魔法が全ての世界で才能なしはどちらですか?
この世界は魔法が全てだ。
その中で私は異質だった。
私はレオーネ・エヴァンス。
エヴァンス侯爵家の長女として生まれた。
私の住むハイエルト王国は昔から男児しか家を継ぐことが出来ないという古いしきたりがある。
代々伝わる魔力の遺伝が直系の男児に色濃く伝わると言われているためだ。
私が誕生した時は、後継にもならない女児であったため、父も母も大いにガッカリしたと聞いている。出産時の大出血で生死をさ迷い、二度と子供の産めなくなった母は、仕方なく夫であるシルベスタに愛妾を持つことを許した。
愛妾としてやってきたのは父の仕事上で付き合いのある男爵家の令嬢、カリナで、大人しい性格の彼女は、いつも正妻である母に気を遣っていた。そして私が二歳の時に、弟と妹が生まれた。
彼女は双子の子供を出産したが、小さな体には双子の出産は耐えられず、あっけなくこの世を去った。
今、エヴァンス侯爵家には私と腹違いの弟と妹がいる。
弟が生まれたことにより、エヴァンス侯爵家の後継の心配もなくなり、共に生まれた妹のエマは、重圧などかけられることなくとても愛されて成長した。
社交界で美丈夫と名高い父によく似た二人は、とても美しい顔立ちをしていたため、両親共に2人を可愛がった。
私はというと、女児の上、私を出産したことで子供の望めない身体になった母は、愛する夫に別の女性をあてがわなくてはいけなくなったと、恨みの全てをぶつけるように、ことさら冷たくされ、父には自分と似ていない容姿にずいぶんと貶められながら育った。
教育だけは侯爵家の令嬢として恥をかく事のないよう厳しい家庭教師をつけてもらえたが、生まれつきの魔力量はわずかで、属性も測れない程であったため、いくら努力を重ねて知識を得ようとも、認められることはなかった。
「ねぇ、ちょっと。私の課題はどうなっているの?」
冷え切った声が聞こえて振り返ると、いつもと同じ、冷たい瞳を向けた妹のエマが立っている。
「僕の研究資料も出来ているの?」
すぐ横には同じように冷たい瞳を向ける弟のジェームス。
二人は生まれた時から少なくない魔力量を持ち、この国では珍しい光属性の魔法が使える。
父も母も水属性だが、亡くなった愛妾のカリナが魔力量は少ないながらも珍しい光属性だったため、それを受け継いだようだ。
光属性の魔法は、あらゆる病や怪我等を癒す力を持つという。
もちろん、技量や魔力量によって使える魔法や、その力加減は変わるため、日々訓練は必要となるが、もともとの素質のない人間には使えるはずのないものだ。
平凡な水属性の魔法しか使えなかった父も母も、カリナが産んだ子が光属性だとわかると、目の色を変えて二人を甘やかし大切に育て始めた。
この国には光属性の魔法を使える人間が少ないため、その価値は計り知れないのだ。
「本当、魔法もろくに使えない、役に立たない我が家のお荷物なんだから、これくらいは早くやってほしいわね。」
わざわざ取りに来てやったのよ、というように、苛立ちのこもる視線を向けながら、屋敷の一階の奥にある古ぼけた図書室の横に併設された小さな私の私室にズカズカと入ってきた。
「どちらも出来ているわ…。でも、課題や研究資料というのは自分でするものだわ…。いくら魔法が使えても、一般教養は必要だからこそ、学園の全ての人間が受けるべき授業があるのよ…。」
「はぁ!?魔法もまともに使えないくせに何言ってるの?」
苛立ちのこもった罵声と共にレオーネの腕に痛みが走り、赤い血がタラリと手首に流れた。
エマが光魔法を使ったのだ。
光魔法は基本的には癒しの魔法と言われているが、光の刃を出せば、攻撃する事もできる。
エマによって光魔法で傷をつけられることはあっても癒されたことなどないレオーネは、自分の腕に残る傷跡にため息をつく。
令嬢にあるまじき体だわ…。
まだ顔に傷をつけられたことはないけれど、それは彼女の優しさからではない。
外聞を気にする父から命じられているからというだけだ。
「ほんと、こんなことでしか役に立たないんだから、文句も言わずやりなよ。それより、この資料、手を抜いてなんかないよね?」
「ええ…。ちゃんとやったわ。ジェームス…あなたが私に指示する研究の題材はいつも無理があるものが多いわ。自分で出来る可能性のあるものを選ばないと、さすがにバレるわよ…。キャァ!」
途端に体に流れる電流のような痛みに悲鳴を上げる。これはジェームスの得意な電流魔法だ。
「だから、文句を言うなって言っただろ。ほんと学習しないよね。」
軽蔑を隠すことのない冷たい父譲りの灰色の瞳はまるで曇天のようだ。
この家で魔法の属性さえ測れなかったレオーネは、エヴァンス侯爵家の恥として家族から嫌悪されてきた。もともとは家族の部屋のある2階に自分の部屋があったのだが、
「こんな無能と同じ並びに部屋があるなんて嫌よ。」
というエマの一言で、どうせ図書室に入り浸っているのだからと、当時の物置小屋であった図書室に併設されたこの小さな部屋に移された。
それが私が8歳の時だ。
正直、この家の中ならどこだって一緒だ。
少なくともこの人たちから離れられる分、こちらの方がありがたかったくらいだ。
父も母も妹も弟も、生まれた時から恵まれていたせいで人の痛みを理解することも相手の気持ちを想像することすら出来ない。
息をするように毎日私に侮蔑の言葉を吐き、反抗すれば体罰を与えた。
食事は一緒にとることなどなく、いつもこの小さなかび臭い部屋で一人で食べた。
父はエヴァンス侯爵家の嫡男として生まれ、後継としてことさら大事に育てられ、生まれつき魔力量も多かったため、努力を知らずに成長したといっていい。
侯爵家子息という肩書に加え、水色の髪に灰色の瞳の生まれつきの美しい整った顔立ち。社交界でも人気があり、同じく黒い艶のある美しい髪と青い瞳を持つ絶世の美少女と呼ばれた子爵令嬢の母を見初め結婚した。
母も、父と同じ水属性の魔力を持ち、裕福な子爵家の令嬢として何不自由なく成長した。
二人の唯一の汚点は授かった子供が娘だったことと、その娘がどちらにも似ず、属性を測れないほど魔力も少なかったことだ。
プライドの高い二人にとって、レオーネの存在は恥ずべきものであったのだ。
そして愛妾に産ませた子供達が父親に似ていたこと、さらに光魔法が使えたことなどでさらにレオーネの存在価値は地に堕ちた。
かくしてレオーネはエヴァンス侯爵家の恥さらしとして、家族から嫌悪される存在となったのだ。
二人が出て行った後、小さくため息をつく。
暗い部屋の窓に映る自分の顔は鬱蒼としていて、光り輝くように美しい父や母、妹や弟と血がつながっているのかさえ怪しい。
レオーネは17歳だ。
ハイエルト王国では15歳になると貴族の令息令嬢は皆、学園へ通うことが基本的に義務付けられている。15歳から18歳までの3年間で、この国の貴族として必要な知識や歴史、魔法を学ぶのだ。
一般教養と魔法、どちらも厳しい試験があり、毎年学年別で全生徒の順位が発表される。
高位貴族に魔力量の多い者が生まれやすいことから、魔法の実技試験では高位貴族ほど上位に並ぶことが多い。
二人は魔法の実技ではいつも上位に名前が挙がっている。
学年が違うことから私と並ぶことはないが、一般教養がいつも首席の私に手伝わせることで二人は苦手な一般教養を宿題や課題などで補填して補っているのだ。
学園には最高学年に隣国からの留学生としてカストレア帝国の第二王子、オリヴァー様、2年目の学年である私と同じ年にこの国の王太子であるメイソン様と、筆頭公爵家であるウォード公爵家の嫡男、ジル様がいる。さらに1つ下の学年に魔術師団団長であるコックス伯爵のご子息リアン様、エマとジェームス、そして宰相であるデュエル侯爵家の嫡男ローガン様が在籍している。
令嬢たちは名だたる名家のご子息が名前を連ねる今の学園を黄金世代と呼び、誰かの目にとまることを期待している者も多い。
もちろんステータスに拘る弟妹が彼らに近づかない道理はなく、お得意の光魔法を誇示してちゃっかり王太子殿下の寵愛を得ているようだ。
「だからなおさら偉そうなのよね…。」
ハァ…とため息をついて憂鬱になる。
曲がりなりにもエマは侯爵令嬢。稀有な光魔法も使えるとなれば、本人も断言しているように王太子の婚約者に選ばれる可能性がある。
あんなのがこの国の未来の王妃?あの子一般教養なんて私が手伝っていなければほとんど点数ないわよ。
淑女教育も嫌がって中途半端で終わっているから最低限しか出来てないし…。
この国大丈夫かしら?
魔力量の少ない私だが、その分勉強に力を入れてきたため、一般教養は入学時から首席をとり続けている。以前は少しでも認められたくて頑張っていたが、私が何をしようと何を頑張ろうと家族の態度は変わらなかったため、期待することはやめた。
今は自分自身の為に努力を続けている。
知識は力だ。
世界には魔素が空気中に混在していて、魔力量の多い者は、その魔素を自然に吸収する力が長けていて、吸収した魔素を自身の魔力に転換出来るのだという。私は空気中の魔素を吸収する力がほとんどないため、自分の体内で魔力を生成する魔法陣を研究した。そのため、魔法陣を使えない実技は全くといっていいほど点数がとれないが、魔力生成の魔法陣を使えば、少なかった魔力量は日々の訓練と勉強のせいか、爆発的に増やせるようになり、術式を使えば魔法も使うことが出来るようになった。
持って生まれたもの以外の成長は見込めないと言われている魔法だが、勉強するうちに、魔力は作ることが出来、術式があればあらゆる属性の魔法を誰でも使えるようになるのだと知った。
これはまだ発表前の段階だが、この研究資料が完成すればきっと今後の魔法至上主義社会が変わるだろう。私と同じように魔力が少ないせいで辛い思いをしている人達の助けにもなるはずだ。
魔法の授業では実技・魔法陣・術式の3つの分野に分かれていて、実技の点数が半分を占めるため、何も使わずには魔法が使えない私は他の魔法陣と術式で点数を稼ぐしかないのだ。魔法はその属性の人間であれば、誰でも魔力量に応じた魔法を自然に使うことが出来る。それが実技のテストになる。
魔法陣の目的は結界や、魔力量の底上げ、転移などで、術式は魔法を分析して、術式を書き出し、それを使うことで属性の異なる魔法を使えるようにするものだ。魔道具等がそれに該当する。術式を組み込んだ魔道具は、その属性でなくても誰でも使用可能だ。
エマやジェームスは生まれながらに魔法が使えるため、魔法陣も術式も全くと言っていいほど勉強していない。何もしなくても魔法で点数が取れるし、陣などなくても十分な魔力量を持っているからだ。
私は、魔法陣や、術式を自身でも研究することで魔法の成績も実技以外は満点だ。
だが、一般教養が首席で、魔力量がなく属性がわからずとも魔法の点が取れているにも関わらず、世間の私への評価は低い。
おそらく自分の見た目もあるのだろう。
家族があれほど美しいというのに私はそれを受け継ぐことはなかった。
誰にも似ていない夜の海のような紺色の真っ直ぐな髪、瞳の色は誰にも似ていない黄色や緑、オレンジが混じったような色合いで、家族には気持ち悪いから隠せと言われて育った。
家族と共に食事をする事も許されず、1人暗い私室で使用人と同じ物を食べるだけの体はやせ細っていて真っ白だ。瞳を隠すための長い前髪のせいもありエヴァンス侯爵家の陰気なシミと陰で囁かれている。
「あら、シミがいるわ。汚れたら嫌だから離れましょう。」
クスクスと笑いながら離れていく令嬢達の後姿に、ため息をつく。
レオーネはいつものように学園にある図書室で午後からの授業の予習をしていた。
「ここ、いいかな。」
ふと顔をあげると、眼鏡をかけた銀髪の男性が立っている。
「フフ…、いつも聞かずに座るのにどうしたんですか?」
レオーネはふわりとに笑った。
「いや、なんだか真剣な顔をしていたからさ。もしかして邪魔かなと思って…。」
そう言いつつ、遠慮なく目の前に座ったその人は一つ上の最高学年で、カストレア帝国の第二王子の側近であるアンリ様だ。
帝国の子爵家の令息だと聞いているが、詳しくはわからない。
いつも第二王子と首席を争うほどの成績で、レオーネが入学してまもなくたったある日、学年問わず行われる魔法の実践授業で一緒になったことがあり、それからは図書室でよく会うようになったのだ。
このハイエルト王国では魔法史上主義な考えが根強いこともあり、私を厭う者が多いが、この国の二倍ほどの広さを誇る強国、カストレア帝国は魔法を使えない人も多いそうで、私の事も偏見なく見てくれる貴重な存在だ。
「レオーネ、君の弟の研究資料が素晴らしかったって話題になっていたよ。」
「…そうですか…。」
「嬉しくないの?君だろ?あれ、書いたの。」
「…嬉しくはないです。あの子の実力に合わせて手を抜いているので。」
ハハッと笑うとアンリ様はレオーネの長い前髪に手を伸ばした。
フワッと搔き上げられるとレオーネの瞳を見つめる。
「今日も綺麗だね。君も、君の瞳も。」
パッと離れてササッと前髪を元に戻すと、厚い前髪の間から睨む。
「急にやめてください。そんなこと言うの、アンリ様くらいですよ。家族はみんな気持ち悪がります。」
レオーネの瞳は太陽の光を通すとまるで七色の虹のような色合いに変わるのだ。
アンリ様はその神秘的な色合いの瞳をいつもうっとりと見つめる。
その視線を受けるとどうしても心臓がうるさくなるのだ。
「君の家族は目がおかしいんだよ。こんなに綺麗なのに。」
優しく笑うアンリ様は帝国の第二王子のような筋肉質で野性的な美丈夫とは反対の、スラッとした穏やかな雰囲気の整った顔立ちをしている。
正直、彼もかなり美しい部類に入るだろう。
騒がれていないのは、かけている眼鏡のせいだ。
認識阻害の魔法がかかっているらしいその眼鏡は、他の人には冴えない容姿に映るらしい。
私にはなぜか認識阻害の魔法が効かないようで、そのままのアンリ様が見えるのだけれど。
アンリ様の瞳はとても綺麗な紫なのだ。
実習で初めて会った時に、思わず「アメジストみたい…。」と呟いてしまって、アンリ様が驚いたのだ。
他の人にはよくある茶色の瞳に見えるそうだ。
そこから少しずつ話すようになり、いまでは図書室にいると必ずと言っていいほど近くに座る。
時々勉強を教えてくれたり、研究資料の相談をしたりされたり、この学園に入って彼に出会えたのはとても幸運だった。
なにしろ私には友人と呼べる人がいない。
いくら勉強を頑張っても、この冴えない見た目と魔力量の少なさにどうしても見下されてしまうのだ。
煌びやかな美しい弟妹が入学してからはさらにひどくなった。
彼らと共に、私を蔑むことは一種の正義のパフォーマンスような扱いだ。
「魔法は便利だけど、それが全てじゃないのにね。レオーネは魔力のない人でも魔法が使えるようになる研究をしているだろう?魔法陣で魔力を生成し、術式で属性のない人でも魔法が使えるような方法を考えた。それが正式に発表されたら世界は変わるよ。」
もう一度レオーネの髪に手を伸ばして横に寄せると長い前髪を耳にかけた。
レオーネの少し照れたような赤く染まった頬や、光を受けると七色に輝く瞳を愛おしそうに見つめる。
その瞳の優しさにレオーネは何も言えず、俯く。
途端に横によけた前髪は顔にかかり、アンリ様の顔が見えなくなった。
学園二年目に入ってすぐの頃、アンリ様に好きだと言われた。
卒業したら俺のところにお嫁においでと愛情のこもった瞳で見つめられてどうしようもないほどときめいた。綺麗でもない、魔力のない私が誰かに好意を向けられるなんて考えたこともなかった。
これでも一応は侯爵令嬢だ。
いつか家の為の結婚をさせられるのではと思い、未来を夢見ることなどなかった。
ただただ、ずっとあの家を出たかった。
帝国の話を聞くたびに叶わない願いを口に出した。
「いつか、アンリ様の国へ行って仕事をして自立して生きていきたい。」
そう言うと、いつも同じ返事を返してくれていた。
「必ずおいで。君なら大歓迎だよ。必要なら後見人になるよ。オリヴァー殿下も君の事を認めている。」
それが告白に変わったのはいつだったか。
返事に困った私を気遣うように、
「返事は直ぐじゃなくていいよ。君が俺を好きになってくれるよう努力しよう。それで、もし、一緒に来てもいいと思ったら教えてくれ。全力で君を連れ出すよ。俺の気持ちに応えられなくても、この国を出たいならいつだって全力で力になる。」
そういって笑ってくれた。
本当は…とても嬉しくてすぐにでも連れて行ってと言いたかった。
アンリ様は魔力量で私を判断しない。
ただのレオーネとして接してくれる。
もしかするとカストレア帝国の人は皆、魔力で判断しないのかもしれない。。
たまに図書室にアンリ様と第二王子殿下の二人で来られた時も、身分の高い第二王子でさえ、にこやかに挨拶をしてくれるのだ。
それに、今のレオーネには知識がある。
この二年ずっと首席を取り続けるのも難しくないほどの教養も身につけたし、知識だけなら魔法教科も優秀だ。いつか叶うならアンリ様と同じカストレア帝国へ行き、自分の力で働いて生きていきたい。
あの私を貶めることしかしない家族から解放されたい。
「あら、お姉様。自国の皆に相手にされないからかしら?帝国の人にすり寄るだなんてみっともないわね。」
ふいに聞こえたいつものような冷たい声に我にかえる。
「エマ…。」
そこには王太子殿下や公爵子息のジル様、魔術師団団長のご子息のリアン様、宰相のご子息ローガン様、そして弟のジェームスが立っていた。
「えっと…確か貴方、オリヴァー殿下の側近の方でしたわよね。知ってらっしゃるの?姉はろくに魔法も使えない、自分の属性さえわからない無能よ。一緒にいると、大事な主であるオリヴァー殿下の沽券に関わりますわよ。」
「ああ、これが有名な無能なシミ令嬢か。同じ兄妹でこれだけ違うのも珍しいね。」
半笑いでローガン様が言うと、その横に立っていたジル様がなぜかギロリと私を睨みつけた。
「エマ嬢やジェームス殿のような素晴らしい光魔法を使える選ばれた二人に、自分が出来ないからと言って、二人の研究資料を横取りしたらしいね。」
侮蔑のこもった目をジル様に向けられて、レオーネはポカンとした。
「横取り…?」
今度は王太子殿下が軽蔑したような目を向けて答えた。
「あぁ、二人から聞いているよ。君の成績は一般教養のみで、魔法教科はごまかしのきかない実技以外全て弟妹である2人にやらせているそうじゃないか。魔法も使えないのに、魔法陣の記述や術式などの点数が高い事がずっと不思議だったんだ。それがエマ嬢達から聞いて腑に落ちたよ。姉の立場を利用して成果を奪っているそうだね。」
それ…信じるんですか…殿下は…。
2人が入学する前の2年間、同じ学年で学んできたのに。
その時から私は一生懸命勉強してきたし、術式の授業も魔法陣のテストも1位を取り続けていたのに。
それが、入学もしてないうちのあの2人から奪ったからだと…?
「全く、姉とも呼びたくないほどだ。もう二度と僕達の研究資料は奪わせないよ。今、お前が自分の成果として提出しようとしている研究資料も返してもらうよ!」
は…。
そういう事…。
今回、ジェームスに命令されて書いた研究資料は、魔力量を補填する魔法陣だ。
その魔法陣を展開すれば、普段は魔力が足りなくて使えない高度の魔法が使えるようになるというものだ。
そして私が今研究しているのは魔力がなくても魔力を生成するための魔法陣。
それを奪うつもり…。
奪ってどうする…?
あぁ、そうか。
高位貴族は一般人より魔力量が多い。その為畏怖の対象であると同時に尊敬される。
私が研究する魔法陣が認められ、発表されてしまうと、その恩恵も受けられなくなる。
「研究は私が自分で考え、作り上げたものです。2人から奪ったという事実はありません。」
震える手を握りしめながら答えるが、二人の目を見ればどうせもう奪う事は確定しているのだろう。
「…口を挟んで申し訳ありませんが、あまりに一方的だと思うのですが…。」
その時、一際のんびりした声がした。
振り向くと、にこやかに笑う、アンリ様が
メガネをクイッと上げた。
「関係ない貴方は黙っていてくださる?」
すかさずエマが苛立たしげにアンリ様を睨みつける。
せっかくの美少女が台無しの醜悪な表情だ。本当のアンリ様のお姿が見えていたら絶対に見せない顔ね。
「奪ったといいますが、それを誰が証明するんですか?そもそもレオーネがしている研究内容をお二人は正確に理解しているのですか?」
「なんですって!?ただの子爵令息風情が侯爵令嬢である私を疑うっていうの!?」
「いや、レオーネも侯爵令嬢ですよ?」
うん、その通りだわ。
アンリ様の当たり前の返事に私だけが小さく頷く。
「我々は二人が稀有な光魔法の使い手だと知っているし、彼らの実力は言わずもがなだ。魔力もほとんどないその女に、あれほどの研究資料が作成出来るわけがないことは、誰が見ても明らかだ!」
ジル様の威圧的な物言いに動じる様子もなく、アンリ様は名案を思いついたと言わんばかりにニッコリと笑った。
「でしたら、皆さんの前で証明できますよね。」
「証明?」
「はい。第三者である我が国の第二王子殿下に立ち会ってもらい、魔法で勝負してどちらが正しいのか証明しましょう。そうですね、一週間後の放課後はどうですか?先生には許可をもらっておきます。」
畳み掛けるように、周りにいる生徒達にも聞こえるように宣言するアンリ様に慌てるが、心配ないと言わんばかりに私に向けて悪戯っぽく笑った。
一週間後の放課後、たくさんの生徒達が見守る中、レオーネとアンリ様、対、エマとジェームスで魔法勝負をすることになった。
「お姉様、これ、お父様からですわ。」
勝負会場に入った途端、エマが書類の入った封筒を渡してきた。
その顔には勝ち誇ったような笑みを浮かべている。後ろにいるジェームスも、いつもの曇天のような冷めた目をレオーネにむけている。
「これ…。除籍証明書の写し…?」
中を見るとレオーネをエヴァンス侯爵家から除籍する内容が記載されている。
正式な文書にしてすでに提出済みなのか、承認済の判まで押されている。
この一週間の間、自宅に帰った時に誰1人、そう、使用人1人私の元へ訪れなかった。そのせいで食事も与えられず、夜中のうちに自分で厨房へ行き、残り物を漁ったのだ。
一週間前、二人から今日の勝負の話を聞き、これ以上侯爵家の恥を晒さないように、結果が出る前に除籍したのだろう。
あぁ、つまり、この勝負がどういう結果でも、私は貴族ではなくなり、この学園を去らねばならないということだ。
「ようやく、お荷物を処分出来ますわ。そこの子爵令息に感謝しますわ。」
「本当、ずっとその存在が我が家の恥だったんだよね。これきり会わずに済むと思うと嬉しいよ。」
これほどのスピード感のお膳立て、二人の後ろの方達の後押しもあったのだろう。
レオーネの持つ書類を隣のアンリ様が覗き見ると、へぇ…と笑った。
「じゃあ、この勝負が終わったらレオーネは自由だね。帝国においで。俺が君の後見人になるよ。もちろん、俺の嫁としてが希望だけど、それはおいおいでもいい。」
「な…。その…私は平民になるようなので、貴方にはつりあいません。でも、帝国には行きたいです。」
真っ赤になったレオーネに、愛し気な微笑みを向けるアンリ様の様子を見て、エマが不機嫌そう顔を歪めた。
「帝国にはもの好きがいるようね。よかったじゃない。冴えない眼鏡男でも、あなたにはもったいないくらいだけど。」
「帝国へ行くなら二度と戻ってこないことを祈るよ。」
冷めた目でこちらを見つめる弟妹の様子に、私への情などひとかけらも存在しないことを実感する。
本当に、ずっと私はあの家で、家族ですらなかったのね。
立会人のオリヴァー殿下がまもなく始めると声を上げた。
魔法は何を使ってもOKで、もちろん自分で考えた魔法陣や術式も使うのは自由だ。
「バカだよな。あのアンリってやつは。魔力もないシミ令嬢と組んだら、いくら魔法が得意な奴でも光魔法の二人に適うわけがないのに。」
「いい気分転換だよ、さっさと陰気なシミ令嬢を学園から追い出してくれよー!」
およそ貴族と思えない罵声を浴びせて観覧する令嬢令息達に、レオーネは緊張で手が震える。
「ごめんなさい、私のせいで…。今からでもアンリ様は棄権してください。魔法陣を描くまで魔法を使えない私だと、どうしてもスピード面で足を引っ張ります。どう考えても不利です…。」
「ハハ、大丈夫だよ。俺を信じてよ。」
王太子殿下が手を上げる。
「では、始め!」
その瞬間、エマの手から光が現れ、私に向けてその光を放った!
だが、それは私に当たることはなかった。
「え…?」
確かに勝ち誇った顔で私を見つめて放たれた光があったはずなのに、目の前で幻のように消え失せたのだ。
「はぁ!?」
呆然とするエマの横で、ジェームスが手のひらを私に向けるが、何もその手から魔法は発動されない。
「な、なぜだ!?なぜ、魔法がつかえない!?」
焦る二人を見て、静かにアンリ様はレオーネに合図する。
「レオーネ、今だよ。」
レオーネはアンリ様に小さく頷くと、素早く魔法陣を描く。その陣によって生成された体内の魔力を使って、術式を書き出し、過去、ジェームスから何度も繰り返し私に向けて流された光の電流を2人に向かって流した。
「いやぁ!痛いっ!!」
「ガァァ!な!なんでっ⁈」
バリバリっと光が走り、2人の体を電流が流れる。いつも私に流してくるものより、数段弱くしてあげているのに、なんて悲鳴…。
「もういっちょ!」
アンリ様の声に応えるように、レオーネはさらに術式を書き出し、今度は火魔法で、2人の周りに火の玉を発現させる。
「いや!なんなの?!熱い!」
「なんでだよ!なんで魔法が使えない!?」
混乱して慌てる二人を王太子殿下含む生徒達もわけが分からず固唾を飲んで見ている。
「君が考えた魔法陣とやらを使ったらどう?」
アンリの言葉にハッと我にかえったジェームスが、魔法陣を描こうとして固まった。そもそも私が書いた資料を軽く目を通すだけで、覚えてもいない複雑な魔法陣をいきなり描けるわけがないのだ。
続けてレオーネが術式を書いて、今度は水魔法を展開し、先ほど出した火の玉共々2人を水浸しにしてやった。
ちょっとスッキリしたわ。
「何をしているんだ!?エマ、ジェームス、ふざけるなっ!」
「ちがっ…、使えないのです!魔法が!!」
「何を…」
そう言って魔力の強いメイソン様が手を翳し、得意の火魔法を使う。
だが、手からは何も出ない。
なんだ!?身体中から魔力がぬけていくような感覚…。
「どうぞ、周りの観覧中の皆様もぜひ、魔法で俺たちを攻撃してみてください。」
余裕たっぷりに挑発するアンリ様の言葉に、見ていた生徒たちが魔法を試そうとするが、誰1人として放つことが出来ない。
「貴様!何をした!?」
怒りを露わにした王太子殿下にアンリ様がニコリと笑う。
「俺は闇魔法が得意なのですよ。闇は全てを飲み込む力。貴方達の持つ魔力を奪うことなどわけもない。」
「…闇…!?」
ザワッとする空気の中、静かにカストレア帝国第二王子、オリヴァー殿下が口を開いた。
「決着はついたな。この勝負、アンリとレオーネ嬢の勝ちだ。つまり、研究資料もレオーネ嬢のものだと言う事だ。そもそも自分で書いたはずの研究資料の魔法陣も描けないのだから今までの研究資料も全てレオーネ嬢の功績だったのだろう。」
「ち、違う!僕は…!」
焦るジェームスに侮蔑のこもった視線を向ける。
オリヴァー殿下は普段から寡黙で野性的な美丈夫なので、睨まれると余計に言い返せないオーラがある。
「私は隣国であるこの国と、今後どのように付き合っていくか、見定めるために帝国から留学という名目で送られたのだ。この数年、見てきたこのハイエルト王国は、生まれた時に持っていたものだけで人を判断し、蔑み、本当の自分を知らずに驕る者のなんと多いことか。我が国は平民であろうとも、能力の高い者は重用している。才能というのは生まれ持ったものだけではなく、自身を常に高める努力を継続する力なのだ。レオーネ嬢は努力を継続したからこそ、身についた誰にも奪う事の出来ない能力がある。逆にここにいる者達はどうだ?生まれた時にたまたま持っていただけのものを、才能だ何だと騒ぎ立て、努力すらしないまま生きている。そもそも魔法や魔力なんて酷く曖昧で、いつそれがなくなるかもわからないものだ。我が国は特にアンリのような闇魔法を持つものが多い。魔法が使えないだけで何もできなくなるようでは国は守れない。」
周りにいる生徒たちが一言も発せない中、エマだけが声を上げた。
「生まれた時に持っていたということ自体が選ばれた証じゃない!!そんな女、ただの無能よ!!」
「ハハハッ!!君、バカなの?レオーネ嬢の生まれ持った才能、わかってないんだ。」
アンリ様がエマをバカにするように笑いだした。
「はぁ!?そんな無能のゴミに才能なんかないわよ!!せいぜい人に迷惑かけないよう地べたを這いずり回って生きることくらいよ。」
すると殺意のこもった目でエマを見た後、アンリ様がレオーネに向き合った。
「アンリ様…?」
不安そうに見上げたレオーネの髪をそっと搔き上げて長く伸びた前髪を耳にかける。
現れたその虹色の瞳に周りが騒然となる。
「え……何、あの子、あんなに綺麗だったの?…」
「あの不思議な瞳の色…。見たこともない色だわ…!」
エマもジェームスも子供のころに見たきりだったレオーネの今の顔に呆然とする。
戦いで乱れているが艶やかに揺れる真っ直ぐな夜を映したような紺色の長い髪に小さな白い顔。
淡くピンクに染まった頬に長いまつ毛に彩られた大きな瞳は夢のように虹色に輝いている。
「君の生まれ持った才能は、その瞳だよ。君の虹色の瞳は昔から神話で語り継がれる”可視の瞳”と言って、この世のあらゆる現象を可視化出来るんだ。
君に認識阻害の魔法が効かないのも同じ理由だ。初めて君の研究資料を見た時、驚いた。これほど正確に魔法陣を描き、術式を書き出したり出来るなんてと。レオーネ、君は人が魔法を使うときにその術式が見えているんだね?」
あまりの当然のことにレオーネはキョトンとした。
「はい…。え…?皆さん見えていないのですか…?」
「嘘だろ…。」
王太子のそばに控えていたリアムが呟く。
「そんなことが出来るなら世界を手に入れる力があるのと同じだ…。さっき使えないはずの光魔法や火魔法、水魔法を生み出せたのも、可視化して理解した術式を展開出来たからか…?」
魔術師団団長の息子として育ったリアムは人より魔法や術式に詳しい。
以前見かけたレオーネ嬢の書いた研究資料を見た時に衝撃を受けたが、見えていたのなら書けてもおかしくはないはずだ…。
「そんなわけない…!!だってそいつは無能で…!!」
ジェームスが声を上げるが誰一人賛同できない。
魔力が少なくても、魔法を可視化出来て魔法陣や術式を展開出来る時点で、天才と言っていいだろう。
そんな稀有な力を持っている人を無能だなんて言えるわけがない。
馬鹿にし続けていた人は最も素晴らしい才能を持っていたのだ。
「…そ…、そんな才能があるなら、最初に言ってほしかったな…。レオーネ嬢、これからは王太子である私が君を守ろう。」
見事な手のひら返しで王太子殿下がレオーネに近づき手を取る。
「う、嘘よ!メイソン様、私を王太子妃にしてくれるって言ったじゃない!!」
エマが叫ぶと悪びれることもなく王太子殿下は馬鹿にしたようにエマに侮蔑の視線を送った。
「私は王太子だ。より美しく才能のあるものを婚約者に選ぶのは当然だ。それに君、教養が全くないじゃないか。教師も言ってたよ。授業では全く出来ないのに課題だけは立派だって。自分でやってなかったんだろう?」
この王太子、知ってたのに横取りだ何だと言ってきたの?
レオーネは苛立ちと嫌悪感で一杯になる。
するとアンリ様が王太子に取られた手をグイッと抜き取り、間に入るとにこやかな笑顔を見せた。
「失礼ですが、勝負はついて、レオーネ嬢は侯爵家から除籍され、この国ではすでに平民となっております。彼女を無能と決めつけ、ありもしない罪をでっちあげ彼女を不当に学園からも家からも追い出したのは皆様ですよ。彼女は帝国で大切にします。まぁ、いずれ俺の妻になってもらう予定ですが…。」
そういうと、アンリ様は握ったレオーネの手にそっと口づける。
「こら、アンリ。レオーネ嬢が困っている。」
オリヴァー殿下の声に、アンリ様がレオーネを見つめると、真っ赤になったまま、虹色に光る美しい瞳を潤ませている様子に慌て始めた。
「あ、ダメ!可愛すぎ!だめだ。」
アンリ様がレオーネの顔を隠すように前髪をパパッと下ろし、ギュッと抱きしめる。
「あーあ、本当は誰にも見せたくなかったんだけどな…。でもレオーネが可愛い事、ちゃんと自覚してほしかったし。ねぇ、レオーネ。一緒に帝国に来てくれる?」
耳元で優しく囁かれる声に、レオーネの胸に幸せが溢れる。
ようやくあの家から出られる。
そしてアンリ様の国に一緒に行ける…!
コクッと頷くと、アンリ様の顔を見上げるように顔を上げた。
「連れて行ってください。きっとお役に立ちます!」
幸せそうに笑うレオーネの笑顔を見て、アンリ様も頬を赤く染める。
「役に立つとか…そんなのいいんだよ。君がいてくれるだけで俺は幸せだから。でも、帝国でも君のやりたいことが出来るように力になると約束する。じゃあ、行こうか。」
「全く、お前は色々突然だからな…。では私も帝国に帰るとするか。もう、この国の事は十分学んだしな。」
いつの間にか、すぐ傍にオリヴァー殿下がいる。
「そんな!オリヴァー殿下、待ってください。我が国の大事な国民を勝手に連れ去られては困ります。彼女は侯爵令嬢ですよ!そ、それにこれほどの能力のある者を帝国へ連れて行くなど、ハイエルト王国の王太子として許せません!」
「いや、さっき侯爵家からの除籍証明書は確認しましたよ。家から除籍された者はどこに行くのも自由だ。まして、彼女は我がカストレア帝国の大公家の後ろ盾があります。」
「「……大公家……?」」
メイソン王太子とレオーネの声が重なった。
すると、アンリ様は認識阻害の眼鏡を外した。
レオーネにとっては変化はないが、周りの人々からは息をのむ音がそこかしこから聞こえる。
「嘘だ…。…銀の髪にアメジストの瞳…帝国の王弟であり、最高峰の帝国魔法研究所の所長であるジャスティン様と同じ色…。まさかこの方は…。」
リアム様がアンリ様を凝視する。
「申し遅れました。レオーネ、俺はオリヴァー殿下の従弟にあたります。王弟であり、今は大公であるジャスティンの嫡男で帝国魔法研究所の副所長を担っています。ちなみに本当はオリヴァー殿下より年上で、年齢は21歳なんだ。その…レオーネは…年上は嫌い…?」
不安そうなアンリ様にレオーネは目を見開く。
「帝国魔法研究所…?あの世界最高峰の魔法の研究機関?…アンリ様…そこの副所長なんですか…?」
「ハハッ!二人、面白いね。アンリは年を気にしてるし、レオーネ嬢は大公家という立場ではなく、魔法の方に食いつくなんて。」
噴き出すように笑ったオリヴァー殿下の言葉に、レオーネは我に返る。
本当だわ。アンリ様、王族なの?子爵家の令息っていうのは…。
「ごめん、実は副所長の地位に就いた時に叙爵したんだ。まぁ、いずれは大公位を継ぐんだけど、それはまだ父も元気だし、だいぶ先だから。でも、ちゃんと君を養うくらいの甲斐性はあるよ?」
それはそうだろう。帝国魔法研究所なんて、入るだけでも超難関だ。そこでわずか21歳の若さで副所長を任されているなんて、エリート中のエリートだ。
レオーネは目の前の優しいアメジストの瞳をじっと見つめた。
やっぱり…私はアンリ様に相応しくないのでは…。
そう考えが過ぎった時、追い打ちをかけるようにエマが叫んだ。
「アンリ様!!姉は貴方に相応しくないわ!!その、目が特殊というだけで、平民となった姉が、帝国の大公家の方と結ばれるなんて、混乱を招きますわ!」
いつの間に近づいたのか、エマがジェームスと共にレオーネの腕を引っ張った。
「そうです、姉は…、僕たちで面倒を見ますから。確かに除籍はしましたが、半分とはいえ僕たちと血がつながった家族です。」
「へぇ…。その血の繋がった家族を長年虐げていたくせに…?」
アンリはレオーネの手を取ると、そっと袖を捲った。
「…!!!」
その腕にはエマによってつけられた光魔法の傷跡が無数についている。
その場にいた王太子であるメイソンも、ジルもリアムもローガンも、目を見張った。
白い細い腕に無数に付けられた傷跡は、古いものから最近のものまである。
何度も流された電流にやけどの様な傷跡が残るものもあり、レオーネが家でどういう扱いを受けていたのかが察せられた。
「本当、これだけ酷いことをしてきた君たちが、よくもまぁ、恥ずかしげもなく家族だなんて言えたもんだ。俺はレオーネを傷つけた君達を許さない。無能は君達だ。この国は、魔法至上主義をうたっているくせに、向上心のない者ばかりだ。ほんの僅か、熱心な生徒や教師もいたが…。まぁ、もういいよ。帰って陛下がこの国をどう判断するかは俺の与り知らぬところだからね。オリヴァー殿下、帰りましょう。」
そういうとアンリ様が地面に魔法陣を展開した。
「ま…待ちなさい…!」
掴みかかって来そうなエマに、オリヴァー殿下が手をかざすと風魔法が起きてレオーネから離された。
黒い空間が地面に開くと、レオーネはアンリ様に抱きしめられるように一緒に吸い込まれた。
「レオーネ!大丈夫?」
ハッと目を見開くと、そこは広い部屋の中で、心配そうにアンリ様がレオーネの顔を覗いている。
その顔の近さに思わずキャッと声をあげると、傷ついたようにアンリ様が眉を下げた。
「本当にアンリの転移魔法はすさまじいな。この距離を正確に移動するのだから…。」
一緒に転移したオリヴァー殿下が近くで慌てている侍従に指示を与えている。
キョロキョロと周りを見ると、そこは広い執務室のようだ。
「ここは、オリヴァー殿下の執務室だよ。つまりカストレア帝国だ。ようこそ、レオーネ。」
ニッコリ笑うと、手を引いて起こしてくれる。
「私…転移魔法初めてです。凄い…!さっきの魔法陣、もう一度見たいです。」
「ハハッ。帝国について一言目がそれだなんて、レオーネは面白いね。」
眼鏡がないせいか、整った顔立ちがはっきり見えてドキッとする。
「オリヴァー殿下、レオーネも疲れているだろうし、今日は一度帰ります。」
「ああ、城に部屋を用意するぞ?」
「いえ。連れて帰ります。」
キッパリと言い切るアンリ様に、近々落ち着いたら二人で顔を見せろとオリヴァー殿下が呆れたように笑った。
「レオーネ、俺の屋敷に行くよ。転移魔法陣を使うからよく見ていてね。」
そう言うと、レオーネの手を握り魔法陣を展開する。
レオーネは観察するようにじっと魔法陣を見たまま空間に吸い込まれた。
「おかえりなさいませ、お坊ちゃま。」
突然現れたアンリ様とレオーネに戸惑うこともなく、落ち着いた様子で出迎える執事らしき初老の男性とテキパキと指示を与えだした侍女にあっけにとられる。
「ただいま、ゼフィール。この方は俺の妻…になってほしい人。」
「いらっしゃいませ。レオーネ様ですね。」
にこやかに対応してくれるゼフィールさんに慌てて挨拶をする。
名前を知っていることに驚くが、もっと驚くことがその後に待っていた。
「こちら、レオーネ様のお部屋です。」
案内されたその部屋はレオーネの好きな落ち着いた色と、沢山の本が並んだ本棚があり、なぜかピッタリのサイズのドレスや服が揃っている。
「え…?どういうこと?」
呆然と部屋を見渡すレオーネに、嬉しそうにアンリ様が案内する。
「どう?気に入った?隣が俺の部屋だから何かあったらいつでも来てね。何もなくても来ていいからね。」
「あの…アンリ様…。この部屋は…。」
「君を好きになってからいつか口説き落として絶対に連れてこようと決めていたんだ。1年以上かけて準備したよ。会話で君の好みは把握していたし。」
いや…そういうことじゃなく…。
「あの…私のこと…好きだって言って下さったのは半年前ですよね?」
「うん、そうだね。でも好きになったのはもっと前だから。」
…そういう問題じゃないでしょう。
ポカンと部屋を見渡すレオーネに、不安そうに顔を覗き込む。
「嫌だった…?」
「嫌だなんて!嬉しいです…、でも、本当に私がアンリ様にこんなに甘えていいのか…。」
「え、いやいや、甘えてよ。レオーネ以外に甘えられたら絶対応えたくないけど、レオーネにだけは頼られたいし、甘えられたい。」
「ありがとう…ございます…。」
「あ、研究資料取りに戻りたかったらいつでも連れて行くよ。俺、ほとんど毎日ここから学園に通っていたから。」
それって毎日この国を挟んだ距離を移動していたってこと。
転移魔法はものすごい大量の魔力を消費するってきいているけど。
「あの…アンリ様の属性が闇ってさっきおっしゃっていましたが、以前魔法の実践授業の時、風魔法を使っていたように記憶しているのですが。」
「うん。風も使える。調べたところ、ハイエルト王国は闇属性の魔法が使える者がいないようだからね。下手に見せて警戒されてもなと思って。それでオリヴァー殿下と同じ風魔法属性だと言っていた。」
「つまり、二属性の魔法が使えるということですか?」
「そうだね。でもときどきいるよ。父なんて三属性だ。まぁ、父は桁違いだから…。」
カストレア帝国の魔法研究所の所長は、世界で最も権威のある光魔法の魔法使いだと有名だ。
「明日、父の所へ連れて行くよ。君のケガの痕も綺麗に治るはずだ。辛かったね。レオーネは一度見た魔法の術式は記憶しているんだろう?なのに、その怪我をそのままにしていたということは、目の前で光の治癒魔法を見たことがないからだ。あの二人は一度もレオーネに治癒魔法を使わなかったということだ。」
労わるようなその瞳が落ち着かない気分にさせられる。
ずっとアンリ様は私を気遣い、優しく思いやりを持って接してくれていた。
こうしてあの冷たい場所から連れ出してくれたことをとても感謝している。
「私、働きます。そして私を受け入れてくれたこの国に恩返しをします。」
「あのね、レオーネ。俺は君が可視の瞳を持っているから好きだって言ったんじゃないよ。ただ、不遇な状況でも前を向いて努力し続ける頑張り屋な所や、その気高さや素直さ、いつだって本当ならやり返すことなんて出来たはずなのに誰にも怒りをぶつけなかったその清廉さや優しさ、それとめちゃくちゃ可愛いとこに惚れたの。つまり、君自身が好きだよ。ただの女の子の君が好きだ。だから恩返しとか感謝とかいらない。もしなにか応えたいっていうなら俺のプロポーズの返事に良い返事で応えてほしいってことだけだよ。」
少し悪戯っぽく笑ったアンリ様に嬉しさと恥ずかしさで真っ赤になってしまう。
「それは…おいおい…。」
「おいおいかぁー。」
その後、レオーネはアンリ様の父親である大公様にお会いし、研究熱心な彼に可視の瞳の研究をさせて欲しいと熱心に口説かれ、それを怒ったアンリ様ともめたり、怪我を治してもらったり…。
今は魔法研究所で見習いとして働かせてもらいながら、アンリ様協力の元、学園で研究していたことを完成させ、発表するに至った。
「いやぁ、本当、あの魔法陣は素晴しい。ある意味闇魔法使いの多い我が国にとって脅威になるかとも懸念していたが、魔法陣が複雑すぎて、万が一奪われたとしても見ただけでは簡単には使えないから良かったかもな。だが、あの研究結果をもとに物に魔力生成機能を付与することが出来る可能性を見いだせた。そうすれば永久に使える魔道具が作れる。ジャスティン叔父上がやる気になってるし、この国の魔道具は更に進化するぞ。レオーネもこの国で叙爵されて貴族位を得たしな。あ、レオーネ嬢、知っているか?ハイエルト王国のメイソン王子、王太子から外されたそうだよ。可視の瞳を持つ君を自国から追い出す一端を担ったことで責任を問われたらしい。まぁ当然の報いだね。それと君の弟妹達もね。光魔法といってもあの二人は治癒や結界といった光魔法の一番重要な魔法が不得意で、せっかく魔力量が多いのに、魔法の鍛錬をしていなかったから、鍛えるべく、辺境にある教会で修行という名の奉仕活動を命じられ、数年は王都に戻れないそうだ。王子の腰ぎんちゃく達もそれぞれ廃嫡されたり再教育が命じられて、高位貴族の不祥事にしばらくは王国内が荒れたみたいだね。アンリのせいで衆人環視の元に行われたから特にだね。」
オリヴァー殿下の話にアンリ様が怒りを思い出したように不機嫌に眉を寄せている。
「レオーネの両親が一番厄介だった。まさか自分たちで除籍したくせに間違いだった、娘は誘拐されたと言い出した時は殺してやろうかと思った。」
「アンリ様。」
苦笑いで制するが、あれは私も本当に腹が立ったのだ。
捨てた娘に価値があったのだと知って慌てて大切な娘を返せと言ってきたのだ。
正式な除籍届が提出された後で本当に良かった。
出てなくてもアンリ様なら何とかしてそうだけど…。
両親は長年の私への虐待が表沙汰になり、また、帝国の王族への不敬と詐称、あえて可視の瞳を隠蔽していたとして(本当に気付いていなかったが)降爵されて社交界からも締め出されているそうだ。
「色々大変なこともあったが、とにかく、まぁ、一言。アンリ、レオーネ嬢、婚約おめでとう。」
オリヴァー殿下が少し吊り上がった瞳を細めて、嬉し気に笑うと、アンリ様の肩に手を置いた。
「…ありがとうございます。長かった…、本当。何度本当に攫ってしまおうかと思ったか…。」
「何をおっしゃっているんですか…。」
恥ずかしくなり、アンリ様を見上げる。
するといつもと同じ甘く愛し気に見つめる優しいアメジストの美しい瞳がレオーネを見つめて細められた。
「しかしレオーネ嬢、本当に後悔しないのか?アンリは…はっきり言ってストーカーだぞ。逃げるなら私も力になる。」
「フフッ…。本当にそうですね。部屋やサイズぴったりのドレスが準備されていた時は流石にビックリしましたけど…。」
「え?レオーネ?」
慌てたように声を上げたアンリ様に、困った笑顔を向ける。
「でも、まぁ、それが嬉しいと思ってしまったので、私も大概アンリ様に惹かれているのです。」
真っ直ぐに見つめてそう言うと、アンリ様の顔が真っ赤に染まった。
「そうか。それなら良かった。」
オリヴァー様がニヤリと笑う。
「…、帰るよ、レオーネ。」
「え…?」
急にギュッと抱きしめられたと同時に床に魔法陣が展開されて光りだす。
「じゃぁ、オリヴァー殿下。また。」
驚いた顔のレオーネを抱きしめたまま一瞬で消えていくアンリに、オリヴァー様が呆れた顔で叫ぶ。
「アンリ…っ…あー…。………。ま、今のは仕方ない…か。」
好きな女性にあんなに可愛く見つめて惹かれているなんて言われたらね…。
「あー…私も婚約者に会いたくなったな…。」
そう呟きながら、オリヴァーはため息をつきながら仕事に戻るのだった。




