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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
裏色の夏祭り
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「苦しないか?」

「はい、大丈夫です。」


 あと一時間もすれば焼けるであろう空が家の外に広がっているであろう時間、私はシガンさんの家で着付けをしてもらっていた。

 ヒガンさんが言っていた通り、手際良く着付けをしてくれたシガンさんはどこかやり切った感がある。


「ん。ほんなら俺もそろそろ着替えるか。」

「シガンさんとヒガンさんも浴衣で行くんですか?」

「せやな。裏の夏祭りには着物以外で行くと目立つんや。」


 言いながらもシガンさんはテキパキと使わなかった帯や腰紐やタオルなどを片付け始める。

それを手伝おうと手を出したが邪魔や、とあっさり戦力外通告を受けたので大人しくリビングに向かった。

久しぶりに着る浴衣はやはり動きにくい。

 リビングにはすでに着付けを終えたあかねにメリーさん、着付けなんて必要がないフェレスが待っていた。


「月乃が最後?」

「そうだな。」

「つつじ!他にも言うことがあるでしょう!?」


 そして何故かメリーさんが怒っていた。


「何?」

「何とはなんですの!」

「あかね、メリーさんどうしたの?」

「ああ、浴衣を褒めて欲しいだけだ。気にすんな。」


 なるほど。

それを聞いて改めてメリーさんを見ると、赤色の生地にカラフルな水玉模様の柄が入り、袖口にはたくさんのひらひらした飾りがついていた。

その浴衣を花の形をした兵児帯(へこおび)で結んでいる。

 髪には何も付いていないが、月乃が後で髪も飾ると言っていたので後でやってもらうのだろう。


「ヒガンさん、帯そんな風にできるんだ。」

「頼んだらやってくれましたわ!ってそうじゃありませんわ!もっとわたくしの愛らしさを褒めなさい!」


 また怒り始めたのであかねに言われた通り気にせずに椅子に座る。

その時ふと目に入ったあかねは真っ黒な生地にあかねの瞳と同じ深蘇芳(ふかきすおう)の彼岸花が咲いている浴衣だった。

普段着ている着物と似ているが、柄がいつもと違う上に帯は見たことがない青色の生地に黒い横縞が入っている。


「あかねも浴衣着るの。」

「月乃に言われたからな。」

「お待たせー!」


 話を遮るような大声でリビングに入ってきたのは純白と猩々日が眩しい浴衣を着た月乃だった。

ひらひらと優雅そうな飾りが袖や帯についている浴衣にはたくさんの薔薇が咲き乱れ、メリーさん同様、随分と西洋的だ。


「あ!つつじ、わたしのゆかた見るの初めてだよね!どう?かわいい?」

「お美しいですわ!月乃様!」

「ああ、よく似合ってんぞ。」


 私の代わりにあかねとメリーさんが答えたので返事をする必要は無くなった。

月乃は机の上に置いてあった大きな箱を見つけると、大声を出す。


「あ、そうだ!ヘアアレンジするんだった!メリーちゃん、そこ座って!」

「わかりましたわ!」


 そこからは早く、月乃はまるで美容師のような手つきでメリーさんの金色の髪を纏めて結び出した。

まず側頭部に編み込みを作り、そこからヘアアイロンや名前がよくわからない機械やブラシ、髪につける薬品やらを駆使してメリーさんの髪がどんどん変化していった。


「月乃ちゃん器用だね。」

「あいつ髪やら服やらに関してはめちゃくちゃ器用だぞ。」


 感心した様子のフェレスにあかねが若干呆れ気味に返している間にもヘアアレンジは進んでいき、終わる頃には何やら繊細そうな髪型が出来上がっていた。


「あとはかんざしとかを付ければ完成!シガンさんがいくつか買ってくれたから、後でつけよっか!」

「ありがとうございます、月乃様!」


 出来上がった髪型を鏡で見ながら目を輝かせるメリーさんに満足そうな表情の月乃はくるりと私の方を向いた。

 月乃と目が合う。


「次!つつじ、こっち来て〜。」

「なんで。」

「ヘアアレンジ!」

「嫌だ。」


 この時の私の顔はとんでもなく引き攣っていたと思う。

かつどこまでも嫌そうだったと思う。


「嫌そう!」

「嫌だもん。」

「いいじゃん!かわいくなれるよ!?」

「嫌。」


 ヘアアレンジは私の嫌いなものランキング上位だ。

何故ならヘアアレンジをすると髪が痛い!

おまけに頭を動かしにくくなるし、崩れた時大変だし髪を固定する物やらなんやらを髪に塗りたくられるのは気持ち悪いし、ヘアアレンジされている最中は痛い上に動けない。

 本当に嫌いという言葉に尽きる。


「月乃ちゃんが同居するって決まった時より嫌そう!」

「嫌だもん。」

「今まで見た中で一番嫌そうですわ!」

「嫌だもん。」

「シガンに怒られてる時より嫌そうだな。」

「嫌だもん。」

「ゆかた着るって決まった時より嫌そう!」

「嫌だもん。」


断固拒否の姿勢を貫いている間にも時間は過ぎ、着替え終わったシガンさんとヒガンさんが(かんざし)やら巾着やらを持ってリビングに入るまで同じ問答が続いた。


「なんやぁ〜?何を揉めやとるん?」

「つつじがへああれんじするって言ったらすっごく嫌そうな顔した事である意味揉めてる。」

「何しとん。」


 楽しそうなヒガンさんと呆れたようなシガンさんは色違いの浴衣に身を包んで登場した。

色違いと言ってもどちらも水色に近い色で、帯と帯止めもお揃いのようで、双子という感じがする。

 しかしシガンさんに関してはもはや組長にしか見えない。

懐から拳銃でも出て来そうな感じだ。


「とりあえず月乃さんは早よ髪やってまい。」

「は〜い。」


 月乃は自分の髪であっても手際良く編んだり結んだりしていき、あっという間に複雑なお団子が出来上がった。

 そこにシガンさんが持ってきた薔薇の簪や髪飾りを挿していき、月乃の髪はすぐに華やかになる。

その中にはあかねにもらったと言うあの彼岸花も綺麗に咲いていた。

同じようにメリーさんの頭も薔薇やリボンで彩られ、ただでさえ眩しい金の髪がさらに眩しくなった気がする。


「つつじ、お前もなんかつけてき。」

「嫌です。」

「自分でやらへんなら月乃さんにやってもらうぞ。」


 シガンさんの言葉に渋々差し出された簪の中から適当に一つを選び、髪を一つに纏める。

頭皮が痛いが、簪で髪を纏める上では仕方がない。


「ええやん。似合っとんで。」

「そうですか。」


 後で取ろう。


「ええ〜!つつじもヘアアレンジしようよ〜!その方がかわいいよ!」

「嫌だ。」

「ほんならおれにやってやぁ、月乃ちゃん。」

「え!?いいの!?」


 ヘアアレンジに名乗りを上げたヒガンさんはワクワクした瞳で自身の髪を見せる。

確かに、ヒガンさんの髪はふわふわで肩下まである。

ヘアアレンジは十分にできるだろう。

 月乃は早速ヘアアイロンでヒガンさんの髪を伸ばして色々やっている。

十分とたたずに三つ編みや簪のような飾りでヘアアレンジが完成した。

 もはやそこら辺の美容師さんよりも手際の良さが良いのでは…?


「できた!」

「お〜!ええやん!」

「ほんまに器用やな。」


 シガンさんも感嘆の息をもらすほどの力作を作り上げた月乃は満足そうに見えたが、その瞳はまだ満足し切ってはいなかった。


「次!シガンさんも!」

「いや、俺はええで。」

「ヘアアレンジ!」

「シガンもお揃いにしよやぁ!」


 月乃と弟に押し切られたシガンさんの側頭部にも無事三つ編みが生成された。

あのシガンさんまで巻き込むとは、月乃恐るべし。


「い、いや飾りは要らへんやろ!」

「いいからいいから!」


 月乃と弟に押し切られたシガンさんの側頭部に桔梗の花が咲いた。

月乃恐るべし。

ちなみに花のセレクトは何故か私がやった。


「うん!バッチリ!」

「ええやん!」

「ええ歳したおっさんが花て……。」

「月乃が選ぼうとした派手な花飾りよりはマシでしょう。」

「つつじ!月乃様に失礼な事を言いましたわね!?」


 いつもの調子で話をしていると、いつもならこのあたりで話に入るはずのあかねの声が聞こえないことに気づいた。

私は視線を彷徨わせてあかねを探す。

仏頂面のあかねと、それを不思議そうに眺めているフェレスが見つかった。

 あかねの仏頂面は珍しくはないが、この流れでの仏頂面は珍しい。


「やっぱりつつじもやろうよ〜!」

「ふん!つつじには月乃様のヘアアレンジなんて勿体無いですわ!」


 あかねが仏頂面の間にも月乃はまだヘアアレンジをしたがっている。

それを聞いて、ふと仏頂面の理由がわかった気がする。

 察するに____


「月乃、あかねがやって欲しいって。」

「本当!?」


 自分だけヘアアレンジをしたいと言ってもらえなかったから拗ねているのだろう、あかねは。

そう思い水を向けてみたら、案の定あかねの仏頂面は消え、代わりにいつも通りの不敵な笑みが浮かんだ。


「しょうがねぇな!やらせてやるよ!」

「やったー!」


 素直じゃないとはこういう事だろう。

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