表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/41

君は許さない

 ──魔法少女は、もう古い。


 SNSのタイムラインには、そんな言葉が並んでいた。


「結局、負けた存在じゃん」

「時代はプレイヤー」

「魔法少女ってダサくない?」


 緋織は、スマホを見つめたまま、そっと画面を閉じる。


 胸の奥が、じわじわと軋んだ。


(……わかってる。言われても仕方ないって……でも──それでも……)


 声にならない想いが、喉の奥に引っかかった。

 そんな緋織を、隣で見ていた朔日がふと声をかける。


「……どうしたの?」


 一瞬、びくりと肩が揺れた。


「えっ? な、なんでもないよ?」


 焦って誤魔化すように笑うと、

 朔日はじっと見つめながら首をかしげる。


「さっきから、スマホずっと見てたけど?」


「う、うん、ちょっと、ニュースとか……」


 曖昧な返事に、朔日はそれ以上突っ込まなかった。

 代わりに、自分のスマホを掲げる。


「じゃあ、こっちは私の作業中ね」


「作業……?」


「うん。動画編集してるの」


「……動画?」


「もちろん、緋織の昇級戦の切り抜きだよ!」


「えっ、わ、私!?」


 スマホをのぞき込むとそこには自分の戦闘シーンが再編集されて、かっこいいBGMまでつけられていた。


「ちょ、ちょっと待って!? な、なんでそんなこと……!」


「なにって……私の“推し活”だよ?」


 にこっと笑う朔日。


「ちゃんとカメラアングルも調整したし、字幕もつけたよ。再生伸びるといいなあ~」


「や、やめてよ……恥ずかしいってば……!!」


 顔を真っ赤にしながら慌てる緋織の横で、朔日はスマホを操作しながらぽつりと呟く。


「……でも、かっこよかったんだよ、本当に。だから、みんなにも見てほしいの。私の、いちばんの推しの輝きを──」


 ふとその声に宿った熱に、緋織は息をのんだ。


(……朔日、ちょっと、怖いくらい真剣で……)


 でも。それでも、うれしくて。


 だから──。


「……そ、そっか……ありがと」


 小さく言って、そっと目をそらした。


(ほんとにもう……なんでそんなに……)


 胸の奥がくすぐったくて、少しだけ、苦しかった。




「ふーん……アーツって、誰でも出られるんだね」


 その声は、背後からふいに飛んできた。

 緋織が振り向くと、そこには黒いコートを肩に引っかけた青年──レインが立っていた。

 斜めにかぶったキャップの下、薄い笑みを浮かべている。


「君、前に昇格試合に出てたでしょ? なんていうか……動きが、ちょっと古いっていうか」


「……は?」


 思わず声が漏れる。


「いや、ごめんね。悪気はないんだ」


 レインは笑った。まるで悪気しかないような顔で。


「でも、ちょっと前の“魔法少女”とかに憧れてる感じ? 最近そういう“懐かし枠”でアーツ出る人、多いからさ。……まあ、勝ててるの見たことないけど」


 言葉のナイフが、無遠慮に心をえぐる。

 朔日の隣で、緋織の顔から色が引いていく。


 ──その一言だけで、五年前がぶわっと蘇った。


「……私は、魔法少女に“憧れてる”わけじゃない」


 緋織の声が、震えていた。

 怒りでも、悔しさでもない。

 そのどれでもあって、そのどれでもなかった。


「“赫月緋織”──それが、私の名前」


 その瞬間、空気が張り詰める。

 レインの表情が、わずかに変わった。


「……今、なんて?」


「五年前、私は“魔法少女”として戦っていた。絮貫朔日と──仲間と一緒に。あの戦場に、確かに立ってた」


 その場にいた人々が、一斉に息を呑む。

 さざ波のようなざわめきが、廊下を駆け巡った。


「赫月……緋織? まさか……」

「本物……?」

「生きてたのか……」


 レインは、静かに目を細める。


「……君が。もう一人の“生き残り”? 今まで名前、出てなかったよね?」


「……隠してた。逃げてた。でも──もう、逃げない」


 緋織は一歩、前に出た。


「あなたの言葉、撤回してください。“魔法少女は古い”“負けた存在”──そんなの、絶対に違う」


「はは……ずいぶん、気合い入ってるね」

 レインは少し笑って、頭をかく。


「……でも、事実は変わらない。君たちは、世界を守りきれなかった。そして今、世界を救ってるのはプレイヤーだ」


 緋織は、黙って聞いていた。

 拳が、ゆっくりと握られていた。


「だから証明する。魔法少女は、終わってなんかいない」


「ほう?」


「あなたに勝って、証明する──“魔法少女は、弱くなかった”ってことを」


 周囲の空気が、一気に変わった。

 観客、選手、スタッフ、全員が騒然とする中で──朔日は、その背中を見つめながらゆっくりと微笑んだ。


「へえ」


 レインは、テーブルに肘をついたまま、あからさまに興味深そうに笑った。


「ランクAの僕に、挑むってわけ?」


 カフェのあちこちから、ざわめきが起きる。

 スマホのシャッター音と、低いどよめきが混ざって空気を震わせていた。


「まじ? あの子、無謀すぎじゃない?」


「無理でしょ、ランク差エグすぎ」


 周囲の声は、冷たくもあったが、どこか好奇の視線も含んでいた。

 だが、緋織は微動だにしなかった。

 薄手のパーカーの裾をきゅっと握りながらも、まっすぐレインを見据えて、静かに言葉を紡ぐ。


「勝って、証明してみせます。……魔法少女は、弱くなんかないって」


 その声は、震えてなどいなかった。

 レインはひとつ肩をすくめて、にやりと笑う。


「いいよ。受けて立つ」


 軽く言い放ちながらもその目には一瞬、“なんでそんな目ができるんだ”というようなわずかな苛立ちが滲んだ。

 そしてレインは野良試合を申請する。


「ソロバトル申請、確認されたよ。仮想フィールド、ソロ戦モードにセット中──試合開始は、三十分後とする」


 どよめきが、さらに広がった。

 一部の観客はもうスマホを構え、投稿の準備を始めていた。

“魔法少女 vs 現役トッププレイヤー”という構図は、それだけで話題性に満ちていた。



 朔日は何も言わず、緋織のそばに立っていた。

 私服のシャツの袖をそっと摘まれたとき、緋織はわずかに顔を向ける。


「……本気なんだね」


 その言葉に、緋織はこくんと頷いた。


「うん。……もう、あんなふうに、笑われたくないから」


 その目には、確かな光が宿っていた。


 ──静かに、でも確かに、緋織の中に小さな炎がともる。


(負けない。魔法少女は──負け犬なんかじゃない)


 そう胸の奥で固く誓いながら、緋織は小さく息を吸った。

 見上げた空は、いつのまにか夜の色を帯びていた。





 ここまで読んでくださりありがとうございます!

 応援ボタン押していただけると今後の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ