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歳の差100歳ですが、諦めません!  作者: 遠野さつき
第1幕 大団円目指して頑張ります!
29/88

29場 ドワーフの横穴

 光すら飲み込みそうな闇の中を進む。


 頼りになるのはトゥールのヘッドライトだけだ。幸いにもスライムはいなかった。弱い魔物なので、ここまで濃い魔素だまりの中では生きていけないらしい。


 メルディたちがまだ正気を保っていられるのは、トゥールが持つセレネス鉱石があるからだ。ヘッドライトに反射した白銀色の輝きが、闇夜に浮かぶ灯火のように行く先を照らしていた。


「なんか、だんだん嫌な気配が増してる気がするんだけど……」

「このあたりはモルガン戦争の犠牲者が多かったからのう。魔の魔素は血が多く流れたところに発生する。魂っちゅうもんが本当にあるのかは知らんが、進むにつれて魔素だまりが濃くなっとるのは、この先の横穴に惹かれとるのかもしれんな。誰しも家族のもとに帰りたいもんじゃろ」


 トゥールの妻子もモルガン戦争で命を落としている。胸が痛くなって、前を行くトゥールの服をきゅっと掴んだ。


 今、二人が進んでいるのはドワーフの坑道だった場所だ。あちこちに崩れた天井や壁の残骸が転がっているものの、ある程度広さがあるので圧迫感はない。


 足元にはぼろぼろに朽ちたレール。採掘した鉱物をトロッコで運んでいたらしい。待避所か駅だったのか、壁をくり抜いて作られたスペースに、同じく朽ちた木箱の破片と割れた酒瓶が散乱していた。


「懐かしいな。よくここで仲間と酒を飲んだもんだわい。総領から隠れてこっそりな」


 足を止めたトゥールが目を細める。今でも誰かがそこに座っているかのように。


「百二十年経って、こんな形で戻ってくるとはなあ。人生、何が起こるかわからんものじゃ。もっと早く魔素だまりがあると気づいていれば、あんなやつらに利用されずに済んだのにのう」

「崩落してから、一度も誰も来てないの?」

「入り口が封鎖されとったしな。何しろ最深部じゃろ? 何かあってもすぐに駆けつけられんしの。ここは懐かしい思い出が眠る場所でもあるが、忌まわしい記憶が眠る場所でもある。誰も来たがらんよ」


 トゥールもそうなのだろう。長く生きれば生きるほど思い出は積み重なっていく。レイもいずれ、メルディのことを思い出すときが来るのだろうか。こんな切ない表情で。


「すまんな、立ち止まってしもうて。先に進もうか。その脇道を左じゃ」


 過去を振り切るように足を進めるトゥールのあとに続く。坑道はアリの巣の如く縦横無尽に伸びている。ここではぐれたら絶対に抜け出せない。


 レイやグレイグは今頃どうしているだろうか。きっと心配しているはずだ。ここから無事に出られたら、まず謝らなくては。


「もう少しで出られるからの。頑張るんじゃぞ」


 メルディが静かになったのを心配してか、トゥールが優しい目で振り向いた。うん、と頷こうとしたとき、背後に嫌な気配がした。


 はっと顔を強張らせたトゥールが、メルディの手を引いて全速力で駆ける。その直後、メルディたちがいた場所に何かが突き刺さった音がした。坑道を揺るがす振動も。


「な、何? 何の音?」

「振り返らずに走るんじゃ! あいつが追っかけて来よったぞい!」


 リアンか。きっと魔法で攻撃されたのだろう。坑道を駆ける二人の靴音に重ねて、ゆっくりと追いかけてくる靴音が聞こえる。


 いつ魔法に体を貫かれるか冷や冷やしたが、二撃目は一向に来なかった。それに違和感を覚える。まるで猫がネズミをいたぶっているかのような。


「なんじゃ、こりゃ! 出口が埋まっとる!」


 息を切らして辿り着いた先では、崩落した土砂が完全に道を塞いでいた。辺りを見渡すも、他に出入り口はない。わざと追い込まれたのだと気づいたときには、靴音が至近距離まで迫っていた。


「まさか地面を掘って抜け出すとはな。あの手錠も外すとは大したものだ。お前たち職人をみくびっていたよ」


 禍々しい気配を漂わせたリアンが、くつくつと肩を揺らす。その目は赤い。激しい感情に飲まれているのだ。おそらくメルディたちに対する怒りと憎しみで。


 別行動中なのか、他の仲間たちは見当たらない。マルクスの姿も。


 ヘッドライトに照らされたリアンの背後には、左に抜ける脇道がある。なんとか体を押しのけてあそこまでいけないだろうか。視線を巡らせるメルディに、リアンが目を細める。


「諦めの悪い小娘だな。その顔を歪ませるのが今から楽しみだよ。飢えた男たちがお前を待ってるぞ。マルコシアスも裏切らなければおこぼれに与れたのに、残念なことだ。今頃、草葉の陰で泣いているだろう」


 マルコシアスとはマルクスのことか。いや、それよりも草葉の陰ってどういうことだ。混乱するメルディを庇って前に出たトゥールが、顔色を変えて叫ぶ。


「あの子を……マルクスをどうしたんじゃ! さてはお前……!」

「家族でもないのに、家族ヅラか? そんなに家族が恋しいなら、本当の家族に会いに行け!」


 リアンの体から吹き出した赤黒いもやが、しなる鞭のように動いてトゥールに襲いかかった。


 メルディがいるために避けられず、もやをもろに受け止めたトゥールの体が背後の土砂に叩きつけられる。


 慌てて駆け寄るものの、トゥールは口から血を流してぴくりとも動かない。かろうじて息をしているが、医者ではないメルディには、どのくらいのダメージを負っているのか判断できなかった。


「トゥールさん、しっかりして! 目を開けてよ!」

「こっちに来い、小娘。今なら命だけは助けてやる。まあ、死ぬより辛い思いをするかもしれんがな」


 腕を掴まれ、無理やり引きずり上げられる。魔属性の影響なのか、触られているだけで心がざわざわした。


 咄嗟にトゥールの石斧に手を伸ばしたが、とても届かない。そんなメルディの抵抗をリアンが鼻で笑う。


 カッと頭に血が上り、牢屋で拾ったナイフをズボンのポケットから取り出した。そのまま間髪入れずにリアンの手の甲に振り下ろす――が、読まれていたのか、すぐに取り上げられてしまった。


「可愛い子猫だ。躾甲斐があるな。お前に似合いの首輪をつけてやろう。今度は外せないように、鍵穴を潰したやつをな」

「放してよ! 誰があんたなんかの言いなりになるもんですか!」

「大人しく従えば、その男を見逃してやると言ったら?」


 空気が凍りついた気がした。「何を……」と呟いた唇が震えている。


「マルコシアスは最後までその男を気にかけていたぞ。大事な大事なお師匠様だものな? お前がのこのこと捕まらなかったら、こんなことにはならなかっただろうに。今もお前を庇って怪我を負ったじゃないか。なのに見捨てるのか?」

「私……。私は……」


 血のように赤い目で顔を覗き込まれて、頭がガンガンする。


 こうなったのは全部メルディのせいなのか。レイの言うことを聞いて首都を出なければ、マルクスが死ぬことも、トゥールが傷つくこともなかったのか。


 鼻頭がツンとして、目尻に涙が浮かぶ。そのせいか視界がぼんやりとしてきた。不思議と体の力も抜けてきたようだ。


 もう何も考えられない。考えたくない。


「いい子だな。さあ、おいで。安心しろ。すぐに何もわからなくなるさ」


 のろのろとリアンの手を取ろうとしたとき、二人の間を裂くように、赤黒い槍が地面に突き刺さった。


「惑わされるな、メルディ! 俺は死んでない!」


 リアンの背後から現れたマルクスは、全身がぼろぼろで、額と唇から血を流していた。その瞳は赤い。彼も激しい感情に飲まれているのだ。


 はっと我に返り、リアンの手を振り払う。その拍子に体制を崩して地面に倒れたが、転んでもタダでは起きないのがメルディだ。


 石斧を手に取った瞬間、頭の中のもやが晴れた。魔属性は心の隙に入り込む。危うく操られかけていたのだ。


「もう少しだったのに。あいつらはもうやられたか。手練れを連れて来たつもりだったんだがな」

「あいにく、俺の方が魔力が強かったんでね。母さんのおかげで」

「ラグドールの血のおかげだろ? だが、安穏な生活に身を置いていたお前が、私にかなうと思うなよ!」


 赤黒いもやの鞭がマルクスに襲いかかる。マルクスは迎撃しようとしたが、彼が操る赤黒い槍は全てリアンのもやの中に飲み込まれてしまった。


 マルクスの魔力よりもリアンの方が強いのだ。赤黒い鞭に捕えられたマルクスの体が、トゥールと同じく土砂に叩きつけられる。


 ごぽ、と嫌な音がして、トゥールのヘッドライトの上に赤い血がこぼれ落ちるのが見えた。


「マルクス!」

「メル……ディ……君だけでも、逃げて……」


 マルクスはずるずると地面を這うと、トゥールの上に覆い被さった。自分の身を挺して守るつもりだ。


「そんなことできるわけないでしょ!」


 セレネス鉱石なら魔属性を浄化できる。マルクスを庇うように立ち、石斧をリアンめがけて振り下ろした。


「邪魔をするな小娘! 母親に会う前に死にたいか!」


 赤黒い鞭で腕を払われ、取り落とした石斧が地面の上を滑っていく。同時に、あっという間もなく片手で首をしめ上げられる。ものすごい力だ。


 遠ざかっていく意識の中で、ふっと思い出した。あの夏の日、レイに手を引かれて歩いていたときの記憶を。


『僕の行き先を照らしてくれるの?』

『もちろん! わたしね、レイさんのたいようになる!』


 どうして忘れていたんだろう。どんな暗闇でも照らすと、確かに約束したのに。


「レイ……さん……」


 目尻から涙がこぼれ落ち、リアンの手の甲を滑っていく。


 そのとき、声がした。誰よりも愛しい人の声が。


「その子から手を放しな」

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