ビクトリー
さて、待ちに待った剣術の授業が始まる。
「さあ、始まったな!この時間が!お前たちには漏れなく俺を越してもらおう!うぉぉーー!」
などと筋肉を膨らませながら叫ぶは剣術教師(といっても担任だが)の覇道である。
そしてこのオヤジ、なかなかに言っていることがきつい。
奴の筋肉は服の上からでも分かるほど張っていて、もはや剣士をやめてボディビルダーにでもなった方がいいのではないだろうか?
ただ奴が言うにはこれが無駄のない筋肉らしい。
いや、ここまでムキムキにはなりたくないなあ。もしかしたらモテなくなるかもしれないし。
そしてこの授業、俺はすごく楽しみにしていた。
だが、それを上回るやる気のやつが現れた。隣である。
というかほとんどみんながこの授業を心待ちにしていた。
隣が最もやる気を示しただけのことだ。
なんでも、坂島家というのが代々剣士の家系だそうで、剣界御三家に数えられるほどの名家なんだと。
剣界御三家とは、剣術の開祖と謳われる3つの家のことで、坂島家、柴家、富士宮家となっている。隣は坂島宗家の次男で、次期当主候補なのだそうだ。
え?こいつ名家の次期当主候補なのにあんな大声で下ネタ言ってたわけ?ちょっと引くわ。いやちょっとどころじゃなく。
ちなみに魔女の世界にも魔界御三家があり、真白家、佐渡家、純宮家となっている。
そんなこんなで始まった剣術授業だが、とりあえず剣を渡された。そう、最初から真剣を渡されたのだ。
そして「それがお前らの相棒となる!大事に扱えよ!?」とのことだ。
「これは!お前らに向けて刀鍛冶が一本一本創ったものだ!金もかけずにこの剣が手に入ることをありがたく思え!」
とか言っているが、俺は母親が「嘘、剣ってこんなにするの?」とか言って頭を抱えていたことを知っている。
よく見れば覇道の口の端がニヤけている。そう。つまりアレだ。ウソだ。
ふと思ったのだがこの教師、物を教えるセンスとかあるのだろうか。いや、ないな。だって俺何も分からんもん。
さて、剣だが、もらった瞬間に形が変わり始めた。
俺のは両刃の洋風な剣。
翼のはところどころ跳ねている複雑な構造の剣。
隣のは日本刀風に。
それぞれの剣を持った俺たちは感嘆の声をあげて剣の形を見つめた。
いよいよ剣術の授業が始まるのだ!
剣術には主に3つの流派があるらしい。
力でゴリ押す剛剣。
多様な技を使い敵を翻弄する技剣。
とてつもない速度で敵を斬る速剣。
剛剣が技剣に強く、技剣が速剣に強く、速剣が剛剣に強いんだと。
まあジャンケンみたいなものだ。
特級、聖級まで上り詰めた者の中には、複数の流派をマスターする者もいるという。
どうやって使い分けんのかな?
そんなことを考えていたら覇道がまた口を開いた。
「あ!言い忘れたが、得物に名前をつけておけ!区別がつかなくなるぞ!」
…早く言えよ。
とはいえ確かに名前はつけないとダメだ。ということで名前を考えていると、翼が話しかけてきた。
「け、剣持くん、ど、ど、どうしよう。名前なんて決められないよ。」
「う〜〜ん、そうだなぁ。何かやりたいことでも考えながら決めてみたらどうだ?」
と、そんな会話をしているうちに、
「しゃあ!これからだぜ、『賽隣』」
という声が聞こえてきた。隣である。
「おい、隣。お前はなんでそんな名前にしたんだ?」
と聞くと。
「俺の原点って意味だ。賽は投げられたとか、言うだろ?」
…なんだろう。なんかちょっとかっこよくてムカつくんだけど。
「お前はどうなんだよ?」
なんて聞いてきやがる。
「い、いや?まああとちょっとってとこだよ。またあとでな!」
よし、ごまかせただろ。あいつも単純だからな。
そんなことより名前だ。俺は何になりたい?それになるためには何が必要だ?
そう、勝利だ。勝てば何にでもなれる。今日からお前は『ビクトリー』だ。よろしくな、相棒。棒じゃなくて剣だが。
翼は悩んだ挙句『リバティー・ウイング』にしたらしい。
ウイングは翼の英語表記か。リバティーは確か…自由?だっけ。
「翼、お前自由になりたいわけ?」
「い、い、いや、なんてゆうか、自由っていいな、なんてね、ハハハ」
翼の赤面は正直眼福だ。顔もちょっと女子っぽいからな。
ただあまりハッキリとした返事を貰えなかったのは残念だ。