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歳の差100歳ですが、諦めません!  作者: 遠野さつき
第1幕 大団円目指して頑張ります!
21/88

21場 大人ってなんなの

「レイさん、好き!」

「またそれ? いい加減、飽きないね。メルディはおませだなあ。こんなジジイ好きになっちゃダメだよ。他に好きな子いないの?」

「いないし、好きにねんれいはかんけいないでしょ! わたしがおおきくなったらお嫁さんにして!」

 

 レイが目を細めて笑う。その顔の位置は高い。右手には温かな感触。たぶん五歳の頃の記憶だ。あの頃はまだ手を繋いでくれたから。

 

「まだわからないかもしれないけど、君は先におばあちゃんになっていなくなっちゃう。僕はそのあとも一人で生きてかなきゃいけないんだよ。君をお嫁さんにしたら、寂しくて耐えられなくなっちゃうでしょ」

「だいじょーぶ! パパみたいに、ひゃく年後もにひゃく年後ものこるものをつくるから! いつでもおもいだせるように、おもいでもいっぱいつくろ! そしたらさみしくないよね? わたしは、ずっとレイさんといっしょだよ」

 

 ぴたりと足を止めたレイがメルディを見下ろす。その薄い唇がゆっくりと動いた。

 

 レイはあのとき何を言ったんだっけ。





 

「う……」

 

 頭がガンガンする。目の前がぼうっと霞んでいるし、胃も気持ち悪い。ここはどこだろう。見覚えのない薄暗い部屋の中で、メルディはゆっくりと体を起こした。

 

「目が覚めた?」

「レイさん? 私、お酒飲んでて……」

 

 遅れて腰の下の柔らかい感触に気づいた。


 ベッドまで運んでくれたのか。頭痛をこらえて、声がした方に目を向ける。窓から差し込む外の明かりで、逆光になって顔が見えづらい。下ろした美しい金髪だけが闇の中で光っている。

 

 レイは窓際で足を組んで座っていた。いつも羽織っているショートローブを脱ぎ、ノースリーブ姿になっている。メルディが起きるまで外を眺めていたのだろうか。出窓に肘をついて、どことなく気だるげな様子だ。

 

「あのドワーフ男は仲間と帰ったよ。メルディの正体にも気づいてたってさ」

「えっ⁉︎」

 

 声を上げた弾みで強い痛みが走り、思わず頭を抱える。そんなメルディをレイはじろりと睨んだ。フランシスと相対している間、何度も背中に感じた視線だ。怒っているのかもしれない。

 

「うう……。大先輩に失礼なことしちゃった……」

「いくら酒に強くても、ヒト種がドワーフのペースについていけるわけないでしょ。ここは地元じゃないんだよ。自重しな」

「ごめんなさい。お酒を飲んだ方が打ち解けられると思って……。せっかく掴んだ手がかりを逃したくなかったし」

 

 レイがふっと息を漏らす。いつもの「仕方ないなあ」という笑みではない。苛立ちが込もった皮肉めいた笑みだ。

 

「グリムバルドでもそうしてたもんね。女の子一人で居酒屋通って情報収集してさ。一度成功したから味をしめちゃったんだ? おじさまキラーを気取ってんの? タチが悪いね」

「え? なんで知って……。ていうか、そんな言い方……」

 

 近づいてきたレイに肩を押され、ベッドに逆戻りになる。顔の両脇にはレイの腕。目の前にはレイの顔。身じろぎしたくとも、太ももを足で固定されて動けない。

 

 メルディを見下ろすレイの目は険しく細められていた。まるで獲物を狙う猫みたいに。その翡翠色の瞳の中には、困惑したメルディの顔が映っている。


 レイがまとう不穏な気配に、ごくりと唾を飲む。何故だろう。酒でだるい体が少し震えている。

 

「レイさん……?」

「いい加減にしなよ。自分が危なっかしいことをしてるって自覚して。言ったよね。子供がイキがってんじゃないよって」

 

 確かに首都の大門で捕まったときもそう言っていた。しかし素直に認めたくない。余計に怒りを注ぐとわかってはいるが、この気持ちに蓋はできなかった。

 

「イキがってなんかないよ! 勝手なことをしたのは悪かったけど、フランシスさんと知り合いになれたからいいじゃない。少しでも役に立ちたかったの。ただの足手まといで終わりたくなくて……」

「その結果がこれ? 酔い潰れて、男にベッドまで運ばれてさ。それがどういうことかわかってんの?」

「……? 迷惑かけてごめんなさい。運んでくれてありがとう。重かったよね。グレイグに任せてくれたら……」

「ほら、わかってない。だから君はお子さまなんだよ」

 

 レイはよくこうして遠回しな言い方をする。その上、真意を聞こうとしてもはぐらかす。マルグリテ領の宿でもそうだった。それが無性に悲しいのだと、どう言えば伝わるのか。

 

 父親のことも、年齢のことも、種族のことも取っ払って一人の人間として見てほしい。ただそれだけなのに、どうしても噛み合わない。

 

 メルディの目に涙が浮いたことに気づいたのだろう。レイの眉間の皺が深くなる。

 

「泣いてもダメだよ。今回ばかりは見過ごせない。もう勝手なことはしないって約束するまで離さないよ」

「どうして、そうやって押さえつけるの? 心配してくれるのは嬉しいけど、私にも何かさせてよ。二人で作った鎧でしょ。レイさんの後ろに隠れて見ているだけなんて嫌だよ」

「それでいいんだよ。子供は守られていれば」

「もうやめて! 子供子供って、何回言うの? レイさんはいつもそればっかり。エルフから見たら小さな子供かもしれないけど、私はヒト種なの! いい加減、大人なんだって認めてよ」

「……大人だって?」

 

 レイの声が低くなった。空気がさらに重くなる。久しぶりのマジギレトーンに一瞬頭が冷えたが、口に出したものはもう止められない。

 

「じゃあ、証明してもらおうか」

 

 そう吐き捨てるや否や、レイがメルディのベストに手をかけた。そのまま紐を解かれ、シャツを捲り上げられそうになって必死に押さえる。

 

「え、ちょ、な、なんで急に……!」

「なんで? 僕と結婚したいんでしょ? 結婚したら、こういうことするんだよ。わかるよね。もう大人なんだったら」

 

 もちろん知識はあるが、経験はない。いや、それよりもこんな形は嫌だ。わけもわからず流されるままなんて。

 

 覆い被さってくるレイの体を押し返そうとしたが、手首を握り込まれてしまった。もがいてもびくともしない。軽くしか握っていないように見えるのに、こんなにも力があるものなのか。

 

「レ、レイさん。レイさん、ちょっと待って。落ち着いて、ちゃんと話し合おう? 手を放してよ」

「黙って。隣の部屋にはマルクがいるでしょ。聞こえてもいいの?」

「そんな状況じゃ……ひっ」

 

 首筋に生暖かいものが触れて、体が強張った。未知の感覚に、背筋を恐怖が走り抜けていく。どうやっても逃げられない。絶望感に襲われ、目の前が真っ暗になる。

 

「大人しくしてな。すぐに終わるからさ」

 

 耳元で低く囁く声は本当にレイの声なのだろうか。手首を握るこの手は本当にレイの手なのだろうか。こんな姿見たことがない。今までずっとそばにいたのに。

 

「やめて、やめて……」

 

 全身がぶるぶると震える。必死の懇願が届いたのか、レイが顔を上げた。

 

「……怖いの?」

 

 目を閉じてこくこくと頷く。とても顔なんて見てられない。しばしの沈黙のあと、レイが小さく吐息を漏らした音がした。

 

「そうでしょ? 距離感を考えろってのは、こういうことだよ。これに懲りたら、もう馬鹿なことしないで。いい子になってよ、メルディ」

 

 手首の拘束がなくなり、声が優しくなった。そして同時に気づいた。レイはわざとこうしてるのだと。


 ここで「はい」と言ってしまったら、永遠にラインは越えられない。離れていく体温を引き止めるように、声を振り絞って叫ぶ。

 

「……やめなくていい!」

「は?」

「レイさんなら何されてもいい! パパにも言わない。だから拒絶しないで……」

 

 ぼろぼろと涙がこぼれ落ちていく。また子供だって言われてしまうかもしれない。震えながら沙汰を待つメルディに、レイは「……はっ」と笑った。

 

 自分を嘲笑うような笑みだった。

 

「せっかくだけど、やめとくよ。泣いてるお子さまに手を出すなんて、僕の趣味じゃないからね」

 

 ベッドから下り、脱いだローブを持って、振り返りもせずにドアの向こうに消えていく。徐々に遠ざかっていく足音を聞きながら、メルディは暗い部屋の中で嗚咽を漏らした。

 

「大人ってなんなの……?」

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