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歳の差100歳ですが、諦めません!  作者: 遠野さつき
第1幕 大団円目指して頑張ります!
24/88

24場 裏切りと戸惑い

 闇の中は思ったよりも心地よかった。光は一切差さないが、暑くも寒くもなく、とても静かだ。


 人は暗闇に閉じ込められると精神に異常をきたすらしいが、今のところそういう兆候もない。魔法で生んだ闇だからだろうか。

 

「今、どのあたりかな……」

 

 目的地はウィンストンから東に三キロの廃坑。目立たないよう徒歩で行くと言っていたから、一時間もあれば着くはずだ。


 とはいえ、闇の中は時間の感覚が曖昧なので、宿を出てからどれくらい経ったのかはわからない。

 

「まさか、ポーチの中に収納される日が来るなんてね……」

 

 公園でマルクの提案を聞いたときは半信半疑だったが、うまくいってよかった。

 

 宿に戻ったあと、「トイレに行きたいから先に部屋に戻っててね」とロビンを離し、待機していたマルクと合流したのだ。あとはブラムを確保次第、蓋を開けてもらって外に飛び出す手筈になっている。

 

「レイさん、怒るだろうな……」

 

 今度こそ完全に呆れられるかもしれない。しかしメルディにとって、あの鎧はレイとの共同作品。遙か先の未来まで残したい大切な思い出だ。


 誰かに手垢で汚されて、黙ってなどいられない。どうしても、ブラムには自分の手で落とし前をつけさせたかった。

 

「……だから子供だって言われるのよね。あそこまでされたのに、私って本当にどうしようもないわ」

 

 手首に残った生々しい感触を思い出し、体がぶるりと震える。


 何度押してもびくともしない体、のしかかる重み。あのとき、レイを初めて怖いと思った。結婚したらああいうことをするのだと、わかっていたつもりだったのに。

 

 メルディの覚悟のなさを、レイは見透かしていたのだろうか。だから、あんな行動に出たのかもしれない。

 

「でも、レイさんなら……。私、もう怖くないわ。この旅が終わったら、ちゃんと話し合わないと」

 

 嫌われるのを恐れて躊躇するのはもうやめだ。ラインを越えようと思うのなら、覚悟を決めて飛ばなくては。目一杯の助走をつけて。

 

「よし! 頑張るわ! 私はパパの娘。諦めの悪さはラスタ一よ」

 

 改めて気合いを入れ直したとき、闇の中が少しだけ明るくなった。


 頭上を横切る細い光の筋から、「メルディ」と囁き声が聞こえる。マルクが蓋を持ち上げたのだ。

 

「マルク! ブラムは捕まえたの?」

「うん。今、レイさんたちが事情聴取してる。これから蓋を開けるから、腕を伸ばして目を瞑ってくれる? 急に明るいところに出ると、目が眩んじゃうからね」

「わかった。私はいつでも大丈夫よ」

「じゃあ、外に出すね。危ないから、ゆっくり歩いて」

 

 右手に温かな感触。ブーツの下から響く硬い音。ポーチの外に出たのだ。


 頬に当たる空気がひんやりとしているのは、廃坑の中だからだろうか。不思議とレイたちの声は聞こえない。出すところを見られないように、離れた場所にいるのかもしれない。

 

「もう目を開けてもいい?」

「うーん、もうちょっと待った方がいいかな。立ったままもなんだし、座ろうか」

 

 マルクに支えられてゆっくりとその場に腰を下ろす。右手首に何か冷たいものが触れてびくっとしたが、ここは廃坑なのだと思い出した。きっと資材か何かだろう。

 

「いいよ。目を開けて。もう準備は済んだから」

「ありがとう、マルク。ここまで連れてきてくれて――」

 

 最初に目に入ったのは、悲しげに細められたマルクの瞳だった。その背後には天井まで届く古びた鉄格子がある。剥き出しの岩盤の上には穏やかな光を放つ魔石カンテラ。それ以外にあるのは闇ばかりだ。

 

「……どこ、ここ? 牢屋? 廃坑じゃないの? ブラムは? レイさんたちは?」

 

 マルクに右手を伸ばそうとしたが、何かに引っ張られて阻まれてしまった。動かすたびにじゃらりと重い音が鳴る。

 

 手首に手錠が嵌められていた。


 そこから垂れた太い鎖が地面に打たれた杭へと伸び、メルディを牢の中に繋ぎ止めている。さっき感じた冷たい感触はこれか。まさかの事態に頭がパニックになる。

 

「なに? なによ、これ。外れない。なんで?」

「ダメだよ、メルディ。あんまり動かすと傷ついちゃうよ。職人にとって、利き手は命でしょ? お願いだから、大人しくしてて」

「マルク、説明してよ。これは一体どういうことなの?」

 

 自由になる左手で必死に縋ったが、マルクは何も言ってくれない。焦燥感に駆られるメルディの耳に、徐々に近づいてくる足音が届いた。


 次いで、きいっと耳障りな音を立てて鉄格子の扉が開き、魔石灯を手にした男が中に入ってくる。

 

「よくやった。臆病な末っ子も、なかなか役に立つものだ」

 

 後ろで一つに束ねた長い黒髪に、濃紺色の瞳。ものすごく整った顔をしている。


 どことなくマルクに似ているものの、優しげなマルクとは違い、氷……いや、鋭いナイフみたいに冷たい印象を受けた。

 

 年齢は三十代後半ぐらいだろうか。不敵な笑みを浮かべる目尻に少し皺が寄っている。耳が丸いのでヒト種だと思うが、全身からどことなく不穏な気配を漂わせている。

 

「……あなた、誰? マルクの知り合い? もしかしてブラムなの?」

「あんな小者と一緒にしないでもらいたいな」

 

 男はメルディの前に跪くと、恭しく右手を胸に当て、頭を垂れた。

 

「ようこそ、リヒトシュタイン家のお嬢さま。私はオルレリアン・ラグドール。今はただのリアンと呼ばれているな。お前たちが私からラグドールの名を奪ったからだよ」

 

 顔を上げたリアンの目を見て、メルディは息を飲んだ。さっきまで濃紺色だった瞳が、赤い瞳に変わっている。魔属性に取り憑かれたものの特徴だ。

 

 魔属性に取り憑かれると凶暴性が増し、破壊衝動が高まる。つまり、動く爆弾みたいなもの。


 百二十年前にラスタを蹂躙したラグドールのモルガン王も赤目だった。背中に嫌な汗が伝っていく。

 

「驚いて声も出ないか? それとも、私がラグドールだと信じられないか?」

「だって……。ラグドールって、二十一年前になくなったはずじゃ」

「国がなくなれば、その土地に住む人間までいなくなると思っているのか? お前たちのおかげで、今も自治区で慎ましく暮らしているさ。草すら生えない厳しい北の大地でな!」

 

 怒気を浴びせられて体がびくっと震える。荒くれものが多い職人街の中で暮らしていても、こうして理不尽な憎しみをぶつけられるのは初めてだった。

 

「お前の母親には随分と世話になったよ。父を殺され、一族や同胞は散り散りになり、苦しい生活の果てに次々と倒れていった。お前に想像できるか? 敗戦国となり、誰からも顧みられず、戦争を引き起こした大罪人として石を投げられる私たちの気持ちが! 二十一年間、ずっとこの時を待っていた。お前の母親に一矢報いる時をな!」

「ふ、ふざけないでよ! 百二十年前の戦争も、二十一年前の戦争も、最初に攻めてきたのはそっちじゃないの! あんたたちのせいで、何人死んだと思ってんの!」

「生きるためだ! ラグドールは極寒の地。富める土地から奪わなければ待っているのは死だけだ!」

「屁理屈よ! 奪う前にどうして助けを求めなかったの!」

 

 ぱんっ、と頬を叩かれ、視界が大きくぶれた。


 歯で唇を切ったらしい。薄暗い地面にぽたりと赤い雫が落ちる。痛みと恐怖で泣くよりも、怒りが先に立った。乙女の顔を殴るなんて許せない。

 

「何すんのよっ! 言い返せないからって、暴力を振るうなんてサイテー!」

「勇ましいことだ。母親の血をしっかり受け継いでるようだな」

 

 顎を掴まれ、無理やり上を向かされる。いくら美形でも、レイ以外の男に顎クイとかされたくない。全身に鳥肌が立つ。


「あの勇猛果敢なデュラハンが、まさかヒト種と(つが)うとはな。なかなか可愛い顔をしてるじゃないか。父親に似たのか?」

「やめてっ! 触らないでよ! この痴漢! 変態!」

「ははは。よく騒ぐ子猫だ。手枷よりも首輪がよかったか? この細い首にはよく似合うだろうな」

「触らないでって言ってるでしょ!」

「メルディ! 駄目だ! そいつを刺激しちゃ……」

 

 マルクの制止を無視してリアンの顔を張り飛ばす。振り抜いた手のひらが痛い。リアンは薄く笑うと、地面に血を吐き捨てた。

 

「血色のいい肌に、明るい瞳。愛されて育った体だ。山を隔てた向こうはみんなガリガリなのにな。さぞかし抱き心地がよさそうだ」

 

 突き飛ばされるように地面に押し倒された。跳ね除ける間もなくリアンがのしかかってくる。その顔には狂気じみた笑みが張り付いていた。

 

「娘を汚されたら、お前のママはどんな顔をするかな? ああ、デュラハンだから顔はないか」

「やだっ! やだあっ!」

「いいぞ。もっと喚け。その方が死んだ同胞たちも報われるというものだ」

 

 首筋に噛みつかれて涙が滲む。体を這い回る手が気持ち悪い。


 どこに隠し持っていたのか、ナイフでベストとシャツを切り裂かれたところで、マルクがリアンに体当たりした。

 

「やめろ! やめてくれ! そこまでする必要はないじゃないか!」

 

 二人でもんどり打って床に倒れる。その弾みでリアンの手からナイフが離れ、地面の上を滑っていった。

 

 リアンに馬乗りになったマルクの肩が激しく上下している。どんな顔をしているのか、こちらからは見えない。

 

「どうした。お前もほしくなったのか? 安心しろ。あとでちゃんと交代してやるから」

「っ! ふざけるな! これ以上メルディを辱めるなら……!」

 

 マルクの顔を見上げたリアンが、くつくつと笑みを漏らした。

 

「必死だな。誑かしているうちに本気になったか? 仕方ない。可愛い弟のためだ。今回は譲ってやろう。私は寛大な男だからな」

 

 リアンはマルクを押しのけて立ち上がると、魔石灯を手に牢屋の外に出た。

 

「あとは好きにしろ。だが、逃がす真似はするなよ。大事なお師匠様の命が惜しいならな」

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