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「あいつらは異物を嫌う」
たけるにそう言われそうたは服を着替えた。釦なんて初めてで手伝ってもらっても時間がかかった。学生が着ていたという制服に袖を通せば身も引き締まる。
「大きさは丁度いいみたいだな。では我々の持ち場へどうぞ」
触れてもいないのに扉が勝手に開いた。驚きは一瞬のうちに済ませ、緊張を抱いて足を中へと運ぶ。
「遅いっすよ、主任。今日新しい子が来るって言ってたじゃないすかー。あれあれー?その子?」
「主任?」
「ここを任されてるってことだ。どうだしんご、ソウは?」
「ソウ」
ゆうじをそのまま大人にした感じの彼の名前よりも、一番聞きたかった言葉に心臓が跳ねる。
「開いてますよ。早速やるんすか?自分はあんま見たくないですけどー」
しんごを無視してたけるは新たな乗り手の肩に手をやる。意味合いには個人差あれど震えは共通だった。
「これがソウだ。初めて見た感想はどうだ?」
この建物内は明るかった。昼だからという前提はなく、不信感が電気の明るさというものに影を落としていたのかもしれない。その影があったから照らす光は貴いのだろう。
「これがソウ。人類に残された」
「がっかりか?」
これまで多くの反応を見てきたのであろう、たけるの質問は何度となく繰り返されて洗練されている。巨大な兵器をだとか、人型とか続いた流暢な台詞はこれまでの搭乗者が吐いたそのものだろう。
ソウ、何かの頭文字を取ってそう呼ばれているその物体は、そうたが昨日見たものをそのまま大きくしたものにしか見えなかった。人類の希望というからには、彼も例外に漏れず、教科書の絵にあった砲のついた機械の塊やら、空を飛ぶ機械やらを想像していた。
「乗ってみてもいいですか?」
けれどなんだろう?がっかりではない。そうたには目映く見えている。
「どっちか分かるか?」
「こっちです」
ソウは二体ある。区別するには人間の目では不可能なものを、そうたは瞬時に指差した。
「んじゃ乗ってみろ」
「うげ、主任が主任ならこの子も」
移動式の階段なんて、ここへ来て初めて尽くしだ。心臓のどきどきはわくわくに変わりっぱなしだ。
ソウの背中に辿り着くと縦にぱっくりと割れている穴は誘っているようであり、上からの明かりがあるのに中が真っ暗なのは拒絶しているようでもあった。
恐怖はないがそうたはごくりと喉を鳴らして意を決した。人の背丈の二倍はある高さを登ってくる際に触れたソウの外殻は、錆びれた鉄塔よりも生命に溢れていた。ソウの高さは壁の上に立ち外を見た子供の時分の昂揚の記憶を蘇らせたのだ。
「たけるさん!暗いんですけどこれどうしたら」
穴が閉じ暗闇に閉ざされると感覚が全て奪われたかのようで混乱する。助けを求めた声が内部で跳ね返っているのも盛り上げる効果音になった。
「落ち着け!お前は合格したんだ!なら一旦目を閉じて落ち着け!落ち着いたらそのまま意識を通わせろ!繋がるはずだ!」
繋がる?落ち着く?言ってることが、分かる?
そうたは海の景色を浮かべる。波の音、潮の匂い、日の熱さ、どれもが彼の心を穏やかにする。
するとどうだ。灯りが広がってそれが視界となり、やや不鮮明ながら外が映る。親身なたけるやぼけっとしたしんごがいる。
自分の状況の感覚も伝わってきた。学校の椅子の座面前方に腰掛けゆったりと背中を預けているような姿勢で、触れている肌が温かいのはソウの内壁に包まれているからだろう。肘掛けに乗るなんて初体験をしている腕は動かせば鋭い前脚が動かせそうだ。人には二本しかない足でも、中後四本の動かし方が分かる。
「よーし!いいぞ、降りてこい!ゆっくりと目を開けてな!朝目を覚ますみたいに!」
ソウとの接続が遮断されると白い糸のようなものでそうたの体が持ち上げられ排出された。
再び背中に立つそうたは糸から解放されると不思議な感覚の心地のまま閉じていく穴を見つめていた。
「どうだった、ソウは?」
「初めはがっかりしてました」
「そうだろうな。さっきも言ったがなんで戦車みたいな武器を付けないのかだとか」
「通常の兵器では倒せないって聞いたことがあります。真相はつけてはいけないんですね。こいつが嫌がる」
「学校ではそうやって教えるんだったか。懐かしいな。昔別のとこにいたっていうやつがいたんだと。そいつの話ではソウに武装させたら言うことを聞かなくなってそこは滅ぼされて逃げてきたんだとよ。本当かどうかは確かめようにもな」
ここの技術でも人の手に収まる銃の整備止まりらしい。大昔の遺産があればそこから技術を取り出せそうなものだが、昔の人は解体して風車や設備に回した。遠くの隣人の言葉を信じたのだろう。
「戦えますよ。立派な手がついてるじゃないですか」
「おう。そうやって生き延びてきた。やってやれないことはない。それにこれには別の」
「主任。初乗りが終わったらやることあるでしょうよ。そっちからにしましょうよ」
たけるは寡黙そうに見えて喋り出したら止まらない性格で決定のようだ。その熱心さが主任の地位まで与えてしまったのだろう。凝り固まったそうたの顔もかなり溶かされてきた。
「あの。もう一体ありますけど」
「赤い紙がどうして届くと思う?」
「え?昔のをまねて?」
「こいつから出た液体が染めるんだよ」
そうたには疑問が沸いた。が、それを聞くことはしなかった。
「選ばれたやつにしか乗れないんだ。だからもったいないけど倉庫番だ」
「え?空いてましたよ?乗れないんですか?」
「これもまたな、俺たちも聞いた話でな。更に大昔のことだから信憑性なんてかけらもない話でもあるんだが。こんな世の中でも悪いことするやつって一人や二人いるよな?って子供のおまえには早い話か。そいつを使ってな、試したらしい。上から紐で縛って下ろしてな。どうなったと思う?下半身が中に入ったくらいで閉じたらしいんだ」
「閉じた?その人挟まれたんですか?」
まるで母親に抱っこされる赤ちゃんにように丁寧に優しく扱われたそうただからの無垢な返しであった。
「挟まれただけなら良かったんだがな。上と下が永遠のお別れさ。そりゃ酷い顔してたらしいぜ?まあ悪いことした罰ってことだな」
もし自分があっちに乗ろうとしていたらを安易に想像し、自身の下半身が転がっている幻覚まで見えてしまったかのようで、気持ち悪さが喉元から出て行こうとしていた。
「やってみたいなら止めない」
そうたは口を押えながら首を横に振る。
「何故か分かるか?そういう事するやつは悪いやつってことだ。そんなやつにこいつは預けられない。こいつは希望なんだよ」
心のどこかでかっこいいものとして憧れていた。街の人を守るためこれに乗って天敵とやらと戦う。
けれど現実は大人をもこんなに必死にさせる。
「どうする?」
これは教育だろう。学校で教わったようにこれからソウに乗るための教えを受けている。
「あの、この後はどうするんです?僕の他にはいないんですか?」
「今は二人いる。出陣してるからな、帰ったら紹介する。もうすぐ帰ってくるだろう。その後は座学だ」
「ざがく?」
「勉強さ。学校じゃ教えてないことをいろいろとな」
「また勉強」
「勉強から卒業できるとでも思ったか?大人の世界にゃ決まり事ってのが多くてな。聞いているとは思うが暫くは」
「知ってます。頼れる人に頼んでますので大丈夫です」
あまり子供扱いするのも失礼か。そうたの目にはここにいる大人と同じ光が宿っていた。
「初乗り記念だ。これを渡しておくか」
「これ?あ、軍人って人が被るやつ?硬い」
軽く叩いてみると硬いは硬いが音まで不思議な感覚だ。いや既に知っている感覚のようでもある。
「メットっていうんだったか?元は敵の一部だったものだ。それをこうして使えるようにした。人間様のここよここ。英知には遠く及ばないまでもな。乗る時に被ってみろ。視界やら良好になるはずだ。他にも機能があってな」
「敵の」
「怖くなったか?」
冗談ではない。自分が加入したのだ。これからはもっと研究用としてばんばん持ち帰ってやる。
その意気込みのまま二人の戦士と初顔合わせを済ませたそうたであった。




