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歳の差100歳ですが、諦めません!  作者: 遠野さつき
おまけ 幕外で続く日常
84/88

84場 魔法学校生のおすすめデートスポット(昼)

「ねえ、グレイグ。ササラスカティーなら、あっちの店の方が安いよ。茶葉も新鮮だって聞いたしさ」

「えー、いいよ。少しぐらい高くたって。どうせママのお小遣いだし」

「ダメ! そういうのが積み重なってあとで痛い目を見るんだよ。始業式までは居てくれるって言うんだから、まだまだ物入りでしょ。少しでも安くあげれば、他に予算を回せるじゃないか。街の観光だってしたいだろうし」


 ずらりと書き連ねられたお土産リストのメモを片手に、エレンが渋るグレイグを引っ張っていく。


 彼女は制服のローブを着ているものの、中は可愛らしいワンピースを着ていた。先日メルディがプレゼントしたものである。


 ここはシエラ・シエルの大動脈である『魔法使い通り』。山頂の公城を中心に十二区に分かれた地区の中でも一番商店が多く、活気のある場所である。


 港から続く赤煉瓦の街路は、坂の中腹に聳える魔法学校の外観と非常に良く合っていて、初めて訪れる観光客は「ここも魔法学校の中なのでは?」と誤認することも少なくない。


 周りには束の間の自由を満喫する魔法学校生や、お土産を抱えた観光客がたくさんいる。その人混みに紛れながら、メルディはグレイグたちの後にこっそり続いた。

 

「よしよし、エレンはいい子ねえ。グレイグはお坊ちゃんなところがあるから、ああいうしっかりした子が合ってるのよ、きっと」

「ねえ、弟とお嫁さん候補の後をつけるなんてやめない? わざわざお土産リストと、リリアナさんからもらった軍資金まで渡してさ。お節介だし、趣味悪いよ」

「いいじゃない。私たち二人だけでお土産確保するのも大変でしょ。それに、ずっと妹がほしかったんだもん。せっかくのチャンスなんだから、ちょっとだけ夢みさせてよ。うまくいけば、レイにも妹できるんだよ?」

「僕はそんなに妹に憧れはないんだけどな……」


 渋い顔をするレイの腕を引っ張って足を進める。さすが魔法学校がある街というか、シエラ・シエルには魔法屋や本屋が多い。客も首都と比べると魔法使いの割合が多いようだ。


 もちろん、メルディが興味を惹かれる武具屋や工具を扱う道具屋も山のようにあり、ともすれば吸い寄せられそうになるが、ぐっとこらえて、先を進むエレンたちの背中を見失わないように注意を払う。


 エレンに渡したのは首都の知り合いに配るお土産リスト……なのだが、その裏面には「レイと行きたいから、ついでに下見してきてほしいな」とお願いしたデートスポットを書き込んである。


 真面目なエレンのことだ。上から順番にきっちり調べてくれるだろう。その過程でちょっとでもグレイグとの仲が深まればいいな、とメルディの邪な思いが込められていることには気づかず。


「あ、ここだよ、グレイグ。すみませーん」


 メルディが見守る中、二人は『茶屋』とシンプルな看板が掲げられた店に入った。


 レモンを絞ると青色からピンク色に変わるという、シエラ・シエル名物のササラスカティーを買うためだ。結構な数を頼んだので、少しだけ時間がかかるかもしれない。


「二人が出てくるまで、そこのカフェでアイス食べて待ってようよ。ここね、ニール君に聞いたんだけど、魔法学校生一押しのお店なんだって。なんと三つまで同じ値段! 別々の味を頼んで、わけっこしよ?」

「まあ、いいけど。お腹壊さないでよ?」

「子供じゃないんだから、大丈夫だって。もう、レイったら心配性なんだから」






「……何これ」

「だから言ったでしょ。お腹壊さないでねって。学生街ってこの量が基本なんだよ」


 目の前に聳え立つのは文字通りアイスの山だった。


 確かに数は三個だ。しかし、その大きさが尋常じゃない。子供の握り拳ぐらいある。眺めているとだんだんアイススライムに見えてきた。それが二人分。見た目のインパクトがえぐい。


「学生の子って、こんなのぺろっと食べちゃうの……?」

「君だって大盛りのトンカツ弁当ぺろっと食べちゃうでしょ。僕の分は持ち帰りにしてもらおう。魔法学校に戻ってからゆっくり食べればいいよ。君は先に座ってて。落として服を汚さないでね」


 夫の気遣いに感謝しつつ、肩を落としてテラス席に座る。エレンたちが店から出てくるのを見逃さないためだ。


 店の扉はまだ開く気配はない。一瞬、すでに出ていたらどうしようかと思ったが、曇りガラスの向こうに紺色の鎧らしきものがちらちら見えるので、中には居るようだ。


「どうしたの? 食べないの? 溶けちゃうよ?」


 カウンターの店員からアイスボックスを受け取ったレイが、ちょこんとテラス席に座ったメルディの元へ戻ってくる。


 早速、荷物持ちをさせてしまったことに申し訳なさを覚えつつ、銀色のスプーンを手に取り、掬ったアイスをレイの口元に寄せた。


「あ、あーん……」

 

 照れを含んだメルディの言葉に、レイが目を見開く。その顔を見た瞬間、めちゃくちゃ頬が熱くなった。


 一体何をやってるんだろう。リリアナの隠し持っていた恋愛小説に感化されてしまったせいだ。


 虚構を現実に持ち込むなんてどうかしている。夏の暑さにやられてしまったのだろうか。


「ごめん。やっぱり恥ずかしいよね。人前だし……」


 スプーンを引こうとした瞬間、掬ったアイスはレイの口の中に消えた。


「レ、レイ……」

「うーん、僕には甘すぎるかな。君も食べなよ。ほら、あーん」


 もう一つのスプーンでアイスを掬って差し出してくる。周りは「なんだあのバカップル」という目で見てくるが構いやしない。ここで引く選択肢はないし、引いたら女が廃るというものだ。


 口に含んだアイスは、今まで食べたどんなアイスよりも甘くてとろけそうだった。


「……私、今日が命日かも」

「やめてよ。僕を早々に寡夫にするつもり? ほら、手伝うから残りも食べな。グレイグたち出てきちゃうよ」


 黙々とアイスを食べ進め、ようやくカップの底が見えてきた頃、グレイグたちが店から出てきた。


 元気いっぱいのエレンに対して、グレイグはげっそりしている。荷物が見当たらないのは、グレイグの闇の中に収納しているからだろう。


「やっぱり大変だったよね。五十人分の茶葉詰めてもらうの。お店の人に申し訳ないなあ」

「そんなに頼んだの?」

「だって、知り合い多いんだもん……」


 空になったカップを片付け、二人の尾行を再開する。


 二人はお土産リストに従ってシエラ・シエラ中のお店を回り、その合間合間に、恋人だらけのデートスポット――ハート型のベンチに座ると二人の仲が深まるだとか、南京錠に名前を書いて柵につけると二人の恋は永遠になるだとか――の下見をこなしていくものの、一向に距離が縮まる様子はなかった。


「ちょっとお。あそこまで恋人ばっかりのスポットを回って意識したりしないの? なんか課題こなしていくみたいじゃん」

「二人にとっては課題だと思うよ。いい加減諦めなって。せっかく街に出てきたんだから、僕たちも観光しようよ」

「んー……。そうね。そうしよっか。私も久しぶりにレイとゆっくりしたいし」


 街頭の陰に隠れつつ、レイに笑みを向けた直後、「ひったくりだ!」と怒号が上がった。


 慌てて道に視線を戻すと、目の前を白犬の獣人が駆けて行った。


 彼の手には高級そうなバッグ。そして、その進行方向にはエレンがいる。グレイグはそばにいない。近くの店の中に入っているようだ。


「エレン!」

「あっ、メルディ! こら!」


 思わず飛び出したメルディをレイが背後から抱き止める。もがくメルディの視線の先で、「どけ!」と叫ぶ獣人にエレンは悲鳴を……上げることなく、ローブから取り出した杖を向けた。


 刹那、その場に激しい音と光が迸る。


「うわあっ、何だ⁉︎」

「雷⁉︎」


 ざわめく周囲の声を聞きつつ、チカチカする目を開くと、赤煉瓦の街路の上で、白犬から黒犬に変わった獣人が無様に転がっていた。


 その鼻先には胸を張って仁王立ちするエレン。手にはメルディが作った杖。他に杖を構えた人間はいない。


「エ、エレンがやったの?」

「強くなったねえ。ドニ先生もこれで安心だ」


 呆然とするメルディをよそに、警備隊が駆けつけてくる。その隙間を縫ってエレンに近づいたと同時に、グレイグが店から顔を出した。どうやら、リリアナが好きなお菓子を買い込んでいたらしい。


「すごい音だったね。なんの騒ぎ?」

「もー、グレイグ! あんた肝心なときに!」


 拳を振り上げるメルディに、グレイグは首を傾げると、警備隊に引っ立てられていく獣人を見て納得したように頷いた。


「やったね、エレン。特訓の成果出たじゃん」

「グレイグのおかげだよ。いつも付き合ってくれてありがとう」

「え? 二人とも、いつそんなことしてたの?」


 グレイグはそれには答えず、メルディを睨んだ。

 

「お姉ちゃんさあ、お土産リスト多すぎだよ。一体、何人に渡すつもり? それに、ずっと僕たちの後をつけてたでしょ。子供のおつかいじゃないんだから、そういうのやめてよね」

「え? 気づいてたの?」

「デュラハン舐めてんの? お姉ちゃんの気配なんて、どれだけ離れてたってわかるんだよ」


 ため息をつくグレイグを見て、とんでもない過ちを犯してしまったことに気づき、恐る恐るエレンに目を向ける。

 

「エレンも?」

「ボクはグレイグほど感覚鋭敏じゃないですけど、メルディさんのは分かりましたよ」

「ええー、言ってよお。そしたら、最初からみんなで出かけたのに」

「すみません……?」


 きょとんとするエレンの元に警備隊がやってきた。事情を聞きたいという。


 少し離れたところで経緯を説明するエレンを眺めつつ、グレイグが「あのさあ」とおもむろに切り出す。


「心配してくれるのはありがたいけどさ、僕たちのことは放っておいてよね。まだ卒業まで一年あるし、大学院に無事に進んだら、さらに二年は一緒なんだから下手に関係崩したくないんだよ」

「……ごめん。あんたにも春が来たんだと思うと嬉しくなっちゃって。今までそんなことなかったから」

「それが余計なお世話なんだって。どうして、そう人の事情に首を突っ込まずにはいられないの。レイさんも苦労するね」


 水を向けられたレイが眉を下げて笑う。

 

「そこも含めて愛してるんだから仕方ないね」

「レイ……!」

「ちょっと、人をダシにして、ここぞとばかりにいちゃつかないでくれる?」


 人目を憚らずに甘い雰囲気を出すメルディたちに、グレイグが不機嫌そうに鼻を鳴らす。しかし、すぐに肩の力を抜くと、警備隊に頭を下げられて恐縮するエレンを見て目を細めた。


「……まあ、でも、今日の服は可愛いと思うよ。ありがとうね、お姉ちゃん」

「あ、あんたったら……! ちゃんと、そういう情緒育ってたのね。パパとママに報告しなきゃ……!」

「喧嘩売ってる?」


 じゃれ合いのような姉弟喧嘩を始めたメルディたちの元に、話を終えたエレンが「お待たせしました!」と戻ってきた。初めて会ったときとは真逆な様子に、少しだけ涙腺が緩む。


「お土産リストも下見場所も制覇したし、ボクたちそろそろ魔法学校に戻ろうと思うんですが、お二人はどうしますか?」

「あ、じゃあ私たちも……」

「お姉ちゃん。人のことばっかり考えてないで、自分のことも考えなよ。レイさん、教授選が終わったらお姉ちゃんとデートしようと思って、ずっと下調べしてたんだよ」


 首が折れそうな勢いで目を向けると、レイは先端が赤くなった耳を掻いていた。


「君の方が詳しくなっちゃったかもしれないけどね。それでもよかったら、僕の手を取ってくれる? 森の女神さま」


 差し出されたその手を、メルディは全力で握った。

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