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「せや、月乃ちゃん、浴衣どうするん?」
「へ?ゆかた?」
話が終わりまったりとしていると、ヒガンさんが突然月乃にいい笑顔を向けた。
「おん。浴衣。行くんやろ?夏祭りと花火大会。」
「行くけど、ここって二つもイベントあったっけ?」
「夏祭りの方は大分ローカルだから、月乃は知らないかもね。」
花火大会は近くの神社でやる大規模なもので、屋台もたくさん出る。
一方夏祭りの方は近所の小学校でやる小さな夏祭りで、こちらはその小学校出身の人間でないと知る事は難しい。
私と月乃は小学校が違うため月乃は夏祭りを知らなかったのだろう。
「と言うか、ヒガンさんよく知っていましたね、夏祭りのこと。」
「あっこは裏にも入れんねん。」
「裏?」
「せや。いつはに面貰ったんやろ?その面を使って入る、妖と怪異、視える人間限定の夏祭りや!」
ああ、いつはさんに貰ったお面はそうやって使うのか。
たしかあのお面について、いつはさんはあっち側の夏祭りに行けると言っていた。
お面を付けていれば襲われず、夏祭りに入れるらしい。
詳しい事は行けば分かると言っていた。
「それで、その夏祭りと浴衣が何か?」
「月乃ちゃん、浴衣持ってへんやろ?やからシガンがこうたるって言っとってん。」
「え!?いいんですか!?」
「ええで〜。」
途中までよく分かっていなさそうだった月乃が突然ガバッとローテーブルに身を乗り出してヒガンさんに詰め寄る。
それに一切驚く様子もなくヒガンさんは楽しそうに笑っていた。
「月乃様!ここに雑誌がありますわ!」
「ありがとう!」
どこから持ってきたのか浴衣の特集が組まれている雑誌をキラキラした瞳でメリーさんが月乃に出し出す。
さっきまでエアコンの下で呼んでいたのはこれか。
どこから持ってきたのかは知らないが、確実に我が家には置いていなかった代物だ。
まさかとは思うが万引き……。
いや、流石にそれはないと信じたい。
信じたいが、怖くて聴くことができないのでとりあえず黙って周りの反応を見守る事にした。
「月乃、これとかどうだ?色が良い。」
「何を言ってますの!それは渋すぎますわ!それよりもこっちの________。」
「どっちも可愛い!あ!ねぇ見て________。」
楽しそうに雑誌を見ている月乃達は本当に生き生きして見える。
それを見てヒガンさんも満足そうだ。
「つつじもそのゆかたってやつ着るの?」
「いや、暑いし動きにくいから着ない。」
フェレスがピョコっと指で屈伸しながら私に手のひらを向けて問うのに雑に答える。
今年は誰かと一緒に行くわけでもないし、動きやすさ重視で行こうと思う。
私は今年こそ射的を極めるのだ。
「え!?つつじ着ないの!?」
何故か月乃がショックを受けているが、あかねとメリーさんは特に反応していなかった。
「そもそもつつじはお祭りに行かないでしょう。」
「だよな。こいつただでさえ家出ねぇのに。」
「いやお祭りは行くけど。」
今度はあかねとメリーさんがすごい顔をした。
なんと言うかこう、驚きと意外さを充分過ぎる失礼でかけたような顔。
一言で言うと、とんでもなく失礼そうな驚き顔。
「お祭りだよ?行くに決まってるじゃん。」
お祭りなんてみんな好きだろう。
輪投げに射的、後々面倒なのでやらないが金魚掬い、型抜き、千本引き。
他にも沢山の催しがあるのがお祭りだ。
花火大会は勿論、ローカルな夏祭りでも子ども達が楽しめるようにと体験型の屋台が多い。
これはもう遊べと言っているようなものだ。
「お前にもそんなガキっぽいとこあったんだな……。」
「この前小戸路先生達にも同じ事言われた気がする。」
夏休みの予定でも話していた時に夏祭りの事を話したら意外そうな顔をされた事は記憶に新しい。
その時の小戸路先生もさっきのあかねやメリーさんと同じ顔をしていた。
キリカさんは楽しそうに笑っていたが。
そんな事を思い出していると、月乃がグッと私に顔を近づけてきた。
「お祭り行くんなら一緒にゆかた着ようよ!」
「やだよ面倒くさい。」
「えー!?一人だけゆかたは違うじゃん!」
「あかねとかメリーさんがいるでしょ。というか、一緒に行くつもりだったの?」
私は一人で射的全弾命中を目指そうと思っていた。
流石に誰かと来たのに射的に張り付くような真似はできない。
だから去年は我慢したのだ。
「つつじ!月乃様のご厚意を無碍にするなんて、許せませんわ!」
「お前、一緒に行く気だった月乃が可哀想じゃゃねぇか!」
「あかね!?それわたしディスられてる!?」
騒がしくなってきたリビングに目を向けると、真剣に怒っているメリーさんと確信犯のあかねが月乃と喧嘩を繰り広げていた。
ヒガンさんは相変わらずそれを見て笑っており、この騒がしさが収まる気配はない。
フェレスもフェレスでずっと屈伸をしている。
こいつは何がしたいんだ。
「あ、せや、つつじ。シガンから伝言や。」
「はい?」
「祭りは月乃ちゃんと一緒に行くように言うとったで。特に裏は気ぃ付けやって。」
良い笑顔で言うヒガンさんはまたお茶を傾けた。
ああ、そうか、今回の夏祭りは去年までのとは違うのか。
おそらくシガンさんの事だから、何かと危なっかしい月乃を見張っておけよ、と言ったところだろうか。
「ねぇつつじも着ようよぉ〜!」
「動きにくいじゃん……。そもそも、誰が着付けするの?」
普段着物を着ているのはあかねかいつはさんくらいだが、どちらも普通の着物では無さそうな造形だし、果たして着付けなんて出来るのか。
「そこはおれらに任せぇ。」
「ヒガンできるの?」
「おん。昔よくチビどもに着せとったからな。シガンもできんで。」
あっさりと解決した。
「ほら!つつじも着よ!!」
「え〜。」
「どうしてそんなに嫌そうなんですの?」
「動きにくいじゃん。」
多分浴衣が動きにくいせいで射的であと一発のところで外すのだ。
「ってかお前浴衣持ってんのか?」
「持ってるよ!」
「なんでフェレスが答えるの……。」
「だってつつじの部屋のクローゼットにあるもん!」
元気よく返事をしたフェレスは胸を逸らしているつもりなのか心なし手が逸れている。
「フェレス、それ持ってきて!」
「え?良いけどなんで?」
「待って良くない。」
突然月乃が叫び、言われるがままにフェレスが私の浴衣を浮かせて持ってきた。
暗い色をした生地に紫の線香花火と赤と黒の金魚が優雅に泳いでいる浴衣は一年近く仕舞い込まれていたため少しだけ埃っぽい。
「うわぁ〜!かわいい!」
「なかなかええ生地やん。」
「渋いですわ!」
「これまだまだ着られるじゃねぇか。」
「着ないのもったいないよねぇ。」
各々が好き勝手に感想を言っているが、別に私は浴衣が気に入らなくて浴衣を着たくないわけではない。
射的で全弾命中させたいから着たくないのだ。
「ねぇ着て一緒に行こうよぉ〜!」
「ほら、誰だっけ、あのこの前バイトに来た人とでも行けば良い。」
「花火大会は一緒に行く約束したよ!……二人っきりじゃないけど。」
怪異関係の夏祭りに能力持ち以外と行くわけにはいかないのでどうせここにいる人達としか行くことはできないし、一緒に行くなら花火大会、と言う判断は間違っていない。
間違ってはいないが文句の一つ二つ言いたい。
「着ぃよぉうよぉ〜!」
「嫌。」
「あ、つつじ、一個言い忘れとってんけど、シガンがつつじにも浴衣着せろゆうとったわ!」
「なんでですか。」
「知らんけど、裏夏祭りはみんな浴衣だからとちゃう?」
まじか。
せっかくの射的全弾命中の夢が……!
「そんな伝言あるならはやく言ってよ!」
「いやぁ〜、月乃ちゃんが必死でおもろかったからつい。」
「ねぇ、そのお祭りっていつなの?」
「今週末ですわ!」
「じゃあ早く浴衣買いにいかねぇとな。」
「あ!あと浴衣に合うアクセも欲しい!」
私は楽しそうに買い物の予定を立て始めた月乃達を見ながら静かにミルクコーヒーを啜った。