君の隣で強くなる
順番が間違っていたために投稿し直しました。
こちら3話になります。
アーツ施設、昇級試験ルーム。
いつでも、誰でも受けられるランクD昇級試験。
バディを組んだばかりの緋織と朔日は、さっそくそれに挑むことにした。
装備ルームで待機していた緋織は、黒を基調に赤のラインが走る重厚な全身鎧を身に纏った。
鎧は、肩、胸、腰、脚にかけて重たく鋲打たれ。
顔を覆うバイザーも備えた、どこか威圧感すら覚える姿だった。
一方、朔日は──。
清純そうな、ふわりとした白いワンピース姿。
二人並んだ姿は、あまりにも対照的だった。
そして──。
試験開始の合図とともに、二人は仮想フィールドへ転送された。
フィールドに立った瞬間、緋織は小さく息を飲んだ。
頭上にはどこまでも高い、乾いた空。
周囲にはひび割れたコンクリート。
瓦礫だらけの地面が、無残に広がっていた。
どこか、五年前に見た戦場に似ている気がして──足がすくみそうになった。
そして目の前に現れる、仮想生成された魔異種たち。
──異形の姿。
──どす黒い肌。
──不気味なうなり声。
(だいじょうぶ……怖くない)
緋織は自分に言い聞かせるように、小さく拳を握った。
そのとき。
「緋織、大丈夫?」
隣から朔日の声が優しく届いた。
振り返ると朔日は変わらぬ笑顔を浮かべて、こちらを見ていた。
その表情を見ただけで、緋織の強張っていた肩の力がふっと抜けた。
「うん、大丈夫っ」
無理にでも明るく答える。
本当は心臓がバクバクしている。喉もカラカラだ。
でも、それでも──。
もう一度、前に出ると決めたから。
「じゃあ、いこうか」
朔日はふわりと笑って、緋織に手のひらを向けた。
次の瞬間、柔らかな光が緋織の身体を包み込んだ。
温かく、優しい光。
(朔日の魔法……支えてくれてるんだ)
胸の奥に、ほんのりとした温もりが広がった。
瓦礫の上に立つ、傷だらけの仮想戦場。
そんな場所でも──朔日が隣にいる。
そのことだけが、緋織の背中をそっと押してくれていた。
魔異種はまず小型から現れた。
甲殻に覆われた二足歩行の獣たち。
硬そうな外殻を持つその異形たちは、鋭い爪を振りかざしぎらついた眼でこちらを睨んでいた。
「──行くよ!」
緋織は剣をぎゅっと握りしめると、瓦礫を蹴って前へ駆け出した。
一歩、二歩。
魔異種たちの群れの間を、するりとすり抜けるように駆け抜ける。
呼吸は荒い。心臓は早鐘のように打っている。
それでも、左手の剣に迷いはなかった。
「やっ!」
鋭く。短く声を上げながら、緋織は刃を振るった。
一撃。
甲殻の隙間を縫うように、剣が魔異種の喉元を正確に貫く。
続けざまに、二撃目。
滑らかではない。動きはまだぎこちない。
それでも、攻撃は確実に命中していた。
そのとき、背後からふわりと温かな光が飛んできた。
朔日が放ったサポート魔法だ。
緋織の周囲に、薄く透明な障壁が張られる。
「ありがとうっ!」
緋織は短く礼を言うとそのサポートに合わせるように、さらに前へ前へと踏み込んだ。
魔異種が腕を振り上げる。しかし、朔日の結界が攻撃を弾く。
一瞬の隙を突き、緋織の剣が閃いた。
刃は迷わず敵を切り裂き、甲殻ごと魔異種を瓦礫に沈めた。
(──できる)
頬に汗がにじむ。
だけど、足は止まらなかった。
(ちゃんと……できてる!)
胸の奥に小さな灯がともる。
震えながらも、緋織は前を向いていた。
瓦礫を踏みしめ、朔日の光を背に浴びながら──。
中型魔異種が現れたのは、小型を蹴散らし始めたそのときだった。
ざり──と、瓦礫を踏みしめる重い音。
鋭く光る爪。
獣のようにしなやかな肢体。
血に飢えたような赤い瞳。
それは、狼に似た姿を持つ魔異種だった。
肌を刺すような生々しい殺気をまといながら、まっすぐこちらへ駆けてくる。
「っ──」
本能が緋織の体を硬直させた。
膝がわずかに震えた。
(怖い──)
瞬間、脳裏に五年前の光景が閃く。
崩れ落ちる仲間たち。伸ばした手が、届かなかった。守れなかった、あの日の絶望。
(ああ──また、同じことが……)
恐怖が心臓を鷲掴みにする。
剣を握る手が、かすかに震えた。
「緋織!」
耳を打つ朔日の声。
その声に、緋織ははっと目を見開いた。
(──私は)
ぎゅっと歯を食いしばる。
(もう、逃げない──)
震える足に力を込めた。
瓦礫を蹴る。前へ、前へ。
「やああっ!」
剣を構え、一直線に中型魔異種へと駆ける。
魔異種が鋭い爪を振り上げた。殺意そのものを纏った一撃がすぐそこに迫る。
だが──。
「サポート!」
朔日が放った魔法の矢が魔異種の肩をかすめた。
それだけで、魔異種の動きが一瞬だけ鈍る。
(今だ──!)
緋織は地を蹴った。体がふわりと浮かぶ。
空中から、狙いを定め──。
「これでっ!」
渾身の力を込め、剣を振り下ろした。
鋭い一閃が、魔異種の首筋を鮮やかに走る。
刹那、魔異種は声にならない悲鳴を上げ──ぐらりと体を傾け、瓦礫の地面に崩れ落ちた。
一呼吸。
緋織は荒い息を吐きながら地に降り立つ。
剣を握る手は、もう震えていなかった。
勝利のエフェクトが仮想フィールドに広がった。
金色の粒子が光の雨のように降り注ぐ。
「勝者、チーム『朔日・緋織』! ランクD昇級条件、クリア!」
システムアナウンスが高らかに響く。
緋織は、思わず隣の朔日と顔を見合わせた。
「……やった」
小さな、小さな声だった。
でも、胸の奥から温かいものがふつふつと湧き上がってくる。
本当に、勝てたんだ。
自分の力で、朔日と一緒に。
「やったね、緋織!」
朔日はぱっと明るい笑顔を浮かべて、手を差し出した。
その笑顔に引き寄せられるように、緋織もぱっと表情を明るくして差し出された手にハイタッチを重ねた。
「やったやった! すごい、私たち!」
自然と笑い合う。心から、笑えた。
──久しぶりだった。
心の底から、こんなふうに笑えたのは。
試合後、施設内の休憩室。
緋織は、汗まみれの顔をタオルで拭きながら隣に座る朔日に向かって、にこにこと笑った。
「朔日のおかげだよ! サポート、すっごい頼りになった!」
朔日は、変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「緋織が頑張ったんだよ」
その声は、どこまでも優しくて温かかった。
そして──。
朔日は、すっと身を寄せた。
距離が近い。耳元に、そっと吐息がかかる。
「──君は、もっともっと強くなれる」
囁かれた声に緋織はびくりと肩を震わせた。
けれど。
すぐに、ふわりと笑った。
「うん……がんばる!」
その笑顔は。どこか、眩しくて。
そして、少しだけ痛々しかった。
(──私、まだ怖い)
汗が冷えて、肌に張り付く感触がいやにリアルだった。
怖い。
傷つくのも、誰かを失うのも、自分をまた壊してしまうのも。
全部、怖かった。
だけど──。
隣を見ると朔日がいた。
ふわりと、当たり前のように笑って。
その笑顔は手を伸ばせば届くところにあった。
(それでも……それでも、私は──)
緋織は、ぎゅっと胸の奥で小さく拳を握った。
壊れた心の奥に、まだ小さな火種が残っている気がした。
それを守るために。
もう一度だけ、前に進みたかった。
たとえ、また傷だらけになったとしても。
たとえ、この手が、何も守れなかったとしても。
(──私は、あの日の誇りを手放したくない)
誰がなんと言おうと。
世界がどう変わろうと。
胸の奥に、かすかな祈りを灯しながら──。
緋織は、そっと前を見た。
隣で微笑む朔日と、新しい戦いの世界へ歩み出すために。
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