君は許さない
──魔法少女は、もう古い。
SNSのタイムラインには、そんな言葉が並んでいた。
「結局、負けた存在じゃん」
「時代はプレイヤー」
「魔法少女ってダサくない?」
緋織は、スマホを見つめたまま、そっと画面を閉じる。
胸の奥が、じわじわと軋んだ。
(……わかってる。言われても仕方ないって……でも──それでも……)
声にならない想いが、喉の奥に引っかかった。
そんな緋織を、隣で見ていた朔日がふと声をかける。
「……どうしたの?」
一瞬、びくりと肩が揺れた。
「えっ? な、なんでもないよ?」
焦って誤魔化すように笑うと、
朔日はじっと見つめながら首をかしげる。
「さっきから、スマホずっと見てたけど?」
「う、うん、ちょっと、ニュースとか……」
曖昧な返事に、朔日はそれ以上突っ込まなかった。
代わりに、自分のスマホを掲げる。
「じゃあ、こっちは私の作業中ね」
「作業……?」
「うん。動画編集してるの」
「……動画?」
「もちろん、緋織の昇級戦の切り抜きだよ!」
「えっ、わ、私!?」
スマホをのぞき込むとそこには自分の戦闘シーンが再編集されて、かっこいいBGMまでつけられていた。
「ちょ、ちょっと待って!? な、なんでそんなこと……!」
「なにって……私の“推し活”だよ?」
にこっと笑う朔日。
「ちゃんとカメラアングルも調整したし、字幕もつけたよ。再生伸びるといいなあ~」
「や、やめてよ……恥ずかしいってば……!!」
顔を真っ赤にしながら慌てる緋織の横で、朔日はスマホを操作しながらぽつりと呟く。
「……でも、かっこよかったんだよ、本当に。だから、みんなにも見てほしいの。私の、いちばんの推しの輝きを──」
ふとその声に宿った熱に、緋織は息をのんだ。
(……朔日、ちょっと、怖いくらい真剣で……)
でも。それでも、うれしくて。
だから──。
「……そ、そっか……ありがと」
小さく言って、そっと目をそらした。
(ほんとにもう……なんでそんなに……)
胸の奥がくすぐったくて、少しだけ、苦しかった。
「ふーん……アーツって、誰でも出られるんだね」
その声は、背後からふいに飛んできた。
緋織が振り向くと、そこには黒いコートを肩に引っかけた青年──レインが立っていた。
斜めにかぶったキャップの下、薄い笑みを浮かべている。
「君、前に昇格試合に出てたでしょ? なんていうか……動きが、ちょっと古いっていうか」
「……は?」
思わず声が漏れる。
「いや、ごめんね。悪気はないんだ」
レインは笑った。まるで悪気しかないような顔で。
「でも、ちょっと前の“魔法少女”とかに憧れてる感じ? 最近そういう“懐かし枠”でアーツ出る人、多いからさ。……まあ、勝ててるの見たことないけど」
言葉のナイフが、無遠慮に心をえぐる。
朔日の隣で、緋織の顔から色が引いていく。
──その一言だけで、五年前がぶわっと蘇った。
「……私は、魔法少女に“憧れてる”わけじゃない」
緋織の声が、震えていた。
怒りでも、悔しさでもない。
そのどれでもあって、そのどれでもなかった。
「“赫月緋織”──それが、私の名前」
その瞬間、空気が張り詰める。
レインの表情が、わずかに変わった。
「……今、なんて?」
「五年前、私は“魔法少女”として戦っていた。絮貫朔日と──仲間と一緒に。あの戦場に、確かに立ってた」
その場にいた人々が、一斉に息を呑む。
さざ波のようなざわめきが、廊下を駆け巡った。
「赫月……緋織? まさか……」
「本物……?」
「生きてたのか……」
レインは、静かに目を細める。
「……君が。もう一人の“生き残り”? 今まで名前、出てなかったよね?」
「……隠してた。逃げてた。でも──もう、逃げない」
緋織は一歩、前に出た。
「あなたの言葉、撤回してください。“魔法少女は古い”“負けた存在”──そんなの、絶対に違う」
「はは……ずいぶん、気合い入ってるね」
レインは少し笑って、頭をかく。
「……でも、事実は変わらない。君たちは、世界を守りきれなかった。そして今、世界を救ってるのはプレイヤーだ」
緋織は、黙って聞いていた。
拳が、ゆっくりと握られていた。
「だから証明する。魔法少女は、終わってなんかいない」
「ほう?」
「あなたに勝って、証明する──“魔法少女は、弱くなかった”ってことを」
周囲の空気が、一気に変わった。
観客、選手、スタッフ、全員が騒然とする中で──朔日は、その背中を見つめながらゆっくりと微笑んだ。
「へえ」
レインは、テーブルに肘をついたまま、あからさまに興味深そうに笑った。
「ランクAの僕に、挑むってわけ?」
カフェのあちこちから、ざわめきが起きる。
スマホのシャッター音と、低いどよめきが混ざって空気を震わせていた。
「まじ? あの子、無謀すぎじゃない?」
「無理でしょ、ランク差エグすぎ」
周囲の声は、冷たくもあったが、どこか好奇の視線も含んでいた。
だが、緋織は微動だにしなかった。
薄手のパーカーの裾をきゅっと握りながらも、まっすぐレインを見据えて、静かに言葉を紡ぐ。
「勝って、証明してみせます。……魔法少女は、弱くなんかないって」
その声は、震えてなどいなかった。
レインはひとつ肩をすくめて、にやりと笑う。
「いいよ。受けて立つ」
軽く言い放ちながらもその目には一瞬、“なんでそんな目ができるんだ”というようなわずかな苛立ちが滲んだ。
そしてレインは野良試合を申請する。
「ソロバトル申請、確認されたよ。仮想フィールド、ソロ戦モードにセット中──試合開始は、三十分後とする」
どよめきが、さらに広がった。
一部の観客はもうスマホを構え、投稿の準備を始めていた。
“魔法少女 vs 現役トッププレイヤー”という構図は、それだけで話題性に満ちていた。
朔日は何も言わず、緋織のそばに立っていた。
私服のシャツの袖をそっと摘まれたとき、緋織はわずかに顔を向ける。
「……本気なんだね」
その言葉に、緋織はこくんと頷いた。
「うん。……もう、あんなふうに、笑われたくないから」
その目には、確かな光が宿っていた。
──静かに、でも確かに、緋織の中に小さな炎がともる。
(負けない。魔法少女は──負け犬なんかじゃない)
そう胸の奥で固く誓いながら、緋織は小さく息を吸った。
見上げた空は、いつのまにか夜の色を帯びていた。
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