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歳の差100歳ですが、諦めません!  作者: 遠野さつき
幕間 カーテンコールのその後で
39/88

39場 お義母さんとの初顔合わせ②

 深い森の中を、イルムと連れ立って歩く。


 二人の周囲にはホタルに似た魔物が飛んでいる。まるでカンテラの明かりを一斉に空中に浮かべたようだ。森ボタルというらしい。


 スライム並みに弱い魔物で、人を襲うことはなく、夏から秋にかけて、結婚相手にアピールするために光るのだという。


「ウルカナは何度か家族旅行で来たことあるけど、森ボタルは初めて見た。すごく綺麗ね。月がなくても十分明るいし」


 馴れ馴れしいのではと不安になるが、初っ端から「敬語なんてやめてよ〜」と言われたので素直に従う。


 エルフの社会には上下関係がないそうだ。レイも「エルフって木の根っこみたいなもんだから、元を辿ればみんな一緒なんだよ」と言っていた。


「昔は人の魂なんじゃないかって、怖がられてたけどね〜。今はよく恋人たちが見にくるわよ〜。時代が変わると価値観も変わる。長生きするのも捨てたものじゃないわ〜。こうやって、息子に可愛いお嫁さんが来てくれるし〜」


 あけすけな褒め言葉に照れくさくなる。頭を掻くメルディに、イルムは慈愛を込めた眼差しを向けると、大きな木の前で立ち止まった。


 樹齢何百年……いや、何千年だろうか。どっしりと地中に根を張った幹は、メルディが両手を広げたより太い。


 夏の暑さにも負けず、青々と生い茂る葉は空を覆い尽くすかのようだ。鳴子というのか、枝にはところどころ木で作られた筒が飾り付けられていた。


「この木はアズテト市に生きるものたちの終焉の地。ご先祖さまたちが眠る墓標。つまり、レイの父親のお墓でもあるの〜」


 声もなく目を見開くメルディに、イルムはふっと笑うとその場に跪いた。祈りを捧げるのではなく、玄関先に座って親しい人とお喋りするかのように。


 メルディも倣ってイルムの隣に腰を下ろす。真下から見上げた大木は、より大きく、力強く見える気がした。


「レイさんのお父さん……ってことは、ヒト種の……」

「そう〜。百年以上経っても私の最愛の人〜。メルディちゃんには本当に感謝してるのよ〜。レイにヒト種のお友達ができたのは知ってたんだけど、まさか結婚相手に選ぶとは思わなかったから〜」


 アルティに聞いたことがある。レイは若い頃、ずっとヒト種を避けていたそうだ。それはおそらく……仲良くなっても、すぐに死んでしまうからだろう。


 そこでふと気づいた。昼間、実家を去るときにレイが何か言いかけていたのは、父親のことだったんじゃないかと。


「ごめんね〜。そんな顔をさせて〜。あの子がヒト種を避けるようになったのは、私のせいなのよ〜」


 俯いたメルディの頬を撫で、イルムは語ってくれた。最愛の夫との思い出を。


 レイの父親の名はルース。元々はイルムの店に本を卸していた商会の次男坊だったらしい。


 朝が弱いという、商人としては致命的な欠点があったものの、とても優しい性格で、会うたびにイルムを精霊さまのように扱ってくれた。当時百歳を超えていたイルムも、若々しい情熱を向けてくれるルースのことを好ましく思っていた。


 そのうち深く心を通わせるようになった二人は、自然と結婚を意識するようになった。当時ではまだ珍しい異種族婚だったという。


「周りには眉をひそめる人もいたけど、うちの親族はみんな緩くてね〜。特に私は末っ子だったから、甘やかされているのもあって、すぐに認めてくれたの〜」


 ただ、結婚生活は順調にはいかなかった。ヒト種の血が混じったハーフエルフならともかく、純血のエルフは子供ができにくい。ようやくレイを身籠ったときには、ルースは五十歳を過ぎてしまっていた。


「ヒト種は五十歳を過ぎたら、あっという間に老けちゃうじゃない〜? レイにとっては、元気な父親との思い出って一瞬しかないのよ〜。あの人、ヒト種の中でも短命な家系だったらしくて、レイが十歳になる頃には、もうベッドから起き上がれなくなってて〜。ある日タチの悪い風邪を拗らせて、そのまま旅立っちゃったの〜」


 エルフたち長命種からすると、昨日まで元気にしていた相手が朝になったら冷たくなっていたようなものだろう。それがどんなに衝撃を与えたか、想像に難くない。


「あの人と結婚したとき、私も当然覚悟してた〜。でも……」


 そこで言葉を切り、イルムは笑みを浮かべた。悲しげな微笑みだった。


「哀しみの時渡りって知ってる〜?」


 こくりと頷く。エルフは精神的ストレスがかかると早く老けるという。グリムバルドでも、レイより若いのにレイより老けているエルフをたまに見かける。


「……まさか、お義母さんも?」


 長い耳にかかった、一房だけプラチナブロンドになった髪に目を落とす。イルムは静かに頷き返すと、ため息をついて肩をすくめた。


「そう〜。本当にバカよね〜。愛する息子がいるんだから、しくしく泣いてる場合じゃなかったのよ〜。気づいたらあの子、同年代の子たちよりも遥かにしっかりしてて、ヒト種を一切寄せつけなくなっちゃってたの〜。その変化に戸惑っているうちに、魔法紋にハマって出ていっちゃって〜。それから一度も帰ってこなくなっちゃった〜。せっかく、お互いモルガン戦争を生き延びたのにね〜」


 口調は明るいが、自分を責めているのがよくわかる。百年以上、こうして後悔を繰り返してきたんだろう。


 そして、レイが同じ道を選んだことを不安がっている。メルディをここに連れて来てくれたのがその証拠だ。


 胸がいっぱいになって、メルディはイルムを抱きしめた。柔らかい感触と、温かな体温が伝わってくる。同じようにこの思いも伝われと、金槌で鍛えた腕に力を込める。


「安心して、お義母さん。私は絶対にレイさんの綺麗な金髪を死守してみせるわ。もし過去を振り返っても思わず笑っちゃうような、そんな思い出いっぱい作るから」


 目尻から溢れた涙がイルムの肩を濡らしていく。止めようと思っても止められなかった。こんな小娘に気遣われて、あまつさえ泣かれるなんて、きっと不快なはずだ。


 けれど、イルムはメルディを拒絶したりはせず、強く抱きしめ返してくれた。


「……うん。うん、あの子をよろしくね〜。レイがあなたを選んだわけが、わかる気がするわ〜」


 耳元で囁き、優しく頭を撫でてくれる。それはレイの仕草と、とてもよく似ていた。






「じゃあ、元気でね。結婚式の準備、絶対に後回しにしないでよ」


 よく晴れた空の下。チャーターした馬車の前で、青い顔をしたレイが気だるげに手を振る。具合が悪いのではない。ルース……父親譲りの低血圧だからだ。


「わかってるわよ〜。久しぶりに会った母親との別れ際に言うことがそれ〜? もうちょっとなんかないの〜? ねえ、メルディちゃん〜」

「そうだよ、レイさん。会うの百二十年ぶりなんでしょ? 今までごめんねとか、元気そうで安心したとか、色々あるじゃない。素直に口にしなよ」


 ぐいぐい踏み込むメルディに、レイが嫌そうに眉をひそめる。若干引いてる気がしなくもない。


「……なんで、そんなに仲良くなってるの? 僕が寝たあとになんかあった?」

「女同士の秘密よね〜」

「ね〜」


 笑顔を交わすメルディとイルムに、さらに嫌そうな顔をする。そして、ガリガリと金髪を掻くと、「一度しか言わないからね」と念押しした上で、ぼそぼそと呟くように続けた。


「……昔はハーフエルフの自分が嫌だった。でも、今は感謝してる。こうして、ヒト種のメルディと共に歩くことができるから」


 メルディの肩を抱き、レイは微笑んだ。それは昨夜イルムにこっそり見せてもらった、ルースの肖像画によく似た笑顔だった。


「コーヒー、本当に美味しかったよ。父さんが好きだった味のままだ。百年以上経っても父さんを愛してる母さんを、僕は尊敬する」


 母親譲りの翡翠色の瞳をまっすぐに向けられたイルムが、涙を誤魔化すように「あら〜」と目を瞬かせる。


「やあね〜。生意気になっちゃって〜。夫としてはひよっこなあなたが、夫婦愛を語るのはまだ早いのよ〜」

「手厳しいなあ。もっとなんかないのって言うから話したのに」

「百点満点だよ、レイさん! 思わずもらい泣きしそうになっちゃった。私が先生だったら花丸あげちゃう」


 ため息をつくレイに笑顔を向ける。レイからも「君の採点は僕に甘々だからなあ」と笑みが返ってくる。


 イルムはそんなメルディたちの手を取って重ね合わせると、その上から包み込むようにぎゅっと握りしめた。


「あなたたちは二人で一人。これからゆっくりと愛の芽を育んでいきなさい〜。それがいつか大木となって、空に枝を伸ばすから〜」


 瞼の裏に、昨夜見た大木の姿が浮かんだ。どっしりと根を張って、地面に力強く立つ姿が。自分たちもああなれるだろうか。


 いや、きっとなってみせる。


 何しろ、メルディの諦めの悪さはラスタ一なのだ。


「幸せにね、レイ。メルディちゃん、不肖の息子をよろしくね〜」

「不肖は余計だよ。ほら、メルディ。そろそろ行くよ」

「うん。――任せて、お義母さん! 絶対にレイさんを世界一幸せな花婿にしてみせるからね!」


 レイと共に馬車に乗り込み、窓から大きく手を振る。それに応え、イルムも笑顔で手を振り返す。


 風に舞うひと房のプラチナブロンドには、メルディの赤茶色の髪が編み込まれていた。


 昨夜、メルディが渡したものだ。本当は職人らしく何か作って贈りたかったのだが、工具がなかったので泣く泣く諦め、それは次回会ったときのお楽しみにすることにした。


「……あれ、君があげたの?」

「んー? うふふ、秘密だよ。だって、これは女同士の……」


 向かいから伸びてきた手に髪留めを解かれ、ポニーテールが重力に従って落ちる。その中のひと房――少しだけ短くなった部分を手にしたレイが、真剣な目でメルディを見つめた。


「母さんにそこまでしてくれて嬉しいけど、次は事前に相談してね。君の髪のひと房まで、もう僕のものなんだから」


 一瞬で顔が熱くなり、咄嗟に両手で隠す。心臓の音もうるさい。両親に結婚報告してからというもの、ちょいちょいこういうのを挟んでくる。


 そっと指の隙間から伺い見ると、レイの口元は楽しそうに緩んでいた。


「……もしかして、からかってる?」

「どうだろ? それより、次は婚姻届の提出と引っ越しだね。アルティたち頑張ってくれてるかなあ。君を嫁に出すの嫌がってるし、まだ何も準備進んでなかったりして」

「もー! 話逸らさないでよー!」


 拳を振り上げるメルディに、レイが声を上げて笑う。いつも通りの光景だ。


 だから、まさかレイの懸念が現実のものとなるとは思わなかった。

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