23場 犯人確保?
「いくらなんでも一日足らずで見つかる? もっとゆっくりできると思ったのに……」
「つべこべ言わずに準備しな。ドワーフの連中、下でもう待ってんだから」
薄暗い太陽が西の空に消え、くすんだ月が中天を過ぎる頃、グレイグたちは宿の部屋で大捕物の準備を整えていた。
大剣を腰に佩き、レイが大量に書いた魔法紋のスクロールを闇に詰め込む。
もう夜中だというのに、窓の外は相変わらず人で賑わっている。首都と同じく、ウィンストンも眠らない街らしい。
職人たちはいつだって怖いもの知らずだ。宿の入り口で屯ってるドワーフたちにも臆した様子はない。
「だってさあ。聞き込みに行った先で、偽物の鎧を売りに来た下っ端を捕まえるって出来過ぎじゃない? タチの悪い三文小説を読んでる気分だよ。ぶっちゃけ誘き出されてんじゃないの?」
「事実は小説よりも奇なりって言うでしょ。誘き出されてようが、そうじゃなかろうが、やることは一緒だよ。返り討ちにしてみんなとっ捕まえればいいの」
しれっと返され、思わず唸る。
「ああ、やっぱりそうなんだ。どれくらいの確率?」
「九割」
「やだなあ〜。実戦経験豊富だとこれだから。最終的に脳筋になるんだよねえ。僕まだ子供だよ? お姉ちゃんと違って」
レイが一瞬言葉を詰まらせた。フランシスに続いての快挙だ。心の中で、ない舌を出す。一度ならず二度までも姉を泣かせた意趣返しである。
「……メルディもまだ子供だよ」
「襲おうとしといてよく言うよ。レイさんが何を考えてるのかさっぱりわかんない。これが終わったら、いい加減はっきりさせてよね。じゃないとパパにちくるよ」
「好きにしな。その方がいいかもね。メルディにとっては」
荷物を詰める手を止め、レイを見る。
「本気でそう思ってるの?」
怒りを込めたグレイグの目に耐えられなかったのか、レイは顔を逸らして俯いた。
「……僕だってわからないんだよ。自分がどうしたいか」
ぽつりと呟いた声は微かに震えていた。眉を寄せて唇を噛みしめる姿は、いつもよりも随分と小さく見える。
「レイさん。お姉ちゃんはさ……」
続けようと思った言葉は、顔を上げたレイに遮られた。
「さあ、行くよ。ブラムを捕まえれば、この旅も終わりだ。大団円を目指して頑張ろう」
宿の外に出ると、紙袋を持ったメルディが笑顔のドワーフたちに取り囲まれていた。何かを一人一人に手渡しているらしい。
そのフードの中には油断なくあたりを見渡すロビンの姿。相変わらずモテる姉だ。
「お姉ちゃん、何やってるの」
「ああ、グレイグ。あんたもこれ、邪魔にならないところにつけといて」
手渡されたのは小さなストラップだった。細い紐の先に、動物の爪のようなものがぶら下がっている。同じくメルディに手渡されたレイが「懐かしいね」と呟く。
「ドラゴンの爪だよ。戦地へ赴く兵士のお守りだね。ドラゴンの爪のように相手を討ち果たして、無事に戻って来られますようにって意味があるんだ。百二十年ぐらい前の貴族の間で流行ってたんだよ」
「パパに聞いたの。さすがに本物は手に入らないから石だけどね」
グレイグよりも遥かに小さな手はぼろぼろになっていた。部屋にこもって何を作っているのかと思っていたら……。この情熱は一体どこからくるのか。
「ありがとう、お姉ちゃん。行ってくるね」
腰のベルトにストラップを下げ、メルディの体を抱きしめる。昔はグレイグの方が小さかったのに、いつの間に逆転してしまったんだろう。
何年かぶりに甘える弟にメルディは目を白黒させていたが、ふっと笑うと、優しく背中を撫でてくれた。
「デュラハンだからって無理しちゃダメよ。怪我したらパパたちが悲しむんだからね」
「いつもと逆だなあ。大丈夫。すぐに戻ってくるよ。早く夏休みを満喫したいからね」
「あんた、旅に出てからそればっかりね。……レイさんも気をつけてね」
「うん。絶対についてくるんじゃないよ。大人しくここで待ってること。いい?」
「わかってる。ちゃんと、みんなの帰りを待ってるから」
珍しく聞き分けのいい様子に違和感を覚えたが、水を差したくないので黙っておく。もし宿を抜け出そうとしても、ロビンが止めてくれるだろう。
「おいおい。俺には餞の言葉はないのかい? 一緒に酒を飲んだ仲じゃねぇか」
「ありがとう、フランシスさん。あなたのおかげで作品を守ることができる。この借りはもっといい作品を作ることで返すわ」
「ははっ、あんたやっぱりいい女だな。戻ってきたら本格的に口説くから覚悟しときな!」
だからレイを煽るのをやめてほしい。でれでれ顔のドワーフたちに手を振り、メルディは宿の中に帰っていった。
「あれ? そういえばマルクは?」
「トイレだって。緊張でお腹壊しちゃったかな。グレイグ、僕たち先に行ってるから連れてきてやって」
言うだけ言って、ドワーフたちを連れてさっさと歩いて行く。その姿に一切の躊躇はない。メルディはグレイグのことを冷たいと言っていたが、レイの方が冷たいと思う。
デュラハンとはいえ、夜中に子供を一人にしておくのは忍びないと思ったのか、律儀に居残ったフランシスが首を捻る。
「どうしたの、ドレイクさん。何か考え事?」
「いや。あのブラムが弟子をとるなんざ、にわかに信じられなくてな。まあ、トゥールに感化されたのかもしれねぇが」
「トゥールって、ブラムと唯一仲良かったドワーフだっけ」
「おう。そういや、トゥールの弟子もヒト種だったかな。黒髪のガキを見たってやつがいたような……」
「すみません。お待たせしました」
マルクが宿から走ってきた。腰のポーチにドラゴンの爪のストラップが下がっている。
引きちぎりたい衝動に駆られたが、メルディの気持ちを慮ってぐっとこらえる。よくわからないが、出会ったときから苦手なのだ。美形だからかもしれない。
「じゃあ、ぼちぼち行こっか。大丈夫。歴戦の魔法紋師とドワーフたちだもん。どうせすぐに終わるって」
ウィンストンから東に三キロ。いかにもな廃坑跡で、グレイグは大剣を鞘に収めてため息をついた。
足元には死屍累々と横たわる闇ギルドの人間たち。かろうじて息はしているものの、ぴくりとも動かない。
「うーん、本当にすぐに終わるとは。味気ないなあ」
「それは君がデュラハンだからでしょ。リリアナさんの血をしっかり受け継いでるみたいで何よりだよ。これでリヒトシュタイン家も安泰だね」
「やだなー。実績出しちゃったから国軍入りさせられるかな? 僕、教師志望なんだけど」
「教師に向いてないよ君は。できない人の気持ちがわかんないから」
手慣れた様子で闇ギルドの人間たちを縛り上げるレイに苦笑する。メルディと違ってグレイグには容赦ない。
「よーし、縛ったやつからどんどん運んでけ。死んじまう前に領主邸にぶち込むぞ!」
作りかけの鎧や資材が山のように積まれた一角で、フランシスが仲間のドワーフたちに指示を出している。
レイやグレイグをはじめ、廃坑に乗り込んだ人間たちには怪我一つなかった。メルディのドラゴンの爪のおかげかもしれない。
「そういえばマルクは? ちゃんと生きてる? グレイグに任せてたよね」
「あー。なんか戦場の空気に飲まれてビビってたから外に出した。まずかった?」
「いや、いいよ。お師匠さんとの感動の再会はあとでいくらでもできるから」
レイは両手を払うと、中心で転がってるドワーフに近づいていった。
ぼさぼさの髪に、油や血で固まった長い髭。見窄らしい作業着。ブラムだ。
贋作で儲けた割には惨めな姿をしている。全て闇ギルドの連中に吸い上げられたのかもしれない。
「起きな、ブラム。首都から遥々落とし前つけてもらいに来たよ」
「うう……。あんたは……。レ、レイ・アグニス⁉︎」
覚醒したブラムが大きく目を見開く。レイの顔を知っていたようだ。まさか本物の鎧の関係者が直々に来ると思わなかったのか、わなわなと震えている。
「まだ耄碌してないみたいだね。僕の顔を知ってて、よくもまあ舐めた真似してくれたね。贋作なんて職人として最低の行為だよ。わかってんの?」
「確立されたばかりの魔法紋に飛びついて成功したお前に俺の何がわかるんだ! 二百年以上積み重ねてきた技術が、たった十八の小娘に負けたんだぞ! ただ流行に乗らなかっただけで!」
「乗らなかったんじゃなくて、乗れなかったんでしょ。二百歳超えてガキみたいなこと言ってんじゃないよ。人はいつだって新しいものを求めるものなんだよ。古いのに固執するのはいいけど、それなら周囲を黙らせるものを作ってみせな。あんたがメルディに勝てなかったのは、ただの技術不足。それだけだよ」
「ふざけるな! ドワーフの俺があんなヒト種の小娘に劣るわけ……」
すぐそばの地面にレイが魔法で生んだ木の根が突き刺さり、ブラムが言葉を失った。顔は青ざめ、唇は色を失って震えている。
レイの逆鱗に触れたのだ。音を立てないようにそっと後ろに下がる。巻き込まれたくないし、フォローもしたくない。
「ふざけてんのは、あんただろ。クソジジイ」
ブラムの胸ぐらを掴み上げ、その額に己の額をぶつける。至近距離から睨まれてさぞかし怖かろう。
周りのドワーフたちも若干引いている。フランシスを除いて。
「ヒト種のあの子が、今までどれだけの努力と苦労を積み重ねてきたと思ってんの? 同年代の女の子たちが可愛い服着て青春送ってるのを横目に、毎日毎日汗まみれになって金槌振るってさ。周りからは女だからって甘く見られる上に、有名な職人の娘だからって七光とか言われてさ。それでも歯を食いしばって修行して得た結果でしょ。それを貶めるなんざ、誰であろうと許されないんだよっ!」
嗚咽を漏らしたブラムを放り出し、レイはグレイグに近づいてきた。その目から怒りの色は消えている。一気に吐き出して満足したようだ。
「ねえ、レイさん。お姉ちゃん、別に他の子羨ましがってなかったよね。むしろ嬉々として工房こもってたよね」
「まあ、そうなんだけどね。ああ言っといた方が効くでしょ。ブラムの中じゃ、きっとメルディは健気な女の子になってるよ」
レイが指差す先では、フランシスが泣き崩れるブラムに縄をかけているところだった。さすが仕事が早い。
「おら、爺さん。いつまでも泣いてねぇで立てよ。そんなツラで弟子に会うつもりか? あんたのために死にかけたっつうじゃねぇか。感謝の言葉の一つでもかけてやれよ」
「弟子? 俺に弟子なんていねぇよ。いたらもっとマシな人生送ってたわ……」
周囲の空気が一瞬で凍りついた。ブラムを放り出したフランシスが廃坑の外に走り出る。
「おい、あいついねぇぞ!」
「……レイさん」
両手が震える。廃坑の入り口を睨み、レイは静かに口を開いた。
「嫉妬の魔物はもう一匹いたってことだね」




