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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
裏色の夏祭り
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番外編 空色のビー玉

 夏休みに入ってた今日この頃,今私は真夏の真っ昼間から炎天下にいた。

今は制服を着ているため涼しさなど微塵もなく、ただただ暑い。

隣には月乃もいるが、こちらも暑そうに茹っている。

 何故夏休みにも入って制服を着ているのかといえば、月乃のせいだ。

昨日、月乃がまた突然手伝えと宣言したと思えば、制服を着て学校に行くと言われた。

もちろん断った。

断ったが、それで断らせてもらえた事など一度もない。


「行くんじゃなかった……。」

「で、でももう用事は終わったから!あと帰るだけだから!」


 ちなみに学校に連行された理由には建前と月乃の本音があり、建前は月乃の美術部の作品をいくつか持ち帰ること。

本音は部活の粟森と会うこと。

 わざわざ制服で行った理由として月乃が粟森に私服を見せるのが恥ずかしいから。

 どこをとっても何を欠いても私が行かなければならない理由はない。

なんなら粟森に会ってからは私は完全に空気だった。

この世の中で一番薄い空気だった。


「暑い……。」

「つつじ水飲んでる?大丈夫?」

「心配するくらいなら連れてこないでほしかった。」


 横目で月乃を睨みながら歩いているが、月乃は目を逸らすばかりだ。

しばらく月乃の方を睨んでいたが、飽きてきたので前を向いて歩く。

 延々と続く片田舎感の強い道の片隅に生える草が生ぬるい風で揺れていた。

夏の風が爽やかに感じられるなんて、物語の中だけだ。

 そんなことをぼんやりと考えていると、突然月乃が大声を出す。


「そうだ!つつじ、この辺に駄菓子屋さんあるよね!?」

「駄菓子屋的なのはあるけど、遠回りだよ?」


 確かにこの辺りには駄菓子屋とはいえないがローカルなコンビニがある。


「ちがうちがう、どっからどう見ても昭和の駄菓子屋!みたいなのあるじゃん!」

「知らないけど。」


 こいつついに暑さで頭やられたのか。


「そんな顔しないで!あるじゃん!ほらこっち!」


 言うや否や私の手首を掴んで走り出した。

ただでさえ暑い中全力疾走させられる私の事など一切気に留めていない月乃は猩々日の瞳を輝かせていた。


「とうちゃーく!」


 息を切らして息も絶え絶えな私は野外にも関わらず砂の上に膝をついていた。

怖いくらいの勢いで心臓が働いている。

 かろうじて顔を上げて見た光景は、確かに駄菓子屋だった。

路地と路地の間に狭苦しそうな立地の建物が敷き詰められるような形でその駄菓子屋は鎮座している。

駄菓子屋と書かれた古めかしい看板と大量の提灯と風鈴がかかっている駄菓子屋は日陰になっており、さっきまでの暑さは感じられず、どうにも現実味がない。


「おばぁちゃーん!」


 怪異を疑う私を横目に、月乃は大きな声で駄菓子屋の中に声をかける。

その声に呼応するように大量の風鈴が一斉に音を立てた。


「はぁい、月乃ちゃん、どうしたの?」


 まるで風鈴に呼ばれたかのように中から高齢の女性が出てくる。

その風貌はまさに駄菓子屋と聞いて想像するおばあちゃんその物だ。


「あらあらあら、月乃ちゃんのお友達?」


 私に気づいたおばあちゃんは目尻を下げ、優しそうな顔を向ける。


「ああ、はい、そんなところです。」

「おばあちゃん、サイダーある?サイダー!」

「はいはい、月乃ちゃんは元気ねぇ。」


 月乃の注文を聞いたおばあちゃんはニコニコと笑いながらまた駄菓子屋の中に入って行った。

突然のことにまだ色々と飲み込めていない私を無視して月乃は遠慮なく話しかけてくる。


「ここねー、昔っからよくくるの!あ!ほら、あの風鈴、わたしが作ったの!」

「………よくこんなところ知ってたね。」


 ここまで来るのにかなりの回数曲がったり細い道を通っていた。

そのため一度通った道はしばらく忘れないと言う微妙な特技を持つ私からしても若干不安なくらい、道が複雑に入り組んだ位置にある。

 そんな場所を自力で探すのは難しいはずだ。


「ああ、ここね、おばあちゃんのお店だから。」

「さっきの人?」

「そう!なんかあったらおばあちゃんに頼ってたから、ここにはよく来てたんだ。」


 なるほど。

そう言うことなら納得ができる。

先程のおばあちゃんの満面の笑みの理由も分かった。

 そんな話をしていると、また風鈴がなり、その音と共におばあちゃんが中から顔を出した。


「ほら、月乃ちゃん、これ持ってきな。」

「えぇ!?こんなにいいよ、おばあちゃん。二本で十分だって!」

「いや、いいんだよ。たくさんお飲み。」


 ニコニコ顔のおばあちゃんが差し出したのは水色の瓶。

その数はなんと驚異の六本。


「えぇ〜?でも……。」

「いいんだよ。みんなで飲みな。」

「う〜ん、おばあちゃんがそう言うなら……。」


 五分ほど粘ったが、月乃が押し負け冷たいサイダーを六本頂くことになった。


「じゃあわたしたちもう帰るね。おばあちゃんありがとう!!」

「ありがとうございます。また遊びにきますね。」


 とびきりの作り笑顔を貼り付けて駄菓子屋を後にした私と月乃の手には大量のサイダーが残った。


「え〜と、わたし、つつじ、あかねにメリーちゃん、フェレス、シガンさん、ヒガンさんで………一人分たりない……。」

「フェレスは飲まないよ。」

「あ、そっか。じゃあ人数分だね!」


 早速自分の分を開けて飲んでいる月乃は涼しげにラムネを飲んでいる分も含めて三本持っている。

私は手元の冷たい三本を見つめながら歩く。

 サイダーは見ているだけで涼しい。

 

「ねぇ、なんか聞こえない?」

「何も。」


 突然月乃が立ち止まり、キョロキョロとあたりを見回す。

同じように周りを見たり耳を澄ませてみるが、特に何も聞こえては来ない。


「気のせいじゃない?」

「いや、でもなんか、泣いてるような……。」


 何が聞こえているのか、月乃はまるで何かに誘われるようにふらふらと帰り道とは違う方へと歩いていく。

怪異かもしれないので止めようとはしたが、聞こえていないのかズンズン先へ進んでしまう。

 今の所それらしい夢も無いとはいえいつ怪異に巻き込まれるかわからないのだ。

自ら怪異に関わりにいくことは避けてほしい。


「あ、ほら、やっぱり泣いてる子がいるよ。」


 月乃に言われた方を見ると、確かに小学校低学年くらいの子供がいた。

そこは住宅街から少しだけ外れた田園地区で、さびれた街頭の下で子供は座り込んでいる。


「どうしたの?」

「え……?」


 私が観察している間に、月乃は子供に話しかけた。

嘘だろ。

相変わらずコミュ力がバグり散らかしている。

 ノータイムで話しかけた月乃に、子供の方も困惑気味な表情を浮かべている。

泣かれたり怖がられるよりはマシかもしれないが、間違いなく訝しがられている。


「ごめんね、急に話しかけちゃって。びっくりしたよね?」


 未だ面食らっている子供に、私はできるだけ柔らかい表情とわかりやすい言葉で話しかける。

それだけでも安心したのか、再び子供の大きな瞳に水が溜まり始める。

 それを見た月乃が慌てて声を上げた。


「ど、どどうしたの!?大丈夫?どっか痛いの?迷子?」

「ち、ちがう……。」

「じゃあどうしたのか、おねえちゃんに教えてよ。」


 月乃の勢いに押されてか、子供はまだ警戒したような感じではあるが、大人しく月乃に泣いている理由を話した。

 要約すると、最近小学校で水のある所に赤ん坊の幽霊が出ると言う噂があり、その噂が怖くて田んぼがあるこの道を通りたくても怖くて通れなくて泣いていた、との事だ。

確かに田んぼには稲作のために水が入っており、かなりの量水がある。

 赤ん坊の幽霊、と言うのが先日のコミズサマを思い出させるが、一旦置いておいて、成り行きを見守る。


「大丈夫だよ。ここには何にもいないから!」

「なんでわかるのさ……。」

「いないもん。この道通ってみてよ!絶対に何にもいない。おねえちゃんが保証するよ!」


 月乃は笑顔で説得しているが、当然それを黙って聞き入れるような子供はいない。

案の定自ら道を通ろうとはせず、またぐずり出しそうだ。

 月乃に説得は難しいだろう。

仕方ない。


「君、この道が怖い?」


 私が話しかけると、突然話しかけられたことに驚いたようない表情をしたが、すぐに怖い、と素直な返事が返ってきた。


「じゃあ、お姉ちゃんがお守りをあげる。」

「お守り?」

「そう。ほら、これ。」


 そう言って私は手に持っていたサイダーを一本子供に渡す。

サイダーはまだ冷えており、瓶の表面には冷たい水滴がいくつも付いている。

 なぜお守りと言ってサイダーを渡されたのか分かっていない子供に、私はゆっくりと言い聞かせる。


「いい?このサイダーは特別なおまじないがかかってるの。」

「おまじない?」

「そう、おまじない。このおまじないは、中のビー玉にかかってるの。だから、サイダーを飲み終わっても、ビー玉を持ってれば君を怖い物から守ってくれるよ。」

「ほんと!?」

「ほんとほんと。でも、このおまじないは、誰かに教えると消えちゃうからね。だから、君とお姉ちゃん、三人だけの秘密だよ。」

「分かった!」


 笑顔で嘘をついた。

しかし、子供に嘘だとバレることはなく、子供は不安そうにしながらもサイダーを握りしめて田んぼを通って行った。

 笑顔を貼り付けたまま見送り、今度こそ家に帰る。


「ねぇ、つつじ嘘ついたでしょ!」

「でも丸く治ったでしょ。」


 怪異を過度に怖がる方が能力持ちになりやすいのだ。

ならば思い込みでもなんでも、自分自身を安心させた方が良い。

これがあるから大丈夫、と思えるだけでも心強いだろう。


「むぅー。嘘はよく無いよ。」

「うるさいなぁ。じゃあ止めればよかったでしょ。」

「だって、止めたらあの子帰れないじゃん。」


 まだぶつぶつ言っているが、無視してスカートのポケットからハンカチを取り出す。

さっきからサイダーを持っている手がベタベタだ。

 手を拭こうとハンカチを広げた時、一緒に何か丸いものが出てきている事に気づく。


「ごめん月乃、これちょっと持ってて。」


 そう言って月乃に持っていた瓶を渡し、丸いものを摘む。

境界が分からないほど透明な球体。

一見ビー玉のようにも見えるが、ビー玉にしては透明すぎる。


「何それ?キレイだね。」

「なんだっけ、これ……ああ、ムースだ。」


 思い出した。

確かいつはさんに連れて行かれた神社でムースにあった時に持たされたものだ。

ただ使い道は分からず、制服のスカートに入れっぱなしにしていたのだろう。

私はまじまじと球体を空に透かしてみる。

 球体の奥に、綺麗にできた入道雲が見える。

よく分からないが綺麗だ。


「つつじ?」

「これ、景色を映せるんだ。」

「え?景色?なに?」


 間抜けそうな顔をしている月乃に、私は手に持っていた球体を月乃に見せる。

そこには、さっきまで球体の奥に見えていた空が映っている。

 球体に中に綺麗に押し込められた入道雲は、まるで本物かのように美しい。


「え!?すごい!」


 それに気づいた月乃は目を大きく見開いて驚いている。

たしか、ムースは後三回か四回上書きできると言っていた。

もう一度透かせば別の景色を映せるのだろうか?

 空色に染まった球体を見ながら、私は好奇心が騒ぎ出したのを感じる。

いつの間にか風は熱風ではなくなり、微かな爽やかさを含むようになっていた。

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