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歳の差100歳ですが、諦めません!  作者: 遠野さつき
第1幕 大団円目指して頑張ります!
18/88

18場 ドワーフとの勝負①

 ウィンストンは出稼ぎ労働者が多く集まる土地だ。二階が宿屋、一階が酒場の店が多く、ここもその一つだった。


 お世辞にも綺麗とは言えない店の中、少々品のない笑い声があちこちで上がっている。


 その一角で、メルディは料理が所狭しと並べられたテーブルに、だん、とジョッキを叩きつけた。

 

「こら、メルディ。うるさいよ。物に当たるのはやめな」

「だって! まさか、工房を燃やすなんて……」

「君が危惧したことが本当になっちゃったねえ」


 ジンジャーエールのグラスを傾けながらレイが苦笑する。


「大方、マルクが逃げ出したのに気づいたんでしょ。首都の役人を連れて来られちゃ困るから証拠を隠滅したわけだ。さすが闇ギルドの連中。悪知恵が働くよ」

「褒めないでよ、レイさん。せっかく、ウィンストンにまで来たのにー!」

「お姉ちゃん、うるさいって。逃げられちゃったものは仕方ないじゃん。世の中、最初からうまくいくことなんてそうそうないんだよ」

 

 うだうだと文句を垂れる姉に呆れた目を向け、グレイグは最後に残っていた唐揚げを顔の闇に放り込んだ。ひどい。狙ってたのに。

 

「何よ、冷たいわね。私に優しくしてくれるのはロビンだけよ」

 

 ぴったりと寄り添う小さな体を抱きしめる。そんなメルディを男二人は冷めた目で見ている。

 

 この場にマルクがいたらフォローしてくれたかもしれないが、さすがにショックだったらしく、先に二階で休んでいる。今日はみんな一人部屋なので、ゆっくり眠れるだろう。

 

「これからどうしよう? この街の警備隊に話しても無駄だよね?」

「逆に捕まる可能性があるね。マルクを餌にして誘き出すって手もあるけど」

「さすがにそれはちょっと……」

「言うと思った。なら、地道に情報収集するしかないね。ああいう裏社会の人間たちってのは縄張りがある。今まで築き上げた土台を失うのは惜しいだろうし、ウィンストンからそう離れてはないはずだ」

 

 ウィンストンを離れれば離れるほど、鎧を作るコストは増えていく。ここほど工業資材が安いところはないからだ。役所が腐敗しているというのなら、アジトの場所を変えるだけで事足りると考えてもおかしくはない。

 

「……家に帰らないのかって聞かないの?」

「聞いてほしいの? どうせ送り返しても、戻ってくるつもりなんでしょ。一人で無茶されるより、目の届くところにいてくれた方がマシだよ」

 

 全て見透かされている。


 黙ってジョッキをあおっていると、ふいにいがらっぽい声が聞こえてきた。ずんぐりした体型にもじゃもじゃの髭――ドワーフだ。


 人数は五人。炉の火で焼けたのか、みんな顔は真っ赤だが、作業着ではなく質の良さそうな服を着ている。

 

「ブラムのやつどこに行ったんだろうな」

「さあな。せっかく山から下りて来たのに、とんだ無駄足だぜ。贋作に手を染めた挙句に闇ギルドと組むなんて、ドワーフの面汚しだよ」

「領主の野郎もなんかおかしいしな。調査してくれっつっても、ちっとも動かねえ」

 

 どうやらドワーフの横穴住まいらしい。口ぶりからして、メルディたちと同じようにブラムを捕まえに来たのだろう。千載一遇のチャンスに思わず立ち上がろうとした……が、レイに押し留められた。

 

「やめな、メルディ。同業者だったら、君の顔を知ってるかもしれないでしょ。今、ここで正体に気づかれるのは得策じゃないよ」

「知らない可能性もあるでしょ。見たところ役人じゃなさそうだし、目的が同じなら協力してもらえるかもしれないじゃない」

「あっ、こら!」

 

 レイの手を振り払ってドワーフたちの席に近づく。足元には偽物の鎧。ビンゴだ。ドワーフたちは手に手にジョッキを持って、今後のことを話し合っているようだった。

 

「ブラムを探してるんですか? 私もそうなんです。少しお話聞かせてくれませんか?」

「あ? お嬢ちゃんが首を突っ込むことじゃねぇよ。パパとママのところに帰んな」

 

 幸いにもメルディの顔は知らないようだ。突然現れた見知らぬ小娘に、ドワーフたちは一斉に警戒心を高めた。


 鋭い目で睨まれ、心臓がどきどきする。けれど、ここで怯んではいられない。職人街の職人連中の顔を思い出しながら、にっこりと笑みを浮かべる。

 

「嫌です! 私、メルディさんのファンなんです! だから偽物が出回ってるなんて許せなくて、遥々首都からウィンストンまで来たんです!」

 

 背後でレイが頭を抱える気配がした。ドワーフたちは一瞬呆気に取られた顔をすると、文字通り腹を抱えて笑い出した。

 

「ファン? ファンだと? おっかしなお嬢ちゃんだな。若いってな怖いねえ!」

「たまにいるんだよな。専門的な知識もねぇくせに、批評家ぶってるやつが。あんたみたいな娘っ子に、あの鎧の良さが本当にわかんのかい」

「馬鹿にしないで! こう見えても、私だって職人よ。目には自信を持ってるわ。たとえば、その鎧。例の偽物でしょ?」

 

 被っていた猫を早々に脱ぎ、テーブルの下を指差す。ぴたりと笑うのを止めたドワーフたちが、太い眉を寄せ、探るようにメルディを見る。


 それに負けじと胸を張って見返すと、五人の中で一番年長者っぽい黒髪黒目のドワーフが、口の端を吊り上げて「はっ」と笑った。

 

 鋭い眼光。左頬に走った大きな傷。男らしく節張った手に太い両腕。レイやマルクとは正反対の、全体的にごつごつとした見た目をしている。何歳かはわからないが、相当修羅場を潜ってそうだ。

 

「口ではいくらでも言えらぁな。本物とどこが違うか説明してみな」

 

 音を立ててテーブルの上に置かれた鎧を手に取り、じっくりと検分する。


 偽物には違いないが、マルクが持っていた鎧と比べて質が悪い気がする。曲げ方も磨き方も模倣しきれていない。その上、これにはメルディの屋号紋がしっかりと刻まれていた。

 

 数を作るうちに精度が増していったのだろうか。それとも、ブラム以外の人間が作ったのだろうか。


 闇ギルドに組み込まれたのなら、個人ではなく複数で作った可能性もある。けれど、プライドが高そうなブラムがそんなことをするだろうか。

 

「おい、どうした。やっぱりわかんねぇのか?」

 

 意地の悪い言い方に意識を引き戻され、すうっと息を吸う。人に何かを伝えたいときは、腹に力を入れて明瞭に話せとリリアナが言っていた。

 

「まず、ここ。肩のライン。本物はもうちょっと丸みを帯びてるわ。装着者の動きを阻害しないように、いっちばん気合い入ってるところだからね。あと、全体的に磨きが足りないから塗装が浮いちゃってる。それに何より、内部の魔法紋ね。これは右上がりになってるけど、本物は線を引いたようにまっすぐ。それはそれは綺麗な魔法紋なんだから。あとは……」

 

 べらべらと捲し立てるメルディに、黒髪のドワーフが大きく肩を揺らして待ったをかけた。まるで爆弾が破裂したみたいな笑い声だ。耳が痛い。

 

「ああ、いい、いい。わかった。お嬢ちゃんの目は確かだよ。ここまで惚れ込んでもらえるなんざ、メルディって職人も幸せもんだな」

 

 本人です、とは口が裂けても言えない。

 

「じゃあ、話してくれるの?」

「まあ、話してやってもいいけど、タダってわけにはいかねぇな」

「情報料が必要ってこと?」

 

 ちら、と背後を伺う。レイはそっぽを向いていた。背中が静かに怒っている。


 隣のグレイグはというと、心配そうに見守るロビンとは対照的に、面白い芝居を見るような目でこちらを見ていた。とてもお金を借りられる雰囲気ではない。メルディの手持ちで足りるだろうか。

 

「金なんかいらねぇよ。ドワーフを動かしたきゃ、あんたの腕を示しな。――おい」

 

 さっと席を立ったドワーフの一人が二枚の鋼板と工具を手に戻ってきた。


 近くの工房から借りてきたのだろう。見慣れた銀色の光沢――ストロディウム鋼だ。鉄とクロムの合金で、軽くて丈夫なのでデュラハンの鎧兜にもよく使われている。

 

「これで箱と円筒を作ってみな。ストロディウム鋼は丈夫な分、硬い。お嬢ちゃんの細腕でできるか?」

「女だからって舐めないでよね。受けてたとうじゃないの!」

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