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数日後、町人には知られていない施設の裏手から外へと向かう、三体のソウの姿があった。
「そうた。操作はどうだ?」
「大丈夫ですしげさん。ついていきます」
「今日が初だからな。敵と遭遇しても俺らに任せとけばいい」
「自分も選ばれたんです。やれます。やらせてください、ごうさん」
「気楽になれって。慌てたら言うこと聞いてくれないぜ。このかわい子ちゃんは」
「帰りたいんだよ。分かってやれよ、しげ」
「そんなんじゃないです。でも」
「ああ、学校に友達とかいる感じ?それともそっち?」
「ゆうじみたいなこと言わないでください」
「それくらい落ち着いていればいいだろう。出発前に確認したことだが」
「分かってます。獲物は逃がすな、ですよね?」
「貴重な肉だからな。警戒しているのか、最近は全然捕まらん」
「ごうは肉好きだからな。それよりもあっちだろ」
「そうだったな。そうた、もう一度確認しておくぞ」
ごうさんは鍛えているのか、制服がぴちぴち筋肉の凄い人、見た目は怖いけど優しい。細身で長髪、しげると正確に呼ぶとらしくなく怒るしげさんはゆうじ三号。せんにん曰く、同じ人は三人までいるとか。ただ軽さは時に力となる。
「今日の目的はいたら駆除もそうだがそうたが慣れることにある」
「慣れですか?」
「てんぱって降りちまった馬鹿がいるってさ。その後どうなったか聞きたい?」
「てんぱ?」
「何度も言ってるが落ち着けってこと。しげ、びびらせるな。お前のこと話すぞ?」
「うっげ。忘れろよ。昔のことだろ昔。大昔さ。若かったんだよぉ」
「あはは。しげさんのことだったんですね」
「笑うなよ。かわい子ちゃんにまた拗ねられる」
嘘も方便とは昔の人はよく言ったものだ。
そうたの初陣からこれまた数日後、たけるとしんごは町へと出ていた。町の人間は彼らを目撃すると忽ち目を伏せる。店のおばさんもだ。
「住所だとここだな」
彼らが立ち止まったのは今泉と書かれた表札のある家。瓦が何枚か抜け落ちているが、他に比べたらまだまだ立派な家だ。たけるは目を細めた。
「ごめんくださいーっす」
加減を知らないのか、玄関の硝子が割れそうな激しい音がしても誰も出てこない。
「いないんすかね?聞いてた話だと。主任?いいですか、勝手に?」
「ああ」
たけるは靴を脱ぎ上がろうとしている。しんごも靴を脱ぎ捨てて追いかけると、そこは居間。女性がいる机を挟んでたけるはもう座っていた。しんごも彼の隣に座る。
「えー、自分は」
自己紹介しようとするしんごはたけるの手に阻まれた。その手はそのまましんごの荷物を奪い取る。
「今日はこれをお届けに来ました」
たけるが荒っぽく机に置いたのは磨かれたみたいに光を反射するメットだった。女性は物音には反応したがゆったりと窓の方へと顔を戻した。
「これには録音機能があります。聞いてください」
そこから流れてきたのは息子の声だった。
『お二人の色綺麗ですね』
聞いてもらいたいのはもっと先だから飛ばす。
『これが敵?こいつらが敵?』
雑音が混じっているが間違いない。だが母親の反応は薄い。
『同じ、なのか?けどそれなら!大きい方が勝つ!』
敵との遭遇、戦闘。ここまではたけるの想定内。音声の通り、ソウならば初心者でも負けない。負けるとしたらしげるの言うように自分にだ。
『こっちは任せてください!やれてます!』
(彼、突進しちゃったみたいすね。そういう子には見えなかったけど)
ひそひそと話すしんごは帰ってきた二人から事情を聴いている。
彼等の主目的は敵を町に近づけさせないことだ。それが先行したソウを無視して敵一団が町方面に向かったとなればしげるは防衛を優先するし、二手に分かれたとなれば、操作に不慣れなそうたよりも確実性のあるごうが追わねばならなくなる。誤りがあったとすればどちらかについてくるよう指示をしておくべきだったことだ。よもやなんて万が一は、万が一でしかないと二人は思い込んでいた。
『29!あと一体、あと一体で!どこだ、どこにいる!』
来る前に一度は聞いていたたけるは頭を支えようとした手を抑え込むのに必死だった。何気なく答えたことが彼を焚きつけていたとは。
『こいつ。こいつはまさか』
事前の座学は完璧だった。出陣した二人にも確認したそれがまさか。
『いや!やれる!ソウなら、僕なら!』
それを見つけたら逃げろと教えたではないか。何があっても、仲間を見捨てることになっても、何が何でも逃げろと。
そう、最初は誰もがやれると思ってしまう。雑魚相手ならソウは無類、その強さに惹かれ信用してきた。そうなるように教育で誘導してきた。だから最後の最後に修正するのだ。
『な、なんなんだ、こいつは!?』
彼の恐れが直接伝わってくるかのようだ。対峙したことのある人間にしか味わえない絶望を、メットを通じて共有する。
『な、なにこれ。体の力が抜ける。ソウが、僕の体が動か、ない』
男連中は微動だにしない。繋がりを切り離さなければ自分も連れて行かれる。
『い、いやだ!僕はこいつらをやっつけて、お父さんを見つけて、母さんが優しいお母さんが戻ってきて。あいつらに見直させて、認めてもらって、ぼくは彼女と、毎日毎日あいし』
声が聞こえなくなったところでたけるは消去を押した。そういう決まりになっているからだ。
それで決まりも終えたことで帰ってもいいのだが、沈黙に引き留められている。しんごが耐えかねてそわそわし始めた音で彼女は人を認識したかのようだ。
「そうたのお知り合いですか?息子はまだ帰ってきてません。それとも夫の方ですか?夫も漁で出掛けていて」
「え?いやそうた君は」
「用事は終わりましたので帰ります。ここへは人をやります。手続きをして研究所にて入院してください。ではお達者で」
玄関を出ると猛烈な光に襲われ手で目を守る。そんなに長居しただろうか。足も痺れたのか重い。
「慣れないすわこれ。家族にだけ知らせるって誰が決めたんです?もう周知でしょこれ」
「そうか?その割には、いや。だからお前に同行を頼んだんだったな。すまん」
「息子さんがいなくなったって言うのにあの人。初めての時はそれはもう泣きじゃくって、正直自分を殺してくれって思いましたわ。今回は拍子抜けす」
そうたの母親は明らかに異常である。はじめから壊れている人間を初めて目の当たりにしたしんごは、たけるの対応に疑問を持ち、性分から聞かずにはいられなかった。
「主任?もしかしてあの家行ったことあるんです?」
「お前、元服っての知ってるか?」
「大人になったってことすよね?かなり昔の」
「あの店からの情報で個人の生誕をうちで管理してる」
「管理課は暇そうにしてていいですよね。15になるとソウに選ばれなくなるからですよね。超えてから乗ろうとするとぱっくんちょ。おお、怖い怖い。そうた君は14、ぎりぎり間に合っちゃいましたね」
「乗れたやつがいたんだよ。大人でな」
「へ?そんなの聞いたことが?」
「異例だったからな。一人だけ、試すこともできないから全部なかったことにされたよ。何年振りかな」
たけるも直前まで知らなかったのかもしれない。しんごも線が一本になってそれ以上この件に触れることは止めた。
「彼女、行かせてよかったんですか?そうた君の出くわした特殊個体、通称特個がニ体いるなんてそれこそ聞いたことないす。あの二人じゃ対応できませんよ」
「なあ、人類に希望があると思うか?」
しんごはたけるの発言に耳を疑った。
「最近仕事量が減ってるのは確かだな。子供が生まれなくなっている。栄養面とかもあるんだろうが、あの店の人間。肉は優先的に女性に回すようにしてるんだろうな?帰りに寄ってみるか」
「あると思っているからあそこに人が集まるんです。主任がそんなことでどうするんすか?異国の字まで解読して」
「そうだったな。なんであんなものが流れついちまったかなぁ」
瓶の中に入っていたのは遠く離れた虫篭からの手紙。たまたま海を見に行った日にそんなものを見つけてしまったのは希望ではなくて不運だったのだろうか。彼女がいれば話は違っていただろうに。
「ソウってなんなんすかね?乗り手もいないのにひとりでに戻ってきて」
「希望だよ。人がこの大地を取り戻すためのな。なんだ、そうたの代わりに聞いたのか?」
ソウは戻ってきてすぐ排出を始める。異物を取り除くため、メットと中身のなくなった服を外へ、人が脱ぎ捨てたみたいに放り投げる。そして次なる乗り手が現れるまで眠りに就く。
「そうた。お前の色綺麗だったぞ」
ソウは乗り手がいると体色が変わる。それで生物であると思われていたが最近になって違うのではという異論が生まれつつあった。このように昔の人の教えが正しいとは限らないのだ。
『ほんとです?』
『ああ。一度の出陣で倒せたなら家とこことを行き来していい決まりがある』
なんであんなこと教えてしまったのか。あの年頃の子のこと、もう何年も前のことだとしても自分にもあったじゃないか。何回も経験した別れが徒労に思えて、悔やんでも悔やみきれない。
「ソウのこと、実在しない、夢物語だって思ってたんじゃないですか?そうた君、座学もきらきらした目で受けてましたよ」
けれどその若者に頼らなければ人類は。その現実にも腹が立つ。
「なあ、ここね。今どこを歩いてる?」
この青い空はどこまでも広がっている。その下に生き残っている人類なんて他にもいるのだろうか。
この町にはそんなことに興味のない人間がほとんどだ。
「そうた来ないな?ふっち何か聞いてないか?」
「そ、卒業したんじゃないかな?」
「試験もないのにか?適当なこと言うなよ。ま、真面目なそうた君のことだ。今頃地下で扱き使われてるんだろうな。ここねちゃんにいいとこ見せたいだろうからな。ぐふふふ」
必要以上を知らされない人々は毎日に溶け込んでいく。いつかそうたという名も人間も忘れていくだろう。それがこの時代だ。
真実を求め、知った人間はどう行動するだろう?
「あれ特個?こんなとこにもいるんだ」
故郷から遠く離れた地で強敵に遭遇しても彼女は慌てない。
「仕方ない。いく」
ソウは雄叫びでもあげるかのような仕草で彼女に応える。
「フカ」
呼び掛けでソウの外殻が落ち、戦闘形態へと進化する。空のような澄んだ色を湛えて。
彼女は旅を続ける。人と人とを繋げ、技術や知恵を繋げ、いつかはその大地を自らの足で歩くために。
続きがいつになるか分からないので一旦完結とさせていただきます。読み切り的な感じです。




