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歳の差100歳ですが、諦めません!  作者: 遠野さつき
第2幕 新婚旅行を満喫します!
70/88

70場 女の泣き声が響く地下室

「エレンくーん! 大丈夫ー?」

「大丈夫です! 何かあれば鈴を鳴らします!」


 魔石カンテラの明かりも届かない向こう側から、エレンの声がする。


 ここは庭の下に広がる地下室。六番目の秘密が眠る場所だ。入ると女の泣き声が聞こえる……という話だったが、実際は排水管を通る風の音だった。


 地下室は奥に長い形で、隙間なく闇が充満している。プレートが隠されているのはおそらく最奥だろう、とエレンが突撃したのはいいのだが、一瞬で姿を見失ってしまった。


 念の為に今まで一度も出番がなかった迷子避けの鈴を渡したので、もし戻れなくなったときは鳴らしてもらうことになっている。


「心配だなあ。見えないけど、備品とか置きっぱなしなんでしょ? 体とかぶつけちゃわない? 闇の魔素に飲まれちゃうから、光魔法も使えないし」

「闇属性のシャドーピープルほどじゃないけど、デュラハンは夜目が効くからね。僕たちにとっては明かりがなくても歩ける程度だよ。さっきから足音しか聞こえないし、大丈夫だと思うよ」


 グレイグが平然と言う。ヒト種のメルディにはデュラハンの視界がどんなものなのかわからない。大丈夫と言うなら信用するしかない。


「ニール君は残念だったね。久しぶりに全員揃うと思ったのに、ヒンギス先生の手伝いがあるなんて」

「いいよ、エステルは。僕たちだけで十分」

「またあんたったら、そんなこと言って。ニール君はグレイグのこと買ってくれてたよ。今度、二人で腹を割って話してみたら?」


 ふん、と嫌そうな鼻息が返ってきた。なんでここまで毛嫌いするのかわからない。美形だからだろうか。


「それにしても、エレン君、なんか強くなったよね。ここのプレート探しにも真っ先に手を挙げてくれたし」

「お姉ちゃんのおかげじゃないの」


 まっすぐ前を見続けるグレイグを見上げる。

 

「……あんたもエレン君の過去を知ってたの?」

「小耳に挟んだ程度だけどね」


 どんな世界にも噂好きの人間はいる。エレンは首席の上に魔力の弱いデュラハンだから、その分目立つのだろう。


「そっか。だから、エレン君のことを気に掛けてたんだ。ナダル先生が言ってたよ。エレン君はいつもグレイグとばっかりつるんでるって。同期生なんて言ってたけど、しっかりお友達なんじゃないの」

「どうかな。自分ではわかんない。でも、なんか放っておけないんだよね。いつも一生懸命で、まっすぐでさ。お姉ちゃんに似てるからかな」

「あ、あんた、そんなに私のことを……? ようやくお姉ちゃんを尊敬する気になったの?」


 感動で震える胸を抑えるメルディに、グレイグが「余計なことを言った」とでも言いたげに目を細めて、ため息をついた。


「ほんっと、お姉ちゃんはいつも前向きだよね。その自己肯定感の欠片でもエレンにあればなあ」


 微妙にひっかかる言い方ではあるが、弟は弟なりに友達を案じているようだ。


「やったー! ありました!」


 全力ダッシュする足音と共に、エレンが顔の闇を紅潮させて戻ってくる。その手には確かに、魔石カンテラの明かりに反射して煌めくプレートが握られていた。


「メルディさん、どうぞ!」

「すごーい! ありがとう、エレン君。これであと一つだね!」


 手渡されたプレートは正方形に近い四角で、縦の部分に長方形のへこみがあった。材質は鉛。隅にはK・Mと刻印されている。


 実技試験はあと二日。この調子で行けば間に合いそうだ。


「よし、じゃあ、早速次の不思議に――」


 全て言い終わる前に、地上のスピーカーからガガッとノイズが走った。校内放送だ。


 またドニが何かやらかしたのだろうか。三人で顔を見合わせながら耳を澄ませる。


『非常召集! 非常召集! 校内にいる教師は至急保健室にお集まりください!』


 悲鳴のような声だった。


 地下室を出ると、血相を変えた教師たちが保健室の方へと走って行くのが見えた。三人で頷き合い、彼らの後に続く。


 保健室の前には、すでに人垣が出来ていた。


 なんとか体を潜り込ませて中を覗くと、真剣な表情をしたエルドラドと、ミルディアをはじめとした主任教師たちが一つのベッドを取り囲んでいた。


「レイさん……」


 ベッド脇で佇む夫の姿に思わず声が漏れる。


 レイが見下ろす先には、頭に包帯を巻いて目を閉じたケイトが青ざめた顔でベッドに横たわっていた。そばの小棚には、未開封の実技試験の小箱が置かれている。


 ケイトは意識がないようだ。もしかして、誰かに襲われたのだろうか。


 そう思った瞬間、レイがちらりとメルディを見た。その翡翠色の瞳は、怒りと悲しみでひどく曇っている気がした。






 その日、レイが部屋に戻ってきたのは深夜を過ぎてからだった。


 戻る途中で浴場に行ったらしい。洗い立ての金髪が魔石灯に照らされて艶やかに光っている。


「……ただいま、メルディ」

「お帰りなさい、レイさん。大変だったね。食堂でご飯包んでもらったよ。食べる?」

「いや、いい。ちょっと休ませて」


 どさ、とうつ伏せにベッドに寝転んだレイのそばに腰掛ける。そのまま手に持ったタオルで濡れた金髪を拭くと、レイはふーっと深いため息をついた。


「大変な騒ぎだったね」

「まあね。前代未聞だよ、こんなこと。新聞社のハイエナ供がうるさいったら……」


 よほど疲れているのだろう。お口が少し悪くなっている。


 教授選の最中に候補者の教師が襲われたというニュースは瞬く間にシエラ・シエル中を駆け巡り、絶好のスクープをものにしたいと息巻いた記者たちが、大挙して正門に詰めかけていた。


 ミルディアたちの必死の対応によって、今は静けさを取り戻しているが、朝になれば再び問い合わせが殺到するはずだ。


 中傷から身を守るため、校内にいる人間には全て外出禁止令が出された。最低でも教授選が終わるまでは、この状態が続くだろう。


「ごめんね、メルディ。街の観光もできなくなっちゃって」

「いいよ、そんなの。ケイト先生の容体はどうなの? 襲われた直後に他の先生が見つけたんだよね?」


 治療魔法で傷は塞いだが、ケイトはまだ目を覚ましていないという。眠りの魔法を使われた可能性が高いので、今はシエラ・シエラの国立病院で精密検査を受けているそうだ。


「眠りの魔法は生命魔法……。属性魔法と違って生命力を使うから、術者の痕跡が残りにくいんだ。熟練者が使えば、一週間ぐらいは眠らせられると思う。目を覚まさせるには、同等の生命魔法使いが必要だろうね」


 バー穴蔵でのケイトの姿を思い出して胸が痛んだ。あのときはこんなことになるなんて思いもしなかった。


「そんな顔しないで。大丈夫だよ。ここは学問の街シエラ・シエル。一流の魔法使いが揃ってるんだから」


 体を起こしたレイが、メルディの頬に口付けを落とす。


「ドニ先生もそうだよ。教授選が終われば、すぐに疑いが晴れるって」


 そう。ドニはケイトを襲った第一容疑者として警備隊の取り調べを受けていた。ケイトが襲われた時間帯に、唯一アリバイがなかったのはドニだけだったのだ。


 その上、教授選を戦うライバル同士。ミルディアやレイがどれだけ訴えても、警備隊としては疑わざるを得ない状況だった。


「ケイト先生は職員寮にいたんだよね?」

「そうだね。現場の状況からすると、自室に一人でいたときに後ろから襲われたらしい。後頭部に傷があったから」

「物取りの犯行じゃないの? 部屋の中が荒らされてたんでしょ?」


 ケイトの部屋は、目が当てられないほどひどい有様だったらしい。服や鞄は床にぶちまけられ、引き出しも全て開けられていたそうだ。


 被害者本人が眠ったまなので、何がなくなったのかはわからない。ミルディアによると、よくつけていた銀製のブローチや金製のネックレスが見当たらないとのことだった。


「この魔法学校の鉄壁の防御を抜けてこられるとは思えないね。もし抜けられたとしても、盗られたと思われるものは全て庭に捨てられてた。ミルディア先生が言ってたブローチやネックレスもね。せっかく危険を犯して忍び込んだのに、そんなことするかな?」

「じゃあ、逃げ出した魔物とか……」

「飼育されていた魔物は全て小屋の中にいたよ。君を迷わせた迷路蝶も、ちゃんと虫籠の中にいた。よっぽど外で恨みを買ってたら別だけど、ほぼ内部犯で決まりだと思う」


 思わず唇を噛む。ドニがケイトを襲うとは思えない。


 しかし、他の教師や生徒には目撃者がいる。ヒンギスも図書館で本を探している姿をナダルが見ていたそうだ。もちろんレイもミルディアといたし、メルディたち三人はずっと地下室にいた。


 ニールはヒンギスが図書館にいる間、別行動をしていたが、犯行時刻直前に図書館の前の廊下を歩く姿を目撃した生徒がいたので疑いは晴れた。


 図書館は一番路。職員寮は六番路だ。もし身体強化の魔法紋を使って走ったとしても、とても間に合わない。念入りに調べたが、転送魔法の痕跡もないそうだ。


「魔法学校の名誉にかけて、教授選は中止しない。泣いても笑っても、あと二日で決着がつく。それまでは絶対に一人になるんじゃないよ。フィーとアズロを付けるけど、極力グレイグかエレンと一緒にいな」

「……ニール君は?」


 レイは答えない。聞こえないふりをしている。その姿がまるで結婚前に戻ったようで、ちくりと胸が疼く。


「……ひょっとして、ヒンギス先生が犯人だって思ってる?」

「どうして、そう思うの?」

「だって、なんか……」


 目が怖いから。


 その一言が言えなかったのを、メルディは死ぬほど後悔することになる。

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