……つまりどういうことでしょう?」


と質問する。再び疑問をぶつけられたローザダリアは、少し小さくなってその問いに答えた。


「その……ドアマットヒロインであれば、婚約破棄をさせたり悪役をさせたりと、リルに可哀想なことをする必要がありませんからいいのではないかと思いましたの。不幸な環境や境遇ということであれば、伯爵が亡くなられただけでも十分でしょう?」

「そうでしょうね」

「ですから、リルをドアマットヒロインにしてあげようと思いましたの……」


 その力ない言葉のあと、全員が再びテーブルに鎮座するドアマットへと視線を向ける。そして……


「それでなんで物理的なドアマットにしようなんて思い至るんだよ!普通、有り得ねぇだろ!ドアマット姿のヒロインなんてよ!!」

「だって!マリアンヌからはドアマットヒロインが『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』だなんて言われなかったんですものぉっ!!」

「だからってそのまんま受け取るやつがあるか、馬鹿野郎!ちょっとは考えろ!!」


 これが全ての顛末である。



 

 マリアンヌが面倒になって説明を省略した結果、ドアマットヒロインという言葉を言葉通りに受け取ってしまったローザダリアのド天然により、リルギーネは正真正銘のドアマットへと変わってしまったのだ。


「まさかそれで人間を生物ですらない物体に変えてしまうなんて……非常識ですよぉ……」


 ルクルは膝に肘をついて頭を抱えた。友人の言葉を真に受けたからといって、人間を物体に変えるなどそう簡単に出来る魔法の類ではないというのに。


(お義姉様には魔法の力を伸ばすよう、幼い頃から散々言い聞かせてきましたからね!……まさかそれでこうなるとは思いもしませんでしたけれど)

 

「先生ほどではないでしょうけれど、ローザもまた魔法の才能はずば抜けていますしね」

「完全に才能の無駄遣いだけれどねぇ〜〜」

「うぅっ。ごめんなさいですのーーっ!」


 

 魔法でリルギーネの姿をドアマットに変えたのが日曜日……昨日のことだ。


 そして今日。意気揚々と学園に登校したローザダリア。リルギーネは体調不良で欠席だと伝えるも、暫くしてから「そういえば、この後はどうすればいいのかしら?」と思い至ること数刻。


(ドアマットヒロインって、本当にあれでよかったのかしら……。そもそもあの姿でどうすれば幸せになれるのかしらね?)


と魔法をかけてしまってから気付いたのだ。


 ローザダリアはすぐさまマリアンヌの元に向かい、ドアマットヒロインについて詳細な説明を受けた。そして前回語られなかった細かな内容を聞いて顔を真っ青にし、その足でキースベルトに助けを求めたのだ。


「キース様、助けてくださいませ……!リルが……リルがドアマットになってしまったのですわぁっ!」


 そう聞かされた時のキースベルトと心情たるや。きっとまた変なことを言い出したと思ったに違いない。しかし長い付き合いの中で、秀才でありながらちょっぴり抜けているローザダリアをキースベルトは愛してやまない。


 泣きべそをかくローザダリアを宥めると、キースベルトはすぐに二人を集めた。そして恐らく魔法に長けた人員が必要だろうということで、ルクルにも同行してもらい公爵家へとやって来たのだ。



「ちなみに魔法の内容によっては、そう簡単に解除出来ない可能性があります。魔法の付与期間や内容はどのように設定しましたか?解除条件が安易なのであれば、ヘルツォーク公爵令嬢のかけた魔法の希望に答えた方が早いかもしれません。ですが内容によっては、貴女に厳罰処分を与えなければいけないかもしれませんよ」


 ルクルの発言にキースベルトは立ち上がり「そんな……!」と叫んだ。けれどローザダリア自身は覚悟をしていたようで、きつく目を閉じて静かに頷いた。


「悪意がないとはいえ、一人の令嬢がこのような目に合っているわけですから。人を別のものに変えられるほどの力を持つ方が少ないので、そう対応することはありませんが……こんなことが容易に出来たら、世界はどうなると思います?」


 ルクルの問いかけにキースベルトは口を噤んだ。そんなものが簡単に出来てしまえば、この世界から多くの人間が消え去ってしまうかもしれない。

 

「仮にリルギーネ嬢が一生このままだったり、難しい条件を達成出来なければ戻れなかったりした場合、冗談では済まなくなるんですよ?」


 ルクルにしては少し強い言葉でローザダリアを叱った。目を細め、苛立っている様子が見て取れる。


「まぁ!冗談なんかじゃありませんわ!わたくしは本気でリルに幸せになってもらいたくて、ドアマットに変えましたのよ!」

「いや、ローザ……」

「やり方がマズいと言っているんですよ!ちょっとは反省してください!!」

「ひぃん……っ」


(あら……。ルクル先生が声を荒げるところなんて久しぶりに見た。()()()ほどではないけれど、珍しい……。大丈夫かしら)


「それでぇ?付与期間とか内容が重要なんでしょ?どんな設定をしたの〜〜?」


 ピリリとした空気の中、フィリクスは柔らかく声を挟み込んだ。この男のこういった緩い態度に緩和される状況は多々ある。多くはローザダリアとホルガーの諍いであるが。

 

「期間はひと月程度。解除条件は『ドアマットヒロインになるけれど、異性に困難から救ってもらって、家族とも打ち解けてハッピーエンドになる』ですわ!」


 目をキラリと輝かせてそう言ったローザダリアとは反対に、他四人は遠い目をした。


「……えぇっと、なんてぇ?」

「ひと月って……下手すると一ヶ月まるっとリルギーネがドアマットってことかよ」

「ははっ、ちゃっかり家族と打ち解けてって入れているところがローザらしいね」

「笑い事じゃありませんよ!そんな摩訶不思議な条件なのに、どうしてこうも綺麗に魔法が発動しているんですか……っ!」


 各々思い思いに話しているが、取り敢えず全員の心の中は「解除条件の意味が分からん」で満場一致していた。


「こういう時ばかりは、ヘルツォーク公爵令嬢の才能を恨むばかりですよ。貴女の魔法精度は高すぎて、無茶な解除をしようとするとリルギーネ嬢に何か悪影響が出てしまうかもしれませんし……」

「そ、そんな……っ!」

「勿論なんとかしてみせます。彼女を早く元に戻してあげないと」


 ルクルはそっとドアマットへと手を伸ばした。今のリルギーネには人体という感覚がないので、何処が頭で何処が腹かという概念自体が存在しない。けれど労るように優しく撫でられると、どうも頭を撫でられているような感覚を抱いてこそばゆくなる。


「ローザの言った条件を達成させれば、リルギーネ嬢は人間に戻れるんだよね?」

「そのはずですわ」

「それなら、仮にこの会話がリルギーネ嬢に聞こえているとすると『家族とも打ち解けて』というのは達成出来そうじゃないかな?ローザがどれだけリルギーネ嬢の身を案じていたかは知ってもらえただろうし」


 どうやらキースベルトは、前向きにローザダリアの解除条件を達成させる方向で話を進め始めたらしい。


 そもそもリルギーネにとって、新たな家族である公爵家の面々と打ち解けるもなにも、この生活に不満は一切ない。学園生活以外で部屋から出て来ないと言うのも、元より部屋に籠りがちなだけである。父親が亡くなって塞ぎ込んでいるから部屋から出てこないのではなく、伯爵家の屋敷に居た時からずっとそうなのだ。


 確かに父親が亡くなってしまった時は胸が傷んだし悲しかった。けれどその影響で、ローザダリアと姉妹になれるとは思っていなかったし、現金なことにかなり舞い上がっていた。しかし表情を変えず態度もそんな状態だったため、リルギーネの方が誤解を与えてしまっていたらしい。


「でもさぁ、その条件がクリア出来ていたとしても、問題があるよねぇ?」

「確か『異性に困難から救ってもらって』ですよね」

「ドアマットの困難ってなんだよ」


(ぶふっ……!ドアマットの困難って、文字面だけ見たら確かに意味不明すぎるわね)


 リルギーネは当事者だというのに吹き出して笑う。抱える腹がないのが物悲しい。


「うーん、そうだなぁ〜〜。ドアマットが危険に晒されると言えば、燃えそうになる……とかぁ?」


 フィリクスは顎に手を当ててそんなことを呟いた。初手から物騒な話になり、リルギーネは「容赦がないのはどっちよ……」と呆れる。その声は虚しくも届かないのだが、代わりにローザダリアがぶるぶると全力で左右に首を振った。

 

「そんなもの、万が一本当に燃えてしまったらリルが死んでしまうかもしれないでしょう!?却下だわ!」


 フィリクスは不満そうに「えぇ?ダメ〜〜?」と口を尖らせている。リルギーネは人間に戻ったらフィリクスには謝罪を要求しようと決めた。

 

「じゃあ、そのドアマットの毛が抜かれていくのはどうだ?それくらいならいいんじゃねぇの?」

「人間に戻った時、リルがハゲたらどうしてくれますのよ!しかもそれを助けるシチュエーションってどんな状況ですの?全く美しくありませんわ!!」

「ドアマットなんだから、踏まれているところを助ける……というのが普通なんだろうけれど、リルギーネ嬢だと分かっているのに踏み付けるのは気が引けるよね。ローザも嫌だろう?」

「えぇ。それに踏んだ時、リルの体に痛みが出るのかどうか分かりませんし……」


 テーブルを中心に、五人は頭を悩ませる。王太子をも含んだ令息令嬢が、膝を付き合わせて話し合っている議題が『ドアマットの困難とは何か』と考えると、何ともシュールな絵面である。


 そこへルクルが「あっ」と声を上げた。

 

「ドアマットらしく、洗濯で洗われて干されていたのに飛ばされてしまう……というようなシチュエーションはどうでしょう?ヒラヒラと飛んでいくのは、危険な状況ではありますよね?」

「ふむ、確かにそうですね」

「僕も居ますし、風の流れを操作するくらい造作もありません。それなら地面に落下する前に受け止めれば、助けたことになるのではないでしょうか。ふわふわと飛んでいるだけですから、痛みもないでしょうし」

「アクス先生、素晴らしい提案ですわ!それにいたしましょう!」


 パンッと手を鳴らし、ローザダリアは嬉しそうにはしゃぐ。「お前が元凶だろうが。反省しろ」とホルガーから小言を言われ、ぷくりと頬を膨らませるも「そうですわね」としおらしく頷いた。


 そしてそっとテーブルの上のドアマットを持ち上げ、その腕に抱きしめた。


「リル、本当にごめんなさい。すぐに戻して差し上げますからね」


 その沈痛な声に、リルギーネは微笑みかける。


(長くてもたったひと月のことなんだから、そんなに気に病まないで。それにちょっと面白いじゃない。ドアマットになったことがある人間なんて、きっと存在しないもの。こうしてみんなが私を戻そうとしてくれるのを見ているだけで、十分楽しくて幸せだわ)


 リルギーネがそんなことを考えている間に、開けた屋敷の庭園へと到着していた。リルギーネ……もといドアマットは、簡易的に用意された紐に引っ掛けられている。


「いきます!ヴィントシュトース!」


 ルクルが屋敷側から庭園に向けて杖を振ると、強い突風が一帯を駆け抜けていく。その風に攫われ、ドアマットは高く宙へと舞い上がった。青い空に黒い物体がひらひらと泳いでいる。


 けれど、ドアマットがゆったりと落下してくるよう魔法を調整していたルクルの背後。(そび)える屋敷で見えない後ろ側から、巨大な鳥がビュンとドアマット目掛けて飛んでいく。予想だにしない出来事に、ルクルは目を見開いた。


「えっ!?」

「あれは何ですの!?」


 一瞬の間に、その鳥はドアマットを咥えてしまった。バサリと大きく羽ばたき、そのまま飛び去ろうとする。


「あぁっ!わたくしのドアマットが!!」


 ローザダリアは悲鳴を上げて手を伸ばす。

 

(そこだけはドアマットではなくリルって言ってください、お義姉様!!)


「チッ、なんでこんなところにルフクックが飛んでんだよ!」


 ホルガーは舌打ちと同時に走り出し、顔を(しか)めたままその巨体を追い始めた。


 ルフクックは魔鳥の一種で、こんな王都で悠々と飛んでいるなんて基本的には有り得ない。恐らく研究所から脱走してきた個体なのだろう。ルフクックは巨大な上に獰猛な生き物のため、逃げ出してしまった以上、野放しにしておくわけにはいかない。

 

「先生、俺をアレに向かって打ち上げてくれ!切り落とす!」

「分かりました!カノーネ!」


 ルクルが叫ぶと同時に地面が盛り上がり、ルフクックを追うように駆けていたホルガーが空へと打ち上がった。土魔法と風魔法の合わせ技により、ホルガーはルフクックへと真っ直ぐ飛んでいく。それを感じ取ったのか、進路を変えようとするルフクックの行く手を阻むように、右にキースベルトが、左にローザダリアが、火の柱を立て逃げ場を塞ぐ。


「ホルガー!リルを傷付けたらただじゃおきませんわよ!!」

「うっせぇ、分かってるよ!――オラァッ!!」


 身体強化で引き上げた筋力で、ホルガーは見事ルフクックの首を切り落とした。パカリと開いたルフクックの口からドアマットが解放され、ふわりと落ちていく。


「オーライ、オーライ。いやぁ、僕だけなんだか楽しちゃって悪いなぁ」


 フィリクスは急降下してくるルフクックを無視して、ゆっくりと落ちてくるドアマットへと手を伸ばす。落下させないよう待機していたその手にようやくドアマットが収まった時、ポンッと弾けるような音が響いた。


「あっ」

「「「戻った!?」」」

「戻りましたのね!」

「おっと!これは僕が一番役得だなぁ」


 フィリクスに抱きかかえられ、リルギーネは人間の姿を取り戻した。バタバタと全員が駆け寄ってくる。フィリクスがゆっくりと地面に下ろしてくれ、久々に地に足をつけたリルギーネはローザダリアに抱き締められた。


「ごめんなさい。ごめんなさい、リル……っ!」

「戻れたから大丈夫。問題ないわ」


 そうやって微笑むも、鉄の顔は口角がほんの数ミリ上がる程度。誰の目にも笑っているようには見えない。しかしそんな彼女を見て、みんなが「よかった。いつものリルギーネ嬢だね」「またこいつのせいで大変だったな」と声をかけてきた。


 そしてその後、矛先の向いた先はローザダリア。笑い話になったためか、己とルクルを除く三人がローザダリアをからかい始める。


 もう何年も見慣れた光景ではあるが、リルギーネは感慨深くそんな四人の姿を眺めていた。





 実はリルギーネには生まれた時から前世の記憶がある。そして、赤子ながらに手に入れた様々な情報から、ここが前世でプレイした乙女ゲーム『真実のリーベ』、略して真リベの世界だと気付いた。


 

 リルギーネは作中に名前すら登場しない、周囲を取り巻く生徒Aくらいのポジションだったのだろう。しかし、本家ヘルツォーク公爵家の末娘ローザダリアは、悪役令嬢という重要キャラクターとして登場していた。


 目に入れても痛くないほど溺愛されて育ったローザダリアにとって、手に入らないものはなかった。身分も相まって自分に傅く者ばかり。そんな中で唯一手に入らなかったもの。それは……キースベルトの心。婚約者の座を射止めるも、キースベルトは王子然とした上辺だけの態度だった。


 そんなローザダリアの憎めないところは、自分が至らないから愛してもらえないのだと考える性格だったところだろう。必死にアプローチし、容姿を磨き、社交界の女王として君臨する。ローザダリアは愛を求め、キースベルトのために尽くし続けた。


 リルギーネは前世で、そんなローザダリアが好きだった。冷たくあしらわれ続けながらも、一人の男に愛を向けるその姿が。


 けれど、その姿は決してキースベルトの求めるものとは違い、ローザダリアの努力も虚しく、どんどんと二人の距離は離れていく。そしてキースベルトの心はついぞ手に入らないまま、物語のヒロインであるリーベが登場することで、ローザダリアの心に影が出来ていくのだ。


 正直に言うと、あの物語でローザダリアは悪役令嬢というポジションだったが、キースベルトにも至らないところは多々あったように思う。乙女ゲームの攻略キャラクター達は心に何かしらの悩みを抱えていて、それがヒロインによって救われて相手に惹かれるという物語が多く、真リベもその類のストーリーだった。


 それならどうして、その悩みを二人で解決出来なかったのだろう。婚約者同士、きちんと向き合って話し合えば、お互いの悩みや求める姿を見付けられていたかもしれないのに、とリルギーネは考えた。


 そうして物語を振り返ってみると、二人は相手のことを思い努力しながらも、その方向性を擦り合わせることなく各々の道を突き進んでしまっていた。それはいつしか修復出来ないほどの溝を生み、二人の道が再び戻ることなど考えられない状況にまで至ってしまったのではないか。そう結論付けた。



 だからリルギーネは遠い親戚という縁を使い、早々にローザダリアと接触した。同い年の遊び相手となり、じっくりと時間をかけて性格を矯正してきた結果、ローザダリアは『高飛車な熱烈暴走お嬢様』から『秀才優美な天然お嬢様』へと進化する。


 キースベルトのルートで重要なのは、彼の姉である王女があまりにも非凡な才能を持っていたことにある。キースベルト自身も間違いなく優秀だったのに、抜きん出た姉の存在に劣等感を抱きながら成長していくのだ。


 だからこそ、婚約者として一人で立場を確立していくゲーム内のローザダリアではなく、キースベルトに寄り添い、秀才ながらも少し抜けた今のローザダリアへとリルギーネは導いた。おかげで彼にとってのローザダリアは支えであり癒しであり、そして守ってやりたい存在へと変わった。


 二人の仲が良好になると、他の攻略者との親睦を深めさせた。それがこの二人。フィリクスとホルガーだ。同じ年頃の彼らも幼い頃からパーティーなどで度々接点があったため、キースベルトの側近候補達とは親しくなっておくべきだと言い、ローザダリアが主体となって二人の抱えていた悩みを解消させた。

 


 フィリクスは女誑しのような風貌と態度をしているが、実はこう見えて恋愛に冷めている。父は仕事人間で、母は外に愛人を作っていた。フィリクス自身に言い寄ってくる令嬢達は、自分の顔や身分を求めるだけの無粋な人間ばかり。愛なんて口先だけのまやかしだ。フィリクスはそう思いながら成長していた。


 色とりどりの令嬢達に囲まれても、表面的には貴公子ぶった柔らかな笑顔を向ける。しかしフィリクスの中には虚しさがどんどんと積み重なっていった。


 そこへ「わたくしにはキース様がいらっしゃるから、恋愛的に好意を抱くことはありませんわ。人として仲良くいたしましょう?」と大胆不敵な声掛けをしたローザダリアは見事だった。


 自分に色目を使うことのない存在。そして、誰か一人を真剣に愛しているローザダリアの姿を間近で見たフィリクスは、これが本当に人を大切にするということかと学んでいく。


 フィリクスはローザダリアへの憧れはあるものの、上手く距離感を調整することで特別な恋愛的な感情を抱かせなかった。おかげで彼は、いつか自分にも彼女のような存在が出来ることを望んでいる。



 次にホルガーは、王宮騎士団副団長の息子ということもあり、その当時、二つ年上の団長の息子に負け続け、非常にやさぐれていた。キースベルトの側近候補でありながら、あまりの態度の悪さに候補から外すべきと言われるほどに。


 ホルガーにとってキースベルトは数少ない理解者だった。二人とも自分と誰かを比較して苦しんでいたからだ。キースベルトの支えになりたい。キースベルトの側近になりたい。それなのにホルガーは自分の感情が制御出来ず、誰彼構わず攻撃的になってしまう。


 そんな彼に対してローザダリアは「騎士なら強いに越したことはないでしょう。けれど、今の貴方は強い弱い以前の問題ではなくて?貴方の思う騎士の姿とはそんなものなの?」と叱咤した。それを引き金に、それはもう大喧嘩へと発展する。令息と令嬢が取っ組み合いを始めたのだ。


 令息が令嬢に手を上げるなど、騎士としても紳士としてもあるまじき行いだろう。けれどローザダリアは「これはわたくし達の勝負ですの!手を出さないでくださいまし!」と言って、ホルガーに本気で向き合い喧嘩をする。おかげでホルガーはこれまで溜めてきた胸の内をさらけ出し、沈殿していた悲しみや悔しさが消化されていった。


 落ち着いたホルガーはローザダリアへと深く謝罪し「これから自分がどうありたいのかを考える」と言った。それから彼は他人と比べることをやめ、己にとって正しい言動を貫き続けると決めた。


 それから腐れ縁が続き、今では主にローザダリアがボケ担当でホルガーがツッコミ担当のような光景が多い。けれどなんだかんだ親しい二人は戦友のような関係を築いている。



 リルギーネはいつもそのサポートをしてきた。ゲームの世界やキャラクターの心情を知ってしまっている引け目以上に、ずっとローザダリアの幸せを願い、側で支えてきたのだ。


 そうして学園へと入学する頃には今の関係が完成していたといえる。四人の関係は非常に良好だった。


 しかしリルギーネは気を緩めることなく更に万全を尽くす。もし、この数年後にメインヒロインであるリーベが学園へと入学してきたとしたら……。ストーリーの強制力が働く可能性や、リーベも転生者でローザダリアに悪役令嬢の役目を求めてくる可能性だって考えられる。安心は出来ないのだ。


 そこでローザダリアには魔法を必死で磨かせた。何が起こっても冷静に対応出来るように。ゲームの知識で得た効率のいい特訓を二人で一緒に行ってきた。


 そして十五歳での学園入学時、リルギーネ自身も下級貴族と中級貴族の魔法学教師としてやってきたばかりのルクルとの関係を築くべく動いた。



 魔法能力の高かったルクルは正式に魔塔からスカウトされ、八歳で塔に入ってから自室に籠り研究に没頭していた。魔塔内でも滅多に人と関わろうとしないルクルを数年見続けた魔塔主は、彼の今後を案じた。そのため魔塔主はルクルに「教師をしながら歳の近い令息令嬢と交流してきなさい」と言って、十二歳の彼を魔法学教師として学園に放り込んだのだ。


 そんなルクルもまた攻略対象の一人。しかし配属されたばかりの、更に言えば彼は下級貴族の子爵令息だ。いくら魔塔主からの推薦とはいえ、学園側は彼を上級貴族の魔法学教師として担当させるわけにはいかなかった。


 それ故に、ルクルは下級貴族と中級貴族の魔法学担当に決まる。それでもあまりにも幼い見た目と家格のせいで、彼は他の教師達からも生徒達からも軽んじられる日々が始まった。


 リルギーネは、本来であればルクルのこともローザダリアに解決させたかった。けれどなにぶん二人には接点がない。どうしたものかと悩んでいるうちに、事態はどんどんと深刻になっていく。授業は崩壊し、ルクルの話を聞いている人間は前列に座る僅か数人程度で、その他はお喋りをしたりルクルのことを馬鹿にして消しゴムを投げたりする令息まで現れる始末。


 だから、これに関してだけはリルギーネが直接動くことにした。そもそもリルギーネ自身も魔法をしっかり学びたかったというのもある。何かがあった時、自分でもローザダリアを守れる力が欲しかったから。そして、ルクルの生い立ちや抱える悩みを知っていたから。


 荒れていく教室内でも、仕事だと割り切って淡々と授業を進めるルクル。そんな中でいつも前の席に座り、真剣に話を聞いてくれるリルギーネの姿勢に彼の心は救われていた。授業が終わっても質問しに来る真面目さ。授業の前後に魔導具運びを手伝いに来てくれる優しさ。それはルクルに知らない感情を芽生えさせた。


 ルクルは親からも気味が悪いと愛されず、魔塔へは金で売り飛ばされたようなものだった。そうして辿り着いた先の魔塔には、家格の高い魔法使い達ばかり。


 そのためルクルは、年齢と子爵令息という身分から常に馬鹿にされてきた。たかが子爵令息の、子供の遊びだろ?と見下され、一部の魔法使いから研究費用や材料を奪われていたのだ。だから学園に来てからも大差のない環境に「こんなものですよね」と諦めていた。


 リルギーネは確かに表情が変わらない。決して口数も多くはない。けれど真っ直ぐに自分の目を見る深海のような美しく静かな瞳に、自分へと向けられる柔らかな声に、ルクルの胸はザワついた。


 けれど、そんなリルギーネの姿は一部の人間には気に食わなかったらしい。ある日、ルクルと共に魔導具を持って教室に入ってきたリルギーネを見て、一人の生徒が声を上げた。


「王太子殿下と婚約者の金魚のフンが、点数稼ぎに必死だな」


 ザワついていたはずの教室で、その声は奇妙なほどによく通った。シンと静まった後、くすくすと、にやにやと、嫌な笑い声と嘲笑がリルギーネへと向けられた。


 けれど、そんなものに臆するリルギーネではない。


「この年齢で魔塔に入って日々魔法に向き合っている人と、みっともなく悪口しか言えない人なら、どちらを尊敬して親しくなりたいかなんて、言うまでもないでしょう?」


 あまり口を開かないリルギーネの堂々とした物言いに、全員がぐっと怯みたじろぐ。けれど最初に声を上げた令息は怒りから「女のくせに生意気だぞ!」と言って、リルギーネに向けて火魔法を放った。


 迎え撃とうとするも、突然のことに驚き対応が遅れたリルギーネの目前に火の玉が迫る。その視界に小さな背中が飛び出してきた。


「レッシェン」


 ルクルの一声で、令息の放った魔法は一瞬にして跡形もなくかき消された。そしてこれまで向けられることのなかった瞳が、ギラリと令息を射抜く。


「僕を悪く言うだけに飽き足らず、同じクラスの……しかも令嬢に魔法を向けるだなんて。君には魔法を扱う資格はありません!」


 ルクルは怒りからか、可視化出来るほどの膨大な魔力が揺らめいた。これまで彼を軽んじてきた全員が「ヒッ!?」と悲鳴を上げ、顔を青くする。


「僕は教師として然るべき対応をさせてもらいます。魔法を使っていなかった生徒達についても、これまでの授業態度を含め、全て報告させてもらいますので、覚悟しておくように」


 そう言い放ち、ルクルはリルギーネを連れて教室を後にした。


 令息の所業を罰するにあたり、魔法を禁止するような魔法制御を与えるとなれば魔塔で許可をもらう必要がある。ルクルはこれまでのことを全て明かし、徹底的に戦うことにした。


 魔塔主はルクルから話を聞くや否や、しっかりとした裏取りをしたのち、実力主義の魔塔内で、年齢と身分で差別してきた愚かな者達を遠慮なく裁いた。そして学園に対しても「私の推薦した魔法使いを、生徒だけでなく教師までも愚弄していたなど、魔塔に喧嘩を売っていると判断しても宜しいか?」と魔塔主が直々に脅しをかける事態にまで至る。


 そんなこともあり、魔塔の中は大人数が粛清された。そしてリルギーネに魔法を放った愚かな令息は停学処分の上、魔塔主が直接魔法制御を与えた。その令息は生涯、他者に影響を与えるような魔法の全てを禁じられたのだ。その他の生徒達も、授業態度に応じて停学処分や反省文などの罰を与えられた。彼らは一族の恥として生きていくことになるだろう。


 そして、そんな者達が停学から戻ってきた時、逆恨みでリルギーネを攻撃する可能性も考えられた。そのためリルギーネは特例でクラスを移り、ホルガーと同じ別の中級貴族のクラスに。ローザダリアはその話を聞き、ホルガーにリルギーネを守るよう言い付けた。


 教室では常にホルガーが。外に出ればローザダリアを筆頭にキースベルトやフィリクスがリルギーネを取り囲む。更にはその一件からルクルも態度を教師らしく改め「今回のことでリルギーネ嬢に何かをする者が居れば、僕や魔塔が容赦しません」と言い放った。そんな薮をつついて蛇を出すような真似をする者など、誰一人現れなかった。


 


 一年が経過し、実力を認められたルクルは、翌年から上級貴族の魔法学教師も努めることとなる。そこで正式に接点を持ったローザダリアとルクルだったが、最初から関係は良好に見えた。


 そうして胸を撫で下ろし、変わらずルクルに魔法の教えを乞いながら、更に一年が経過。リルギーネは三年生になり、一学年上のフィリクスを除いて四人が十七歳、ルクルは十四歳となった。


 王立ハイデン共育学園は三年制もしくは五年制で、下級貴族や中級貴族、あとは婚約をする令嬢達は三年制で卒業。上級貴族や学問を学びたい者達は五年制で卒業する。


 キースベルトやローザダリア、フィリクスは当然五年制だ。キースベルトと共に居ると選んでいるホルガーも、苦手ながら必死に勉強して五年通う気でいる。


 そしてリルギーネにとっても、来年は重要な年。リーベ(ヒロイン)が入ってくる、乙女ゲームシナリオが始まる年なのだから。残りあと一年。その間、更に出来ることはないだろうか。このまま進んで問題はないだろうか。これまでも答えのない自問自答を続ける日々だったが、あと一年と見えてきた期日に、言いしれない不安がリルギーネに纏わり付いて離れなかった。


 そこで新学期開始早々の父親の死。こればかりはリルギーネも全く想定していない出来事だった。


 転生者であるリルギーネにとって、第二の父はとても子煩悩で優しい人だった。ローザダリアに入れ上げたせいで感情表現の乏しい子供に育ってしまったのに、男手ひとつで沢山愛してくれた。


 この国の法では長兄や男に限らず女でも当主になれる。それなら父の残した領地は継いであげたい。けれどもし領地を継ぐために三年制で卒業すれば、ローザダリアを見守ることも一緒に戦うことも出来なくなってしまう。これから自分はどうすればいいのだろう……。リルギーネは究極の選択に頭を抱えた。


 そんな時、手を差し伸べてくれたのはローザダリアだった。リルギーネが必死に学んでいる姿勢を知っていた彼女は、彼女が学園に最後まで通えるよう、自身の父親であるヘルツォーク公爵に掛け合った。いつか王太子妃になる自分の右腕となる存在だからと言って。


 それを裏付けるかのように、キースベルトやフィリクス、ホルガーの三人もローザダリアにはリルギーネが必要だと言う。秀才ながら時々おっちょこちょいをやらかすローザダリアを、影ながら支え続けてきたリルギーネの存在は、見ている人の目には映っていたのだ。


 更にはルクルの推薦もあり、奨学生として給付型奨学金の支援が受けられるようになった。娘を支えてくれる優秀な人材。ヘルツォーク公爵はそれを逃すような人ではなく、すぐにリルギーネを養女として迎え入れたのだ。




 未だに不安は拭えない。来年にはもしかしたらがらりと関係が変わってしまっている可能性だってある。もしかしたらそんな不安な気持ちが、この三ヶ月の間出てしまっていたのかもしれない。


 けれど目の前に広がる、四人が戯れている姿。それに嘘や偽りはない。築き上げてきた長い年月が実を結び、ここにはゲームに登場したような悪役令嬢も、そんな彼女を嫌う王太子や側近候補の姿も存在しない。

 

(これならきっと、リーベ(ヒロイン)が現れてもなんとかなるわよね。お義姉様のためにしっかりしなければと、表情も感情も押し殺した完璧な令嬢を目指して生きてきたけれど。一人で不安になって、部屋に閉じ籠って今後の計画を立てて……。それで私がお義姉様を不安にさせていては何も意味ないじゃない)


 そう。


 リルギーネが昔から部屋に籠りがちなのは、今後を思案するため。ローザダリアとキースベルトを幸せにするために。それだけの願いが、いつしか全員の幸せを願うようになった。決してリーベ(ヒロイン)には邪魔をさせないと、覚えている限りのルート分岐やシナリオを思い返し、様々な対策を立て続けてきたのだ。


 仮にリーベ(ヒロイン)自身がとてもいい子で、普通にフィリクスやホルガーと恋愛をするなら止めはしない。しかし、もしも誰かを踏み台にして幸せを得るつもりなら、リルギーネは全力で立ち向かうつもりでいた。


 

 ぼんやりと四人を眺め立ち尽くすリルギーネの隣で、ルクルが顔色を伺うよう静かに覗き込む。


「リルギーネ嬢、気分は悪くありませんか?体調は……」

「先生、ありがとうございます。何の問題もありません。こんなことにお手数をおかけしてしまい、申し訳ございません」


 ローザダリアの代わりにリルギーネがぺこりと頭を下げると、あわあわとルクルは手を振って慌てた。


「い、いえいえ!魔法学の教師として……それに、リルギーネ嬢の身に何かが起こったと聞かされて、放っておけませんでしたから」


 後半になるにつれ、伏せがちにモゴモゴと囁かれる言葉が、じんわりとリルギーネの心を温める。モジモジとローブを袖を擦り合わせている姿はとてもいじらしい。


(本当に、人生何があるか分からないものね)


 リルギーネはゆっくりと目を閉じた。


 生まれ変わりに気付いてから、ローザダリアの幸せのために邁進し続けてきた。これはきっと、自分の望む最高の光景と言えるだろう。楽しく笑い合う四人と、自分の身を案じてくれる人。その温かさに、リルギーネは吹き出して笑顔を見せた。


「だからって、それがまさかドアマットになって見れた景色だなんて。あははっ」

「「「「「!?」」」」」


 目を細め、口を開いて笑うリルギーネの笑顔。それは幼い頃からずっと接してきたローザダリアですら見たことのない表情だった。


 ローザダリアが派手な美しさを持つ、黒と赤を象徴する令嬢だとすると、リルギーネは淑やかな美しさを持つ、黒と青を象徴する令嬢だった。決して動かない表情は精巧な人形のようで、柔らかなウェーブヘアーのローザダリアとは違い、艶やかなストレートヘアーのリルギーネは、同じ黒髪でも全く違った印象を与えていた。


 そんな人形のようだと思われ続けてきたリルギーネの、花開くような人間らしい笑み。ローザダリアは目尻に涙を浮かべ、キースベルトはローザダリアの肩を抱いた。フィリクスは目をぱちぱちと瞬き、ホルガーはあんぐりと口を開いている。そして、隣に立つルクルは顔を真っ赤にして固まっていた。


「もう……もうっ!リルったら、そんなふうに笑えるんじゃないの!!」

「ごめんなさい、お義姉様。お義姉様の支えにならないとと思って、身分に負けないよう完璧な令嬢で居ようと思っていたの。まさかそのせいでお義姉様を不安にさせていたなんて思わなかったのよ」


 二人はぎゅっと抱き合い、そうして微笑み合った。それはまるで本物の姉妹のようで、令息達は安堵を浮かべる。


「ところでリル。貴女、話を聞いていたのでしょう?貴方、本当に恋愛に興味はありませんの?」


 屋敷に戻る道すがら、ローザダリアの問いかけにリルギーネはきょとんと目を丸くする。その後ろでビクリとルクルが肩を跳ね上げていた。


「私、これまでお義姉様とキースベルト様を幸せにすることばかり考えてきたから」

「もう、そういうところよ?わたくしだって、貴女に幸せになってほしいんだからっ!ねぇ、誰か気になる方はいませんの?」


 リルギーネはそう問われ「……誰でもいいの?」と聞き返した。まさかの返答に目を見開いたローザダリアは、リルギーネの両手を掴み上げ、鼻息荒く「誰!?誰ですの!?」とぐいぐい押す。


 苦笑したリルギーネはローザダリアの手を解き、少し距離を取った。そして少し気恥しそうにしながら横で結んでいる青いリボンを指で弄んだあと、ゆっくりと足を向ける。その先には――強ばった表情のルクルが立っていた。


「先生、私なんてどうですか?」

「「「「!?」」」」

「ぼ、僕は教師ですよ!?それに年下ですし、魔法のこと以外は何も出来ません。人付き合いだって下手で……」

「そんなことありません。いつだって先生は私の質問に丁寧に答えてくださるじゃありませんか。それに、ご自身から話しかけるのが苦手なのであって、話しかけられるのはお嫌いではないでしょう?」

「あ……ぅ……」


 この二年、リルギーネはルクルの姿をずっと見てきた。いつしかルクルの助手のようなポジションを得て、授業に使う魔導具を運ぶ時も、学園に与えられたルクルの部屋を掃除する時も、いつだってリルギーネが手伝ってきた。その中で知ったルクルの姿は、真リベでも見られなかったリルギーネしか知らないものだ。


「私だって人付き合いはずっと避けていたので、得意ではありませんよ。ですから今度、一度だけ一緒にカフェへ行ってお話ししてみませんか?私、沢山お店を知っているんですよ」

「えっ……あっ、ちょっ……て、手を握らないでください……っ!」


 林檎よりも顔を赤くしてタジタジするルクルに、リルギーネは遠慮なく猛アタックする。一同は集まって遠巻きに二人を見つめた。


「……なぁ、教師と生徒ってアリなのか?」

「婚約前提なら問題ないんじゃありませんの?それにしても、まさかリルの想い人がアクス先生だったなんて!」

「風紀的には婚約してからなら許されるだろうけれど、婚約していないなら一応関係は隠すべきじゃないかな」

「えぇ?お堅いなぁ〜〜。あんなにお似合いなのにぃ」


 そんなふうに四人が温かく見守っていると、リルギーネに押されたルクルは「か、カフェに行くくらいなら……」と承諾をしていた。






 次の日からのリルギーネは特に何も変わりなく、学園では変わらず人形のような表情で日々を送っていた。


 しかしその週末。ローザダリアも目を奪われ唖然とするほど、リルギーネは綺麗に着飾り化粧をしていた。前世の記憶を存分に活かし、自ら美しいヘアセットとメイクを施したリルギーネは、颯爽と馬車に乗ってルクルの元へと向かう。ローザダリアはひくりと頬を引き攣らせながら、


「あんなもの、一度だけで終わらせるつもり全くありませんわよね……」


と呟き、その跳ねるような背中を呆然と見送った。


 


 リルギーネが案内し、ルクルと向かったのは魔導具カフェ。普通の電球では見られない、ヒラヒラと蝶や花の舞う美しい魔導ランプが至る所に吊るされている店内。テーブルに設置されている燭台も、ドリンクを作る機械も、あらゆるものが魔導具だった。


 当然ルクルは目を輝かせて興奮していた。友人などまともにおらず、これまでずっと一人で生きてきたルクルにとって、こんなカフェは初めてだった。


 そして人生を振り返ってみると、ルクルにとって魔法以外に寄り添ってくれるものなどありはしなかった。


 ――ただ、リルギーネを除いては。


 尊敬して親しくなりたいなんて生まれて初めて言われた言葉を、ルクルは宝物のように胸にしまっていた。

 

 けれど、自分は教師だ。生徒に恋愛感情など向けてはいけない。それに、元々伯爵令嬢のリルギーネから見て自分は格下の子爵令息だったのに、ついには公爵令嬢になってしまった。


(僕なんかが望んでいいような人じゃない……)


 そう思ってきたのに。


 リルギーネはとても嬉しそうに笑う。人形のようだと、無愛想だと言われ続けててきた彼女の、あまりにも人間らしいありのままの笑顔。その唇からは、卑下しがちなルクルを真綿にくるむような優しい言葉が紡がれていく。


 その日、一日中、リルギーネは少女のようだった。くるくると表情を変え、ルクルが魔導具について嬉しそうに語ると、何度も頷き、時には質問をして話を盛り上げてくれた。あまりにも眩しくて、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。赤々とした夕日が店内に差し込み「そろそろ帰りましょうか」と立ち上がろうとするリルギーネをルクルは引き止めた。


「……本当に、僕でいいのですか?こんな……紳士らしくもない男なのに」

「先生は私が生徒だからと案じていらっしゃる部分もあるのでしょう?でも私は、ルクル先生がいいんです。私、もうずっと前から先生のことが好きだったんですよ」

「……っ!?」


 名前を呼ばれたルクルは緩みそうになる顔を口を引き結んで堪えた。けれど、夕日に照らされているだけとは思えないほど、その頬はみるみる染まっていく。それがまた可愛くて愛しくて、リルギーネは蕩けるように微笑んだ。


 リルギーネにとって、真リベ登場キャラクターで最も推していたのはルクルだった。可愛い容姿に不憫な境遇。自分には魔法しかないと言いながら、そんな中でも他人を思いやる優しい人。


 前世で知る姿より、少し幼いルクル。背はまだ少しだけリルギーネの方が高そうだが、もう数年も経てばこちらが見上げることになるのだろう。


 もしリーベがルクルを選ぶのなら、その幸せになる姿を影ながら見守るつもりでいた。けれど、いつしかルクルの瞳に熱が籠っていることに気付いた時、リルギーネは望んでしまった。願ってしまった。


 だから奪う。リーベ(ヒロイン)がルクルを攻略する時の言葉を。来年リーベ(ヒロイン)が現れても、この人だけは奪わせないように。


「ねぇ、ルクル先生。もう一度聞いてもいいですか?」

「なんでしょう?」

「私なんてどうですか?」

「……私なんて、だなんて。僕には貴女が眩しすぎます、リルギーネ嬢」


 本当はリーベ(ヒロイン)に向けられる台詞。そこにリーベの名前はなく、リルギーネの名前が嵌り込んだ。歓喜からか、ふるふると噛み締めるように唇を震わせ、リルギーネは涙を浮かべて破顔する。

 

 こんなにも喜んでくれるなんて。涙を流す少女をルクルは優しく包み込み、そうして二人は手を取り合った。


 


 帰りの馬車で、リルギーネは今後についてをルクルに話す。そのあまりの用意周到さに、ルクルは笑うしかなかった。


 リルギーネは公爵家に戻ると同時に、ヘルツォーク公爵の元へルクルと共に向かう。執務室に案内された二人は婚約を結びたいと言い、更にリルギーネは卒業後、父親の残したティール伯爵を相続し当主となりたいと宣言。


 実はティール伯爵領には発見されていない魔石の採掘場があり、ルクルの研究の援助も出来るとリルギーネは明かした。魔石はとても高価な代物で、本家であり恩のある公爵領にも融通するから、二人の婚約と相続を認めてほしいとリルギーネは直談判をする。長年貴族の荒波に揉まれてきたヘルツォーク公爵ですら、天晴と笑うほどの手際の良さだったという。


 執務室から出ると、そこには明らかに聞き耳を立てていたであろうローザダリアと、それを見守っていたのであろう屋敷に来ていたキースベルトが立っていた。


 ツカツカと歩み寄ったローザダリアはリルギーネの両肩を掴むと、心のままに叫んだ。


「幸せになってほしいとは願いましたけれど!貴女、姉離れが早すぎますわっ!!」

「あははっ」


 ローザダリアの願い通り、リルギーネは『ドアマットヒロインになるけれど、異性に困難から救ってもらって、家族とも打ち解けてハッピーエンドになる』を達成した。


 それがローザダリアの予想を遥かに上回る結果になったようだが、リルギーネは満足気に笑う。そうして彼女はこれからも密かに暗躍し続けるのだろう。彼女を取り巻く愛しい人達を、幸せに導くために――。



 



お読みくださり、ありがとうございました!

物理的ドアマットヒロイン……いかがだったでしょうか?


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本編完結済:

【平民聖女、鎖領します! ~聖女の力に目覚めましたが、平民のくせにと馬鹿にされたので故郷のためにしか貢献しません!!~ 】

挿絵(By みてみん)

本日、後日談を3話上げております!

是非こちらもご覧いただけますと幸いです。




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