君の誇りは、まだここにある
システムボイスが空間に響いた瞬間、緋織は迷いなく地を蹴った。
足元から放たれた魔力が、赤い閃光となって走る。
鎧の重量をものともしない加速。
剣を構え、風を斬る勢いで前へ出る。
(初撃で決める──!)
それは、五年前の魔法少女たちが叩き込まれた初動。
「速く、正確に、強く」
先手を取った者が、味方を守る。
その教えが、体に染み付いている。
レインは、その姿を見て、口元に薄く笑みを浮かべていた。
「へえ……なるほど、真正面から来るんだ」
余裕。
そう思っていた──ほんの、一瞬だけ。
「っ!?」
――"ガギィィィン!!!"
鋼と鋼がぶつかる、甲高い金属音。
レインが振るった剣を、緋織の一撃が真正面から叩き潰す。
「な──っ……!?」
腕に衝撃が走った。
想定外の“重さ”と“速さ”。
(っ、なんだこの剣筋……!)
緋織の鎧が火花を散らす。
二撃目、三撃目が連続して振るわれ、レインは防戦一方に追い込まれる。
「そらっ!!」
重く鋭い剣が、レインの足元を狙って走る。
寸前で飛び退いたレインのマントが裂け、仮想空間に舞うように散った。
「──マントが……」
観客のざわめき。
誰かが呟いた。
「魔法少女って……こんなに強かったっけ?」
「速い……重い……なんだあれ……!」
緋織は、容赦しなかった。
剣を握る手に力を込め、もう一度跳び上がる。
斜めから振り下ろされる、制御された一撃。
その狙いはレインの左肩。
レインはたまらず、瞬間移動スキルで距離を取った。
「はあ……っ、ちょっと待って、強くない?」
観客がどよめく中、レインが笑いながら汗をぬぐう。
「魔法少女って、もう少し“おっとり”してるもんだと思ってたよ……!」
(なめるな──)
緋織の目に、怒気が走った。
「戦場で“おっとり”してたら、死んでたんだよ」
再び、疾風のように駆ける。
フィールドを蹴り裂きながら、赫月緋織は迫る。
「ほう」と口角を上げる。
「なるほど。……ちょっとキミ、気に入ったかも」
そして笑う。
「でも、だったら証明してよ。“軽くない一撃”ってやつをさ!」
フィールドが再び動き出す。
観客は盛り上がり、ライトが二人を照らす。
(だったら──見せてあげる)
緋織は、ぐっと足に力を込めた。
──魔法少女が、どれだけ“重いもの”を背負っていたかを。
(次の一撃で決める──!)
地を踏み鎧がきしむ。
剣を構え、一直線にレインの元へと突進する。
──その時だった。
【フィールドギミック:浮遊地帯、展開】
突然、ステージの足元が鳴動した。
ゴゴゴ……と低く地響きがし、観客の歓声がさらに一段高まる。
ステージの一部が、ふわりと浮かび上がった。
破片が舞い、瓦礫が浮遊し、空へと伸びる風が吹き抜ける。
(──っ!?)
緋織の足が浮いた床にぶつかり、バランスを崩す。
「っ、くっ──!」
重い鎧は、そのままでは咄嗟に飛び乗るには向かない。
その勢いで緋織は転倒こそ避けたものの、大きく体勢を崩した。
「……わっ、ギミックに遊ばれてんじゃん」
「地上型には無理だって、こういうのは!」
観客の笑い混じりの声が、スタジアムを包む。
だが、空中では──。
「こういうギミック、使いこなせるほうが強いってこと──証明してみせるよ」
軽やかに宙を跳ぶ白い影。
レインは迷いなく、浮遊足場に跳び乗った。
そのまま弧を描くように、空中を滑るように移動しながら、両手に電撃の魔法陣を展開する。
──"バチバチバチ"!
濃縮された雷が、空気を裂き、緋織の足元へと叩きつけられた。
爆ぜる光。
火花が閃き、緋織は即座に跳び退く。
(……遠い! 届かない──!)
再び距離が空く。
レインは宙を舞いながら、
観客に向けて手を振るようにポーズを決めた。
【観客興奮度:76%】
「レイン、やっぱすげー!!」
「この動き、今の魔法少女じゃ無理っしょ!」
「映えすぎる!!」
観客が叫ぶ。モニターが煽る。
レインの演出が、試合を支配していた。
(でも……!)
緋織は歯を食いしばる。
慣れない足場──それでも、踏み出す。
剣を構え、重たい鎧を引きずるように。
跳躍と同時に、浮かぶ石片へと足をかける。
「は──っ!」
何度もよろめきながら、緋織は少しずつ、宙に浮くレインへと距離を詰めていった。
その姿は、観客にとっては“地味”で、“不器用”に映ったかもしれない。
でも──。
彼女は、一歩も、止まってなどいなかった。
──観客の熱狂が、ギミックを呼ぶ。
【フィールドギミック:雷雨、発生】
空が轟音と共に黒く染まる。
激しい雨。視界不良。電撃の魔力が強化される。
レインは雷に包まれながら笑った。
「これが、今の戦い方さ──!」
魔法少女を象徴するような「守り」や「誠実な一撃」は、ここでは映えない。
一方、緋織は──。
(見えない……くそっ)
視界の不利。足元が滑る。
それでも。
「……こんなもん、で──!」
風雨の中、剣を構える姿があった。
【フィールドギミック:暴風雨、発生】
空が唸りを上げた。
突然、風が唸り、雨が叩きつけるように降り始める。
雷鳴が響き、ステージの視界が一気に閉ざされた。
「っ──!?」
緋織は、浮遊足場に足をかけようとしたその瞬間──
――"ツルッ"。
「きゃ──っ!」
足を滑らせ、そのまま足場から転落。
重い鎧のせいで体勢を立て直すのが遅れ、背中から地面へと激突した。
──"ドンッ"!
観客席から、失笑とざわめき。
「ギミックに遊ばれてる……」
「なんだよ、今の」
「まじで過去の遺物じゃん」
SNSでも、リアルタイムに投稿が流れていく。
『魔法少女(笑)』『立ち上がるの遅すぎ』『重装マジで弱い』
(……見えない……)
雨が前髪を濡らし、視界がほとんど奪われていた。
右目は義眼で、光の加減に弱い。死角が広がっていた。
だが、雷光の中で、
ひときわ大きな光が閃く。
──"バチィィィン"!!
レインの雷撃魔法。
巨大な魔法陣が空に浮かびその中央から、眩い雷がステージに落ちる。
(あそこだ……)
視界は最悪。
足場も不安定。
浮遊地帯に乗り込むのは、あまりに危険。
(だったら──地上からいく)
雨に濡れながら。瓦礫を避けながら。緋織は地面を滑るように進む。
水たまりで足を取られながらも、雷撃の合間を縫って、レインの足元へとじわじわと近づいていく。
(レインの癖……間合いを取るとき、少し後ろに重心をかける。大技を出す前は、一拍、詠唱に集中する──)
攻撃を受けるたび、鎧が軋む。
剣が手から滑りそうになる。
けれど、緋織の目はただ一点だけを見据えていた。
(──見切った)
雨の中、重い足音が一歩、また一歩と進む。
やがて。
緋織は一気に踏み込んだ。
「──はああぁぁっ!」
浮遊する足場へ跳び、そこからさらに連続ジャンプ。
濡れた瓦礫を飛び越え、雨の中で刹那、空中に浮かんだ白いマントが目前に迫る。
レインは振り向いた。
「──っ!」
一閃。
緋織の剣が、レインへと迫った──。
その瞬間──。
【タイムアップ】
電子音が、無情に響いた。
──緋織の剣は、刃先をレインに届かせる直前で止まった。
仮想フィールドが霧のように揺れ、戦闘モードのロックが解除される。
緋織は、息を詰めたまま、立ち尽くしていた。
(……嘘、でしょ。あと一歩……一瞬で……)
【試合終了】
【判定処理を開始します】
画面に、結果が表示される。
【RAIN:HP 54%/観客スコア 89pt】
【緋織:HP 78%/観客スコア 45pt】
【勝者:RAIN】
「──ああ……」
観客席が、わっと盛り上がった。
「やっぱレイン様だよね~!」
「魔法少女って、強くても地味~」
「演出は大事!」
緋織は、言葉を失っていた。
握ったままの剣が、ゆっくりと震える。
(──負けた。あれだけ、見切ったのに。戦えてたのに……届かなかった)
レインが肩で息をしながら、緋織に笑いかける。
「ふぅ……まいった。でも、やっぱり君たちは、そういうところだよね。“強くても、勝てない”──だから滅びたんじゃない?」
その一言が、緋織の心臓を突き刺す。
言い返す言葉は出てこなかった。
──ただ、悔しさが、胸の奥に渦巻いていた。
泣きたくなかった。
けど、涙は、勝手に滲んできた。
唇を噛みしめ、うつむいたまま、緋織はその場に立ち尽くしていた。
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