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「誰にも親にも言われなかったのか?それとも子供がここへ来たってことは持っているのか?」
町の人が寄り付かない場所がある。そうたがよく行く海岸からその一部が窺えるその場所の入り口には二人の警備が立っている。変わった模様の服を着こなす彼らが持っているものには覚えがある。教師用の綺麗な教科書で見たことがあったそれをちらつかせながら男が言った。
「これ、そうですよね?」
そうたは何も書かれていない赤いだけの紙を差し出した。それだけで態度が一変する。
「失礼いたしました。案内します。中へどうぞ」
大人が子供と言った人間に恭しく道を空ける。強面まで正す、礼儀というものが大事にされている。けれどこんな形で授業の復習はしたくなかったこともあり、そうたは嬉しくはならなかった。
(それは何に、誰に使うものなんだよ)
そうたはもう一人の横を完全に通り過ぎるまで彼の持つ金属の武器から目を離せないでいた。
(窓みたいな扉だな。重そうに開けて、やっぱり古いのかな?ん?すずしい?窓を開けてる?ようには外からじゃ見えなかったけど)
恐らくは当時の姿のまま、普通の家と比べると大きすぎる窓、ここも再利用されている建物だ。元は空港というものだったらしい。巨大な金属の塊が人を乗せて空を飛ぶというのだ。飛行場が半分以上崩れ落ちた今、鳥すら見たことがないそうたにどうやって信じさせればいいのか。
(なんだろう、この感じ?いやな感じ)
食料や生活品の全てが一旦この施設に集められあの店に流れていく。みんなは役所と呼んでいる。気軽にはとても、一般人が立ち入ることのできない場所をそういうのだろうか?
「お疲れ様です」
忙しそうな職員と擦れ違う。みんな決まった服を着ている。手首足首まで覆われてる変わった型で真新しい、教師の教科書がおんぼろに思えるくらい美しい白だ。新しく作れる技術がここには残っているのだろうか。同世代の二人なら興味を持ったかもしれないがそうたはきょろきょろしない。興味津々な視線を浴びても、ただ真っ直ぐに案内に従っていた。
「ここです」
扉には関係者以外立ち入り禁止と書かれている。初めて授業が役に立った気がした。
(この中にあるのか)
案内をしてくれた男に会釈をしながらもそうたは銃が目に入っていた。
「お前がそうか?」
「ひゃい?!」
緊張からか、中に入らないでいたら後ろから声をかけられた。驚いた拍子に赤紙を落としてしまう。
「知ってるか?」
男は拾い上げた紙を破り捨てた。紙は貴重なもののはずだ。それを躊躇いもせずに。
「これは昔徴兵の際に使われたものだ。これが入っていた家の人間は戦争に駆り出された。人と人とが殺し合うためだ。強制だぞ強制。やになる」
「知ってます。けど昔の話でしょ?今は関係ない」
「ほぉ。いい目するね。気に入った。名前は?」
「そうた」
「苗字はあるか?」
「ないです」
「分かった。そうたな。ようこそ、希望へ」
そうたには誰かの手書きであろう「HOPE」の字は読めなかった。何となくで意味なんだと理解した。話で聞いていたあれがここにある。それこそ彼の瞳に希望の火が灯った。
「入る前にだ。ここを少し案内してやる」
施設をということで視線を外したのならそれは期待を裏切る行為だ。早く見たいと扉を凝視することで意思を伝えたつもりだった。それが首根っこを掴まれたら体も硬くなる。
「お前みたいなやつにこそ必要なことだ」
自分みたいとはどういうことだ?何かの試験だろうかと、即座に解放されたがためにそうたは身構えてしまう。男はそれを鼻で笑いながら。
「お前が外れだったらな、帰ってここでのことを話せば悪く言うやつも少しは減るだろう?自分たちだけ綺麗な服着て綺麗なとこに住んでてとか思わなかったか?肩身が狭いんだわ」
「外れ。そのために破り捨てたんですか?」
「怒るな怒るな。あんなもん、通行証みたいなもんさ。ついてこい」
ゆうじの父親より上くらいだろうか。体格も、大きな背中だ。
「あの」
「そうか、まだ言ってなかったな。俺はたける。たけさんとか呼ばれてる。まあ好きに呼んでくれ。おっさんとかおやっさんとかはやめてほしいがな」
思ったよりお堅い人でも、着衣の乱れ通りのちゃらんぽらんということでもないのか、不意打ち気味に気さくな笑顔を向けられたら、怒りも不審も一時忘れる。何よりも懐かしい背中がそうたを引き付けた。
「ここはなんです!」
最初に大声で話さないと聞こえないくらいうるさい一室に通された。風車で慣れたはずの耳がおかしくなりそうで両手で塞いでしまう。
「ここじゃ説明は無理だな。出ろ!」
「何です!」
外に出て扉を閉めるだけで轟音が消えた。どういう部屋なんだ?何の技術だろう?施設よりもそちらが気になった。
「あまり雨の降らなくなった今、どうやって水を確保してるか知ってるか?」
「それは水屋で」
みんなが水屋と呼ぶ施設は配給所とは別の場所にある。物々しいからあまり近寄りたくないけど毎日通わないといけない。厳重な所で水を汲むのにも銃を向けられながらだ。飲み水としても使用されるから飛び込まないようにだとか。海があってもしないようなことをする人間がいるのだろうか。
反抗心で考えるのはその程度。雨水を貯めてるんだろうとかも考えない。あるがままを享受していた。
「あれな、ほとんどは海水だ。いや全てって言ってもいいか」
「え?あんなしょっぱいのに?」
「舐めたことあったか。まあやるやつはやるよな。この中の機械で真水に変えてんだよ。みんなが掘ってくれている金属があるだろ?あれがな、塩分を吸着してくれるらしく、その他もきれいさっぱり濾過してくれるんだとよ。あの音がそうだ。汲み上げた海水を」
難しいことを言われても分からない。凄いということより無意味だと思っていた仕事が実は生活を支えてくれていたことに驚きと心の動揺を覚えた。
「他にもだ。融点が低いから加工しやすい。風車の修理にも使える、過程で副産物もあって至れり尽くせりだ。これもそうだが、作ってくれた人たちには感謝しかない。空調管理とかもな」
「どうしてここを一番に?」
「水は命。なくてはならないものってことだ。んじゃ次行くか」
その後は宿泊場所と食堂、その他諸々隅々まで案内された。道中自分よりも年取った人達が頭を下げてくる。ぴりぴりとした空気を和らげてまでの好待遇。こんな大人達はここ以外いないからそういうしきたりなのかとそうたも慌てて返すようになっていた。悲しむべきこともあったけど技術が残っていることが嬉しいと思えるようになっていた。
銃を持った大人への反感やあれへの期待に塗り潰されていた、姫咲はもしかしたらここに、という淡い希望も復活していたが、元の場所に戻ってくるまでに彼女が見つかることはなかった。




