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歳の差100歳ですが、諦めません!  作者: 遠野さつき
第2幕 新婚旅行を満喫します!
67/88

67場 エレンの事情とせっかちなデュラハン

 蝉が大合唱している庭の隅で、さっき見つけたプレートを夏の日差しにかざす。


 素材は白金。二枚目と同じく三角定規みたいな形で、まっすぐな長辺の部分に半円状のへこみがある。隅には例の如くL・Rと刻まれていた。(レフト)(ライト)


「すごいね。これで四つも揃っちゃった。次は実験棟だっけ?」


 メルディの問いかけにもエレンは答えない。バー穴蔵を出てからずっと俯いたままだ。ドニの過去に触れて、気落ちしているのかもしれない。


「ちょっと休憩しようか。ごめんね、朝から連れ回して。先生たちに囲まれて気疲れしちゃったよね。レモンタルトもほとんど食べてなかったし」


 近くにあったベンチに並んで腰掛け、別れ際にミルディアから手渡された紙袋を開ける。


 中には水筒と可愛らしい小箱が入っていた。氷魔法できんきんに冷えたアイスティーとベリーのクッキーだ。「足りなかったら言ってね」とくれたのだが、どれだけ食いしん坊だと思われているのだろうか。


「食べる? ミルディアさんのクッキー美味しいよ」


 小箱の蓋を開けて差し出すも、エレンは手を伸ばさない。ただ悲しそうな目で、地面に落ちた蝉に群がる蟻を眺めている。


 ただ気落ちしているだけではなさそうだ。小さく丸まった背中に、初日に見たグレイグの背中が重なる。

 

「……どうしたの、エレン君。何か悩み事? よかったらお姉さんに話してみない?」

 

 そっと背中を撫でると、弟よりも遥かに小さな体がふるふると震えた。


「……どうして、そんなに優しくしてくれるんですか?」

「え?」

「メルディさんだけじゃない。ドニ先生もです。こ、この眼鏡、ドニ先生からもらったんですよ。『お下がりだが、俺には似合わねぇから』って言って。ボクが、新しい眼鏡を買うお金がないのを知ってて……」


 顔のないデュラハンは感知機能を魔力に頼っている。魔力が弱いと、五感のいずれかも弱まるデュラハンもいると聞く。エレンは視力にきているのだろう。

 

 メルディの脳裏に校長室のアルバムで見たアリアの姿が浮かぶ。彼女も黒縁の眼鏡をかけていた。そして、戻ってきたのは眼鏡とローブだけ。それを受け取ったのはきっと――。


「ボクは誰かに優しくてもらえる人間じゃないんだ。なのに、なんでこんな大切なもの……」

「待って、エレン君。どうして、そんな風に言うの? 研究室でも言ってたよね。誰かにそう言われたの?」

 

 必死に宥めるメルディに、エレンはつっかえながらも教えてくれた。


 悲しい過去を。


 シュミット家は小さい領地ながらも子爵位を持ち、一人っ子のエレンは後継ぎとして両親に愛され、健やかに過ごしていた。


 しかし六歳の頃、その幸せな生活は一変する。


 領地に凶暴な魔物の群れが現れたのだ。両親は魔力の強いデュラハンだったが、多勢に無勢。救援要請を受けて国軍が駆けつけたときには、すでに遅かった。


 両親の後を継ぐには、エレンはまだ小さい。領地の混乱を早く収めるためにも、父親の弟――エレンの叔父が後見人となって領地を継いだ。妻と娘たちを連れて。


 最初は叔父たちも優しかった。けれど、エレンが魔力の弱いデュラハンだと知るや否や態度を変え、ひどく冷遇するようになった。


 十四歳で家を飛び出して魔法学校に入学するまでは、屋根裏部屋に押し込められ、三食の食事すらもまともに与えられない生活だったという。


「……!」

「ずっと、出来損ないって言われてきました。デュラハンの面汚しだって。父さんと母さんが残した家も、領地も、何一つ守れなかった。グレイグみたいに強くて、エステル君みたいに優秀だったら、叔父さんたちもきっと……」


 ボクを愛してくれたのに。

 

 そう啜り泣く体を抱きしめる。


「エレン君。自分を貶しめる人間に愛されようとしなくていいのよ。世間は広い。あなたを想っている人はたくさんいるわ。私も、グレイグも、ドニ先生もよ。叔父さんなんて、後ろ足で砂をかけてやりなさい」


 今にも吹き出しそうな怒りをこらえながら、エレンの涙を拭う。


 並々ならぬ努力をして首席をキープしているのも、賢者の雫探しに付き合ってくれるのも、誰かの役に立ちたい、強くなりたいという思いが強いからだ。


 こんなに優しくて健気な子に、なんて仕打ちをするのか。首都に戻ったらリリアナにちくってやる。


「忘れないで。あなたは自由な小鳥。ここを卒業したら、大河を越えてどこまでも飛べるのよ。もし止まり木がほしいときは、うちに……リヒトシュタイン家においで。うちはいつでも大歓迎だし、グレイグも喜ぶと思うよ」


 笑みを浮かべるメルディに、エレンも目を細める。


 そのとき、庭を揺るがす轟音が響き渡り、生暖かい風と共に土埃が押し寄せてきた。エレンが咄嗟にローブを被せてくれたので、軽く咳き込んだ以外に特に被害はない。


「な、何事?」

「ここからそう遠くありませんね……。行ってみましょう」


 エレンと連れ立って向かった先には、全身砂まみれになったデュラハンがいた。もうもうと立ち込める土埃の中で、右手に抜き身の大剣を下げ、地面に置いた小箱を前に兜を撫でている。


「あー……やっぱダメかあ。紙にも保護魔法かかってたもんな」


 小箱は実技試験の課題だった。なんとなく、何があったかわかる。身近に似たようなことをするデュラハンたちが多いから。


「あのー……。ひょっとして、小箱を壊そうとしました?」

「お? 可愛いお嬢ちゃんだな。どの学科の生徒だ? 隣にいるのはエレンか? いっつもグレイグとばっかつるんでんなと思ってたけど、ちゃんと女子の友達もできたんだな。良かった良かった」


 こちらの質問に答えることなく、デュラハンが矢継ぎ早に捲し立てる。無謀な上にせっかち。嫌な組み合わせだ。思わずため息が漏れる。


 それに呼応するように、近くに設置されていたスピーカーから断末魔みたいなノイズが走り、怒りを滲ませた女性の声が周囲に響き渡った。

 

『こちら職員室より、臨時放送です。ナダル・バレット。ナダル・バレット魔戦術主任。ただいまの不適切な行為により、実技試験は失格となりました。繰り返します。実技試験は失格となりました。なお、校長先生からお話があるので、ナダル主任は至急校長室にお越しください! 至急ですよ!』


 ブツっと切れた放送に、デュラハン――ナダルが小さく舌打ちをする。


「あーあ。せっかく筆記試験をクリアしたのになあ。俺にゃ、こんな複雑なもんは解けねぇっつーの」

 

 どんな仕組みかはわからないが、小箱を壊そうとしたらすぐに感知されるようになっているらしい。見張っている方も大変だ。


 呆れるメルディたちを尻目に、ぶつぶつ呟きながら箱を回収して去って行こうとするナダルに、「あの」と声をかける。


「……アルフレッド先生が『金返せ』って言ってましたよ」






「うーん、おかしいな? 全然開く気配がない」


 宿泊所のベッドの上にうつ伏せに寝っ転がり、小箱を手に首を捻る。校長室に向かうナダルから押し付けられ……もとい、もらったものだ。


 失格になったと同時に保護魔法の効果も消えたようで、こうして触ってても弾かれたりはしない。


 寄木細工は、一定の手順を踏むと開く。

 

 しかし、庭でエレンと別れてからずっといじくり回しているのだが、どうしても途中で詰まってしまうのだ。


 ドニの研究室で見たのと同じく、小箱には、窓、幾何学模様、鳥が一羽描かれたタイルがある。鳥は鉄格子みたいな縦線のタイルに囲まれていて窮屈そうだ。


「やがて大河を越え、大空に羽ばたく……」


 謎かけの言葉を口ずさみながら、なんとはなしに鳥のタイルに指を引っ掛けて力を込めると、ぱきり、と取れた。


「あ、あー! こういうこと? 何これ。正攻法じゃダメなやつじゃん!」


 鳥を解放して初めて、スタートラインに立てるということだろう。


 窓を一列に揃えるようにタイルを動かすと、ようやく箱が開いた。中には小さなインク瓶と羽ペンが入っている。なんの用途に使うのかはわからないが、とりあえず気は済んだ。

 

 小箱を放り出し、うつ伏せのまま視線を窓に向ける。外には宵闇が広がっている。そろそろ夕飯の時間だ。朝からあれだけ食べたというのに、お腹の虫がぐうと鳴る。


「レイさん、いつ戻ってくるんだろう……」


 そうひとりごちたとき、部屋のドアが開いてレイが入ってきた。今日もお疲れの様子だ。失格者が出たので余計にだろう。


「おかえりなさい、レイさん」

「ただいま。その小箱、やっぱり解けたんだ。ひらめきが必要なタイプだから、メルディなら開けられるかもって思ってた」


 レイはショートローブとブーツを脱ぐと、寝転ぶメルディの上にのしかかってきた。重みで思わず「ぐえ」と可愛くない声が漏れる。


「ごめん、苦しかったね。でも、もうちょっと我慢して」

「どうしたの? ここに来てから、やけに甘えん坊じゃない?」


 背後からメルディを抱きしめ、背中に頬を寄せる様はまるで猫だ。甘えん坊な猫。戸惑うメルディに、レイが背中に顔を埋めたまま、ぼそぼそと呟く。

 

「……こ……な僕は……や?」

「え? ごめん、聞こえなかった。もう一回言って」


 頑張って背後に顔を向けようとするメルディに、レイがふっと息を漏らす。


「ううん、なんでもない。疲れてるのかもね。誰かさんが寝かせてくれないからさ」

「ええ……。逆だってえ……」


 唇を尖らせて抗議するメルディに、レイが大きな声で笑う。そして首筋に口付けを落とすと、お腹に手を滑らせてきた。触り方がちょっとやらしい。

 

「ちょっ……。これから晩御飯なんだよ。疲れてるんじゃないの?」

「疲れてるから補充したいの。……好きだよ、メルディ」


 うわ、卑怯。


 エルフの顔面偏差値の高さを遺憾無く発揮するレイに頬が熱くなるのを感じながら、メルディはレイの唇を受け入れた。

補足①

顔がないデュラハンにとって、面汚しはかなりの侮辱です。リリアナだったらエレンの叔父は今頃死んでる。


補足②

第1幕でも魔物に襲われた村がありましたが、これは領地全体を覆う結界の維持には膨大なコストがかかるため、地方ではごく限定的な運用しか出来ないからです(国から助成金は出ても人員が足りない)。

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