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「怪異はね、その場所自体が怪異であるやつと、機械的に動き続ける半自立型の怪異、妖が筆頭の特殊例があるのは知ってるよね?」
「うん、それは知ってる。」
私が能力持ちになり、フェレスと行動し始めたくらいの時に聞いた話だ。
妖に関しては割と最近詳しく知ったが。
「場所自体が怪異のタイプはもう特定の場所でしか遭遇しないよね?」
「そうだね。だから突然出てきた今回のは半自立型か特殊例。」
「でも、特殊例でも無いでしょ。」
特殊例が特殊たる理由は自分で思考する事にある。
人間と同じように、というと傲慢だが、怪異は人間と同じような自我は持たない、自然災害のような物だ。
しかし、妖は普通に自我があるし、会話もできる。
妖でなくとも、ムースやメリーさんのような例もあるが、フェレス曰くアレはレアケースらしい。
「残るは半自立型の怪異なんだけど、これって移動とかするの?」
「する奴はするよ。メリーさんとかがそう。ただ、そういうのって基本的に無差別かつ移動が早いんだよね。」
「無差別って事は、能力持ちじゃなくても遭遇するって事?」
移動が早い上に、本来なら怪異の影響を受けにくい人達にまで無差別攻撃をしてくる怪異なんて迷惑すぎやしないか?
移動ができない場所系の怪異ですらそこまで無差別では無いのに。
「その代わりに“条件”があるんだ。」
「条件?」
「たとえばメリーさんってさ、電話に出ないと襲ってこないでしょ。」
確かに、メリーさんは電話に出ない限り襲われる事はなかった。
私は赤いドレスに金髪の人形を思い出す。
そう言えばもとは半自立型の怪異だった。
今や自我を持つ特殊例だが。
「そういう怪異ごとにある“条件”が満たされれば無差別に人間を襲うのが半自立型の怪異の特徴かな。」
「じゃあ今回は半自立型か。」
「そうだね。」
じゃあ次に考えるべきはコミズサマの“条件”だろうか。
この条件さえ分かれば、それとなく小戸路先生達に伝えることができる。
そうしたら多少は被害が減るかもしれないし、移動が早いのであれば割とすぐにいなくなるかもしれない。
早速私はコミズサマ調査が決まってからの事を一つ一つ思い起こす。
私だけが満たしていて、少なくとも小戸路先生は満たしていない条件があるはずだ。
しばらく考え込んでみたが、特に思い当たる節は無く、すぐに首を傾げることになりフェレスにも聞いてみる。
「明確な条件じゃないのかも。怪異を見た生徒とかの話聞いてるんならなんか共通点無いか分かんないの?」
「んなこと言われても、私が直接本人に会って聞いた訳じゃゃないし……。」
確か、被害に遭っているのは生徒が何人かと教育実習生二名と教頭。
内教育実習生と教頭は話すらできない状態らしい。
大人の方が被害が大きい気がする。
男女比は若干女性が多い気もするがまちまち。
学年や部活等共通点は無いと小戸路先生は言っていたし、現時点ではこれと言って共通項は見つからない。
「妙だね……。普通はもっと分かりやすい条件があるもんなんだけど。」
「というか、噂に聞いてた溺れるとか体調不良とかは今のところないんだよ。逆に噂にない赤ん坊とか火力が高すぎる泣き声にはあってるんだよね。」
事前情報が何一つとして機能していないのが現状だ。
コミズサマを目撃した人達の情報も一度リセットして考え直した方が賢明だろう。
「ところで、コミズサマは今どこにいるのかわかるの?」
「それなんだけどねぇ、今異界から抜け始めてて分かんないの。」
「抜け始めてる?」
そういえば、足元の水が少しずつ引いてきている気がする。
さっきまで停電で暗かった廊下もいつの間にか電気がつき、ずっと聞こえていた水音もいつの間にか雨の音に変わっている。
「多分怪異が僕らを出そうとしてて、今は異界と現実の狭間みたいな状態になってる。」
「コミズサマが出そうとしてるの?」
自ら私を異界には招いておいて溺れさせることもせず姿を見せたのちに帰すというのか。
「何がしたいのかさっぱり分かんないんだけど。」
「特に意思はないと思うんだけど……。でも何にも解決してないのは事実だから気は抜けないね。」
言っているうちに廊下からは完全に水が抜け、乾いた床が姿を現す。
おそらくもう異界から出られたのだろう。
服は濡れたままだが。
スマホを見ると先ほどまでの圏外表示は消え、代わりに不在着信だけが溜まっていた。
「フェレス、とりあえず私は先生達と合流するけどフェレスはどうする?」
できれば一緒に来て一緒に帰って欲しいが、コミズサマがなんなのか結局わからなかったし、“条件”も分からずじまい。
フェレスとしてはまだ調べたいことがあるだろう。
「とりあえずつつじについて行くよ。またあの怪異に連れてかれても面倒だし。あ、でもその前に一旦この学校見てくる。」
「なんで?」
「何か“条件”があるかもしれないし、その辺を探しにまたここにくるのはめんどくさいもん。だから先に異常がないか見てくる。」
どうやら学校を一通り見て安全確認をしてくれるつもりらしい。
フェレスは私の頭から飛び降り、テクテクと指を動かして闇に溶けていった。
フェレスを見送った私は廊下の真ん中でスマホを取り出していいキリカさんに小戸路先生と逸れたから迎えに来て欲しいと連絡を入れようとスマホをいじる。
ちょうど文章を打ち始めたところで文章を打つ必要性は無くなってしまったが。
「あれ!?つつじちゃんなんでこっちにいるの〜?」
暗い学校には似合わない軽く間延びした声が廊下の真ん中に響いた。
思わず驚いてスマホを落としそうになったが緩く奇声を上げてなんとかスマホは死守する。
「キ、キリカさん。」
「あら?山瀬さん、どうしてここに?というか、小戸路先生はどこ?」
キリカさんが私に近づいてくるのと同時に近くの教室から花車先生が顔を出した。
おそらく異界から抜けた後、元の場所ではなく別校舎のどこかへ出たのだろう。
「小戸路先生と逸れてしまって、とりあえず何も考えずに動いていたら先生達に会いました。」
笑顔を貼り付けてなんとか不自然さを誤魔化そうと試みる。
苦しい言い訳ではあるが、小戸路先生からしても私が突然消えたように見えているだろうし、合流出来ればなんとかなるはずだ。
「愁くんが迷子かぁ〜。」
「言ってる場合じゃないでしょ!今小戸路先生と連絡を……ってあれ?」
花車はスマホを取り出して小戸路先生と連絡をしようとしたのだろうが、その手はすぐに止まり、目元にシワを寄せた。
「のぞみちゃん?」
キリカさんが不思議そうに声をかけると、一瞬でシワを消して申し訳なさそうに私の方を向く。
「ごめんね、小戸路先生、山瀬さんと逸れたって連絡くれてたみたい……。」
「電話とかも来てるの?」
「不在着信が十件くらい来てる……。」
もしかしなくとも小戸路先生ブロックされてないかな。
そんなことが頭を過ぎったがもしそうだとしたらあまりにも小戸路先生が不憫なので考えるのはやめた。
「今山瀬さんと合流した事を伝えたわ。____あっ!既読!」
送ってから五秒も経っていないが、小戸路先生の既読がついたらしい。
花車先生の既読が付かない事を気にしていただろうし、スマホの通知を気にしていたのだろう。
「今グラウンドにいるけど来れるかって言ってるわ。山瀬さん、一人でいけそう?」
「あ、はい。」
小戸路先生の事だし、逸れた私なら後で行くはずだったグラウンドに行きそうだと考えたのかもしれない。
事実、ただ単に逸れたのなら私はグラウンドに行っただろう。
「ごめんね〜。僕らまだ全然回れてなくてさ。ちょっと急がないといけないんだよね。」
「キリカ君がフラフラどっか行くからでしょ!?」
何やらわちゃわちゃしているが小戸路先生と合流はできそうだしまぁ良いか。
一人行動をしなければならないのだけが引っかかるが。
「じゃあ私グラウンド行きますね。」
「あ、その前に、山瀬さんスカート濡れてない?」
あっ。
そういえばスカートがずぶ濡れだったのを忘れていた。
特に何も言われなた為忘れていたが、スカートが濡れているのは明らかに不自然な上、言い訳のしようがない。
さらに、コミズサマの噂は水に関するものが多い。
余計な不安を煽ったり小戸路先生と逸れたことも含めて悪戯だと思われたら面倒だ。
どう言い訳をしようかと頭を悩ませるが、良い返答が浮かばない。
何か言い訳を…。
「スカート?濡れてなくない?」
「あら、本当。ごめんね、暗くて濡れて見えたのかも……。」
私が答えられずにいると、何故かスカートが濡れていないことになった。
思わず自分のスカートに触れてみると、手には乾いた布の感触が伝わってくる。
もしかして乾いた……?
いやそんなはずは………。
「じゃあまた後で!」
「一人にしちゃってごめんね。グラウンドまでだから、頑張って!」
「は、はい。」
考えを一度中断してキリカさん達と別れ、私は小戸路先生の待つグラウンドへと向かった。