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歳の差100歳ですが、諦めません!  作者: 遠野さつき
第2幕 新婚旅行を満喫します!
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63場 夜空のデート

 月が照らす夜道を粛々と歩く。


 何しろ今のメルディは、胸元が大きく開いたノースリーブのワンピースに身を包み、顔にはフルメイク、髪はアップにまとめて緩くパーマをかけている。


 当然、靴はハイヒールだ。どこからどう見ても、アルティが涙を流して喜びそうな立派な淑女。いつもみたいにガンガン歩いたら台無しである。


 レイとデートすると言ったら、服も化粧品もミルディアが一式貸してくれた。持つべきものは綺麗な年上のお姉さんだ。


「……なんか緊張してきた。夢じゃないよね?」


 目的地に到着し、鐘楼を見上げる。屋上に設置された魔石灯の明かりが、義母のイルムと見た森ボタルのように、闇の中にぼんやりと浮かんでいる。


 ここを待ち合わせ場所に指定したのはレイだ。「なんで一緒に部屋を出ないんだろう?」と思ったものの、この方がデート感が増していい。


 時折、森の方から魔物らしき鳴き声が聞こえてくるが、そこは気にしてはいけない。


「ごめんね、待った?」


 小川を越えて駆けて来たのは、いつもよりお洒落をしたレイだった。


 まるで騎士服のようなかっちりとした上着に、暗緑色のショートマントを羽織り、細身の黒いズボンの上からロングブーツを履いている。


 髪もいつもの夜会巻きではなく、後ろで一つにまとめた三つ編みで、赤茶色のシルクのリボンで飾り立てられていた。


 いわばエルフの貴公子だ。夜じゃなかったら眩しくて目が潰れていただろう。


「どうしたの、メルディ。両目を押さえて。ゴミでも入った?」

「宝石が入ってきた……。その服、誰に借りたの? グレイグじゃないよね。サイズ違うし」


 レイはメルディの額にキスを落とすと、「念の為に家から持ってきたんだ」と言った。


「なんたって新婚旅行だからね。一日ぐらいは高級レストランに行きたいと思ってたんだ」

「ええ……。言ってよお。そしたら、私も用意してきたのに」


 お洒落着など、ほぼ持ち合わせていないことを棚に上げて頬を膨らませるメルディに、レイが声を上げて笑う。


「もし必要なら、君の分は買えばいいと思ってさ。それぐらいの甲斐性は僕にもあるよ」


 ひとしきり笑うと、レイはメルディの右手を取って口付けを落とした。熱を含んだ目で見つめられ、顔が一気に熱くなる。


「とても綺麗だよ、愛しい僕の太陽。森の女神さまをエスコートする権利を僕にいただけますか?」


 森の女神、はエルフが女性を褒めるときに使う最上級の賛辞だ。心の中で「ひえー!」と叫びながら、「よ、よろしくてよ」と訳のわからないセリフを返す。


 レイは満足したように頷くと、メルディの左手も取り、今にも息がかかりそうな距離まで体を近づけた。大好きな顔がアップになり、心臓がどくりと跳ねる。


「よし。じゃあ、僕の手を強く握って」


 言われるままレイの両手を握る。温かい体温が伝わってくる。


 手汗を掻いていないだろうか、とつまらないことを心配しているメルディをよそに、レイが歌うように続ける。


「行くよ、可愛いお嬢さん。夜のデートを始めよう」


 言い終わるや否や、ふわりと足が宙に浮いた。イルムも使っていた風魔法だ。


 よく見ると、レイのマントの裏側にはびっしりと魔法紋が縫い留められていた。今夜のために手直ししたのだろう。


「もうちょっと僕に寄って。その方が安定するから」


 素直に頷き、レイの胸に頬を寄せる。そのまま腕で囲うように抱きしめられ、息が止まる。


 こんなに、力強い腕だったっけ?


 レイに見惚れている間に、二人は鐘楼よりも高い夜空へと舞い上がっていた。


 優しい月明かりに照らされ、そのまま空を滑空する。


 眼下で煌めく魔石灯の明かりに、楽しそうに街路を行き交う人々。その合間に見えるミニチュアみたいな家や馬車。


 そして、頭上に広がる満点の星。


 こんなに美しい景色を見たのは初めてだ。感極まって滲む視界の中で、美しい金髪を風に靡かせたレイが、誰よりも優しい翡翠色の瞳でメルディを見つめた。


「君にこの景色を見せたかったんだ。僕が青春時代を過ごした街を。――見て」


 レイが指差す先には、一際賑やかな声が上がっている酒場があった。


「あれは僕が友達とよく行っていた酒場。百二十年経っても繁盛しているようで何よりだよ。それと、あれは――」


 ゆっくりと糸を紡ぐように、レイはメルディに思い出の場所を一つ一つ教えてくれた。


 今まで触れられなかったレイの過去。積み重ねてきた思い出。それを惜しみなく曝け出してくれるレイに、さらに涙が込み上げてくる。


「――で、あれが魔法学校の『最果ての塔』。まるで灯台みたいで、綺麗でしょ?」


 下から見上げたときよりも遥かに幻想的な光景に、ただ黙って頷くことしかできない。


 レイはメルディを抱きしめる腕に力を込めると、できるだけ衝撃が及ばないように、慎重に最果ての塔の屋上に降りた。


「おいで」


 誘われた先には、白いクロスがかけられた小さなテーブルと椅子が二脚置かれていた。いつの間に用意していたのだろう。ちっとも気づかなかった。


「お腹空いたよね。ディナーにしようか」


 レイが杖でクロスを叩いた瞬間、中心に闇が生まれ、ワインとグラス、次いで料理が現れた。


 白い糸でクロスに魔法紋を縫い込んでいたらしい。ところどころに散りばめられた黒いビーズは、きっと闇属性の魔石を加工したものだ。風魔法を縫い込んだマントといい、気が遠くなるほど手が込んでいる。


「レイさん、このためにどれだけ魔石と魔法紋使って……」

「さあ、どうぞ奥さま。料理が冷めちゃうよ?」


 メルディの言葉を遮り、レイが椅子を引く。その笑みに逆らえるはずもなく、黙って腰を下ろす。


 目の前にはメルディが好きな牛ステーキ。ワインはビンテージものだ。


 久しぶりのデートとはいえ、レイの気合いの入りようにだんだん怖くなってきた。幸せすぎて死ぬんじゃないだろうか。


「あの、レイさん。嬉しいんだけど、今日って何かあるの?」


 恐る恐る尋ねるメルディに、レイが苦笑する。


「ちょっと、忘れたの? 今日は僕たちが婚姻届を出した日だよ」


 はっと息を飲む。そういえばそうだった。プロポーズされた日は覚えているのに、なんたる失態か。


「ごめんなさい、レイさん。わ、忘れてたわけじゃなくて、私にとっての結婚記念日はプロポーズされた日っていうか……。いや、結婚してからずっと記念日っていうか……」


 あわあわと弁解するメルディにレイが目を細める。まるで宝物を見るような表情だった。

 

「わかってるよ。日々を積み重ねていくほど、記念日も積み重なっていく。これからも、僕は君とそうありたい。十年後も、二十年後も……ううん、もっと先の未来まで、こうして一緒にいようね」


 胸がじんとして、また泣きそうになった。煉瓦色の瞳に浮かんだ涙を指で拭い、レイがメルディの唇に口付けを落とす。


「君のおかげで、僕はまたここに立てた。二度と戻れないと思っていたここに。感謝してるよ、メルディ」

「また……?」


 首を傾げるメルディににっこりと微笑み、レイが対面の席に着く。


「乾杯しよう。とびきりのワインを用意したんだ。夜はまだ始まったばかりだよ」


 魔石灯に照らされた翡翠色の瞳に誘われるように、グラスに手を伸ばす。


 注がれたワインは、空に輝く赤い星のように美しい色をしていた。

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