表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歳の差100歳ですが、諦めません!  作者: 遠野さつき
第1幕 大団円目指して頑張ります!
9/88

9場 黒髪の青年

 焚き火と魔石カンテラの明かりに包まれ、黒髪の青年が眠っている。


 その顔はひどく青ざめ、息をしているか定期的に確かめないと不安になる。水に浸した布で額を拭っても、ぴくりとも動かない。

 

 背丈は百九十センチのグレイグよりも頭一つ分ぐらい低い。耳が長くないので、おそらくヒト種だ。


 歳の頃はメルディと同じぐらいだろうか。体はひどく痩せている。森の中を何日も彷徨っていたのかもしれない。

 

「……全然目を覚まさないね。大丈夫なのかな」

「外傷はないみたいだし、たぶん疲労と空腹だと思うよ。水は飲ませたし、そのうち目を覚ますって」

「何よ。冷たいじゃない、グレイグ。騎士道精神はどうしたの」

「僕、騎士じゃないし。こんな森の中に一人でいるなんて、お姉ちゃんみたいに無謀な旅人か、行商人か、お尋ね者かのどれかでしょ」

 

 ボアシチューを食べながらのんびりと返す弟に頬を膨らませる。


 昔からこんな感じだが、魔法学校に行ってより顕著になった。人の情というものをどこに置いてきたのか。あとで説教してやる。

 

「レイさんはどう思う? ……って、何してるの?」

 

 レイは焚き火の前で荷物の中身を検めていた。どこにでも売っている革製のリュックだが、問題はそれがメルディたちのものではないことである。


「ちょ、ちょっと! それ、この人のでしょ? 勝手に見るなんて……」

「素性の確認は必須だからね。寝首かかれても困るし」

「ええ……。旅って、そんなに殺伐してるものなの?」

「初っ端から盗賊と遭遇したでしょ。もう忘れたの?」

 

 それもそうだった。


 濡れた布を青年の額に置き、レイの隣に座る。実はメルディも少し気になっていたのだ。手元を覗き込むついでに、さりげなく肩をくっつけたが、「暑いよ」と距離を取られてしまった。

 

 中から出てきたのは、乾パン、干し肉などの保存食。小鍋。コンパス。地図。固形燃料に着火具。雨具……などなど、旅には必需品のものばかりだった。


 怪しそうなものは何もない。商品らしいものもないので、行商人ではなさそうだ。

 

「やっぱり普通の旅人なんじゃない? 一人でいたのも、仲間とはぐれちゃったのかもしれないよ」

「それなら捜索願いが出されるでしょ。ガラハドさまに確認したけど、そんなの出てないって。この荷物を見ると、人さらいから逃げてきたってわけでもなさそうだね」

 

 いつの間に連絡を取っていたのだろう。メルディが青年の介抱をしているときだろうか。ちっとも気づかなかった。

 

「ガラハドさまは『危ないからもう帰っておいで』って言ってたけど……」

「やだ!」

「だろうね。グレイグ。手持ちの方も見せて」

「はーい。両手出して」

 

 夜の闇よりも濃い闇の中から、青年が身につけていたものがぽろりとこぼれ出た。

 

 ぼろぼろのマントの他には、短剣と小さなポーチ。それに、財布の中のいくばくかの路銀だけ。


 失礼して鞘を抜いてみたが、思わずため息をつくほど綺麗な剣身だった。メルディと同じくらい……いや、少し優っているかもしれない。どんな職人が打ったのだろう。

 

「……出生証明書がないな」

 

 出生証明書とは全てのラスタ国民が持つ身分証明書である。携帯が義務付けられているわけではないが、ないと街に入るたびに入場料を取られるので、大抵の人間は財布の中に入れて持ち歩いている。メルディもだ。

 

「他国の人か、落としたかじゃないの? 倒れてたんだし」

「これを見てもそう思う?」

 

 ポーチには闇魔法がかけられていたようだ。ごと、と鈍い音を立てて地面に置かれたのは、鮮やかなコバルトブルーに塗装された鎧だった。

 

「これっ……!」

 

 飛びつくように鎧を手にし、顔をくっつけて確認する。


 隅々まで計算して配置した鋼板が描く、艶やかな曲線。内側にびっしりと刻まれた魔法紋。屋号紋はないが間違いない。メルディがレイと開発した鎧の偽物だ。

 

「……ここまで精巧なの?」

「腹立つね。僕の魔法紋の癖まで完コピしてる。この作者は相当腕がいいみたいだ。噂通り、ドワーフってのが有力かな」

「屋号紋がないけど、入れる前に市場に流したのかな?」

「メルディの鎧だと喧伝する必要もないほど、市民権を得たってことかもしれないね」

 

 鎧を握る手に力がこもる。いつの間にか自分の作品が偽物に取って代わられているなんて、職人としては最大の屈辱だ。

 

 剣呑な空気を漂わせる二人に、シチューを食べ終えたグレイグが声をかける。

 

「この人に聞いてみたら? 目を覚ましたみたいだよ」





 

「……すみません。ご迷惑をお掛けしまして」

 

 長いまつ毛をしばたかせて、青年が頭を下げる。その手には空になった器が握られている。目覚めたと同時に腹の虫が鳴り響いたので、とりあえず先に食べさせたのだ。

 

 エメラルドみたいな瞳の中には、憂いと困惑が浮かんでいる。闇夜の中、見知らぬ人間に囲まれていれば、誰でもそうなるだろう。

 

「もう一度確認するけど、名前はマルク・ロッソ。十八歳のヒト種。ウィンストン出身のデュラハン防具職人。身寄りはドワーフの師匠だけ。間違いないね?」

 

 レイの問いに青年――マルクはこくりと頷いた。

 

「それを証明するものはある?」

「……ありません。大きな猪に追われたときに落としてしまったようで」

 

 あの雷大猪だろうか。


 口を挟もうとしたが、隣のグレイグに目で制止されたので、大人しく引き下がった。絶対に余計なことを言うなと、レイからも釘を刺されている。

 

「ウィンストンの職人が、どうしてこんなところにいるの? 普通なら護衛を雇うか、乗合馬車を選ぶよね。余程の手だれじゃない限り、ヒト種が一人で旅に出るなんてお馬鹿さんの所業だよ」

 

 言葉に棘がある。メルディに聞かせようとしているのだろう。黙っているしかないのが辛い。

 

「人に言えない事情でもあるんじゃないの? 何か悪いことをして逃げてきたとかさ」

「ち、違います……! 俺はただ、首都で会いたい人がいて……! この森を通ったのも、飛竜の群れがいて街道は通れなかったら……。お金がなくて、護衛を雇うことも、群れが去るまで宿に滞在することもできなかったんです」

「会いたい人ねえ……。それは誰? 師匠以外に身寄りがないなら、家族ってわけじゃないんでしょ」

「レ、レイさん、そんなプライベートなこと……」

 

 じろ、と睨まれ、慌てて口をつぐむ。マジな目だ。この状態のレイに逆らってはいけない。姉の愚行に呆れたのか、隣のグレイグが小さくため息をつく。

 

「言えないの? ……まあ、いいや。じゃあ、質問を変えるよ。この鎧はどうしたの? 買った? それとも、別の方法で手に入れた? 偽物だってわかってるんだろうね?」

「それは……」

 

 マルクが言い淀む。しかし、レイの鋭い目に射抜かれ、恐る恐る口を開いた。

 

「実は……。それを作ったのは俺の師匠なんです」

 

 声を上げそうになって、横から伸びた手に口を塞がれた。目で訴えるが、グレイグは知らん顔だ。引き剥がそうとしてもびくともしない。なんて憎らしい弟なのか。

 

 レイは微動だにせずマルクを見つめている。その表情には戸惑いも怒りも浮かんでいない。トランプ遊びでいつも見せるポーカーフェイスだ。


 マルクは手にした器をぎゅうっと握りしめると、絞り出すような声で事の経緯を語り出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ